軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リソース

さて……切り札や隠し玉が勝敗を決する、というのはよくある話である。

その重要性を説く、というのもよくある話である。

しかし、勘違いしてはならない。

正攻法だろうが奥の手だろうが切り札だろうが、リソースを割かなければ十分な結果は得られず、リソースは常に有限だということを。

リソースとは、時間であり労力であり金銭である。

国家経営も店舗経営も、ゲームも現実も、どれもリソースの割り振りに他ならない。

今回のガイカクは戦力をそこまで連れてこなかった。

これが油断と言われれば仕方ないが、必要かどうかもわからない戦力を、常に運用するのは無理がある。

長期的に見て、必要な分を見極める。それがリソースの管理であり……これに正解はない。

そして、もっと言えば。

エリート獣人が敵にいる、と戦闘直前にわかったところでどうなるか。

あるいは出発直前にわかったところでどうなるか。

少なくとも、確実に勝てる手段は用意できまい。

ガイカクによる、違法食材をふんだんにつかった魔導料理を食べた兵士たちは、その夜ぐっすりと眠ることができていた。

神経がすり減っていたからこそ眠れなかった彼らは、心地よい満腹とリラックスによって、グースカと眠ることができていた。

さすがに怪我までは治らないが、大いにリフレッシュして……翌朝の戦闘を迎えたのである。

「やっぱり戦うんだなあ……」

「嫌な現実だぜ……」

栄養不足と睡眠不足が解消された彼らは、冴えを取り戻した頭で現実と向き合っていた。

昨日と同じように武装をして、昨日と同じ敵と戦うのである。

心身ともに回復した彼らは、だからこそ嫌そうな顔をしていた。

とはいえ、改善したこともある。

援軍として、新進気鋭の奇術騎士団が参戦してくれたのだ。

昨日はうまい飯を食わせてくれた彼女たちが、武装をして参戦してくれる。

正直騎士団というには貧弱な部隊だが……武装したオーガが二十人、というのはこの戦場において劇的であった。

「変な装備をしているオーガだな……だがオーガだ……精鋭じゃなくても、オーガは心強いよなあ!」

「ああ、こりゃあ勝ったも同然だ!!」

「命がけで来たって、返り討ちだよなあ!」

オーガ二十人の部隊を見て、兵たちの士気は高まっていた。

オーガは雑に強いのである。それが二十人一塊となってぶつかれば、どんな敵も吹き飛ぶのだ。

その歓声を聞いて、重歩兵の彼女たちもむずがゆそうである。

「毎度だけど、悪くないよねえ……」

「うんうん……新型のおかげで調子もいいし、今日は盛り上がるかも……」

「気合い入れるぞぉ!」

見晴らしだけはいい荒れ地の平野で、敵味方に分かれて、横に広がり陣を作る。

その中央に奇術騎士団は位置し、重歩兵を中心とした布陣をしていた。

真上から見れば、それこそ将棋かチェスに近いだろう。

そして実際、その動きもチェスや将棋に近かった。

まず「歩」の動きから、戦いは始まった。

いくら鍛えているとはいえ、武装している人間同士である。いきなり全力疾走する、なんてことはない。

雄々しく吠えることはあっても、速足程度。緊張感に耐えながらも、彼らは進んでいく。

双方が近づくのだから、敵の編成もわかる。

そしてオーガは、その巨体ゆえに目立った。

「敵中央に、オーガの部隊がいます!! それにあの旗は……新進気鋭の騎士団、奇術騎士団のもの!」

「なんだと?! で、では、その……」

敵にオーガがいる、しかも騎士団だという。

それをしって、敵陣営は動揺した。動揺したが、同時にある種の期待が生じていた。

今までただ味方を無益に殺し続けて、今日来たばかりの補充の兵も使い潰すはずだった、指揮官へ期待の目を向けた。

「……マジで来るとはなあ」

ジャイアントキリングのアルテルフは、獰猛に笑っていた。

それは弱いものをイジメたいという残虐な笑いと違って、一種の緊張感がある笑いだった。

「相手は二十人……騎士団所属にしちゃあちょっと多いが、その分質は低いだろう。オーガの里ならともかく、人間の国にそれだけオーガのエリートがいるわけねえ」

