軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最大の障害は標的の身内

カドケイタという街には大きな集会場がある。

広々とした遊具の無い公園のような場所であり、手入れのされた芝生の広場だ。

普段は市民に開放されているが、催事には貴人のパーティー会場となっている。

今回はラベアテス軍の祝勝パーティーということで、やはり閉鎖されている。

だが今回のパーティーでは『貴人』のハードルが下がっていた。

それは貴族の末席しか出席していない、という意味ではない。

カドケイタ侯爵やエルフの評議員を含めて、かなり上位の者たちが本気で出席している。そのうえで、周辺の村々の村長や有力者も招かれていた。

なかなかの幅の広さである。

普通に考えれば、それだけ上の方の者が出席するパーティーに足を運ぶ『田舎の有力者』などそうそういない。

もしも機嫌を損ねてしまえば、合法的に村ごと村八分にされかねないからだ。

だがそれでも多くの村から出席者がやってきた。

彼らはそろって騎士団の騎士や団員たちに向かい、たどたどしくも礼を尽くして挨拶や感謝の言葉を述べた。

それは形式的な感謝ではなく、全身全霊の感謝であった。

「私の息子は村の若手を引き連れて従軍いたしました。送り出す時は気が気じゃありませんでしたよ。息子たちが帰ってきたときは、村の全員で足があるか確かめたほどです」

「息子たちは命からがら帰ってきたと言わんばかりに緊張していましてね、負け戦だったと言っていました」

「息子の口から聞いたのに、負け戦、つまり息子は死んだ! などと考えてしまうほど肝を潰しました!」

「騎士団……特に奇術騎士団の皆様が尽力なさり、敵の暴走を突いてくださったと聞いております」

「ありがとうございました……村の者、全員を代表してお礼を言わせていただきます」

ーーー奇術騎士団の歩兵隊、重歩兵隊はパーティーがあると聞いて大きな期待と小さな不安を抱いていた。

小さな不安。歓待されるのは嬉しいが、団長であるガイカクや他の騎士団の添え物扱いされるのではないかと。

しかしそれは杞憂だった。前回や今回の戦争で自分たちは活躍していたので、兵士たちから尊敬されつつ感謝されていた。

考えてみれば当然である。

ライナガンマ防衛戦のように大規模なものでなくとも、友軍の兵士を一人でも多く家に帰らせることができれば感謝される。

むしろ彼女らのような出自の者からすれば、共感しやすい感謝だ。

(最高の気分)

多くの小さな村の有力者……彼女らからすればむしろ逆に理解しやすい有力者たちから『納得のいく感謝』を受けた団員たちはほくほく顔である。

ちなみに蠍騎士団の面々も同じようなものだった。

彼らも前回や今回の戦争で奮戦したし、勝利に大いに貢献している。

三ツ星騎士団や奇術騎士団に一歩遅れを取る形になってはいるが、それは納得できることだし、三番手と言っても十分感謝されているのでいい気分だった。

騎士とはこういうもの、を感受し悦に浸っている。

承認欲求、自己実現欲求が最高レベルで満たされていく。

通常の者が一生かかっても味わえない多幸感が溢れてきていた。

これに後ろめたさが一切ないというのが本当に最高である。

このままベッドで横になっても『もしも……』とか考えなくていいのがイイ。

そのようにパーティーを満喫していた騎士団であったが、場の空気が急に変わったことにはすぐに気付いた。

有力者たちもこの場に長くいると危険だと判断し、何度も礼を言ってから会場を出ていく。

本当の意味での有力者たちも姿勢を正し、わずかな酒気を気合で弾き飛ばしていた。

「げひひひひ!」

なぜか腰を曲げて姿勢を低くしている、気味の悪い笑いのもみ手男。

へりくだる姿をした男の周りには、カドケイタ侯爵をはじめとする貴人が集まっていた。

奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメ。同盟相手である三ツ星騎士団団長オリオンと共に主賓として歓待を受けている彼に、その場の全員の視線が集まっていた。

