軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嬉しさと、悔しさと

さて、実際のところ、である。

ガゲドラなる猛将は、どう厄介なのだろうか。

ぶっちゃけていえば、ガイカクのような異物ではない。

一時代に現れて然るべき、珍しくない『災害』である。

まず、オーガであること。

フィジカルエリートのなかでも、筋力に秀でたオーガ。

これは再三説明してきたように、接近戦では無類の強さを誇る。

オークほどの生命力、リザードマンほどの防御力はない。ゆえに防御力はそこまで高くないのだが、そんなものは『ドワーフに作らせた防具』で何とでもなるからだ。

単純に、筋力が高いとはそういうことなのである。

とはいえ、数で押せば勝てる。これが『並』のオーガの話。

エリートオーガは、その数倍、十倍、数十倍である。

片手間のようにファランクス陣形を吹き飛ばす、獅子奮迅の働きをあくびをしながらこなす化け物。

接近戦になってしまった時点でもうどうにもならず、陣形が壊乱することは必至であろう。

そして……ガゲドラにはもう一つの要素が加わる。

これまたシンプルに、年齢である。

若きトップエリートオーガたるガゲドラは、肉体的に全盛期を迎えているのだ。

言うまでもないことだが……いかにエリートとはいえ、幼い時は弱いし、老いれば衰えはある。

華の命が短いように、フィジカルエリートの全盛もまた短い。

だがそれでも、今この瞬間のガゲドラは、災害である。

両騎士団が合流して、二度目の朝を迎えていた。

昨日の戦況とはうってかわって、一気に苦戦が予想される『空模様』である。

ガイカクは人間歩兵隊、オーガ重歩兵隊、ドワーフ動力騎兵隊、獣人擲弾兵部隊を集めて、今日の打ち合わせを行なっていた。

その表情は、余裕のない笑みであった。

無理やり笑っているというよりは、喜んでいる一方で張り詰めてもいる、というところだろう。

「いやあ……昨日は実に大活躍だったな。その分今日は狙われる……ヒヒヒヒ! いや、まあ、それどころじゃねえか」

ガイカクが本題を口にする前から、今日の戦場の 熱(ヤバ) さが伝わってくる。

文字通り多種多様なガイカクの部下の中でも、好戦的に分類される面々。

その彼女らをして、恐れが背筋に走っていた。

「今日の敵は、全盛期のトップエリートオーガだ。おまけに、その部下もいる。お前達には、そことぶつかってもらう」

状況は、極めてシンプル。

想像しうる限り最強の個体と、その土俵で戦うこと。

文字通り、横綱と土俵で相撲をするようなものであろう。

「いやあ、死んでくれと頼んでいるようなもんだな。いや、無駄死にの域だ。お前らが命を捨てて束になっても、ちょっと疲れさせる程度しかできないな。はははは!」

げひひひ、ではなく、はははは。

ガイカクは、笑っていた。

「が、こっちのほうが簡単ではある。俺の要求は、もっと難しい」

白い朝日が昇る中で、ガイカクは命令を下す。

「三ツ星騎士団の補佐に当たり、可能な限りその場に『踏みとどまれ』」

この上なく簡潔で、この上なく困難で、命がけで。

何より、勇気を求められる仕事だった。

「……本音を言えば、俺は心苦しく思っている。お前たちに対してではない、味方に対してだ」

その勇気を奮い立たせるべく、ガイカクは美辞麗句を並べる。

そう、これは、彼なりの美辞麗句だった。

「俺達がまともな騎士団なら……騎士団二つ分の戦力で、ガゲドラを討てただろう。だが俺たちは弱兵の集まりだ、そんな活躍は望めない」

過剰な装飾をすれば、それは美辞麗句ではなく、ただ飾りを並べるだけだ。

彼女ら本体のもつ美しさが、損なわれてしまうだろう。

「だが、俺達は騎士団だ。昨日の働きは、他の騎士団にもできないものだ。一長一短あるだけで、俺達もまた騎士団だ。勝手に自称しているだけじゃない、公認、公式の騎士団だ」

