軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

きれいには終わらせない

魔導士が違法な薬を販売し、なおかつそれを取り締まろうとした領主の部隊を壊滅させ、そのうえ領主を殺害した。

この問題を解決せよ。

「ははははははは……ははははは!」

この任務を受けたガイカクは、心底から自嘲して、乾いた笑いをしていた。

実態を見ていないのでなんとも言えないが、違法魔導士と違法魔導士が敵味方に分かれて殺し合うなど、なんとも滑稽の極みである。

「ははは! ば、バカみたいだなあ、おい! しかもコレで勝ったら俺は騎士団長様だぜ? すげえ、もう笑うしかねえ! 実は馬鹿にされてるんじゃねえの、俺!!」

引継ぎの守備隊から受け取った命令書を読んだ彼は、さてどうしたものか、と考える。

違法魔導士が違法な薬を製造して販売、というのはそこまで珍しくない。

むしろたいていの違法魔導士は、そういうことをやっている。

だが取り締まりに来た領主の兵を逆に追い返すなど、それこそ普通ではない。

もちろんそれぐらいの件でもなければ、騎士団へ依頼が来ることもないのだが。

「詳しいことは現地で聞けとのことだが……現地で聞いて戻ってくる、なんて暇はないな。となれば事前に想定して、準備をしていくわけだが……」

魔導士というのは、医学薬学工学など、魔力を用いた研究や開発を担う者である。

そして、レシピ通りにやれば必ず同じ結果が出せる魔導の関係上、他の専門家がちょろっと薬学をかじって、それを違法に製造販売……なんてことはよくある。

どの世界も、違法薬物は金になるのだ。

「いやしかし……多分薬学の専門家だな。後先を考えないなら、薬学で兵を強化するのが一番ハードルが低い。だがバカなことを……領主にケンカを売るとはな。俺の部下をどうにかしても、結局本物の騎士団が来るだけだ」