やはり格が違う。

調子に乗っていた蠍騎士団や奇術騎士団も正気に戻っていた。

自分たちとは立場が近いので誤認するが、本来彼は貴人ですら迂闊に声をかけられない存在だ。

だからこそ貴人たちのほうが積極的に接近しようとしている。上品なふるまいをしているが必死なのだ。

その中でも一歩前へ出ているのがエルフの評議員たちだった。

人間の男性と並ぶとその線の細さが際立つ彼らは、普段見せている誇り高さを抑えつつ話を振っていた。

「ところでヒクメ卿……貴殿はお忙しいのでご存じないでしょうが、我らがエルフは大胆な法制度の改定を行いました。というよりも、協定に合わせて法を調整した、と言った方がいいかもしれません」

「法整備? なるほど……法秩序を守る立場としては、聞いておいた方がよいかもしれませんね」

「ええ! ぜひ聞いてください!」

ガイカクがいろいろと違法行為をしていると知っている者たちからすれば、『どの口が言うか』案件である。

しかしそれに突っ込みを入れるものは、もはやこの国には一人もいなかった。

「我が国とエルフは、魔導医療技術の発展のために研究協定を結びました。今まで違法として封印してきた技術を限定的に合法とし、協力して研究しなおすことになったのです」

この都市の領主であるカドケイタ侯爵……30を超えた男性領主は、エルフとの協調路線を強調する形で説明を引き継いでいた。

「国政を担う方々は草案を作ることにも苦労なさってましたよ。なにせ違法技術とは、違法にしなければならないほど危険な利用方法があるものばかり。それを部分的に合法にしてしまえば、被害が出た際に誰が責任をとるのかという話です」

「ごほん! 誰が責任をとるのかという問題もそうですが、危険だとわかって合法にしたうえで被害が出れば目も当てられませんからね!」

「原材料の栽培は指定された区画に限定し、製造も同範囲内とし、薬品の持ち出しも厳禁というほぼ研究目的の法整備です! 良くも悪くも、市民へ影響が出ることはないでしょうねえ!」

(来たか……!)

蠍騎士団の面々は、まさに自分たちの言っていたことが現実になったと理解していた。

今の彼らは『悪用の実例』を知っているので法改正を安易に遅いとは決めつけないが、それはそれとして必然の流れだとは考えていた。

今後はガイカクの使う違法魔導技術が精査され、部分的であれ合法的な医療として普及していくのだろうとみていた。

(あれ?)

そう思っていたのだが、ここで少し不自然なことに気づいた。

話している者たちの顔がこわばっているのだ。

正規の手続きを踏んだ合法的な話である。騎士団長相手に話しても問題はない。

仮に ガイカクが(・・・・・) 怒った(・・・) としても問題ないはずだ。

なんならガイカクの必要性は下がる可能性が高い。

にもかかわらず、彼らはガイカクが怒ることを警戒しているようだった。

(さて、どうなる?)

一方でガイカクのそばにいるオリオンは、侯爵や評議員の事情を分かっていた。

そのうえでここから先は全く読めない。

ガイカクがどう動くのか次第で何もかもご破算になりかねない。

(俺という正解を見た後で、大慌てで合法にする……魔導の正解だけを求める俗物め、などと怒り出しても不思議ではないが……)

遠くでラベアテスも見守っている。

ガイカクが怒らないことを願いつつ、しかしどうなっても不思議ではないとも考えていた。

果たしてガイカクは怒るのか否か。

「さようで」

ノーリアクションだった。

それこそ世間話を聞いた程度のリアクションだった。

この反応も想定内ではあった。

なにせガイカクは今まで一度も政治、法律について動きを見せない。

自分の扱う魔導が違法であると知ったうえで、法律の方を変えようとしていなかった。

やろうと思えばできたのに、である。

これが無関心からくるものではないか、という推論は立っていた。

だがそれでも推論に過ぎなかったため……。

「さ、さようなのです」

周囲の侯爵や評議員たちは気の抜けた返事しかできなかった。

周囲からすれば失笑を買いかねないほど安堵した言葉が出てきていた。

(よかった、これで希望はつながる……!)