ガイカクは、特にオーガの女戦士たちに問う。

その胸に、勇気はあるかと。

「その任務を、お前たちは背負えるか」

「親分」

勇気の美しさは、自ら発するものである。

「私たちは、オーガであり、戦士であり、騎士です!」

「一番危険な最前線で、一番の強敵との戦い……望むところです!」

「勇敢だな、お前たちは。その勇ましさ、誇らしく思うぜ」

短い、美辞麗句であった。

だがその賛美に、オーガは震え、他の者達はわずかに嫉妬した。

「では改めて命令する。オーガ重歩兵隊は三ツ星騎士団の補佐として、ガゲドラ率いる最精鋭と、真っ向から当たれ」

「はい!」

「他の部隊は、その支援だ……前線で命がけで戦うオーガを助けられるのは、お前達だけだ。任せたぞ」

今までの戦場なら、二十人のオーガは『最強戦力』だった。

ただ普通に運用するだけで、大勝が約束されていた。

だがそれが、最低限にしかならない。それが騎士団の戦場である。

補佐をすることさえ、近くにいることさえ、命がけだった。

「……今日俺は、後方で作業に入る。明日の『決戦』に備えてのことだが……お前たちが善戦することを信じ切っての、後方作業だ」

いや、そんな強敵の戦場で『ここにいる』と旗を掲げている時点で、危険だった。

「今日の戦場の命運を、お前達に預ける」

自分たちが負ければ、そのままガイカクも殺される。

ここは、そういう戦場だった。

「……任せてください騎士団長!」

その命令は、つまり昨日の最前線と同じもの。

強敵とぶつかる、一種の捨て駒。

違うのは、信頼関係。

危ないとはっきり言っても、逃げないと信じているからこそ。

それは騙す必要がないからであり、同時に彼女らが十分な戦績を積んだ戦士であるということだった。

三日目の戦場。

その開始前には、敵も味方も『三ツ星騎士団』に注目していた。

自陣の最前線、ど真ん中。そこに高々と旗を掲げて陣取る彼らは、威風堂々たる振る舞いだった。

遠くから見ても、近くから見ても、恐れなど感じさせないたたずまい。

騎士団長は当然ながら、正騎士、従騎士の全員が、大波への波止場となる構えだった。

その一団のすぐ後ろには、奇術騎士団の面々が並んでいる。

オーガ二十人を先頭に、人間百人、獣人二十人。さらにその後方には、昨日活躍した動力車両も何台か並んでいる。

奇術や手品、奇策の準備はほぼなく、真っ向から交戦する構え。

それは彼女らの緊張した面持ちから明らかであった。

正直に言えば、騎士団らしからぬ緊張ぶりであった。

新進気鋭と言えば聞こえはいいが、所詮はルーキー。

幾度となく実戦を重ねてきた、重厚なる歴史を持つ三ツ星騎士団と比べれば見劣りする。

それは並んでいるからこそ、まさに歴然とする差であった。

だがしかし、それを笑う者は、ハルノー軍にもガゲドラ軍にもいない。

両軍の誰もが、見ることさえ怖がる『災害』。

それが両騎士団の真ん前で、今か今かと出撃を待っている。

その正面にいるだけで、もう尊敬するしかない。

そう、いい意味で『差がない』。

両陣営の誰もが、逃げずに立ち向かう騎士団を尊敬していた。

「……いくぞ! 昨日の負けを、ここで取り返す!」

だがそれは逆に言って、ガゲドラとその率いる部隊の方が強いと、誰もが認識している証拠であった。

彼は巨大な軍馬が四頭も連結している巨大なチャリオットに一人で乗っており、かつ同じ編成の『戦車兵』のオーガを十人も従えていた。

普通ならば戦車兵とは、最低でも運転する者と弓矢で攻撃する者の二人が乗り込む。

しかしこのチャリオットは、純粋にオーガを運搬するためのものであった。

「すすめえええええ!」

ガゲドラとその精鋭を先頭に、ガゲドラ軍は気勢を上げて前進を始めた。

本当に、ただそれだけであった。

全体が連動しているが、それだけで、なにか作戦や陣形のようなものはなかった。

要するに力押しなのだが、それを『横綱』がやるのなら横綱相撲だ。

力に自信があるから力押し、まさに最善、適切な戦術である。

「受け止めるぞ……!」

「当然です……!」

このまま突っ込んでくれば、それだけでこの軍は半壊するだろう。

そんな勢いを持つオーガの若者たちの前には、三ツ星騎士団が立ち塞がっていた。

いや、三ツ星騎士団がいなければ、そもそも戦争が始まる前から逃げ出していたかもしれない。

それほどの猛威を、ガゲドラたちは放っていた。

「おぉおおおおおおお!」

猿叫などという、かわいいものではない。

怪獣の咆哮もかくや、という奇声を発しながら、ガゲドラがチャリオットから飛び降りる。

そしてそのまま、手に持っていた巨大なこん棒を振り回した。

「ん、んんん!」

それを、受け止める。

三ツ星騎士団所属の正騎士、オーガの戦士が同等のこん棒でそれを受け止める。

常人なら武器防具ごと粉砕されて、そのまま死ぬだろう。