天才を自負するガイカク・ヒクメは、己の才気と知識にのっとって断言する。

個人の違法魔導士でも騎士一人を倒すことは可能だが、それが限界だ。複数の騎士によって編成された騎士団を倒すことは、『絶対』にできない。

貴族が全面協力する規模の予算と人員が無ければ、騎士団をどうにかできるだけの魔導兵器は用意できないのだ。

まあそんなことをすれば、貴族の方が破産するだろうが……。

「……間違いなく、バカだな」

露骨に、軽蔑の目を作る。

「仮にも魔導を探求する者でありながら、犯罪をするにも計画性がなさすぎる。これと同じ扱いにされるのは、身の程を弁えている俺でも怒りで震えるなあ」

目くそ鼻くそを笑う、五十歩をもって百歩を笑う、猿の尻笑い。

凶悪犯罪者が犯罪初心者を蔑む。

この世の誰よりも魔導の深淵にいる自負を持つガイカクは、だからこそ若輩者の浅はかな暴挙を笑えなかった。

凶暴な憤慨さえしていた。

「いいぜえ、これも縁ってもんだ……真の魔導ってもんを見せつけてからぶっ殺してやるよ」

砦を出たガイカクたちは、一旦拠点に戻った。

そして一旦エルフたちとダークエルフたちを置いて、一路任務地へと向かう。

自前の馬車にオーガ、獣人を乗せて、人間の歩兵を伴って、およそ一週間。

ボレアリス男爵が治める、小さな領地。

貴族の住まう屋敷としては、最下級に位置する大きさの……ちょっと裕福な商人よりも小さな屋敷に、彼は訪れていた。

お世辞にも裕福とは言いがたい、質素な貴族の館。

その寝室に入ることを許されたガイカクは、そこで館の、この領地の主に会う。

この質素な館、小さな領地にしても、小さい領主であった。

「このたびは、わがりょうちへ、よくぞいらしてくださいました」

ボリックの息子と比べてもなお幼い、小さな子供。

やせたその少年は、ベッドで横になったまま、懸命に挨拶をしていた。

その健気な姿をみて、隣に立つ執事の男性は涙ぐんでいる。

「このようなすがたで、もうしわけない」

「アルラ・ボレアリス男爵様……この度は直接お目通りが叶い、光栄の至り……病床でありながら、公務に勤しむそのお姿、まこと貴族の鑑にございます」

たどたどしい子供の口調。

ガイカクはそれに合わせて、できるだけ聞き取りやすいように話していた。

「ただ……男爵様と直接お話をする栄誉は我が身には過ぎたる幸福。執事の方、よろしければお話を」

「はい……」

老齢の執事は、よく見れば体に包帯を巻いている。

つい先日、戦場に立ったかのようであった。

その彼は、ガイカクへ小瓶を渡してきた。

恭しい装飾の施された小瓶には、液体が入っている様子だった。

「こちら、我が領地で売られていた『万能薬』にございます」

「万能薬とは、大きく出たものですね。確認させていただいても、よろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ。何であれば、川に捨てたいほどでございます」

「それでは領地がけがれましょう……」

渡された小瓶に、ガイカクは試験用の紙を突っ込んだ。

するとわずかに変色するので、その色味からガイカクは薬の正体を察した。

「やはり……鎮痛薬ですな? まったく、万病に効くとは、よく言ったものです」

「ええ……薬効は本物、ただし痛み止めにございます!」

憎々し気に、執事は万能薬、ただの痛み止めに憎しみをぶつけていた。

「とある魔導士がこの地に訪れ、この薬を万能薬だと 嘯(うそぶ) いて売りさばきました。無学な領民はもとより、我が家の奥様……お体の弱かったアルラ様のお母さまも、これを服用しておりました」

「……」

「体調は、たしかによくなったのです。ですが薬が切れれば、なお苦しみ……この薬がただの鎮痛剤だと知ったときには、もう……」

体が治ったと勘違いをして、無理に体を動かす。

それは弱っている、治っていない体には、致命的な負荷を招きかねない。

「先代様は、私どもを率い、その魔導士の下へ攻め入りました。せめて痛み止めだと言って売っていればよかったものを、万能薬と騙して売ったこと……あまりにも許しがたく、討ち果たそうとしたのです。ですがそこには、この世の者とは思えぬ人間がおりました」