感無量と言わんばかりに、彼らは他に言葉が出なかった。

役目は果たされたと言わんばかりである。

「冷めておられますなあ、ヒクメ卿。貴殿は黒い噂やドス黒い噂に誇りを持っていると思っておりました。一部でも合法になってしまえば、その噂も陰るのでは?」

間を持たせるためにオリオンが話しかける。

弁が立つわけでもない彼の口からすっと言葉が出たのは素直な所感だったからだろう。

「無許可で医療を行えば違法に変わりはありませんよ。それにまあ……今回の変更を含めても、私はこの国の魔導に関する法律に文句はないのです」

ガイカクが扱う違法魔導技術は多くあるが、違法になっている理由については共通していない。

原材料が絶滅寸前になった酒、悪用しやすい生体魔方陣、濫用されてしまった痛み止め、高難易度な外科手術。

だがそのいずれも迷信だとか政治的パワーゲームによる、魔導的に無根拠な法律ではない。

違法になる理由はどれも、魔導士として納得できるものばかりだ。

だからこそ不満は一切ないのだろう。

(法律を守っていないのならなおさら興味はない、か。しかし……ここから 先(・) は予想しているのかいないのか。予想していたとして、協力してくれるのかどうか……)

ラベアテスはオリオンとガイカクの会話を聞きながら、危うい橋の一歩目を渡り始めたことに背筋が凍るのであった。

エルフの評議会というのは、周辺一帯のエルフの森から評議員が集まり、エルフ全体の法律について話し合う場である。

各森はそれぞれが都市国家であり、利害が必ずしも一致しているわけではない。

その決定がそこまで大きな意味を持たないということもしばしばだ。

だがだからこそ、エルフたちは評議会に誇りを持っている。

敵対している森同士ですら同じ森に集まり会議ができる。実に理性的で文明的である。

そして現在、エルフの評議会は大いに重要度を増していた。

長年の課題を通り越して、もはや諦めていたエルフの外科医療の合法化、という重大すぎる問題を抱えていたのである。

ーーーエルフの評議会の開催される場所は、開催されるたびに変わっており、各森を巡る形になっている。

奇術騎士団と因縁のあるディケスの森が選ばれたのは、ある種の必然だろう。

劇場のように階段状になっている席にはエルフの評議員たちが座っており、中央には……。

そう、中央には奇妙な準備があった。

マグロの解体ショー、の準備のような状態であった。

大きな机の上に大きな魚がのっかっており、その体液が床に散らないよう保護用のシートが敷かれていた。

そこに現れたのは人間の魚屋である。

大きな魚を捌くことに関しては一流を自負する専門家であった。

彼は自分が使っている鮮魚用の包丁をもって、注目を受ける中央に立った。

(なんだこれ? 魚の解体をしてほしいっていうから来たが……見世物って雰囲気じゃねえぞ?)

鮮やかな職人技というのは見ていて楽しいものである。

この場に来た魚屋も、大きな魚の解体ショー自体は何度か経験がある。

だが現在集まっている視線は、好奇の類ではなく緊張のたぐいだ。

少なくとも楽しみにしているという雰囲気ではない。

(まあいい、とっとと終わらせて金もらって帰ろう)

40歳を超えている一流の魚屋は、動揺していても魚の解体に支障はない。

大きな魚ではあったがするりと包丁を通し、見る間見る間に解体していった。

これにはエルフの評議員たちも少し驚いているが、歓声は上げていない。

妙な緊張感の中、大きな魚は『商品』に変わっていた。

大量の切り身になり、整然と並んでいる。

「あっしはこれで失礼を……」

「申し訳ないが……だまし討ちになってしまうが、少し待ってほしい」

帰ろうとした魚屋を、エルフの男性が止めていた。

彼はディケス。この森の長であり、この魚屋を呼んだ男である。

「約束の報酬の三倍を渡す。なので……」

「とんでもねえ! 何をさせる気だ!? 今すぐ帰らせてくれ!」

「ままま、待ってくれ。本当に危険なことをさせる気は無いのだ!」

ディケスが間を持たせていると、場違いなことに『リザードマン』が現れた。

この森には以前にリザードマンが襲撃を仕掛けてきたので、他人とはわかっていても同種を招きたくはなかった。

それでも彼がここにいるのは、それなりの理由がある。

「……このワニを、そのまま、ここに納品でいいのか?」

リザードマンは猟師であった。

それもワニ専門の猟師である。

沼地から狩ってきたワニ5頭(未加工)を、この評議会に納品に来たのである。

高額だったので引き受けたが、異常な雰囲気にドン引きもしていた。

明らかに場違いである。

「ああ、すまない。本当に済まない。ここに納品で間違いない。では魚屋殿……このワニを解体してくれ」

「……はああ!?」

「おいちょっとまってくれ、どういうことだ」

「何も聞かず引き受けてくれ……!」

納品に来たリザードマンの猟師も魚の解体を終えたばかりの魚屋も困惑が加速していた。

いったい何のためにそんなことを要求されているのか見当もつかないのだ。

「鶏や豚ぐらいならなんとか捌けるが、ワニなんて解体したことないぞ!?」

「だから意味があるのだ! 頼む!」

そこをぐいぐいと押していくディケス。

魚屋は混乱していたが、周囲を観れば他の評議員たちも申し訳なさそうに頭を下げていた。

こうなると断れない。

彼は困った様子で、魚に変わって机の上に置かれたワニの前に立った。

(どうすりゃいいんだ?)