そんな一撃を受けて、しかし三ツ星騎士団のオーガは、地面に電車道を刻むだけで済んでいた。

彼はしっかりと、その突撃を受け止めていたのである。

「三ツ星騎士団の団長は、獣人と聞いていた。お前は正騎士で、団長の一枚下か? それで受け止めるとは、大したもんだ」

「ふん! 騎士団長ではないことは認めるが……腕っぷしなら、負けちゃあいねえ」

「ん……そうだった、正騎士と騎士団長に、差はねえって触れ込みだったな」

三ッ星騎士団、唯一のオーガ。

その彼は、不敵に笑いながら、交戦の構えを取る。

「俺は! 三ツ星騎士団、正騎士。ベルトだ!」

「ガゲドラ軍将軍、ガゲドラだ……てめえをまずぶっ殺す!」

オーガの武人の、名誉ある名乗りが交わされた。

出会いがしらの一撃を受けられない者に、名乗る資格も名を聞く価値もない。

文字通りあいさつ代わりの一撃を交わした後での、堂々たる名乗り。

それに続いて、本番が始まった。

本日の戦闘の、一番槍同士の、一番の衝突。

それはその周囲から、並の兵士達を押し出すド迫力があった。

波止場に大波がぶつかっているという、近くで見れば恐ろしい光景。

これがもしも自分の方にくれば、と思うと背筋が凍る。

「ガゲドラ様に続け!」

「おおおおお!」

「他の騎士を討ち取れ! 切り崩せ!」

「おおおお!」

だがあいにくと、ガゲドラには勇猛な配下がそろっていた。

その数、十人。少々の差こそあるが、それぞれがエリートオーガである。

ガゲドラ同様、チャリオットによって先陣を切ってきた彼らは、飛び降りて戦闘を始めようとする。

「三ツ星騎士団、迎え撃つぞ!」

「こいつらは、ガゲドラほどではない! 我らでも打ち勝てる!」

「騎士団長殿! 一旦お下がりください!」

それに対して、他の三ツ星騎士団の正騎士が迎撃を開始する。

純粋な接近戦は避けて、距離を保ちつつの戦闘であった。

重厚な防具を着込むガゲドラ配下にはさほどの効果は見込めないが、それでも足止めはできている。

「皆、その陣形を維持しろ! このまま押し切られること、それだけは避けるのだ!」

そう、オリオン。

三ツ星騎士団の騎士団長にして、獣人のトップエリート。

アルテルフと同じことができる『事故札』が温存されていた。

「……ちぃ!」

オリオンが悠々と指揮を執る姿を見て、ガゲドラは思わず『笑い』をこぼした。

これは苦笑いであった。

「どうした若造! 踏み込みが浅いなあ!」

そのガゲドラと打ち合う正騎士ベルトは、逆に優越の笑みを浮かべていた。

ベルトの言うように、ガゲドラの踏み込みは浅くなった。

極端なことを言えば逃げ腰……とは言わないまでも、へっぴり腰に近い打ち合いになっていた。

それでもベルトとは五分の打ち合いを演じているが、六分七分に押し込めずにいる。

「俺は若造ではあるが、そこまでガキじゃあねえさあ」

「の、ようだな、将軍閣下!」

ごんごん、という音ではない。

車の正面衝突を繰り返すかのような、エリートオーガ同士のぶつかり合い。

しかしそれは、ベルトがガゲドラと五分だからではない。

ガゲドラがオリオンを警戒し、踏み込みきれずにいたからだった。

もしも全力を込めて戦えば、その瞬間にオリオンがガゲドラの首を刈り取るだろう。

獣人のトップエリートとは、そういう種類の怪物であった。

「オリオンを抑えろ!」

「奴さえ倒せば……いや、奴の手を塞げば、その間にガゲドラ様があのオーガを討ち取ってくださる!」

「そうなれば、我が方の勝利だ!」

そんなことは、ガゲドラの配下たちも承知である。

他の正騎士を押しのけて、オリオンと戦おうとする。

相手が接近戦を避けていることを逆に利用し、ごり押しでオリオンへ迫っていく。

「ふぅむ……心苦しいが、お頼みするぞ。奇術騎士団、重歩兵隊」

「お、おおおおお!」

怪物しかいない、エリートたちの戦場。

そこへ最後に参戦したのは、底辺奴隷たち。

魔導の筋肉で身を包む、外法のオーガたちであった。

「しょっぱなから全開でやるぞ!」

「薬を入れろぉおおお!」

「相手は同族のオスだ! ぶち殺せええ!」

違法の筋肉鎧へ、違法の瞬間強化薬をねじ込む。

彼女らの鎧は躍動し、暴走を始める。

それは勇猛なるオーガの精鋭たちを、一瞬足止めする効果があった。

「……噂じゃあ、奇術騎士団ってのは禁じられた技術を使い倒しているそうだな」

「ヤバい薬もよく使うとかなんとか……はっ、こけおどしだ!」

だがそれは、一瞬の足止めにしかならない。

良くも悪くも名前の売れ始めた奇術騎士団である、何をやっても逆に驚かれなかった。

「おおおお!」

正当にして精強なるオーガの雄が、己の武勇で道を切り開かんとする。

それに対して、二十人からなるオーガの乙女たちは、強化された力で立ち向かうが……。

「づぅうう!」