「……肉の膨らんだ化け物、ですか?」

「ご存じなのですか?」

「ええ、専門ですので」

「さようですか……あの怪物どもによって、先代様は逆に……お供をした我らも半数以上は落ちて……情けないことに、仇討ちもできず……」

涙を流す執事。

その彼をねぎらうように、病床の少年は声を発した。

「ほんらいであれば、あととりであるわたしが、みずからたたねばなりませんでした。ですが、このすがたでは、とてもうまにのれず……」

「男爵様!? もう、ご無理は!」

「どうかおねがいします、きしどの……このちにせいぎがあると、おしめしください」

今にも息絶えそうな少年。

その彼に対して、ガイカクはいつものように、礼をする。

「万事、おまかせあれ」

「ああ……ありがとうございます」

ここまで言うと、少年は安堵したのか眠りについた。

だがその弱り具合から、明日目が覚めるのか怪しいだろう。

「執事殿、 明日(あす) までには 全部(・・) 片づけましょう。私どもはすぐに出ますが、ぜひお願いしたいことが」

「……何でしょうか、なんでもおっしゃってください」

「男爵様の御傍に。さすがにこの館の守りまでは、手勢が及びませぬ」

ガイカクは顔を見せぬまま依頼する。

「私がここへ戻るまで、 死守(・・) を、文字通りに、言葉通りに」

「……言われるまでもありませぬ!」

「くくく……確かに、言うまでもありませんでしたね」

残虐に笑っていると伝わるほどに、その言葉は悪意を持っていた。

「汚れ仕事は私めにお任せを、執事殿には、執事殿の仕事がございましょう。それでは、失礼」

けっしてきれいには終わらせない、そんな暗さのある言葉だった。

はっきり言えば、騎士を呼んでこれが来たというのは、不満がある。

だが今回この相手ならば……。

「頼もしい限りです」

執事も、暗く笑った。

ボレアリス男爵領にて……悪徳を働く魔導士がいた。

ただの鎮痛剤を万能薬をだと偽って売りさばき、多くの金銭をだまし取った詐欺師である。

その彼がどこにいるのか、領主は当然把握している。

そこへ手勢を率いて攻め込んだ時は、怒ってこそいたが、戦闘になるとは思っていなかった。

男爵というのは貴族の中では一番下だが、それでも兵を持つ有力者。その気になれば、悪徳商人ごとき一蹴できる。

そのはずだったのだが……。

現領主、アルラ・ボレアリスの父、タニア・ボレアリスは討ち死にをした。

なんとも恐ろしいことに、その魔導士はすでに戦力を保有していたのである。

男爵家の兵ごとき、歯牙にもかけぬ恐ろしい兵を。

その兵を従える彼の拠点は、もはや軍事拠点に近い。

高い岩壁はなくとも木製の壁がならび、巨大な建造物こそないものの多くの宿舎や武器庫がある。

そんな拠点へ、ガイカクはオーガ重歩兵二十人、人間歩兵百人、獣人擲弾兵十人を従えて攻め込んだ。

しめて、百三十人。複合兵科、複合種族の軍であることも含めて、なかなかの編成である。

今回はエルフもゴブリンも連れてきていないため、遠距離攻撃や夜襲もできない。

だがだからこそ、すべての兵力を攻撃側に割くことができていた。

普通に考えれば、このまま普通に攻め込むだけで勝てる。

いやそもそも、相手が降参しても不思議ではない。

だがしかし、その拠点から現れたのは、自信満々のやせた男だった。

「おやおや……男爵殿の手勢を打ち負かしたので、次は騎士団が来るかと思っていましたが……」

高級品の眼鏡をつけている、汚れた白い服を着ている、いかにも学者といった姿の男。

先陣を切るにはあまりにも不相応な彼は、およそ四十代後半と言ったところだろうか。

見た目の割に、表情には幼稚さが透けていた。

「どう見ても、そうは見えませんねえ?」

「まー、そうだな。騎士団様は大変お忙しいんでねえ、お前さんみたいな小者相手に出張ってこないんだよ」

ガイカクもまた先陣を切り、その学者らしき男と話し始めた。

飄々としているようで、表情は格下を見下す余裕だけがある。

そしてその背後にいる部下たちもまた、黙っている一方で怒りを秘めた雰囲気を出していた。

ここまでわかりやすい悪党、なかなかいるものではない。

「で、見習い坊や。自己紹介ぐらいはできるかい? もちろん聞いてきたが、お前の御口からきいてみたくてねえ」

「見習い坊やとは……くくく、年長者を敬うという基本も、親から習わなかったらしい。まあいいだろう、年長者は寛大でなくてはな」

幼稚な顔で、学者は名乗った。

「私はタンロウ……魔導士だよ」

その名乗りを聞くと、ガイカクの部下たちは少しだけ動揺する。

わかっていたが、相手も違法魔導士。ガイカクと同様、何をしてきても不思議ではない。

ただのやせている男から、底知れぬオーラを幻視してしまう。

「ガイカク・ヒクメ、魔導士だ」

「ほう、やはりか」

「まあもっとも、こんな田舎で詐欺をやらかす小者とちがって、総騎士団長ティストリア様から御用を仰せつかるほどの、天才魔導士様だがな」

だがガイカクは、わざとらしく見下した。

「お前と一緒にされると困る」

いかにも幼稚な挑発だった。

こんな悪態、真面目に取り合う大人はいない。

「はあ?!」

だがしかし、いっそ意外なほどに、タンロウは怒り始めた。

「天才?! 天才?! 誰が?! お前が?!」

「実際そうだろう? 俺がここにいるのが、その証明だ。男爵の親戚が来たならともかく、まったくの他人が男爵領にいる理由は、騎士団から派遣されてきた以外にない」

「あのお美しいティストリア様が……お前のような若造を、信頼して、派遣してきた? ありえない! そんなこと、あっていいわけがない!」

とんでもなくわかりやすく動揺し、憤慨し、激怒した。

「天才とは! あの方のためにある言葉だ!」

「まあ、それは認める」

「認めるな! お前ごときが……お前ごときが、あの方にお会いできるわけがない! そのはずだ!」

「ふぅむ……なるほど。お前、見たことはあっても、話したこともないな?」

「!!!!!!!」

声にならない奇声が、タンロウの口から出た。

地団太を踏んで、腕を振り回した。

そして、息切れを起こし始める。

「はぁ……はぁ……!」

「まあいいさ、口喧嘩なんて大人のすることじゃない。そろそろやろうぜ」

「そう、だな……!」

タンロウは息を整えてから、宣言をする。

「私の力を、騎士団長殿に、ティストリア様に見せつける……。不遜にもあの方の傍にいる、騎士団長どもを下せば……私の力を、私の存在を、私の魔導を認めざるを得なくなる!」

