軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

熱い士気と堅い士気

早朝、開戦前。

イシディス軍へ使者が現れた。

敵であるラベアテス軍からの使いであり、実に堂々と『遺体』を運んできた。

「この度! 騎士団は行軍中にオーガ単騎からの突撃を受け、大いに痛手を受けた! 本来ならば斥候の不明を恥じるところであるが、それ以上に敵ながら天晴れという他ない。如何に勇猛なるオーガと言えども、単騎にて騎士団へここまでの痛手を加えた者は過去にもいないであろう! 名乗りを上げることもなくただ武勇をもって存在を刻んだ彼の、その遺体の引き渡しに来た! これに対価は不要である! 奇術騎士団団長ガイカク・ヒクメ、および三ツ星騎士団団長オリオンの連名をもって、この勇者の遺体を敬意をもって返還する! どうか懇ろに弔っていただきたい! 以上である!」

イシディス軍の上から下まで『静か』な騒ぎが起きた。

昨日の時点でオーガが単騎で奇襲を仕掛け、奇術騎士団へ痛恨の一撃を加えたとの吉報が届いていた。

それを裏付ける……裏付けすぎる、少しばかり味の濃い肯定。

あまりの裏付けに情報操作を疑う者もいたが、少なくとも上層部はこれを信じた。

自分たちも同じような状況になれば、もう褒めるしかないだろう。

獣人であるオリオンが『成功者』へ敬意を示すことも不自然ではないので、素直に遺体を受け取っていた。

こうなると一般兵たちは困惑しつつも士気が上がっていた。

相手も細かい情報をもたらしていないが、おそらく奇術騎士団は壊滅状態なのだろう。

今なら叩き放題と舌なめずりをしている。

一方でフィジカルエリート種族たちは大いに興奮していた。

騎士団を相手に単騎で武勲を挙げ、称賛を受けるなど強者の誉の極み。

彼の戦いぶりは多くの種族に知れ渡り、その武名は浸透するだろう。

故郷では英雄として祭り上げられ、多くの子供に『彼のように勇敢になってほしい』ということで同じ名前が付けられる可能性もあった。

そして……。

イシディス軍の中にはフィジカルエリートで構成されている部隊が存在している。

騎士団のように、数名のトップエリートと百人の人間兵という編成ではない。

エリートの中では下側に位置する者たちだけで構成された部隊である。

純粋なフィジカルエリート種族の部隊。

名前はゴンヌス隊。エリートオーガ、ゴンヌスを隊長とする『特殊な騎馬隊』である。

「イシディス将軍! なんでだ、なんで俺たちは後方で待機なんだ! 理由を言ってくれないと納得できねえ!」

若きオーガであるがゆえに会議の参加に向かない彼は、作戦が決定してから配置を伝えられていた。

最前線かと思えば後方での待機ということで、彼も部下も大いに憤慨している。

そのような反発を予想していたため、イシディスは自ら配置を伝えていた。

どうせ反発するのだから、自分から行った方が早いという判断である。

「結論から言おう。オリオンがいるからだ」

彼女の説明はオーガにも伝わりやすいものであった。

「お前も知っての通り、三ツ星騎士団団長のオリオンは熟練のトップエリート獣人だ。奴が万全の状態でお前たちを前線に送れば、間違いなくお前や側近は殺される。しかもオリオンは悠々と撤退する。お前の命は奴の武勲になるだけだ」