「そ、そうでしょうな……ですが……」

「ああ、仮にも騎士団のオーガ……弱いわけはねえ。それに並だったとしても、二十もいればこの程度の軍ならヤバいだろうなあ」

それでも、アルテルフは動かなかった。

彼の側近たる獣人たちも、まるで動こうとしなかった。

彼らは自分の陣後方に立ち、ただ戦局を見守っている。

それにもどかしさを覚える先任者たちだが、彼らも『わかっている』ので、特に口を出せなかった。

「安心しろ、きっちりと仕事はしてやる。それに騎士団一つ潰せるなら、俺もすぐに戻れるかもしれないしなあ」

アルテルフがある程度の暴虐を、それなりに許されているのは、ただ強いからではない。

多くの武勲を積極的に上げているからであり、つまり役に立っているからだ。

騎士団という獲物を前にして、彼はやる気を出している。

「だが……わかってるだろうな?」

「は、はい! それはもう!! 絶対に、貴方様の存在は漏らしていません!」

「それでいい、それができていれば、俺がお前たちを勝たせてやる」

オーガは大きいので、その分目立つ。

それはいい意味でも悪い意味でも作用する。

敵からすればとんでもなく怖いが、同時にどこにいるのかわかるのだ。

「オーガ部隊が接近してきたな……弓兵部隊!」

「はっ!」

敵側の兵たちは、オーガに対する定石を行った。

オーガはお世辞にも器用ではないため、遠距離攻撃ができない。

また足が速いわけでもなく、持久力が高いわけでもないので、遠くからちくちくと削っていくのが好ましい。

敵側の弓兵部隊は、中央にいるオーガ部隊へ集中攻撃を行おうとした。

「むう! 敵が弓を射ってきたな! 歩兵隊! 防御するぞ!」

「はい!!」

相手が単独のオーガなら、それはそれで正しかった。

だが彼女たちの周囲には、奇術騎士団の歩兵部隊がいる。

きちんと訓練を受けている『普通の兵士』たる彼女たちは、当然初歩的な魔術を使えた。

「防御魔術……展開!」

遠くから飛んでくる矢の雨を、光の壁が防ぐ。

エルフたちからすればとんでもなく低レベルの遠距離戦だが、その実とんでもなく有効な手の打ち合いであった。

二十人のオーガが、まったく削られることなく、疲れることもなく、接近してくる。

それを最前線の敵は、間近で見ていたのだ。

「ど、どうする? 矢が全然当たってねえぞ?」

「そ、そりゃそうだろ……相手だって人間の兵がいるんだ、それぐらいやる」

「こ、このまま進んだら、俺たちが……!」

「おい、ちょっと横にずれろよ!」

普通の人間たちからすれば、たまったものではない。

どう考えたって、ぶつかった者は確実に死ぬ。

だからこそ近づく足が遅くなり、陣形は乱れていく。

オーガが接近するだけで、ぶつかることさえなく、敵は乱れていった。

「よおし! 一番槍は我らが行くぞ! オーガ部隊は、我らに続いてくれ!」

「うん、任せた!」

陣形が乱れている部隊というのは、とんでもなく脆い。

まず士気が低下しており、おまけに集団戦闘ができる状態にない。

オーガよりは瞬発力のある歩兵部隊が、その乱れた陣形に突っ込んでいった。

「ひ、ひい!」

「待て、落ち着け! 相手は人間、しかも女だぞ? 逃げずに戦え!」

「そうはいうけどよ! オーガだって近づいてきてるじゃねえか!」

「こいつらと戦ってたら、アイツらが来ちまう!」

配置と力関係から言えば、まさに虎の威を借るキツネであろう。

突っ込んでくる歩兵が普通の人間だとしても、その後ろにはオーガがいるのだ。

歩兵の相手をしているうちにオーガと戦うことになるのだから、そりゃあ戦うのが嫌になる。

「指揮官殿の命令に反するのか!」

「そ、それは……」

「命がけでつっこめ!」

「い、い……ちくしょう!!」

それでも現場の隊長の命令に従って、兵たちは突っ込んでいく。

それこそ鉄砲玉のように、破れかぶれの突撃であった。

「むう……いったん下がれ! オーガ部隊に前線を代わってもらう!」

「はい!」

「うんうん、任せて……行くぞぉおおおおお!」

「おおおおおおおお!」

だがそれこそ、オーガ部隊の望んでいた展開だった。

人間の歩兵部隊と入れ替わる形で前に躍り出た彼女たちは、手にしていた武器をぶん回し始める。