「……」

「まして、お前などに、手間をかけるわけにはいかん! 出てこい! タンロウ隊よ!」

タンロウの合図で拠点から出てきたのは、異様な化け物だった。

背の高さは人間なのだが、不自然なほど筋肉が盛り上がっている。

普通の人間でも鍛えれば筋肉は太くなるが、今回のこれは度を越えている。

その筋肉を見せつけるように、敵はほとんど防具を身に着けていない。

なんなら下着も最低限であり、非常に露出度も高かった。

「ようやく、出番かよ……」

「まあいいさ、暴れられるんならな」

「この体を得たのに、戦えないってのは悲劇だぜ……」

人間とは思えない、醜い筋肉の怪物たち。

そのおぞましい姿に、ガイカクの兵たちは震えた。

「筋肉強化薬か……ご禁制の品だな。安易に使えば死を招くゆえに、封印されて久しい代物だ」

「ええ、そのとおり。対象の寿命を縮め、発作的な死のリスクも付きまとう、危険な薬。太古に封印された、違法薬ですよぉ」

体を震わせながら、よがりながら、タンロウは笑った。

「私はそれをこの時代に復活させたのです! まさに天才の所業! ティストリア様に並びうる頭脳!」

「……まあいろいろおいておいて。そこの見習い坊主はともかく、その部下のおっちゃんたちはそれでいいのか? そんなに筋肉が膨らんでいると日常生活に支障をきたすだろうし、何よりすぐ死ぬぞ。というか、既に体調も悪いはずだ」

魔導薬物による筋肉の強化。

それは当然リスクをはらみ、死と隣り合わせとなる。

それについて、ガイカクは訊ねた。

「そうだな、それで?」

二十人ほどの『屈強な』男たちは、だからなんだと言わんばかりだった。

「で、薬を使わなかったら死なないのか? 未来永劫生きられるのか?」

「平凡な俺たちが、武で名を上げることができるのか?」

「確かに体はきついが、鍛錬をしても同じようなもんだろう。薬に頼って、何が悪い」

ガイカクの部下たちからすれば、わからないでもない理屈だった。

だがだとしても、実際にやるとなれば、常軌を逸している。

それが二十人もいるのは、彼女たちからすれば不思議ですらあった。

「……お前らみたいに乱用する輩がいるから、その薬は封印されたんだ。適量を飲む分には、そこまで体に悪影響は及ぼさない薬のはずなのにな」

だがしかし、ガイカクは知っている。

世の中には、こういう輩が一定数存在すると。

「なんだ? こういう薬は卑怯か?」

「武器防具を身に着けるのはアリで、弓矢や魔法で遠くから攻撃するのはアリで、多人数でボコるのもアリで、殺すのもアリで……」

「薬だけはナシ、なんてのは通らないだろう」

そして、まさにそういう男たちだった。

彼らは自分たちに何一つ恥じるものがないと、力を見せつけるように手にしていた大きめの武器を振り回していた。

「それがお前たちの持論ならそれでいいが、まあ問題ないさ。こっちにはオーガがいる、その薬で筋肉を膨らませても、互角がやっとだろう。それなら残る百人の人間が加勢すれば……」

「ははははは! そうだな、その通りだ! こいつら二十人は、並のオーガぐらいの力しかない! 男爵の兵を相手にするにはこれでも足りたが、同数のオーガ相手に……ましてや騎士団を相手にできるわけがないぃいい!」