「だったらせめて、三ツ星騎士団とぶつからない前線に配置を……」

「そうすれば、奴は少数の正騎士を伴ってお前の近くに潜み奇襲を仕掛けるだろう。結果は同じだ」

三ツ星騎士団団長オリオンの武名は多くのオーガに伝わっている。

全盛期の時代には『奴がいる戦場には行くな』と語られていたほどだ。

流石に引退間近ということでそこまでの脅威ではないが、今でも戦術に影響を及ぼす力を持っている。

そんなことはゴンヌスもわかっている。

だからこそ『やってみなくちゃわからねえ』とは言わなかった。

「奴の脅威度を下げるには、周囲の正騎士や従騎士を消耗させる必要がある。その前にお前たちを投入することはできん」

オーガは雑に強いが、獣人の強さは繊細である。

確実に強襲を成功させるには、周囲のサポートが必要だ。

それをこなせるのが三ツ星騎士団の騎士たちだ。

彼ら無くしてオリオンは奇襲を成功させることはできない。

「今日のうちに騎士団を削る。お前たちの出番はその後だ」

「……それじゃあ、俺はタルシスに勝てない!」

ここで彼は奇襲を成功させて散った、勇者になったタルシスの名前を出した。

同年代、同種族。しかし戦闘能力においては天と地ほども差がある『目の上のたんこぶ』だった。

その彼が敵から天晴れと言われるほどの称賛を得て死んだ。

ここで彼に負けないほどの武勲を挙げなければ、一生負けっぱなしである。

「その気持ちはわかる。私も同じ立場なら同じように考える。だが……張り合うだけ無駄だ。今回の最高功労者はもう決まっている。奴以上の武勲を挙げることは私にもできん」

彼女はオーガにもわかりやすく無理だと説いていた。

タルシスは最高の武勲を挙げたため、今回の戦争では最高功労者になることが決まっている。

ここから誰かが将軍や騎士団長を殺したとしても、第二功労者に収まるだろう。

「お前には未来がある。今回の戦場では奴に花を持たせてやれ」

彼女はしっかりと彼を止めていた。

(この戦いはもう勝っている。だからこそ絶対になにがあっても勝つ……!)

熟練の智将であるイシディスは『勝てる戦いで負けること』を何よりも忌避している。

まして今回は戦う前から勝っている戦い。負けることは絶対に許されない。

(戦いの基本は相手の嫌がることをすること。こちらが戦力的に優位なのだから、奇策を練らず普通に攻めて普通に削って普通に退かせればいい! 必勝こそ最善!)

劣勢側にとって定石の戦とは『相手が何をしてくるわかっているが力負けする』というもの。

奇術騎士団ならば『相手が何をしてくるのかわかっている』という時点でとんでもない手品を仕掛けてくるはずなのでそれはできないが、今は手品のタネが無い。

よって定石こそ最善と結論付けていた。

戦力的に優位なのだから、定石通りに進めれば勝てる。というよりも、それ以外をするべきではない。

勝てる戦争だからといって大勝を目指そうとすれば敗北すらあり得る。

(相手は確かに騎士団一つ分の戦力を喪失したがそれだけだ! 戦う前からそうなっているということは、逆に言って気持ちの立て直しもできているということ! 欲をかけば逆転負けもありえる!)

将棋で言えば、飛車角落ち……とまではいわないまでも、角落ちぐらいのハンデがある。

逆に言うとこれしかハンデがない。

相手のコマを全部取って勝とうとか、最短最速で終わらせて記録を狙うとか、将軍と騎士団長を全員殺すとか、そういう欲をかけるほどではない。

(こういう定石の戦は、奇術騎士団率いるガイカク・ヒクメの大好物だろうが……その奇術騎士団の手品が機能不全を起こしている以上、定石を破ることはできまい……)

彼女は根っからの武人であり、なおかつある意味で『短期的』な思考の持ち主だった。

祖国のためにガイカク・ヒクメを生かしておけぬ、この好機に何としても殺す。

などと考えもしない。

(タルシスに報いるためにも、まず勝つ。とにかく勝つ……勝ちにしがみ付く!)