半分の人数の、素のままのオーガに弾き飛ばされる。

天才違法魔導士の助力を得ても、何倍もの力を得ても、それでも埋まらぬ力の序列。

しかしそれでも、彼女らは笑った。

「は、はははは!」

「耐えられたねえ……一撃で殺されずに済んだねえ!」

「それなら、私たちの勝ちだ!」

序列は覆らなかったが、力の差は縮まった。

本来の彼女らなら、今の一撃で死ぬか、戦闘不能になっていた。

弾き飛ばされはしたが、持ちこたえたのだ。

違法の薬、違法の兵器。十分すぎるほどの、劇的な効果であった。

「その通りだ……」

オリオンは、あくまでも機を待っていた。

彼女らが持ちこたえた姿を見て、戦況の均衡を理解したのだ。

「見事だ、奇術騎士団、重歩兵隊!」

「このまま、挟み込むぞ!」

「前衛として持ちこたえてくれるのなら、我らで押し込める!」

「ぐ……! 他の正騎士が!」

「手こずらせてくれる……!」

元より、接近戦ができない状況では、踏みとどまれない。

一撃でも持ちこたえてくれる前衛がいれば、後衛は一気に強く出られる。

「オリオン卿を守れ! この人がいれば、私達は戦える!」

「奇術騎士団の、意地を見せろ!」

「親分のご命令だ! 全力で戦うぞ!」

「薬だよりの雑魚どもが……!」

「気合いが入りすぎだぞ、息を整えろ」

「お前の言う通り、薬に頼っている輩だ。長く持つことはない!」

三ツ星騎士団との連携によって、息を上げる重歩兵隊。

それを見てガゲドラの配下たちは苦々しい思いをするが、ほどなくして冷静になる。

事前に奇術騎士団の情報を仕入れていたからこそ、より細かい『常識』も仕入れていた。

瞬間強化薬による異常強化は、長く持続しない。

無理に戦闘を続ければ、全身の筋肉がズタズタになり、全身の骨がバキバキになる。

この『欠点』については、すこし調べればわかることだった。

そしてそれは、無学な者でも理解できる理屈である。

「どんな手品を使ったとしても、長く持つわけがない!」

「それを待てばいい、落ち着いて攻めるぞ!」

元よりオーガたちは、そこまで急ぐ理由がない。

ガゲドラとベルトの戦いは続いているが、ガゲドラは本腰を入れられないからこそ、逆に危うさがない。

よって、彼がベルトに討ち取られることはない。

速攻でオリオンを潰せればそれでよかったが、できないならば腰を据えるまで。

巧遅は拙速に如かずというが、拙速が無理なら巧遅を選べるのもオーガの強みであろう。

実力で勝るものがじりじりと追い詰めてくる戦術をとる姿を見て、重歩兵隊は……。

「そうだ、それでいい……!」

「親分の作戦通りだ!」

薬によって急速に劣化していく鎧の中で、にんまりと笑っていた。

この戦場の、その中心部。

そこはまさに戦争の中心であるが、その周囲では奇妙な空白が生まれ始めていた。

違法魔導で強化されたオーガたちでさえ『最低ランク』という地獄から、ハルノー軍は離れ始めていたのだ。

無理もあるまい。頼みの三ツ星騎士団が、明らかに劣勢なのだから。

そしてその三ツ星騎士団が崩れた時、真っ先に被害を受けるのはその周辺である。

元々士気が低かった、ガゲドラへ恐怖心を抱いていたハルノー軍は、まさに戦場のど真ん中を軸として、どんどん崩れていく。

その、ど真ん中のすぐわきを固めるのは、三ツ星騎士団の従騎士と奇術騎士団の歩兵隊であった。

エリートと言えないまでも精鋭である従騎士と、一人前の傭兵である歩兵隊は、弱みに切り込んで来ようとする敵を何とか退けていた。

「想定通りですが、敵が有利ですね……!」

「ここを突破されれば、そのまま軍の陣形は壊滅する……ふふ、しかも強兵である我らが一か所に集まっているため、他は手薄……」

「最善を尽くしてもこんなもの! 胸が高鳴りますなあ!」

(これが従騎士……改めて、強い!)

(私達との差は歴然ね。でもそれでも……私たちも役に立っている! 私たちも、無駄じゃない!)

(確かに、やりがいのある仕事だわ!)

周囲を見渡す余裕、軽口をたたく余裕。

従騎士にはそれがあるのだが、歩兵隊にそれはない。

だがそれでも、二百人の人間たちは、一塊となって戦場の急所を守っていた。

敵の勢いは苛烈だが、踏みとどまることはできている。

(きつい……ずっと戦っているから、息が切れてきたわね)

(それは敵も一緒……ああ、太陽が憎いわね)

戦場の熱気は、まさに沸騰状態。

空には太陽が輝き、遮る雲はまばら。

人と空の熱気で、兵士たちは疲弊を重ねていく。

その不快感、苦しみに耐えながら、しかし歩兵隊は笑っていた。

(人間の私達でもこうなんだもの……中心で戦っているオーガたちは、敵も味方も辛いはず)

(でもだからこそ、団長の手品が生きる!)

(こっちの情報を、知っていようが知っていまいが、その程度で団長の手品は破れない!)

奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメが授けた『手品』。

それは極めてシンプルで、もはや手品と言えるものではない。

だが敵は、勝手に手品だと勘違いするはずだった。

一瞬で戦場が決する、ということはない。

朝から始まった戦いは、昼頃に突入する。

当然各兵士たちは、疲労を溜めていった。

オークならばそうでもないが、他の種族のパフォーマンスは急激に低下していく。

だが全員が等しく疲労するため、差はほぼ生まれなかった。

だが抜きんでて疲労している者がいるとすれば、やはり奇術騎士団の重歩兵隊であろう。

彼女らは元よりミスマッチ、実力の差がある敵との戦いであった。

まして直近でガゲドラの戦いが行われており、そのプレッシャーによる疲労も濃い。

そして……薬物の強化による、かりそめの強さが限界に達しつつある。

「そ、そろそろ限界だ!」

重歩兵隊のうち一人が、そう叫んだ。

本来なら、弱音以外の何物でもない。

だがそれは合図であり、必要な切り替えであった。

「任せろ! ここよりは我らも参戦する!」

「まずは五人、いったん下がれ!」

オーガの合図に合わせて、二十名の獣人が参戦する。

その表情には、仲間を助けるという使命感と、自らも火中に飛び込みたいという衝動の入り混じったものであった。

そして彼女らが何を投げるのかと言えば……。

「そおら!」

「が、べ、べべ!?」

敵オーガの顔へ、砂をぶつけていた。

本当に、ただ砂を投げただけである。

砂袋だとかではなく、ただあつめた砂をそのまま顔に投げるだけであった。

「が、べべ……くそ、ガキみてえな真似を」

「ああくそ! 口やら目やら……」

もちろん、即死するなどの効果はない。

くらって死ぬ、なんてこともない。

だが兜では防ぎにくい、という地味な効果がある。

オーガがどれだけ屈強でも、目に砂が入ればまともに前が見えない。兜がどれだけ重厚で頑丈でも、視界を塞げない以上砂を通してしまう。

また目を水で洗うということもできないため、それなりの時間稼ぎにはなっていた。

「よし、いまだ! 押せ押せ!」

「が、くそ……弱いくせにうっとうしい!」

また十五人の重歩兵隊は、当然のように残っている。

調子が落ちている彼女らだが、それでも二十人の獣人から援護されればまだ戦えた。

「ああ、もう、ちくしょう!」

ガゲドラの配下からすれば、うっとうしいことこの上ないだろう。

なにせ二十人の獣人が、顔面目掛けて砂を投げてくるのだ。

その上十五人のオーガとの戦いも、かつ正騎士からの援護も続いている。

負けることこそないが、本当にただうっとうしかった。

そう、このタイミングまでは。

「終わった~~!」

どすどすどすと、五人のオーガが走って戻ってくる。

一旦後方に下がっていた重歩兵隊が、戦線に復帰したのだ。

「よし、次の五人、下がって!」

「二十人そろうまでは、持ちこたえるよ!」

「はん! 水を飲む程度の時間しかねえだろうが!」

「ヤバい薬で体もボロボロだろう! いくら何でも、その体がいきなり治るなんて……は?」

ガゲドラの配下たちは、目を疑った。

一瞬、目に砂が入ったせいで、相手を見間違えたかと思ったほどだ。

(どういうことだ?! 戦っているうちに弱っていた筋肉が、また盛り上がっていやがる!)

(それにこの打ち込み……疲労が吹き飛んで……新しい奴と入れ替わったみたいに……!)