白けているガイカクに対して、タンロウはあくまでもテンションが高い。

「騎士団を倒すために用意した『特製の薬』だが、試験にはちょうどいい。お前たち、使え!」

「ふんっ……えらそうに。まあいいさ、使うとするかあ」

「女ってのは残念だが、オーガが相手ならまあいいよなあ」

「力自慢相手にこれを使うってのは、最高だな!」

タンロウ隊と呼ばれている荒くれ者たちは、露出している体に何かを突き刺した。

わずかな時間が流れた後、彼らの筋肉は踊るように伸縮を繰り返していく。

目視で脈が分かるほどに血圧が上がり、筋肉から膨らんだ血管がはち切れそうになっている。

ただでさえ異様な姿が、さらに異様になる。

ガイカクはそれを見て、何が起きたのか理解する。

「瞬間増強薬……短時間しか効果がないが、通常の強化薬に効果を上乗せできる薬……これも違法だな」

「ははは、知っては、知ってはいるようだなあ! 勤勉で結構! 嬉しいよ、知っていて! だが知っているからこそ、どうしようもないとわかるはずだ」

自らは貧弱な体のままタンロウは誇る。

自分の作った薬の凄さを、これでもかと誇示する。

「普段のタンロウ隊は一般的なオーガに匹敵するが、今はその数倍上を行く! それが二十人もいれば、騎士団さえ飲み込むだろう!」

「……そううまくいくとは思えないが、一つ言わせてもらおうか」

ガイカクは、ここで笑った。

「なんだ、命乞いか? 聞く耳は持たないぞ? ん? それでも言ってみるか?」

「いや、お前たちに言うことはもうない。オーガ隊、わかるな?」

彼は自分の部下、オーガの重歩兵隊へ指示を出す。

「使え」

「……はい」

まるで鏡写しのように、オーガたちも『分厚い革鎧』に覆われた『体』へ、なにかを刺した。

するとやはり、タンロウ隊と同じように筋肉が躍動し始める。

その効果を見て、タンロウもタンロウ隊もうろたえだした。

「は、はあ?! な、なんで? なんでお前がそれを使えるんだ?!」

「いやいや、さっき俺も自分を天才って言っただろう? これぐらい作ってるさ、天才なんだから」

「それは……それは?!」

まさかオーガが瞬間強化薬を使うとは思わなかった。

タンロウは取り乱すが、タンロウ隊もそれどころではない。

「ふ、ふざけんな! なんでオーガが薬に頼ってるんだ?!」

「これはタンロウしか作れないって話だろうが! おかしいだろ?!」

「意味が分からねえ!」

力自慢であるはずのオーガを、その上を行く力で圧倒する。

その快感を期待していた者たちは、相手も同じことをし始めたので驚愕した。

「おいおい、お前たち。その薬に記憶障害の副作用はないはずだが?」

その彼らを、ガイカクは煽った。

「薬を使うのは卑怯じゃない、なんなら誇らしいことだ、って言ってたのは誰だ?」

「そ、それは……!」

「お前たちは自分でも『卑怯』で『ズルい』ってわかってたんだよ。卑怯でズルいことをしていると自覚しているから、相手がやると文句を言うんだ」

自分たちの行いが卑怯だと思っていないなら、おなじ薬を使っても『これで条件が五分だな』と喜ぶだろう。

勝ちたいだけで、強い相手と戦いたいと思っていない。蹂躙したいだけで、五分の条件など求めていない。

「さあ、頭数も使っている薬も、おそらくは性能もほぼ互角……お前ら、やっちまえ!」

「はい、親分!」

「た、タンロウ隊、頼む! や、やれ! 相手は女だ!」

「だ、だけどよお!」

「ここでお前たちが逃げたら、私は捕まるか殺される! そうなれば誰がお前たちに薬を与えるんだ?! 副作用が起きた時、誰が面倒を見るんだ!」

「く、クソがあああああ!」

かくて、両陣営の力自慢は戦いを始めた。

片や筋肉を強化した、裸同然の人間の男。片や筋肉を強化した、毛むくじゃらの鎧を着たオーガの女。

両者ともに、通常の人間では到底持てない重さの武器を、消えるように速く振るう。

筋肉の怪物同士がぶつかって、すさまじい轟音が周囲に響き渡った。

「く、くわあああああ?!」

「何、奇声を発しているんだ。人間歩兵隊、確保に動け」

敵の主力がぶつかり合うことを確認してから、ガイカクは百人の人間歩兵へ指示を出す。

