軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

己のための戦いは続く

数いる料理人の一人が、殺人事件の犯人だった。

まったくこれっぽっちも面白くない犯人ではあったが、その場にいた誰もが納得せざるを得ない結果であろう。

また、ガイカクの追い詰め方が面白かった、というのもある。少なくとも話のタネにはなるということで、誰もが納得して帰っていった。

人々が去った後、残った客はガイカク・ヒクメとその部下、ゴブリンたちだけであった。

ラサル・ハグェとサビク・ハグェは、彼とその部下の為にお茶会を開いた。

豪華絢爛ではないが、慎みのある華やかな席が、晴れた日の庭で開かれた。

「旦那様! とてもおいしいです!」

「お茶もおかしも美味しいです!」

「公爵様、ありがとうございます!」

「お前たち、お礼が言えて偉いぞ。公爵様、私の配下にも気を使ってくださりありがとうございます」

「いや……ゴブリンと言えども、騎士団の所属だ。分けてしまえば、我が家の沽券にかかわる。それに、ゴブリンとしては礼儀正しいとおもうよ」

ゴブリンたちは、少々離れた場所にテーブルを置かれ、そこで甘めのお茶やお菓子をふるまわれていた。

最近置いてけぼりだった彼女たちだが、素敵なお屋敷で美味しいものを食べられて、すっかり機嫌をよくしている。

その彼女たちを見るガイカクは、顔こそ見えているものの、普段どおりの正体の怪しい服を着ている。

とはいえ、この怪しさも演出だと知るものからすれば、これは咎めることではない。

「ふうむ、さすが公爵家のお出しになるお茶ですね。茶葉も良いですが、淹れ方が丁寧です。ええ、これは香りも味も楽しめますねえ!」

ガイカクは道化じみた振る舞いで、過剰に驚いていた。

そんな彼のすぐわきには、そのお茶を入れた使用人たちが立っている。

老齢の女性と、若い女性、小さいお嬢さんであった。

およそ三世代がそろっている、という風である。

「これを淹れてくださったのは、貴方ですね?」

使用人の女性は、黙って頷いていた。

騎士団の団長と口を利ける身分ではない、ということだろう。

「受け取らせていただきます」

その彼女たちへ、ガイカクはあえて少し間違ったお礼を言った。

国語の問題であれば、間違いになる言い回し。

これが翻訳された言葉なら、まあそういう失敗もあるか、と納得する程度。

だがこれが言葉をかけてはいけない間柄であるなら、含みのある『返事』であった。

それを聞いた三人の女性たちは、涙をこぼしながら、しかし微動だにせず、ただ黙っていた。

その感動ぶりから言って、今回殺された司書と関係の深い女性たちだとわかるだろう。

その彼女たちへ改めて会釈をすると、ガイカクはお茶を飲む。

「……この度は、無理を言って申し訳なかった」

「本当に、感謝している」

ラサル・ハグェ前公爵とサビク・ハグェ現公爵は、彼の前の椅子に座って、礼を言っていた。

このタイミングで言うことにも、それなりの含みがあるだろう。

「いえいえ、私ごときがお役に立てて何よりでございます、げひひひひ! 公爵様からお呼びされれば、参上するのは当然のこと! 報酬への期待に、胸を膨らませております!」