しかしどうすればいいのかわからない。

なにせ爬虫類である。どこが食肉可能なのかも見当がつかなかった。

「道具は用意している。これを使ってくれ。あとこれはワニ肉を解体するレシピだ」

そこにディケスはワニ用の包丁とワニ解体用のレシピ本を持ってきた。

どうやらこれで解体しろということらしい。

魚屋は仕方なくレシピ本を読み始めた。

幸いにして絵もついており、初心者でもわかるように書いてある。

何度か読んだ後、手順を一つ一つ確かめながらワニ肉を捌いていった。

当然ながら、とてもモタモタしている。

先ほど大きな魚を鮮やかに捌いていた人物と同じとは思えない。

そして解体されていったワニの肉は、やはりキレイとは言い難かった。

どう見ても商品と呼べるものではない。

「一頭、なんとか終わったぞ」

「十倍払うから残りも頼む」

「言われると思ったぜ……」

もはや辱めに近いショーだった。

それでも魚屋が引き受けていたのは、周囲のエルフたちがものすごく真剣で痛ましい目をしていたからだ。

一人でも笑っていたら、その包丁の峰でディケスの頭をぶん殴ってから帰っていただろう。(その場合ディケスは死ぬので峰打ちの意味がない)

そうして、再びワニの解体が始まった。

包丁を扱うことに関してはプロであるため、悪戦苦闘しつつも手慣れてきていた。

一回目よりも二回目、三回目、とどんどん切り身がきれいになっていく。

しかしそれでもやはり、商品と言えるものにはなっていなかった。

「……もう我慢できねえ!」

ここで納品してきた猟師が動いた。

尻尾を揺らしながら近づき、魚屋の手を取って指導を始めた。

「ここに包丁を通せ! そんでもって、角度はこうだ!」

「おお、悪いな!」

「それからこっちに……」

最後の一頭の解体を始める段階で、素人である魚屋の手を取りながら指導を始めた。

猟師なのだから獲物を捌くのもお手の物。

こうなると一気に作業は加速し、売り物になる切り身となって並んでいった。

「二人とも、よくやってくれた。ここまでで十分だ、帰ってくれて構わない」

ディケスは少し顔色を悪くしながらお礼を言った。

エルフは脂の臭いが苦手なため、魚やワニの臭いで気分を悪くしているのだ。

それでも彼は文句を言わなかった。

猟師が口を挟んだことにも何も言わなかった。

そのうえでもう帰っていいと言ったのだが、ここまでくると魚屋も猟師も逆に帰れなかった。

「ちょっと待ってくれ。一体全体なんだったんだ!?」

「事情を説明してくれ!」

「……それもそうだな。ではお二人も交えて、話をするとしよう」

ディケスは二人に椅子を用意すると、切り身が並ぶ机の前に立った。

ワニ肉のほとんどが、もう売り物にはならない。

変な切り方をしたので味も落ちているだろう。

「皆様もご覧になったように、魚を鮮やかに解体する職人であっても、専用の道具とレシピ本を渡されてなお、初めて触る肉を捌くことは容易ではありません」

本が無力というわけではないが、静止画と文章だけで解体ができるわけがない。

少なくとも最初から成功させるなど不可能であった。

「これは外科手術にも言えることです。他の種族の外科医であっても、エルフの手術は簡単ではありません。まして外科手術をしたことがないエルフの医者がやるとなればなおさらでしょう」