「おごっ!!」

「へご!!」

「ぶふあ!!」

武装していた、命がけで突進してきていた、敵兵たちが宙を舞う。

文字通りの意味で人間ではない彼女たちの怪力で、巨大な武器がうなりを上げていく。

斬られているとか潰されるとかではなく、交通事故で吹き飛ぶように弾いていく。

子供の考えた『戦場で大活躍しているボク』みたいな構図が、そのまま現実になっていた。

「ひ、ひいいいい!!」

「やっぱ無茶だ! オーガ相手に接近戦なんてできねえ!!」

オーガが二十人突っ込んでくるだけなら、何も怖いことはない。

だが同数の人間の軍に、二十人のオーガが混じっているなど悪夢だ。

友軍に守られて、弱点を補われている状況では、オーガに対抗する術などない。

これは人間に限ったことではなく、他の種族でも同じことだ。

仮に同数のリザードマンがいても、オーガとの真っ向勝負は嫌がるだろう。

それでも暴れていれば疲れる、という希望がないでもなかったのだが……。

「すごい! 本当に疲れない!」

「いやあ……さすが親分の作った鎧だ! 快適快適!」

「並のオーガより上って、本当かも!!」

現在新型のフレッシュ・ゴーレムを着ている彼女たちは、その疲れとほぼ無縁だった。

内側からも外側からも冷却されている彼女たちは、戦闘中でありながら快適な体温を保てていたのである。

オーガがばてるのは、自らの筋肉が生む熱量による疲労も大きいが、彼女たちはそれが大幅に改善されているのだ。

であれば、持久力が向上するのは当然だろう。

加えて……。

「み、水を補充しますね?」

「頭からかけますから、ちょっと止まってください!」

多めの水を携帯しているダークエルフたちが、彼女たちの背後に控えていた。

新型フレッシュ・ゴーレムの表面は、リゾートリザードの革に覆われている。

それは保水性と蒸発力を併せ持っており、これに水を被せると通常以上に気化熱による冷却ができるのだ。

「よおし、まだまだいけるぞお!」

「このままぶっ飛ばしてやるぅ!!」

彼女たち二十人は、千人の軍からすれば決して多数ではない。

だが彼女たちが五人ずつ倒せば、一方的に百人の敵が減るということ。

それは残る九百にとってとんでもないプレッシャーであり、味方の千人にとってとんでもないボーナスとなる。

「相手が崩れ始めたぞ! そりゃそうだろうな!」

「ああ、どんどん崩してやれ! こりゃあ楽勝だな!」

オーガが敵を討ち崩せば、その分他の敵も崩れる。

絶対的に優位な箇所があれば、味方はそこを基点にして戦術を練ることができる。

逆に相手は、敵の基点を潰せず、どんどん追いやられていく。

もはや激励だけでどうにかなる段階ではない。

「やはり、こちらが押していますな」

「げひひひ……先任の皆様が奮起しておられるからこそ……私が腕を振るった甲斐がありましたなあぁ」

「ええ、おっしゃる通りです。貴方様の料理がなければ、ここまで全軍が奮戦できたか……」

後方に陣取っている、ガイカクと現場の指揮官。

彼らは自分たち優位に進む戦場の情報を聞いて、余裕を隠せなかった。

しかしながら、ガイカクはやや首をひねっていた。

「ですがねえ……少々おかしくありませぬか?」

「な、なにがでしょうか?」

「敵の抵抗が続いている……もう逃走してもおかしくないはず」

「それは……前からのことです。この戦地の敵は、やたらと士気が高くなって……」

「そうでしたな……」

前任者からすればいまさらだが、実際に初めて戦ったガイカクはやはり不可解に思っていた。

「敵はまだ、根拠がある、勝算がある……伏兵がいる?」

ガイカクは、正面の戦場ではなく、周囲を見渡した。

もちろん人が多くいるので、視界はお世辞にもよくない。

だがそれでも、敵の兵が接近しているかどうかはわかった。

「いや、さすがに本陣への奇襲はないな。これだけ押していたら、指揮系統が多少乱れても意味がない……となると……」

ガイカクはここで、フードをまくった。

そしてもっとも押している場所、自分の部下がいる場所をにらんだ。

「ヤバいか……?」

今の優勢は、オーガ部隊が押しているからこそ。

もしもそのオーガが全滅すれば、逆にこちらが劣勢になりかねない。