(いや、いくら何でもそれはないだろう!)

将軍の側近である彼らは、当然並のオーガよりも知性が高い。

だからこそ、目の前の不条理に困惑していた。

五人ずつ最前線から下がり、あらかじめ準備されていた『車両』の中へ入る。

数分で出てくると、くたびれていた筋肉は再び躍動を開始している。

そうして、二十人全員が全快していたのだ。

これには、『瞬間強化薬にはリスクがある』と知らされていた彼らは混乱するしかない。

(この短い時間で……一晩寝たみたいに力が戻っていやがる!)

(薬……くたびれた体を、薬の負担ごと一気に治す薬でもあるのか?!)

(まさか二十人、別のオーガが待機していた……んなバカな! それなら最初から出している!)

(一体どんな手品だ!)

今の時点でもまだ、ガゲドラ配下のオーガたちの方が、重歩兵隊よりもずっと強い。

だがそれでも、疲労が回復した分、力の差はどんどん埋まっていく。

このままさらに、力の差は縮んでいくだろう。

それに加えて、混乱と恐怖さえ湧いてくる。

(こいつらはアルテルフに首を斬られても死ななかったって話だが……マジなのか!?)

目の前にあるのは、力を取り戻した敵という現実。

それの理屈が見つけられないからこそ、ガゲドラの配下は恐怖を肥大化させる。

実際に何が起きていたか知れば、納得し……拍子抜けさえするに違いない。

あらかじめ三ツ星騎士団のすぐ後ろに待機していた、複数のライブス。

その内部には『壊れたフレッシュ・ゴーレム』が二十体、乱雑に転がされていた。

そのすぐそばで、緊張した面持ちのドワーフたちが外の光景をうかがっている。

「アタシらの仕事、これだけってのが納得できねえ……!」

「獣人たちだって戦ってるってのに、アタシらはこれでいいのか?」

「なんの道具も渡されてねえアタシらが出向いて何になる。それに……棟梁の命令は、まだあるだろ」

なんのことではない。

この車両の中には、あらかじめ交換用のフレッシュ・ゴーレムが準備されていただけだ。

五人ずつ戻ってきた重歩兵隊は、着ていたフレッシュ・ゴーレムをここで脱ぎ捨て、新しいものへ交換しただけである。

もちろん彼女ら自身は、疲れたままで回復などしていない。

だが生体パワードスーツであるフレッシュゴーレムの交換は、そのまま筋力の回復を意味する。

なにせ外付けの筋肉であり、彼女ら自身の筋力よりも数段上。

ゆえに彼女らは、武器の重量はおろか、自重さえも感じずに戦える。

脱力しながら怪力を発揮するという、武術の奥義めいたふるまいさえも容易に可能なのだ。

「棟梁曰く……これで戦局が動く!」

ガイカクが何を事前に用意していたかなど、敵には把握のしようがない。

だからこそ、まずぶつかって、手品を拝見するまで手の内が分からない。

よって、ここから先の主導権は両騎士団に移る。

戦っている相手の体力がいきなり全回復したら、どうすればいいだろうか。

そんなことを事前に考える者などいない。

だからこそ、実際になったときに『対処』が分かれる。

まったく考えない者ならば、『そういう薬があるんだろう』と考えるか、あるいは体力が回復したことに気づきもしないだろう。

それはそれで、混乱を招かなかっただろう。

途方もなく賢いものならば、つまり戦闘IQが高い者ならば、『どうやったのかは知らんが、強さや人数が変わってないならそんなに問題じゃない』と割り切ることができるだろう。