ここでようやくショーの趣旨がわかった。

料理と外科手術を混同するのはおかしなことであるが、生物学的に見ればそこまで遠くはない。

魚屋も猟師も、あらためて一回目のワニ肉を見る。

あの手並みで外科手術をしていれば、患者は絶対に助からないだろう。

ーーー魔導士曰く、知恵ある生き物と言っても肉体の構造はある程度のグループ分けがされる。

人間、オーガ、ゴブリン。

エルフ、ダークエルフ、ツリーエルフ。

オーク、獣人、ケンタウロス。

リザードマン、ラミア。

半魚人、人魚。

それぞれのグループは肉体の構造的に近く、グループ内ならば医療面でもある程度共通していることも多い。

つまりエルフと共通しているのはダークエルフとツリーエルフなのだが、それらの社会とつながることは難しい。

ダークエルフは社会全体として秘密主義であり、エルフともあまりかかわりがない。またたまに従軍するダークエルフ曰く、ダークエルフ社会も医療というものはあまり発達していないそうだ。

ツリーエルフに至っては珍種……というか生息域が違いすぎて、そういうのがいるらしいということしかわかっていない。

よってエルフの医療はほぼ自力で何とかするしかない。

医学のための尊い献身、検体も含めて、である。

それが難しいことは、現在の医療体制が証明している。

政治家側が一切の倫理を捨てて、エルフの外科手術を完全合法とし、そのための『試行錯誤』すら許容したとしても。

患者はもとより、現場の医者だって嫌だろう。試験すら誰もやるまい。

人間でも抵抗があるだろうが、エルフはなおさらその気持ちが強いのだ。

だからこそ医療技術が発達しなかったのである。

「コレを避けるには、実際にできる者から直接指導を受けるほかありません。つまりヒクメ卿の協力が不可欠なのですが……ご存じのように彼は騎士団長。医療に対して積極的ではありません」

なんとかしてガイカクを引き込みたい。

そのためにどうすればいいのかエルフたちは必死に頭を回した。

その第一歩が『エルフの外科医療を合法にする』であった。

「そこで……ヒクメ卿が手を貸したい、と思うような状況を整えることにしたのです!」

ここで魚屋は猟師を見た。

彼は頼まれていたわけでもないのに、自分から積極的にワニ肉の解体に協力していた。

頼まれていれば、もっと早く対応してくれたに違いない。

これを再現する、ということなのだろう。

「もしもこれが失敗すれば……合法にしたことに何の意味もなく、エルフの医療は再び止まることになるでしょう」

評議会は重苦しい空気に満ちたまま終わった。

言い方は悪いが、ガイカクをハメるようなものだ。

彼ほどの知恵者にそれが通じるのか、本当に怪しいところである。

だが他に手の打ちようがないのだ。

彼らは何もかもが順調に行くことを願っていた。

騎士団御用達の国立病院。

ここは戦いで傷ついた騎士たちが運び込まれ、最先端の医療を受ける場所……だった。

現在ガイカク・ヒクメが現れたことによって、騎士への本格的な治療は彼が担うことになっている。

彼が戻るまでの応急処置、および彼が処置をした後の経過観察が主な業務になっていた。

現場の医師たちは、これについて……まあ不満がないでもないが、ありがたく思ってもいた。

なにせ騎士である。失敗したら大問題になるので、できればやりたくないというのが本音だ。

そこを騎士団長自ら担って、しかもあっさり成功させてくれるのだからありがたい話である。

違法行為というのはいただけないが、人道や倫理に反していないことは明らかであり、見逃せなくはない範疇だ。

これは蠍騎士団へ語ったことと変わりない。

だが問題は起きていた。

周辺諸国から富裕層や貴人、上位軍人や身分を隠した王族などがわんさか入院してきたのである。

どれもが厄介な患者であり、現在の医療技術ではどうにもならないものだった。

彼ら自身もそんなことはわかっている。

だがガイカク・ヒクメに接触できればあるいは、と考えてしまったのだ。

厄介なことに、彼らがその願望をガンガン押してきているのが現在の状況である。

医師や看護師に賄賂や脅迫までしてきているのだが、彼らにはガイカクに接触する機会がまったくないので全く無駄だった。

あげく患者同士でけん制し合い、ガイカクがあずかり知らぬところで順番待ち争いをし始めるほどだった。

全員が時間と労力を無駄にしており、すっかり疲れ切っている。

そのような状況で院長を含めて大勢の職員が安堵する情報が入り、急遽説明会を開くことになったのだった。

大きな会議室、それも警備兵もつけての説明会である。

患者やその家族たちは一定の期待をせざるを得なかった。

「え~~……この度、法改正が行われ、いくつかの薬品の製造と使用が限定的に許可されました。これによって、投薬で治る見込みの患者様には、臨床試験という形になりますがその投薬ができます!」