顔をみせたまま、道化の振る舞いを続けるガイカク。

知的な顔の持ち主が、バカっぽくふるまう姿。それにはどこか、超然とした雰囲気がある。

「報酬か……何が望みかな? 人材だろうと物資だろうと、なんでも用意させる」

「もとより、国家に貢献している騎士団へ出資することは、貴族として当然のこと。できる限りはさせてもらう」

「いえいえ! 私めはティストリア様の忠実なる下僕なれば! お駄賃以外に欲しいものなどありませぬ! チャリンという音を聞くのが何よりも楽しみでして、はい!」

言い方にやや難はあるが、それでもほしいのは金だけだという。

これにはハグェの二人は少々驚きだった。

金銭は『交換券』だが、相手がそれを受け取ってくれるとは限らない。

交換券では手に入らないものを、公爵ならば手に入れられる。それを彼は自分から断ったのだ。

「よろしいのか? 卿には名誉と尊厳を守っていただいた、元々無理なお願いであったし……」

「金だけ、というのは我らの気が収まらないのだが」

「はははは! ははは! ははは!」

気を使ってくる二人に対して、ガイカクは快活に笑った。

「金で買える物以外、欲しいものは全部持っておりますので」

知性と邪悪さ、不敵さと度量。

それが混じったものが、彼から感じられた。

「それに、公爵様から推薦をいただくような人材は、私には不要。それどころか……いえ、言わぬが華ですかね」

「理由をうかがっても?」

「私は傲慢で独りよがりで自分勝手な男なのですよ。なんでも自分で決めて、その通りに動かさないと気が済まない。助言や忠言、あるいは私の意図せぬ大活躍……など好ましくないのです」

本人の自己申告通り、なんとも身勝手な方針である。

「自分勝手というのであれば、総騎士団長にも、思うところがあると?」

「いえいえ、ヒトに仕えることへ抵抗はありません。むしろ仕事をもらえる方が、楽でいい。まあ破滅しそうなものに仕えるのだけはごめんですが」

趣味が仕事、という風であった。

与えられたクエスト、ミッションをどうこなすか。それを考えて実行し、華麗に解決する。

それに快楽を抱く、という人種のようである。

「では卿は、その、部下が優秀ではないと?」

「ええ、世間的にはそうなるでしょうね。私の与えた仕事をこなすのがやっと、という風です」

サビクの、失礼ともいえる発言を、ガイカクは肯定していた。

しかし、そこに蔑む気持ちはない。

「しかし、私にとっては『優秀な部下』です。実際世の中には、やれと言ったことをやらない、手を抜くことしか考えていない者もいる。それに比べれば、彼女たちが劣っている、とは思いません」

「おっしゃりたいことはわかります、ええ、わかります」

仕事が遅い、それは劣っている証拠。

再起が遅い、それも劣っている証拠。

だが彼女たちは決して、手抜きをしているわけではない。

彼女たちは今日まで仕事をこなしつづけてきた、今回の挫折からも立ち上がるだろう。

「今回私の部下たちは、戦場で現実を体感しました。それに傷つき、立ち上がれずにいる。優秀な者ならすぐに立ち上がるでしょうが、彼女たちはそれができない。ですが……倒れたままでは、いませんよ」