そうなれば、やはり混乱は招かない。

半端に賢い、あるいは半端に愚かだからこそ、混乱に陥る。

ガゲドラ配下はまさにそれであり、無駄に想像力を広げてしまっていた。

遠距離戦のさなかならまだしも、接近戦で、敵に囲まれているさなかで、敵の手の内を想像するなど隙以外の何物でもない。

戦闘の疲労も手伝って、彼らはその隙を晒してしまっていた。

目の前の敵に驚きすぎて、一番の『脅威』を忘れてしまっていた。

「何やってやがる、お前ら!」

その隙を察知して、ガゲドラは叱咤する。

さすがは猛将ガゲドラ、彼はその隙の意味するところを忘れていない。

「もう、遅い……!」

その隙を、三ツ星騎士団団長、オリオンは見逃さなかった。

部下や友軍が奮戦する中、それでも冷静さと忍耐強さを発揮し、ただ機を待っていた男。

獣人のトップエリートは、まさに肉食獣のごとく爆発した。

「な!」

「が!」

「しまった……!」

ガゲドラの手足に等しい、オーガのエリートたち。

彼らは電光石火の奇襲に、まったく対応できなかった。

それこそアルテルフが重歩兵隊にやったように、十人全員へ不意打ちを成功させていた。

これによって十人の精鋭は、大きくふらつき、戦闘能力を喪失する。

そしてその大きすぎる隙を、奇術騎士団の重歩兵隊は見逃さなかった。

「ここで……終わりだああ!」

今ならば、確実に殺せる。

そう思うがゆえに、彼女らはとどめを刺そうとして……。

「させるか!」

戦局の変化に対して、ガゲドラもまた敏感に対応をする。

この戦局の重しとなっていたオリオンが『消費』されたことで、大いに踏み込みベルトをなぎ倒す。

「ぐ……!」

元より格上と打ち合い続けていたベルトは、たまらずに吹き飛び、地面に転がっていた。

「させん!」

しかし他の三ツ星騎士団正騎士もまた、当然のように対応をする。

すぐさまカバー対象を切り替えて、ガゲドラの進路を塞ごうとした。

「邪魔だあ!」

だが恐れるべきは、オーガのトップエリート。

逃げに回る敵ならまだしも、踏みとどまろうとする他種族ならば問題にならない。

まさしく鎧袖一触、精強であるはずの正騎士をなぎ倒し……。

「……な!」

「そいつらは、やらせねえ!」

そのまま、重歩兵隊を吹き飛ばしていた。

奇襲ではない、真正面からの突破劇。

今の今までベルトが抑えていたことが、どれだけの偉業かわかる武者働きであった。

「ガゲドラ様……すみません」

「気にすんな、騎士団二つが相手ならこんなもんだろう……」

ガゲドラは、なんとか立ち上がろうとして、しかしふらつく配下を慰めていた。

そう口にする彼は、全身が汗まみれであった。

一日しっかり休んで養った英気も、今の正面突破でほぼ使い切っていた。

如何に全盛期の肉体とはいえ、ここからさらに戦うことは難しいだろう。

「……奇術騎士団は奇策頼りの弱兵ぞろいと聞いたが」

汗をぬぐいながら、ガゲドラは倒れた味方、倒した敵をみて評価する。

「正面から当たっても、手強い」

もちろんガゲドラの目は、節穴ではない。

素のままの重歩兵隊が弱いことなど、あっさり看破できる。

だが結果をみれば、精強であるはずの配下を足止めするのみならず、援護を得たとはいえ殺しかけた。

この結果は、『手強い』と評するには十分であった。

その言葉は、倒れている重歩兵隊の耳にも入る。

同族最強の男からの、過分ではない評価。

それを聞く彼女らは、嬉しさと悔しさで涙を流す。

(負けたうえでそれを言われても……!)

(せめて、あのエリートどもを殺してから、倒れたかった!)