今まで溜まっていくだけだった患者たちのうち何割かは治せる。

院長や内科医は涙を流しながら報告をしていた。

肩の荷が何割か減ったので、心からの涙であった。

「禁止されている薬さえ投与すれば治せるのにと……いったい何度、ヒクメ卿が製造しているであろう薬品の横流しを依頼しようと思ったことか……今回の法改正で、そのような違法行為が不要となったのです!」

患者たちも泣いて喜びたいところだが、病院側が泣いているので泣くに泣けなかった。

またふと隣を見れば、投薬では治らない患者やその家族もいるのでやはり喜べる状況ではない。

「そのうえで……外科医療についての話に踏み込ませていただきます。魔導局よりいくつかの資料を譲っていただきました。およそ二百年ほど前に国立魔導局に在籍していた医療専門の魔導士、チョッキュウ・ド・マンナカ氏の手記や論文なのですが……二百年前とは思えないほど先進的な内容でした。しかしこれを読んだうえで申し上げますが、どう考えても我らでは実行不可能です」

練習法も含めて学ぶことができたが、本を読んだだけで外科手術ができるのなら医大なんて必要ない。

読む前から分かり切っていたことである。

「ですが重要なことがあります……合法になった、ということです! 本当に変な話ですが、ヒクメ卿に協力を要請してもそこまで後ろめたくないのです!」

今まで国の上層部がガイカクへの依頼を積極的に行わなかったのは、違法医療行為をして失敗した場合のリスクが高すぎたことだ。

今回は臨床試験という体での施術であるため、ある程度のリスクがあると説明可能なのである。

「具体的にどう交渉するか、わかりやすく説明しましょう……!」

『ヒクメ卿! お願いがあるのです。この度法改正が行われまして、違法になっていた外科医療の臨床試験が、我が病院で行われることになったのですよ!』

『ほう、そうなのですか。ですが今まで非合法だった……まったく練習できなかった手術をいきなり施術するのは大変なのでは?』

『そうなのです! なので心苦しいですが……協力願えませんか? 一通りの手本を見せていただきたいのです!』

『まあそれぐらいなら構いませんよ。いつもお世話になっておりますので』

二人の医者が小芝居を演じた。

まあまあわかりやすい話である。

少なくとも『違法行為なのはわかっているんですけど、ウチの病院に来て施術してくれませんか』とか言うよりは現実味があった。

それに初心者がやるのではなくガイカク自身が施術してくれることになるのだから、患者たちとしても悪い気はしなかった。

「そのうえで! 注意事項があります! ヒクメ卿の前で自我を出さないでください!」

院長は出来の悪い息子へ説教するような口調で訴えていた。

「この手記を書いたチョッキュウ・ド・マンナカ氏もそうですが……ヒクメ卿もまた医者を志したうえで、患者様との軋轢に苦しんだ過去があるそうです。もしもここで皆様があれやこれやと、我々に言っていたようなことをヒクメ卿ご本人に言った場合……何もかもがご破算になりかねません!」

厄介なことだが、ガイカクは本人が言うように医者ではないのだ。

この話を蹴ったとしても、彼自身には何のダメージもないし、何の苦情も言えない。

すべては彼の気分次第なのだ。

「苦情などは本人に伝えず! 私たちやカウンセラーに伝えてください! そうしないと何もかもが無駄になるのです!」

患者やその家族たちは、不承不承ながらも頷くしかなかった。

この建前を作るために多くの労力が割かれているはず、それを無下にすれば自分たちも危ういと察している。

ーーーひとまず、釘は刺せた。

情報筋によれば、今回の戦争で奇術騎士団は快勝し、負傷者もほぼなく、祝勝パーティーまで開いているとか。

ガイカクの機嫌はいいはずである。

これなら依頼しても問題ないだろう。

ただ、不安がないわけではない。

自分たちではどうにもならないところでも問題は発生しうるのだから。

ーーーオリオン卿およびセフェウ卿、そして憲兵曰く。

この計画をご破算にしかねない最大の脅威は、水晶騎士団と豪傑騎士団であった。

彼女らの考えなしの提案がガイカクに届けば、それはもうご機嫌を損ねるであろう。