軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

果断であるべき時

本来なら戦闘状態にある城に、数人の兵で攻め込むなど正気ではない。

だが戦力をほぼ吐き出しきっていた伯爵側に、まともな兵など残っていない。

日没が近い時刻に、ティストリアは直属の騎士たちを引き連れて入城をしたが、それを阻むものはほとんどいなかった。

コソ泥ですら入り込めるような、ガラガラの城。その中に入った彼女たちを待っていたのは、既に疲れ切っている数名の猛者だけであった。

「その美貌……総騎士団長ティストリアだな。騎士団のトップが自ら我らの城に入り込むとは……勇敢というべきか、愚かというべきか。いや、心の在り方よりも、その実力を称賛するべきだろう」

「だがここから先は、一歩も先に進ませんぞ」

敵わないことは、理解している。

だが彼らの背後には、今も治療を受けている先代当主がいる。

彼を守るためには、一歩も先に進ませるわけにはいかなかった。

「何か勘違いなさっているようですが、貴方たちもまた私にとって殲滅の対象です。貴方達の感情と関係なく、切り捨てさせていただきます」

ティストリアは室内では振り回しにくい大剣を抜いていた。

まるで屋外で振るうかのように、大ぶりの構えをとっている。

そして、そのまま普通に剣を振るった。

当然、城の中の壁や柱にぶつかる。

だが常人の二十倍を誇る怪力と瞬発力、および宝剣の鋭利さと頑強さも相まって、柱も壁も粉砕しながら剣は振るわれる。

その常識知らずの現象を認識する暇もなく、先代伯爵の忠実なる兵たちは切断されていた。

「さて、どうやら敵の総大将である先代伯爵は、この先のようですね。では、最優先目標である今代の伯爵の元へ向かうとしましょう」

「はっ!」

そして、ある意味では宣言通りに、しかし今しがた殺した彼らの気持ちを無視するように、ティストリアは先代伯爵に向かうことなく今代伯爵の元へと向かうのであった。

「大、禁忌……」

「そうだ。お前がそうであるように、第二の定義を知れば必ず行きつくもの。それが大禁忌」

机の上に寝かされている先代伯爵に対して、ガイカクはへらへらと笑いながら処置を始める。

まず服を切り裂き、患部を露出させる。出血状態を確認し、その周辺の消毒や血のふき取りを行う。

そうした行為と並行して、説明を続けていた。

「先ほどの、第一の条件を満たし、第二の条件を満たさないもの。それが大禁忌なわけだが……第二の条件から察するように、ヤバさは段違いだ」

「だろうな……大禁忌に比べれば、禁忌など大したものではない……ただの、隠ぺい工作だ」

「ははは! その通り、大禁忌さえなければ隠蔽しなくてもいいほどだ」

そうしてガイカクは、患者に投与する薬品の準備を始める。

抗生物質もそうだが、何より麻酔の投与が必要だ。それを抜きに、手術などできるわけもない。

しかしそれを投与するということは、伯爵の意識が消えるということでもある。

ガイカクはそれまでの時間を逆算しつつ、話を続けていた。

「……時に、知識、知恵というものは、伝達が難しいと思ったことはないか?」

「話が飛ぶな……まあ、私も息子の出来が悪いのでな、言いたいことはわかる」

「臓器の培養は簡単だ、骨格の培養も簡単だ、神経細胞の培養は難しいが無理ではない。だが、脳内の情報を完全に複製することはまだ不可能だ」

伯爵は、論旨を理解していた。

ガイカクの知識の出どころに関することなのだと、大禁忌に関することだと理解していた。

ゆえに、話が逸れても焦ることはなかった。

「なぜだと思う?」

「さあな……専門家ではないのでな、考えたこともない」

「理由はいろいろあるんだが、そもそも脳内の情報は『複製を前提としていない』ことが問題だ」

肉体の情報、つまりは遺伝子。

それらはとても複製がたやすい。なぜなら、最初から複製を前提として存在しているからだ。

だが精神の情報、脳内の記憶や感情は、複製されることを前提としていない。

複製されやすいようにできていない、また同時に複製されたものを受け取りやすいようにできていないのだ。

「判子だとか活版印刷あるだろ? アレは最初から複製するための装置だ。だから複製すること、大量生産に向いているが……印刷された本から複製するのは無理だし、活字そのものを複製するのは手作業だ」

「……そして出来上がった本を読むだけでは、得られるものはない」

「その通り! まー、それでも本、文字ってのは知識の伝達に有効ではある。それでも限界があるってだけでな」

同じ人間だからこそ、わかることもある。

ガイカクが一度読んだ本を完全に記憶する能力を持っていたとしても、それを実践するには多くの練習を要する。

であれば、ガイカクの多才、多芸には『インチキ』があるはずだった。

「だがもしも、効率よく知識や経験を伝達する方法があれば、教育にかかる時間を大幅に圧縮できる。そうは思わないか?」

「お前は、それを受けたということか」

「いや? 誰もがそう思ったが、さっき言った理屈で無理だった。まあ無理だろうと思っていたら、実際に無理だったわけだ。無理であることを確かめる、その理由を考察する。それもまた魔導の大事なことだ」

ガイカクは魔導士として、成功と失敗の重要性を説く。

「成功も失敗も、データを蓄積する上では等価なのさ」

「……楽しそうだな」

「ははは、なかなか言えないことだからな!」

ゆっくりと体の感覚が消えていく中で、伯爵は今までになく冷静になれていた。

あるいは、破滅の手前だからこその冷静さかもしれない。

「まあとにかく、自分の脳の情報を、他人に与えるっていうのは無理だった。少なくとも 当時(・・) の技術では……いや、現在の技術でも、無理だ。だが、世の中分からんもんでな……意外なところから、正解に行きつくことがある」