噂通りの油断も隙も無い智将。

彼女を相手にするラベアテスが『もう勝てない』と断じるのも納得であろう。

この日の両軍の布陣はとても普通であった。

層を厚くした横長の陣形が、真っ向からぶつかる形である。

一つ特筆すべきことがあるとすれば、ラベアテス軍の中央の最前線に奇術騎士団が並び、その両側を蠍騎士団と三ツ星騎士団が固めている。

今まで以上に堂々と掲げられている奇術騎士団の旗の元には、歩兵隊と重歩兵隊が並んでいた。

その光景を自軍本陣から見るイシディスは『やはり』という顔をしていた。

「やはりこう打ってきたか。想定の範囲内、上振れ側だな」

自分の顔のしわを少し撫でる。

自分に『己は若くないのだぞ』と言い聞かせるような所作であった。

「こうなればこちらも『わかっていても潰す』を選ぶしかないな」

「閣下。恐れながら……今更ながら、布陣の変更を申し出る下士官が大勢押しかけております」

「昨日までに己らで選ばせたはずだ。今更変える気はない、己の戦術眼と政治力、そして運を嘆けと伝えろ」

「……ですな」

今朝の『人道的な配慮』もあって、イシディス軍の士気は攻撃的に高まっている。

ゴンヌスに限らず下士官や兵たちは、手柄を求めて前のめりになっていた。

そこを御するのも彼女の才覚、将軍の手綱さばきである。

「もしも命令違反者が出た場合は?」

「いつも通りだ。相応の手柄がなくば厳罰に処す」

「ではそのように」

離れていく側近をよそに、彼女は奇術騎士団の旗を睨み続けていた。

(奇術騎士団の団長ガイカク・ヒクメの戦績は常勝無敗ではない。勝つこともあれば負けることも、引き分けることもある。それでも味方から信頼を得ているのは、美味しいどころを一方的に持っていくわけではないからだろう。率先して突っ込むこともあれば、潰れ役を買って出ることもある。それが適うのは奇術騎士団の団員が忠実だからだ)

奇術騎士団がガイカク・ヒクメのワンマンチームであることは彼女も認めている。

だが団員が無能だとは思っていない。

ガイカク・ヒクメの命令に従うことしかできないが、逆に命令に反する行いをしない。

智将としては羨ましい話だ。だからこそ潰す必要がある。

(手品のタネが尽きていても、残っているものはある。それを確実に潰してく必要がある……相応の犠牲を支払うことにはなるだろうがな)

敵が『倒すべき隊』を目立つところに配置しているということは、確実に罠を仕掛けている。こちらの戦力も相応に削がれるだろう。

だが相手の思惑通りに進んでもこちらが有利になるだけである。

戦いとは基本的にこういうもの。

戦力を削り合い、削れないところまで削った方が勝つ。

砥石ですらそうだ。削るというのは、己と相手を削り合うものだ。

イシディス軍、陣の中央部。

多くの兵とそれを統率する下士官たちは、大いに士気を上げていた。

無理もあるまい、目の前には弱った騎士団がいる。

彼らを倒せばいよいよこの戦いは勝利確実……という『巨視的』な視野ではない。

彼らを倒せば大手柄、出世は確実という『自己中心的』な思考によるものだ。

これは絵に描いた餅ではなく昨日も今日もイシディス自らが語ったことである。

『現在騎士団は弱っている。加えて警戒すべきオリオンを封じる策も講じている。だがそれでも強いことに変わりはない。また相応に罠も仕掛けられているだろう』

『その強い騎士団を相手にする者たちには奮戦を期待し、奮戦相応の厚遇を約束する』

彼女の言葉は一兵士も聞いていた。聞いていたが、届いていたとは言い難い。

多くの兵士が『こりゃぼろい』と舌なめずりをしていた。

特にど真ん中、奇術騎士団を相手にする兵士たちは楽観すらしていた。

その楽観がそのまま士気の高さにつながっていた。

「では……全軍前進!」

その士気の高さそのままに、イシディス軍は前進を始める。

中央部に近いほど士気が高く、それ故進む速度も中央ほど早くなった。

意図しない形でV字に近い陣形になり、そのままラベアテス軍の陣形にぶつかっていく。

「奇術騎士団……奇術、騎士団!」

最前線の、その最先端のイシディス軍兵士。

彼らはポップで可愛らしい旗を掲げる奇術騎士団重歩兵隊、歩兵隊に突っ込んでいく。

彼女らを倒せば自分たちは英雄になれる。そのように考えて突っ込む。

(こいつらはただでさえ最弱の騎士団! それも戦う前から弱っている! こんな雑魚ども……俺なら簡単に殺せる!)

