作品タイトル不明
年の功
ゴブリン向けの慰安施設、秘密基地。
もちろん秘密基地という名前なだけで、実際には秘密でも何でもない(他に秘密にしておくべきことはある)。
実態としては、縦長で三階建てぐらいの建物だった。
ぐらい、というのは中身が階層を持たず、吹き抜けだからである。
縦長の建物の中央にキャットタワーならぬゴブリンタワーがあり、床から天井まで登れるようになっている。
さらに壁の内側には滑り台がスロープ状についており、くるくる回りながら降りれるようになっている。
長めのハンモックや高いブランコ、トランポリンなども設置されている。
そして……絵本も多数準備されている。
変に思えるかもしれないが、ゴブリンは基本的に落ち着きに欠けるので、滑り台を滑りながらだとかゆりかごの上で揺れながらではないと絵本を読まないのだ。
そんな彼女たち向けの慰安施設、秘密基地。
ゴブリンに最適な、最高の遊び場なのだが……。
「あそこはこの俺が設計した、俺の部下のための施設だぞ! なんでお前が使うんだ! せめて許可をとれ!」
「言ったら許してくれた?」
「ケースバイケースだ!」
「ええ~~? 場合によっては駄目なの~~? 工兵隊の子はいいって言ったのに!」
「そこは遠慮しろよ! お前エリートゴブリンで、一般のゴブリンよりは頭がいいはずだろ!?」
元々、奇術騎士団の工兵隊は負傷が少なかった。そのため比較的早期に退院が許可され、今は監視付きながらも自由が許されている。
彼女たちは水晶騎士団団長であるルナと仲良くしており、慰安施設『秘密基地』で一緒に遊ぼうと提案したのだ。
ルナはそれにのっかっただけである。そこまで悪い話ではないので、ガイカクが狭量と言えばそうかもしれない。
「あの……ヒクメ卿。よろしいでしょうか。貴方が栽培している違法植物の中には、許可さえ下りれば栽培が許されるものもあります。せめてそれだけでも申請してくださいませんか?」
「許可とるのって凄い面倒なのでパスで」
(なんて奴だ……)
憲兵副隊長からの要請を却下するガイカク。
彼はやりたいようにやるのだ。
「だいたい、栽培が許可されている物の脇で絶対に許可されないものが栽培してある時点で欺瞞でしょう。それよりも……俺はな! 無許可で自分の縄張りを荒らされるのが大嫌いなんだ! 工兵隊に誘われても断るか、オリオン卿やティストリア様を通じて俺に許可をとれ!」
(なんて奴だ……)
(私を通じてか……いやまあ、同盟を組んでいるので、そういうことなんだが……)
「それはお前もだ、ヘーラ! お前、あんなクソ危ないところで何をしてやがった! 俺がたまたま近くにいたからいいものを!」
「何言ってやがる。私は元々、お前に会いに行ったんだぞ。ただなんかたくさんあるから、面白そうなものがあるかもと思っただけだ」
「で、べたべた触ったと!」
「触ってないぞ、動かしただけだ」
「もっと悪いじゃねえか!」
ガイカクは手元から、薬事法と書かれた分厚い本を取り出した。
ある意味、彼がもっとも熟読するべき本である。
「いいか! 俺はな! この本の、この項目……販売についてってのがあるだろ!」
「私はオーガだぞ? 読めねえよ」
「読めないなら聞け! 俺はな! この薬事法の、販売に関する事柄以外、全部破ってるんだぞ! この分厚いページのほとんどだぞ!? それだけ危ないってことだ!」
なお、既に熟読済みの模様。
「そんな危ないところにお前は……」
「ちょっと待ってくれたまえ! たしか薬事法には保管に関する項目もあったはずだ! それもやぶっているのか!?」
「さすがオリオン卿、お詳しい。ご安心ください、保管の数量とか許可申請を破っているだけで、保管方法は万全です。このバカが踏み込んでいなければね」
法律は破るが物理法則は守るガイカク。
安全対策はある意味ばっちりだった。
「まあとにかく……で、お前マジで俺に何の用だ。お前のところの騎士への施術ももう終わってるだろう?」
(さらっと凄いことを言っているが、実際そうだったからな……)
ガイカクは自分の部下への治療を施したあと、各騎士団の負傷者へも治療を行っていた。
深手を負い、引退を余儀なくされていた者もいたが、復帰できるほどに回復しつつある。
治療現場には憲兵も同席しており、ガイカクの手腕が噂通りであると確認することになっていた。その腕前だけで、ガイカクへ手を出すことをためらうことになった模様。
なお、彼らへの施術によって、補佐を務めた砲兵隊は疲れ果てた模様。
「いやそれがな……うちんところのスポンサーに、お前へのつなぎを頼まれたんだよ」
「誰がお前たちに出資してるんだ、軍か?」
「いんや、ドワーフの鍛冶屋だ」
「ああ……ああ。帰れ、二度と来るなと伝えてくれ」
「でな、用件なんだが」
「話を聞け!」
「お前が聞けよ。で、お前に会っていろいろお願いしたいんだと。私もバリウスニスの弓みたいなのが欲しいしな」