全然関係ない技術が発達した結果、求められていた発明に結び付く……というのはよくある話だ。

あるいは偶然や失敗が、成功するための実例につながることもよくあることだ。

「初めに、手ありき」

「?」

「大禁忌が発見されたのは、本当に偶然だった。元々その技術は実験を補助するためのもんだったんだが……」

ガイカクはここから一気に、大禁忌が確立されるまでの流れを語った。

とても懇切丁寧に、わかりやすく。

だがそれを最後まで聞いていった先代伯爵は、目を見開いて……。

「なんだそれは…… 意味がない(・・・・・) ではないか」

「へえ、お前はそう思うのか」

「な、なにが大禁忌だ……もったいぶったくせに、なんの価値もないものを明かして……!」

麻酔薬が極めて魔導的に作用する。

興奮していた先代伯爵は、意識を失っていく。

「なぜ、今、それを、言った……」

「お前が聞いたからだ。俺は約束を守る男なんでね、教えてやっただけだよ」

人生最後の意識の中で、伯爵が見た者は、悪戯っぽく笑うガイカクの顔であった。

「どうだい、俺の回答にご満足いただけたかな?」

「ふざ、ける……な」

「おやおや、それは残念」

意識が無くなったことを確認すると、ガイカクは手術を開始するのであった。

「さあて……ティストリア様が到着するまでに間に合うかね?」

彼は一切手を抜くことなく、怨敵である先代伯爵の手術を始めるのであった。

今代伯爵は、監禁されている部屋の中で悔いていた。

朝に父が言っていたことを反芻していたのだ。

「私は……父を殺してでも止めるべきだったのか?」

他の父の言葉は、あまり聞き入れられるものではなかった。

だがその言葉だけは、正当性を感じずにいられなかった。

「確かにそうしていれば、少なくとも奇術騎士団に迷惑はかからなかった。だが私があの時父を殺すように命令していたとして、それに誰が従うのだ?」

あの時の自分はどうするべきだったのか。

問題を起こした父自身から回答を示されたが、それはとても難しい手段だった。

仮に人生をやり直すことができたとして、あの場面に戻れたとして、自分が父を殺すように命令すれば従う兵は何人いるだろうか?

今代伯爵は、しばらく考える。

考えたうえで、答えに至っていた。

「……私の力不足が原因だ」

自分は領主なのだから、父が相手でも斬らなければならない。

それほどに、あの場でああして宣言されたことは、最悪の事態を招くものであった。

自分だけではない、周りの兵士たちも『そんなことしたらとんでもないことになるんじゃ?』と察していたほどだ。

だからこそ自分は、何としてもそれを止めるべきだった。

周りの兵達も、ある程度は従ってくれたはずだ。

そして少なくとも、何もしないよりは領主として正しい。

今こうして監禁されている自分よりは、あの場で死んでいた方が絶対によかった。

「今、どれだけの兵が、騎士が倒れているのだ……」

あの時あの場にいた全員が想定していたことが、そのまま起きている。

この事態を回避できたのは、あの瞬間だけだ。それを選択できたのは自分だけだった。

「私は、無能だ……!」

彼には責任者としての自覚があった。

だからこそ、責任感に押しつぶされそうになっている。

そんな彼を閉じ込めている扉が、音を立てて開いていた。

穏当に鍵を開けて入ってきたのは、女神の如き美貌を持つ女性であった。

「……まさか、総騎士団長、ティストリア様ですか!?」

「ええ、その通りです。貴方はカーリーストス伯爵様で間違いありませんか?」

「は、はい!」

普通ならば、武装している美しい女性を見ても、ティストリアだとは思わないだろう。

だが最悪の状況になってしまっている今ならば、彼女がいても全く不思議ではない。

「も、申し訳ありません!」

自分を監禁している扉を開いた女性に対して、カーリーストス伯爵が最初にやったことは謝罪であった。

「騎士団へ救援を要請したのは、私でございます! 要請に応じていらしてくださった奇術騎士団は、たしかにメラス軍を打倒してくださいました! なのに、その後の疲弊した彼女たちを、私の父は……!」

「落ち着いてください、伯爵」

「いえ、落ち着けません……どうか、どうか、父を止めてください! こ、殺してでも、止めてください……!」

涙ながらに、彼は訴えていた。

この事態を解決しに来た彼女へ、切実に訴えていた。

その彼を、ティストリアは静かに制する。

「落ち着いてください、伯爵。私どもは、貴方の父上を殺しに来たわけではありません」

「そう、なのですか?」

「貴方とその家族を全員殺しに来たのです」

法的に全く正しい訂正をして、彼女は剣を抜いていた。

それはすでに血まみれであり、何人も斬っていることが明らかである。

「な……」

「それでは失礼します」

監禁されていたカーリーストス伯爵を、彼女は一息に切っていた。

彼の首は、あっさりと落とされる。冷たい監禁室の中で、ごろりと転がっていた

彼女はそれを丁寧にくるむと、何事もなかったかのように『胴体』に背を向けて歩き出していた。

「第一目標の確保には成功しました。それでは第二目標である彼の家族を殺して回りましょう」

彼女は何の感情もないまま、業務をこなすように殺戮を続行する。

相変わらず微笑んでいるが、そこに快楽も歓喜もなく、ただのビジネススマイルでしかない。

カーリーストス伯爵が『こうあるべきだった』を無感情に実践する彼女は、なるほど騎士団の長にふさわしいのかもしれない。