心は一つ。名誉と報酬に飢えた彼らには、奇術騎士団の団員が地面に落ちたコインにしか見えない。

つかみ取り、獲り放題、早い者勝ち。なんなら味方すら『競争相手』にしか思えなかった。

下士官がどうこう言う間もなく、兵士は突貫した。勇猛ではなく蛮勇、野蛮な勇む心であった。

「来たぞ……迎え撃て!」

その兵士達に奇術騎士団の槍が迫る。

イシディス軍の兵士達にはそれが見えていた。

さらにその先の未来。自分たちがその槍を捌き、受け止め、返す一撃で屠る未来。さらに報酬を得る未来までも……。

ずん、と。先のことを考えすぎていた兵士たちの喉に、歩兵隊の槍が刺さっていた。

「殺せ、殺せ、殺せ!」

奇術騎士団の歩兵隊は、まず先頭の兵士たちを処理した。

なんの感慨もなく、次の兵士達を迎え撃とうとする。

(よし! 俺たちに回ってきた!)

次の兵士達もまた勝利を求めていた。目の前の味方が死んだことも、自分にチャンスが巡ってきたとしか思わない。

そして……やはり同じように始末される。

(やっぱりな、思ったよりは強い! だが……俺は前の奴らより強いぞ?)

多くの戦場を越えた古参兵が、満を持して剣を振るう。

その動きは『早漏』とは違い、しっかりと相手の動きを見てのものだった。

(この一撃、受け止められるか!?)

盾の防御が間に合わぬ機を得ての斬撃。それは歩兵の頭部に当たった。

ぎゃん、という音がした。彼女らの兜に当たって弾かれたのである。

(なんだこの手ごたえ……なんで? なんの手品……)

兜割りができるとは思っていなかったが、打撃的な効果によって相手を倒すことはできると思っていた。

それができなかったことで彼は戸惑う。その次の瞬間には彼の『股』に歩兵の足が入った。

逆にもだえたところを、槍で突かれて動けなくなる。

(最弱の騎士じゃないのか? いや、でも……そう何度も倒せるわけがない!)

中央の激戦区ゆえに、イシディス軍の兵は膨大だ。前の兵士が倒されても次が来る。

(エリートでも何でもないだろう? それなら……!)

ずんと、槍が歩兵の腕に刺さった。

貫くというほどではないが、大きく肉を切っている。

(さあ、士気が折れるだろ?)

この兵士はここで勝利を確信した。目の前の歩兵を倒せると踏んだのだ。

(士気が高いっていっても、そんなのはただの勢いだ。声を上げても大義名分を掲げても、体が痛いってことの前には無意味だ! 都市防衛戦のように、背後に家族がいるわけでもなし……死ぬまで戦えるわけがない!)

自分ならそうなる、という冷静な分析だった。

(お前もそうだけど、周りの奴らもそう思うだろ? 大ケガをしたら未来を想像するだろ? せっかく騎士団に入ったのに、引退しなきゃいけないのかと思うだろ? 生き残ったとしてもケガを引きずる日常しかないと思うだろ? 体が無事なら騎士団に残れるかも、と思って逃げたくなるだろ? 甘えちまうだろ?)

彼の予定では負傷によって陶酔から覚めて、目の前の相手のみならず周囲の歩兵隊も怖くなり崩れるはずだった。

都合のいい妄想ではない、今までの戦場ではそういう光景を何度も見てきたのだ。

「舐めるなあぁ!」

「!?」

だが歩兵隊は反撃する。

あまりにも迷いなく反撃されたことで、彼もまた逆に殺されていた。

(なんでだ!? なんでこいつらは崩れない!?)

斃れる間際、死ぬ直前の視界で、彼は戦場を見た。

やはり歩兵隊も重歩兵隊も傷を負っている。弱い兵士が無傷で勝ち続けるなんて、そんな都合のいい話はなかった。

それでも誰一人逃げずに戦っている。そのほうがよほど異常だ

(なんの手品だ!? まさか、何かのクスリで……)

彼はすでに倒れた仲間と同様に、不条理を嘆きながら死んでいく。

『現在騎士団は弱っている。加えて警戒すべきオリオンを封じる策も講じている。だがそれでも強いことに変わりはない。また相応に罠も仕掛けられているだろう』

『その強い騎士団を相手にする者たちには奮戦を期待し、奮戦相応の厚遇を約束する』

しかし、最後によぎった言葉で『正気』に戻った。

(あれ……もしかして、ぼろ儲けじゃなかった?)