そしてそれを仕掛けるのは、こちらのオーガがある程度疲れて、なおかつ敵が減りきっていない今ではあるまいか。

「だが……打てる手は……無い」

予備選力を持ってきていないガイカクは、ただ結果を待つことしかできなかった。

いや、仮に予備戦力を持ってきていたとしても……。

二十ものオーガを葬りうる戦力への対処など、できるものではない。

一方的に攻撃できる状況でのエルフや、無防備な相手へ奇襲するケンタウロス。

それらと同等に、接近戦のオーガは強い。周囲から適切な協力を得ていれば、なお強い。

だからこそ周囲は彼らを持ち上げて、彼らを厚遇する。

そして……討ち取ることに成功すれば、大戦果となる。

「妙な鎧を着ているな……ワニの革を使うとは珍しい。だが騎士団なら、それもありえるか」

「普段以上に切り込まなければなりませんね」

「ああ……間違っても、余裕だと思うな」

現在アルテルフは、自陣営の兵に紛れていた。

信頼できる側近とともに、普通の人間だと勘違いするような恰好をしている。

はっきり言って、セコい。だがそのセコさは、この状況では最善だった。

獣人はオーガほど大きくないが、そのぶん奇襲に向いている。

それでもある程度近づけばバレるだろうが、そのある程度の距離をアルテルフたちは間違えなかった。

「もしも失敗してみろ、生き残っても味方に殺されるぞ」

「……」

「俺たちが好き勝手やるには……納得できるだけの武勲がいるんだからな」

そう、アルテルフは間違えていない。

彼はこれからやる作戦が、どれだけ危険かわかっている。

成功する自信はあるし、成功してきた実績もある。

だが、一度でも失敗すれば死ぬ。そういう、危うい賭けでもある。

「いいか、一気に行くぞ。俺が先行して半分をやる、お前たちは俺に続いて、残る半分をやれ」

ここでアルテルフたちは、武器である鉈を手にした。

戦争で使うにはやや小ぶりで、奇襲をするにはやや大きい。

だがオーガを殺すとなれば、これぐらいでも『ナイフ』みたいなものだった。

仮にこれで斬っても、武装しているオーガなら元気に暴れそうなものである。

この鉈で、正確に相手の急所を切り裂く必要があった。

「一気に決める、そしてそのままこの戦場を決める」

アルテルフは戦場で何人ものエリート、とりわけオーガを殺してきた。

その方法は、極めてシンプル。味方に紛れて接近し、ある程度の距離から一気に襲い掛かり、急所を切り裂くというもの。

さながら肉食獣のような狩猟法は、必勝法に思えるかもしれない。

しかし失敗すれば、死あるのみ。

現在奇術騎士団がやっているような人間との連携とはわけが違う、単一種族による完全なるスタンドプレー。

ハイリスクハイリターンの極致たるそれを、彼らは実行する。

「行くぞ!」

獣人のエリートたるアルテルフは、自分のつぶやきとともに爆発した。

圧倒的な速力をもって味方の合間を駆け抜けながら、強壮なるオーガの間合いに飛び込む。

「?」

奇術騎士団のオーガたちは、それに反応できなかった。

それどころか、なにがあったのか理解もできなかった。

「とった!!」

狩りの成功を確信したアルテルフは、その鉈で首元に切り込む。

本来頑丈であるはずのワニ革に、鉈は深々と切り込んだ。

そしてその奥にある、太い血管を切り裂く。

彼が鉈を引き抜くと同時に、おびただしい出血がほとばしった。

だがその出血が、アルテルフの体にかかることはない。

彼はこの時すでに、次の獲物に躍りかかり、斬り込んでいた。

それに続く形で、彼の側近たちも他のオーガに切り込み、致命傷を負わせていく。

「ふぅ……」

一瞬の全力疾走、乾坤一擲の奇襲。

それを終えたアルテルフは、戦場のただなかで、汗を拭きだしながらも一息を入れた。

敵味方の誰もが注目する、進行中のオーガ。

その彼女たちが、いきなり大量の出血をした。

だからこそ、その瞬間、周囲は沈黙に包まれた。

一体何が起きたのか、アルテルフを知る敵陣営ですらわからないほどだった。

それほどアルテルフたちの奇襲が完ぺきであり、鮮やかだったということだ。

「ふん……完璧だな。俺たちの今日の仕事は、ここまでだ」

