軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新依頼

カマナッカ平原での戦争が終わってから、一か月後。

大いに消耗していた奇術騎士団も、だいぶ日常を取り戻しつつあった。

同様に、奇術騎士団の病院に入院していた、三ツ星騎士団やハルノー将軍も、だいぶ復調していた。

奇術騎士団本部、オーガ、獣人共用娯楽施設『アイシクル・ジム』。

氷室と隣接している、コンクリートの壁と天井、そしてハーブが敷き詰められた 地面(ゆか) で構成される建造物。

そこがどういう場所かわかりやすく言うと、すごくクーラーの利いているトレーニングジムである。

このアイシクル・ジム、なんと室温が18度ほどに保たれている。

冷房という概念がまだないこの世界において、快適に運動を楽しめる空間が、どれだけありがたいか言うまでもあるまい。

筋肉量が多いオーガや、体毛が多く体温を発散しにくい獣人にとって、ここにベッドを持ってきたいぐらいの空間であろう。

そこには少々原始的ながらアレイなどのトレーニング機器が置かれており、オーガや獣人たちは順番待ちをしながら、リハビリやトレーニングに励んでいた。

その中には、ハルノー将軍やオリオンも混じっている。

彼らはこの快適な空間内ですら汗をかくほどの運動をしたうえで、室温同様によく冷えているスポーツドリンクを飲んでいた。

「いやあ……騎士団には金があると聞いていたが、他の騎士団もこんなに気の利いた設備をもってんのかい? ずるいねえ、羨ましいねえ」

「いやいや、そんなわけがないでしょう……このような部屋を持っているのは、奇術騎士団だけです。というか、こういう部屋を作れるのはヒクメ卿だけでしょう」

「ますます、騎士団長にしておくのが惜しいぜぇ……俺の家にも、コレ作ってくれねえかなあ」

「ま、まあそうですね……」

オーガも獣人も、運動によって多幸感を得ることができる。

しかし運動によって体温が上がれば、当然ながら不快になる。

空調の利いた空間で運動を楽しむ、という贅沢を知った二人は、この設備を自分用に作ってほしいと思い始めていた。

「さすがにそれは無理ですねえ」

ほんの少しだけ厚着をしているガイカクが、二人の傍に歩み寄ってくる。

相変わらずへらへら笑っており、不敵さと意地の悪さを演出していた。

「まあ割と真面目な話なのですが、この部屋にも危険な違法魔導技術がふんだんに使われておりましてね。私が管理しないと、生物災害が発生してしまうのですよ」

「生物災害!? だ、大丈夫なんですか!?」

「私が管理していれば、問題ないですね」

ガイカクが違法行為をしていると言ったので、オリオンは慌てだした。

単に違法であるというだけではなく、生物災害が起きるなど普通ではない。

「この部屋の気温を保っているのは、危険な侵略性植物、アイシクルミントです。まあつまり、地面に生えているハーブですね。これは熱合成という仕組みによって栄養を得ている、奇異な植物でして……」

「なあヒクメ卿、それは人間流のイヤミか? 俺もオリオンも、ちんぷんかんぷんだ」

ガイカク・ヒクメは丁寧に説明をしようとしたが、ハルノーもオリオンもすっかり困っていた。

種族的な特徴もそうだが、二人は軍人である。魔導士から説明を受けても、わかるわけがなかった。

「……まあ要するに、足元の草が冷気を出しているんですね」

ガイカクとしては、熱を吸収している、という表現をしたいところだった。

だがそれだとやはり伝わらないので、あえて間違った表現をする。

「この草は人畜に無害で、餌にも食材にもできるんですが……一つ問題が」

このアイシクル・ミント、熱を吸収する以外に変わった特徴はない。

だがしかし、『他のミント』と同じ特性はもっている。

「この植物は地下茎……やたら増えるんです。そのため、周囲の植物を枯らし……まあ、農作物に被害が及びます。そのため、栽培は違法となっているのですよ」

「ほ~~……コメとかムギとかが?」

「それは容易ではありませんね……」

ミントというハーブは、そもそも異様に繁殖力が強い。

周辺一帯の植物を駆逐し、征服してしまうこともしばしばだった。

アイシクル・ミントも、その性質を持っている。

極めて危険な、侵略性植物なのだった。

「過度な繁殖を防ぐために、この施設にもいろいろと工夫がありましてね……まあ極論、同じ設備を作ることもできなくはないのですが……もしもを考えると、他所の場所に、というのは憚られます」

(ヒクメ卿は、このあたりの危機管理はしっかりしているな……)

ガイカク・ヒクメという犯罪者が見逃されているのは、端的に言えば普及させようとしていないからである。

良くも悪くも自分の管理内に収めており、徒にばらまいたり、あるいは教えようとしていない。

その一線すら越えているのなら、オリオンは恩を仇で返す覚悟で彼を告発していただろう。

「そうかい……まあ、無理は言わねえさ。ここにいる間は、好きに使わせてもらっているしな」

「それもそろそろ、ですよ。ハルノー将軍も、あと一週間ほどで退院できます」

「……えぇ? あと一年ぐらいいてもいいんだけどよ」

「オーガはエルフや人間と違って、フィジカルエリートは魔術を全く使いませんからね。体に生体魔法陣が残っていても、ほぼ問題ないんですよ。ですから退院も早くなります、これはオリオン卿も同じですよ」