正気ではないのが自分達の方だったと気付けたのだから、彼は相対的に仲間より賢いのだろう。

ようやく『熱い士気』から逃れたが、もうすでに遅かった。

ラベアテス軍の本陣。

戦場を遠くから俯瞰してみることのできる場所で、ラベアテスと幕僚たちは地図と駒を見つめていた。

命の消費に合わせて変動するコマを見る彼らの眼は、厳しいようで安堵もしていた。

想定の上振れ側の『良好な戦場』であったのだ。

「騎士団は持ちこたえてくれています。それに左右の敵の動きも想定の範囲内。これなら策も講じられるでしょう」

「しかし、よくもここまで持ちこたえられますね。特に中央の奇術騎士団は、弱兵ぞろいということですが……まさかその、よくないクスリでも使っているのでしょうか?」

今回ラベアテス軍の取る作戦は、奇術騎士団に向かって敵が殺到し、それをある程度受け止めることで成立する。

奇術騎士団が潰れ役としての任務をまっとうしてくれなければそのまま負けかねない作戦だったが、上手く行っていることに驚く幕僚もいた。

それだけ期待値が低かったともいえる。

「バカなことを言うな。これは手品でも何でもない、必然の結果だ」

智将ラベアテスは厳しい目で幕僚を睨んだ。

「まず第一に、彼女らは強い。十分な訓練と実戦経験を踏んでいるし、報酬も栄誉も受け取っている。装備も最高級だ。雑兵が相手ならそうそう負けることは無い」

如何に凡庸な人間であっても、強くしてやって装備を与えれば活躍は期待できる。

周囲から羨望を受けているし、十分な報酬も受け取っている。

普通ではありえないほど精神的にも肉体的にも充実している。

相手が他種族やエリートなら話は違うが、同種の雑兵より強いなんて普通のことだ。

「第二に、彼女らは奇術騎士団の団員だ。あの……世界最高の医療技術を持つ男、ガイカク・ヒクメの部下だぞ? 最優先で治療してもらえる兵士達だぞ? 彼女らにとって深手を負うことは引退にも死亡にも繋がらない」

彼女らとて人間、オーガだ。苦戦すれば甘い考えも浮かぶ。

だがそれは普通の兵士とは前提からして異なる。

「今回ヒクメ卿は『お前たちは死ぬかもしれない』と言って送り出しただろう。彼女らもそれを覚悟している。だが……深手を負えばこう考えるはずだ『どうせ団長が治してくれる』とな」

彼女たちの甘えは『どうせ団長がいるし……』というタイプの前向きな甘えだ。

普通なら引退する大ケガを負うことは、彼女らにとって幾度も経験したことである。

ああ、骨が折れたな。また手術だな。熱が出てしんどいんだよなあ……。

でもどうせ治るしなあ……。

という楽観が彼女らには許されている。それは無根拠ではなく何度も体験した経験則だ。

これは自分だけではなく仲間にも適応される。

仲間が倒れても『どうせ団長が何とかしてくれるし……』と甘えた考えがよぎるので危機感につながりにくい。

なので戦闘は続行される。

幕僚たちの顔が曇った。もう敵兵が哀れに思えてきた。

「敵からすれば最悪の兵士ですな」

死線をくぐって生還して、確実に復帰してきて、それを繰り返してきた。

タルシスが襲撃者として完成し死亡したのとは違い、彼女らは歩兵として完成し戦闘し続けているのだ。

「もちろん、挟撃や包囲、横から殴られればその限りではないだろう。だが両脇を蠍騎士団と三ツ星騎士団が固めている。そうそう崩れることは無い。これが第三の要因だな。とはいえ……」