忖度のない誉め言葉だったが、それ以上に首級が欲しかった。

それを逃したことで、彼女らは涙が止まらなかった。

今の一蹴で、彼女らは完全に敗北したのである。

「さて、これで双方の側近は使い切る形になったな」

「みたいだな」

この場で立っているのは、オリオンとガゲドラだけであった。

双方ともに疲弊しているが、まだ一人ぐらいなら殺せる程度に力が残っている。

敵が気付けないほど遠くから奇襲をしなければならなかったアルテルフと違い、オリオンはあくまでも近くから奇襲ができたため、そこまで力を使わずともよかったのだろう。

ガゲドラもまた、オリオンの奇襲に備えて加減しながら戦っていたため、今の正面突破をしてもまだ力があった。

よって、どちらが勝ってもおかしくない状況である。

「さて」

「うむ」

両軍の将は、ここで周囲を見渡した。

ちょうど戦場のど真ん中であるここからなら、おおよそ全体の戦況が見渡せる。

「こっちが優位みたいだな」

「ああ、悔しいがな」

全体を俯瞰してみれば、ガゲドラ側が圧倒的に優位である。

だがそれも、オリオンがガゲドラを討てば一気に変わるだろう。

しかし……。

「……ならば、退かせてもらうぜ」

「そうか」

オリオンとガゲドラは、申し合わせたかのように今日の戦場をここまでとした。

相手にやる気があるのなら、ここで決着までの殺し合いもあっただろう。

だが、この場での勝敗が、そのまま戦場を決することになる。そして勝っても負けても、精強なる配下を失うことになりかねない。

そんな『危うい賭け』をする必要はないと、二人は判断していた。

「が、ガゲドラ様……!」

「お前ら、立てるかとは聞かねえ。立てない奴はおいていくぜ」

「……た、立てます! 帰れます!」

突き放すようで、しかしオーガの情けであった。

ガゲドラは倒れた配下を叱咤し、そのまま悠々と下がりつつ、そして全軍撤退を命じていた。

その潔い引き際に感心しつつ、オリオンもまた背後を見た。

「や、やっぱりやられちまったか! 棟梁の言っていた通りになった……くそ!」

「三ツ星騎士団の正騎士まで……全員ライヴスに乗せるぞ、獣人も手伝え!」

「わかっている! いや、くそ……不甲斐ない!」

「敵味方のオーガが、オーガの誉を貫いたというのに、我らは……!」

そこには、二十人の換装が終わった後下がった獣人部隊と、ライヴスの中で待機していたドワーフがいた。

援護を終えた彼女らの役目は、負傷者の救助である。

ガイカクはこうなる可能性もあらかじめ想定し、役目を任せていたのであった。

「擲弾兵部隊、動力騎兵隊よ。卿らは団長の指示に従っただけだ、むしろ胸を張るがよい。それにあれだけの働きをした重歩兵隊を救うこともまた、容易ならざることだぞ」

「それはまあ……」

「オリオン卿……」

オリオンの言う通りであった。

重歩兵隊は、完全に戦闘不能となっている。もはや自力で歩くことさえ叶わなかった。

動けないオーガを救助するなど、それこそドワーフや獣人が相当数いなければこなせない難事であった。

「ああ、マジで助かったぜ……奇術騎士団、思った以上に心強い騎士団だな」

そう評価するのは、なんとか自分の脚で立ち上がり、ライヴスへ向かうベルトであった。

すでに戦闘不能の彼であるが、それでもオーガの誇りで、自分の脚で撤退をしている。

「団長、申し訳ありませぬ。我らが、もう少しでも踏みとどまることができれば……」

「団長や奇術騎士団、ベルト卿は役目を果たしたというのに……我らは役に立たず……」

「何を言う、カバーはしたであろう? 相手が強かった、それだけだ」

他の三ツ星騎士団もまた、深手を負っているが自分の脚で歩いている。

やはり騎士団、精強であった。その姿に、奇術騎士団の面々は劣等感を禁じ得ない。

「……重歩兵隊は言うに及ばず、他の隊もガイカク卿の指示に忠実であった。卿らに落ち度はないと、私からも伝えておく。ゆえに皆、一旦下がるとしよう」

それを感じ取りつつ、それでもオリオンは撤退を宣言した。

改めてハルノー軍を見れば、大いに削られている。

地面に倒れた兵士たちは、もはや命を終えている。

「やはり、我らだけで勝てる敵ではないな」

最善を尽くしたが、敵が強い。

オリオンはこのままでは勝てないと改めて理解し、ガイカクの待つ本陣へと目を向けるのであった。

本格的な戦闘、三日目終了。

初日の無理な攻め、二日目のガイカクによる奇襲。

この二日間で、ガゲドラ軍は大いに数を削いだ。

しかし三日目の強攻によって、その人数差は一気に埋まる。

ガゲドラは側近の戦闘能力を失ったが、それでもどちらが有利なのかは語るまでもなかった。