今回の仕事は、ガイカクだけで済むものだった。

騎士団らしくないし、そもそも解決できる根拠がほぼなかったのだが、結果としては即解決し、パトロンを得られたのでよかっただろう。

加えて、彼の部下にとってもいい休暇となった。

実際に戦地へ赴いた者も、そうではない者も、等しく現状を把握して落ち込んでいた。

それを癒すには、時間が必要だった。こればかりは、ガイカクが鼓舞してどうこう、ではない。

彼女たちなりに、自分で考える必要があった。

本物の騎士団との差、敵のエリートに気付くこともできなかったこと、ガイカクが絶対の存在ではない証明。

それらは、『自分』を知っている者たちにとっては辛いことだった。

これから先、本物との差はより顕著となる。

ただでさえ、本物の騎士でも危ない戦場に、底辺の身で赴くのだ。

共に赴いたゴブリンを除く全種族で、彼女たちはそろってうなっていた。

二百人ほどいるのだから、なかなか荘厳なうなりである。

彼女たちの中では、劣等感がうねっていた。

それは、余りにも手遅れな劣等感。

自分たちが騎士のままでいいのだろうか、ということだ。

それが、今までなかったわけでもない。

だが今ほど真剣に悩んだわけでもない。

もっと早く悩むべきだったと、今更後悔していた。

誰もが、一人になることを恐れていた。

だからこそ一か所に集まり、苦しみを共有していた。

そういう意味でも、彼女たちは同志であった。

「みんな、話がある」

どうしよう、どうすれば、どうしたい。

そんなことを考えている彼女たちの中で、歩兵隊長が声を出した。

正直まったく期待していない視線が、彼女に集まる。

それを受けてややショックを受ける彼女だが、それでも気を取り直して発言をする。

「もしも私たちが戦いたくないと言えば、団長はそれを受け入れるだろう。そうか、じゃあしょうがないなって言って、私たちに後方の任務を任せる」

彼女の言うことは、それなりに正しい。

今まで出撃がないときは、拠点の拡大や薬液の補充などをしていた。

今後はそれに専念する、ということだろう。

それなりに安全で、なおかつ騎士団に所属し続けることが可能だった。

「そして、戦闘要員は別で雇うだろう。私たちでもできたんだ、新しいヒトでも問題なくこなせるはずだ」

今までガイカクがこの場の面々だけで騎士団を回してきたのは、人件費が惜しかったからである。

少しでも安い人材を、できるだけ少ない人数で回したかったのだ。

だがそれは金銭の問題であり、すぐに解決できると言える。今回の仕事で公爵から資金を得られれば、そのまま終わることだろう。

「後方は後方で、重要な仕事がある。それはみんな自身が分かっているはずだ。だが……それでいいのか?」

彼女はあえて、勝手なことを言う。

「周りからちやほやされなくて、羨ましがられなくて、それでいいのか!!」

だがその最低な言葉は、底辺奴隷たちにはよく響いた。

「奇術騎士団の一員として、豪華なパレードに参加しなくていいのか! 強大な敵に脅威と思われることなく、後方に引っ込んでいていいのか!」

どれだけ高潔な理想よりも、彼女たちの心を動かしていた。

「ここで後方にいても、単純作業だけだぞ!! ここから出て行ったら、それ以下だぞ!!」

突き付けられる現実が、彼女たちに道を選ばせる。

「私たちの人生、それでいいのか!!」

人生には、夢が必要だった。

どれだけ辛いことがあっても、華があれば耐えられる。

華がない人生は、今日という一日さえ暗くしてしまう。

「清く正しくつつましく生きている普通の人々が、実際のところまったくこれっぽっちも幸せじゃないところも、私たちは見てきたはずだ! ここに居たら何がなんだかわからない内に死ぬかもしれないし、周りからバカにされるかもしれないが、ここに居なくても同じだ! いつ死ぬかわからないし、バカにされるぞ!」

彼女たちは、劣っている。

優れている者ほど、早く立ち直ることはできない。

だが彼女たちには、彼女たちのペースがある。

彼女たちは役立たずでも穀潰しでも足手まといでもない。

ガイカクという、歯に衣を着せぬ天才が、ずっと率いてきたスタッフだった。

「仲間が死んだわけでもないし、任務に失敗したわけでもないし、破産したわけでもないし、怒られたわけでもない! もうくよくよするのは止めだ!」

そして……彼女たちのそういう姿勢を、優れた者たちは笑わない。

優れている者が見下すのは、劣っている者ではなく、何もしない者だ。

劣っているなりに自分のことを諦めない限り、彼女たちには価値があり続ける。

「底辺奴隷騎士団……再起動だ!」

彼女たちは、立ち上がった。

騎士団のためでも国家のためでも、家族のためでも仲間のためでもない。

自分の人生を、少しでも素敵なものにするために、彼女たちは立ち上がるのだ。

「うぉおおおお! やるぞ~~!」

「行けるところまで、行ってやる~~!」

奮起する彼女たちは、当たり前の結論にたどり着いただけだ。

だがそれでも、彼女たちの魂は、まばゆいほどに輝いていた。

そう、立ち上がることが遅いことに、恥じることは一つもない。