強いというだけで無敵というわけではないし、まして奇策などない。

彼女らは実力相応に持ちこたえているだけで、その内に潰れることも確定している。

「両翼からの援軍を急がせろ! どう考えてもこれ以上は持たない!」

事前の想定通り、奇術騎士団の団員たちは倒れ始めた。

崩れずに戦うとしても疲れるし潰れる。

両脇を固める両騎士団も圧力によって同様につぶれていった。

戦局を変え得るオリオンも、敵がゴンヌスを控えさせているので動けない。

仮に今動いて彼の体力を消費すれば、しめたとばかりにゴンヌス隊が突撃してきてそのまま負けるだろう。

「死ね! 死ねよ! なあ死ねよ!」

「よし、よし! このままだ、このまま潰す! 潰れろ!」

イシディス軍は想定の範囲内で兵を消耗しつつ、三つの騎士団を押しつぶしていった。

あと一押しで殲滅戦ができる、そう思っていたところである。

彼らの頭上に、大量の矢が降ってきた。

「ぎゃあああああ! くそ、おい、待てよ! あと少しなんだよ! 横やりを入れるなよ!」

「退け、退け!」

「バカ言うな! ここまで来るのにどんだけ死んだと思ってるんだ! 退けるか!」

「見ろ! 騎士団の奴ら、仲間の後ろに引っ込んでるぞ! 今追わないと逃げられちまう!」

イシディスが警告していた罠が発動したと理解した下士官たちは下がるように命令するが、死んでいくはずの兵士たちこそが前進を希望した。

このままでは弱らせた騎士団に逃げられてしまう。倒れていった仲間の意志や犠牲……は正直どうでもいいが、危険を冒し痛い目を見た自分が手柄を上げられないのは耐えがたい。

下士官もそんなことはわかっているが、それこそが罠なのだ。餌が豪華で、本当に弱っているからこそ有効に働く。押せば押すほど犠牲は増えるばかりだ。

「くそ……それにしても、なぜここまで兵力を集中できている!?」

下士官たちは兵を下げることに尽力しつつ、周囲を観た。

兵力はほぼ同数だったのだから、敵はどこかから兵を持ってきたはず。そうなればどこかが薄くなり、そこが自軍有利になっているはずなのだが……。

「……両翼の奴らは何をしているんだ!?」

彼の視界内で自陣が押している場所は見えない。

であればもっと遠く、左右の陣の敵が減っているということ。それでも勝っていないということ。

彼は味方の無能を呪っていたが……。

これは手品ではなく自然なことである。

イシディス軍の、中央の士気は高い。それは今も継続している。

一方で左右両翼の士気は低い。自分達に手柄が回ってこないことを呪い、なんなら中央が勝っていないことを『アイツら弱っている騎士団に手こずっていやがる』と笑っているかもしれない。

対照的に、ラベアテス軍全体の士気は高い。

弱っている騎士団が潰れ役を請け負い、実際に奮戦している。

猛烈な敵を受け止めて踏みとどまる強さと気高さに胸を打たれ、負けてなるかと士気を高めていたのだ。

その結果左右両翼から兵士を引っ張ってくることができ、弓矢による援護射撃をすることができたのである。

騎士団に向けられていたイシディス軍の兵の密度は濃く、迅速な撤退ができなかった。だからこそ弓矢の射撃は大いに戦果を挙げていた。

敵の思惑通りの展開を、イシディスはしっかりと見ていた。

そのうえで『やるなあ』という顔しかしていない。

「損害も想定の範囲内での上振れ側だな。さすがは騎士団、弱ってなお手強い。だが……こちらは主力部隊であるゴンヌス隊をそのまま温存している。オリオン単騎は残っているだろうが、それでどうにかなる相手ではない」

互いに戦力を削り合った結果、戦力差はそのままになった。

こちらが失った兵力は、相手が失った兵力とほぼ同じだ。

だからこそこのまま続ければ勝てる。

「恃みの奇術騎士団も、ろくな手品を用意できまい……このまま勝つ」

彼女は下士官や兵とは違う。

手柄や勝ち方にもまったくこだわりがない。

勝つことしか考えていない、だからこそつけ入る隙が無い。

ラベアテスやオリオンが想定したとおり、勝ち目のない戦いであった。