「そうですか……正直、惜しい気もします」

「ははは、オリオン卿はいつでもここを利用してかまいませんよ。もちろん、他の三ツ星騎士団の方も」

「おおっ? じゃあ俺も、三ツ星騎士団に入ろうかねえ?」

本来なら再起不能になっているはずの大怪我だったが、ほんの一月で退院。その後は自宅で療養という段階に達していた。

彼ら自身も驚くほどの回復であり……しかし当然ながら、まだまだ全快には遠かった。

「まあウチの部下どもはまだまだですが……いつまでも休んではいられません。重歩兵隊の復帰を待つ間に、新兵器の開発を進めておきます。というか……試作機は完成しつつあるのですがね」

「例の、樹脂の袋を破裂させる実験と関係が?」

「なんだそりゃ?」

「ええ、まさにそれです。とはいえ、『新兵器』と呼べるほど画期的でもありませんがね。多分ご覧になれば、お二人もアレかとわかりますよ」

「我らがアレか、とわかるものを、貴方がわざわざつくっていると……」

ガイカクは、必ずしも画期的、あるいは違法な品を使っているわけではない。

必要と判断すれば、ありきたりな焙烙玉も部下に使用させている。

であれば、新兵器、とやらもありきたりかもしれないが……。

「……まあ、製造には問題がないんですよ。問題なのは試験でして、こればっかりはそれなりのスペースがないとむずかしい」

「ん、演習は広くないとむずかしいもんなあ」

「そういうことです。広い土地での任務でもあれば、ありがたいのですがねえ……」

(一体何を作っているのだろう……)

ガイカク・ヒクメが『画期的ではない』『軍人でも知っている』というのだから、本当にそうなのだろう。

だがこの男がわざわざ作っているというのだから、オリオンは想像に苦労するほかないのだった。

この話をしてから一週間後のことである。

ガイカク・ヒクメは、総騎士団長の下へ呼び出されていた。

「よく来てくださいました、ガイカク・ヒクメ」

「ひひひ! このガイカク・ヒクメ、ティストリア様の忠実なる下僕なれば……!」

(毎度の挨拶だな……)

毎度のように繰り広げられる、事務的なのかそうでないのかわからない会話に、ウェズン卿は呆れていた。

それを経て、二人は真面目な会話に進む。

「アマノゾン河をご存じですか?」

「それはもちろん、この国に流れる幅の広い、流れのなだらかな、乳白色の河ですね。下流はさほどでもありませんが、上流や中流では豊かな生態系を形成していると存じております」

「その、アマノゾン河下流で、半魚人が集団で迷惑行為を繰り返しているそうです」

先日の戦争に比べれば、びっくりするほど軽い任務であった。

とはいえ、当事者たちからすれば途方もなく深刻なのだろう。

「アマノゾン河は国防上の理由により、橋を渡すことが禁じられています。そのため橋渡しの船が多くあるのですが、その船を半魚人たちが集団でひっくり返しているそうです」

「……それが、長期化していると?」

イルカやシャチでも、人間に悪戯をすることはある。

半魚人の若者が、人の船を面白半分でひっくり返す、というのも珍しくはない。

珍しいのは、それが騎士団へ依頼が来るほど長期化していることだ。

「……現地の領主は、どのような対応を?」

「現在、領主は不在です。前領主が病没し、その跡取り息子が引き継ぐことになっているのですが、成人まであと二か月ほどなので、特に代理人などを決めていなかったそうです」

「ふむ、資料を拝見します」

完全に仕事モードに入ったガイカクは、ティストリアの手元へ届いた資料を受け取り、拝読を始めた。

彼は一度、ぺらぺらとめくって内容を大雑把に確認する。

その後で『特定のワードがあるか』を確認するため、もう一度読む。

最後に、『特定のワードがないか』を確認するため、更に読んだ。

「これは確かに我らが出ないと難しいですね」

資料を戻してから、ガイカクはそう判断した。

この悪戯、騎士団が解決するべきだと判断したのである。

「私もそう判断しています。おそらくこの手の問題は、奇術騎士団こそが適任と判断しました。とはいえ、まだ先日の戦争から全員が復帰していないと思われます。現在の戦力で難しいのであれば、他の騎士団へ依頼いたしますが」

「ひひひ! 先日の引き分けで、我が騎士団の武名も落ちております。ここはひとつ、小さい仕事を重ねていこうかと!」

(先日の戦争で、むしろ武名は上がったのだが……)

乳白色の大河で、人を運ぶ船をひっくり返してくる半魚人たちを捕縛する。

そんな無理難題を、ガイカクは如何に解決するのか。

「このガイカク・ヒクメ、手品のように解決いたします!」