心地よい沈黙の中で、アルテルフは引き上げようとする。

主力を逆に殲滅されて、優勢劣勢が一気に逆転。

それが彼の闘争法であり……出世してきた理由だった。

「あとはお前たちで好きにしろ」

そう……アルテルフは完ぺきだった。

百メートル走を走るスプリンター、アスリートが、百メートルを走る中でペース配分を間違えず、使い切ったところで百メートルを終えるように……。

アルテルフたちは、二十人のオーガを最速最短で殺していた。

「?」

そのはずだった。

オーガたちは何が起きたのかもわからずに首を切り裂かれていた。

彼女たちの首からは、大量の血が噴き出ていた。

つい一瞬前まで軽かった体が、一気に重くなっていた。

「……?」

おびただしい出血が収まりつつある中で、彼女たちはぐるりと周囲を見渡して、疲れた様子の獣人たちを見つける。

「オーガは頑丈だな、だがもう血がないってことは……まともには動けまい」

余力こそないものの、余裕たっぷりに、アルテルフたちは彼女たちの間を抜けていこうとして。

「こ、このおおお!!」

慌てた様子のオーガたちに、叩き潰されていた。

「あ、あがぁ……?」

何が起きたのか、アルテルフたちにはわからなかった。

首を切り裂いたはずで、大量に血が出たはずのオーガたち。

彼女らは多少動きが鈍っただけで、普通に攻撃してきた。

その姿を、敵も味方も見ていた。

いやむしろ、第三者目線だからこそ、当人たち以上に見えていた。

「薬で痛みを感じない……とかか?」

「バカ言え、あんなに血が抜けていたら即死だ! 痛みがどうとかじゃねえ!」

「ち、 血糊(ちのり) か? 首に仕込んでいたのか?」

「あんなドバドバ流れる血糊があるか! しかもあんな鉈で首を斬られたんだぞ?!」

敵も味方も、何が何だかわからない。

いくらオーガが頑丈でも、今の出血なら即死、そうでなくとも身動きができるわけがない。

血液が人体でどのように機能するか知らないとしても、血が流れ過ぎれば死ぬなんてことは、この世界でも常識だった。

「……な、なに、こいつら……どこから出てきたの?」

「っていうか、体が重い……いきなり鎧が壊れた?!」

混乱しているのは、オーガたちも同じだった。

敵も味方も静まり返っているし、いきなり獣人が現れるし……。

なにより、 培養骨肉強化鎧(フレッシュ・ゴーレム) が機能を停止していた。

「……首が痛い、もしかして斬られたの?」

「そっか……この鎧じゃなかったら死んでたね」

だが彼女たちは、すぐに状況を理解した。

そしてここで、自分たちが危なかったと理解する。

そう……彼女たちの首は、たしかに斬られていた。

だが彼女たち自身の首、および血管には鉈が達していなかった。

アルテルフたちの 鉈(やいば) は、フレッシュ・ゴーレム自体の血管を斬るにとどまっていたのである。

フレッシュ・ゴーレムが筋肉によるパワードスーツである以上、内部には血管がある。

これも生体であるため、血管が切れれば出血もする。出血すれば、機能が停止する。そうなれば、ただ分厚くて重いだけの肉に成り下がる。

だが当然ながら、装着者自身が死ぬことはない。

「いや、違うよ……それだけじゃない。新型じゃなかったら、死んでたかも……」

だがしかし、首の部分にそこまで分厚い装甲も筋肉もない。

大量出血した理由はフレッシュ・ゴーレムの血液で説明がつくが、首の 太い血管(・・・・) が守られた理由はまた別だった。

そう、太い血管である。

太い血管という単語がよく出るのは、出血した場合のリスクの高さだけではなく、もう一種類ある。

体を効率的に冷やす時だ。

バブバブバオバブ。

ガイカクが新型フレッシュ・ゴーレムに仕込んだ、体の内部の熱を吸収する樹の肉。

それは当然、彼女たちの太い血管付近に多く着いており……首筋にもそれがあったのだ。

その分だけ装甲が厚くなっており、彼女たちの首を守っていたのである。

「首の皮一枚、だね」

「……うん」

「が、あ……な、なんでだ、なんで立てる……なんで戦える……? 一体、なんの手品だ?」

その本来の用途から外れた『構造』、機能ですらないものが、明暗を分けていた。