「あの件がらみか……面倒くさいな。よし、断る! 失せろ」
「なんか作ってくれよ」
「さっきから何度も断ってるだろうが!」
「作れないわけじゃねえだろ? けちけちすんなよ」
「この野郎……」
騎士団長の力は互角! 騎士団長は対等な存在! 仲がいいとは言っていない。
「どうするのですか、オリオン卿」
「どうするんですか、オリオン先生」
「うむ、ここは強く出る他ない。ルナ卿も手伝ってくれ」
「さすがオリオン先生! ……え、私も?」
この場で憲兵が動くのは良くないと判断し、オリオンがルナと共同で何とかしようとする。
しかしそこへ、口を挟む者がいた。
「そこまでだ、二人とも」
鋭い声が、ガイカクとヘーラを緊張させる。
無視してはいけない声だと悟り、注意がそちらに向いていた。
「憲兵を前にこの醜態……恥を知れ」
現役最年長騎士団長、貝紫騎士団団長セフェウ。
オリオン同様に模範的な騎士団長の登場に、憲兵たちは落ち着きを取り戻していた。
「……ひょひょひょ! これはこれは、貝紫騎士団団長、セフェウ卿ではありませぬか! この恥知らずを抑えに来てくださったのですね? なんという幸運! ささ、エルフの魔術でこのオーガめをとっちめてくださいまし」
「おいおい、セフェウさんよお! まさか自分でこれでもかって犯罪やってる騎士団長をおいておいて、私を恥知らずだって言うんじゃないだろうな!」
「両方だ、馬鹿め。自分に非があると思うのなら、まずそれを認めて正すべきだろう。まあもっとも、種族特性などはどうにもなるまいし、犯した罪の重さもどうにもならぬ。ならば距離を間違えぬようにするべきだ」
セフェウは二人の間に入り、毅然とした態度をとる。
「それが叶わぬのなら、私が距離を作ってやろう。ここまでしてやれば、頭も冷えるのではないか」
「ぐむぅ……ひょひょひょ! ご配慮くださり、感謝いたします」
「ちっ……しゃあねえ」
ただの貧弱なエルフが『俺を殴ったら死ぬぜぇ?』と、自分の安全を確信した振舞をすればそれなりに対応をするだろう。
自分の身を引き換えにしても場を正そうという覚悟を見せられれば、二人もひっこめるしかなかった。
憲兵たちがほっとする空気の中で、セフェウは有言実行をする。
「さて、ヒクメ卿。こちらのヘーラ卿が伝えたと思うが、豪傑騎士団へ出資をしてくださっているドワーフの鍛冶屋が貴殿へ協力を要請している」
「軽くは聞きましたが、正直気乗りはしませんな」
「あんだと!?」
「気持ちはもっともだ。ヒクメ卿が設計するとしても、団員が製造を担当している。この状況で部下を酷使したくあるまい」
「……ちっ、そういう理由で嫌がってんのかよ」
「だがそれは早とちりだ。どちらかというと、公共事業を求めている。一時的な雇用創出……ドワーフたちに働き口を与えてほしいのだよ」
「……はあ、そういうことですか」
大体を察したガイカクは、脳内ですでに計画を練り始めていた。
彼が乗り気になっていることを確認したセフェウは、更に話を詰めていく。
「貴殿も知っての通り、鉱山が枯れたことで多くのドワーフたちは職にあぶれている。新しい鉱山を探しているが見つかっていない現状だ。そのため多くのドワーフは我が国に対して雇用を求めている。その中の一派が、豪傑騎士団の出資者を通じて貴殿へ依頼をしているわけだな」
「この場合の予算は、国が出してくださるってことですね?」
「そうなる。そして国は既に、貴殿への依頼を決めている」
少々もったいぶったうえで、セフェウは結論を口にした。
「大型の、非軍事用の、動力付き気球を設計してほしい。もちろん基幹部品に関しては軍事機密として秘匿してくれ」
「非軍事用……ふむ」
国の軍事力、魔導力をアピールしつつ、しかし他国へ必要以上の刺激を与えない。
ウチの国に攻め込んできたら、この技術力でえぐいことをするぜグヘヘヘ。
そうした 平和的(・・・) イベントを催しつつ、ドワーフの不満を和らげたいのだろう。
「聞けば貴殿は、ハグェ公爵の元でも手品を披露したそうではないか。好評なので、再演希望者も多いと聞いているぞ」
「あぐ……そ、そうですか……」
ちょっとだけ嫌な顔をするが、だんだんと迷っていく。
愉快なうわさが立つのは嫌なのだが、既にいくつかの手品を思いついてしまった。
これを実行しないというのは、逆にストレスが溜まりそうである。
「承知しました。手品のように、手品ショーを催しましょう」
「そうこなくてはな」
「じゃ、私にもなんか作ってくれ」
「それは諦めろ」
最後にはヘーラに諦めるよう言って、セフェウは二人の間から抜けた。
憲兵たちも尊敬する、気品あふれるエルフのエリート。
貝紫騎士団のセフェウは、まったくもってエルフであった。
(騎士団長は、みんなああだと思っていたが……違ったのだな)
(そう思われているな……辛い)
なお、オリオンは副隊長の顔を見て、微妙に傷ついていた。