オーガたちは立っており、アルテルフたちは瀕死であった。

そう、アルテルフたちは完ぺきだった。

完ぺきに体力を使い切ったからこそ、もう余力がない。

奇襲の成功にリソースのすべてを注ぎ込んだからこそ……予想外の反撃に、対応するだけの何かがない。

仮に油断していなかったとしても、今のオーガたちにさえ勝てなかっただろう。

「お、オーガたち、大丈夫か?」

「うん、フレッシュ・ゴーレムが壊れただけで……」

「そ、そうか……! あ、でも……じゃあ……」

「うん、超やばい」

一方で、オーガたちの状況も良くなかった。

歩兵隊の面々も情報を共有できたが、打てる手がない。

フレッシュ・ゴーレムが機能を停止した以上、今の彼女たちは最底辺のオーガにすぎず、またフレッシュ・ゴーレムも枷になってしまった。

これでは先ほどまでのような活躍は、到底望めない。

もしも今襲われたら、それこそ負けてしまうだろう。

「あ、アルテルフ様が、やられた?」

だがその彼女たちの耳に、敵の漏らした情報が届いた。

「……まて、もしかしてこいつは……ジャイアントキリングのアルテルフか!」

「よし、オーガたち! 勝ち名乗りだ! 勢いでごまかせ!」

「わ、わかった!! よおし、いくぞおお!!」

「あるてるふ、討ち取ったり~~!!」

「敵のあるてるふは、奇術騎士団、オーガ重歩兵が倒したぞ~~!」

ここで彼女たちは、勢いでごまかすことにした。

敵将(?)を討ち取ったという事実を周知させて、なんとか敵を撤退させようとしたのだ。

その、とってつけたような作戦は……。

「アルテルフがやられた~~!」

「も、もう駄目だ!! 相手のオーガは不死身だ!!」

周囲の敵が、積極的に協力してくれた。

ただでさえ劣勢だった彼らを支えていたのは、アルテルフへの恐怖と信頼。

それが撃ち崩されたことで、敵軍は一気に敗走し始める。

そうなってしまえば、もう優劣どころではなく、勝敗が決定する。

「つ、追撃しろ~~!」

「敵を壊滅させろ~~!」

「奴らを倒せば、家に帰れるぞ~~!」

一方で味方側も、それにのっかった。

何がどうして生き残っているのかはわからないが、どうやら奇術騎士団はもう戦えない様子である。

ここから元気に暴れられる方が怖いので、むしろ安心した様子で、見て見ぬふりをしつつ突っ込んでいく。

敵味方に取り残される中で、奇術騎士団は獣人たちを囲んでいた。

「ぐ……くそ……殺せ」

「……え、命乞いをしないの?」

「味方に嫌われている自覚はある……それに、骨がぐしゃぐしゃだ……もう戦えねえよ」

その中で、アルテルフは自分を殺せと言っていた。他の獣人たちも、それを無言で肯定している。

いや実際、もう手の施しようがないだろう。

「それにまあ、納得はしている……好きに振舞って、名を上げられたんだからな……」

そして彼は、呪いを残す。

「お前たちも、そのうちこうなるさ……助かった~~って顔を見るに、死なないわけでもないだろう?」

「……」

「だから、死ぬさ。俺と同じように……」

戦場で横になっている男は、開き直って笑っていた。

「無様に死ぬのさ、雑兵と変わらずにな」

彼は、笑って死んだ。彼の仲間も、同様である。

奇術騎士団は、全員死ぬことなく、生き残っていた。

それが、結果であった。だがしかし、運がいいだけの結果であった。

彼女たちは、そう思っていた。

時間も体力も、リソースである。

ある意味では、この世のあらゆるものが 有限(リソース) と言える。

仲間との友情でさえ、それを成立させる時間を思えばリソースと言えるだろう。

忘れてはならないのは、敵も同じだということだ。

奇術騎士団がアルテルフの存在を察知できなかったのは、それを調べることへリソースを割けなかったことであるように……。

アルテルフがフレッシュ・ゴーレムを知ることができなかったことも、また同じ理屈だった。

お互いに相手の情報を完全に知りえないならば、それを含めての実力勝負。

不慮の事態へ割く 余裕(リソース) があった、奇術騎士団に軍配が上がったのだ。

とはいえ、皮一枚の差であったことも事実である。

騎士団に属するということは、その皮一枚の差を問われ続けるということだった。