いや、事前の作戦通りに動かない彼女たちへ、正気に返れと促したのだ。

「この筋肉バカどもが薬の製造をしていたとは思えない。おそらくこの拠点内に、違法な薬の製造にかかわった者たちがいる。そいつらを捕まえるのが、お前たちの仕事だ」

「そ、そうでした! 行くぞみんな! アマゾネス魂を見せてやれ!」

「了解!」

牛や象の群れがぶつかり合うような、超重量級同士の衝突。

その被害を受けないように、歩兵たちは大きく迂回しながら拠点へと入っていく。

「あ、お、おい?! お前たち、何を勝手に?!」

「不法占拠しているくせに、偉そうなことをほざくなよ。まあそれは俺も大概だが……」

自身は無力な魔導士に過ぎないタンロウは、それを見送ることしかできない。

武装している女兵士たちを相手に、縋りつく度胸もなかった。

「あ、ああ!! なんてことだ、この天才魔導士であるタンロウのラボへ、物を知らぬ野蛮な兵が押し入るなど……蛮行にもほどがある!」

「違法な薬を製造するのが上品なのか?」

「黙れ! なんなのだお前はさっきから! この私の、この、私の! ティストリア様へ近づくための第一歩を、それを! お前は! 私の薬を真似して! 盗んで!」

「真似だの盗むだの、お前が製造法を確立したわけでもないだろうに……それよりもいいのか? このまま見ているだけで」

完全に傍観者となった、ガイカクとタンロウ。

その二人の前で、男と女、人間とオーガがしのぎを削っている。

だがしかし、明らかにオーガが優勢だった。

「互角の相手と同数で戦うって時はどうかと思ったけど……」

「こいつら、思ったより強くないねえ」

「力は互角のはずなのに、なんかぎこちないって言うか?」

いっそ戸惑うほどに、オーガたちは圧している。

互角であるはずの力と力をぶつけ合って、なぜか自分たちが圧倒的に勝っている。

その理由は、タンロウ隊の方が分かっていた。

「くそ……くそおおお!」

「筋肉が邪魔で、腕が曲がらねえ!」

「失敗したんだ! 薬を使い過ぎたんだ!」

筋肉は太い方が力を増す。

太ければ太いほどいいのだが、それは筋力の話であって、運動の話ではない。

筋肉をつけすぎると、まるで肉襦袢を着ているように、関節の可動域が減る。

それはオーガたちも同じのはずだが、骨格の大きさが、身長がそもそも違う。

タンロウ隊も人間基準ではそれなりに大柄だが、オーガである重歩兵隊に比べると小さい。

互角の筋肉を持つのなら、筋肉由来の腕力なら、体の大きさが可動域の広さにつながる。

「力で圧倒できる相手なら、あの膨らみぶりでも何とかなっただろうが……互角だときつそうだな」

「そ、そんな……私の薬は完ぺきだった! 完璧のはずだ! なぜ結果が違う?! 同じ薬……いや、天才の私が作ったのだから、性能もこちらの方が上のはずだ!」

「……お前、本当に見習い坊主だな」

自尊心に反する戦況を見て、タンロウは学の足りないことを吐く。

その言葉を聞いて、ガイカクは呆れていた。

「天才でも馬鹿でも、レシピ通りにやれば薬はできる。誰がやっても結果は同じ、それが魔導だろう?」

「それは……いや、だが! 私は天才で、だから、その……同じ薬でも、効果が違うはずで……」

「お前は薬の制作には成功したよ。失敗したのは用法用量、あとは運用だな」

「私に説教をするな!! そ、素材が悪いんだ! 私は人間に薬を使ったが、お前はオーガを連れてきた、それが私の敗因だ! 私は悪くない!」

「まあそうだな、それも間違ってない。でもいいのか? ちょっと薬で強化されたあいつらに、お前の部下は負けてるぜ」

「だから何だ! 私の負けじゃない!」

「本物の騎士団が来た時、結局勝てなかったんじゃないか?」

「……! あ、あああああああ! 違う、違う、違う! 私は普通の人間とは違う! 優れた魔導士だ! 天才だ! だから、この結果は間違っているんだ!」

「失敗かどうかにこだわるなんて、一々素人だな」

天才を名乗る割に、具体的な理由を述べないタンロウ。

その姿は、余りにもみっともなかった。

「その振る舞いを見るに、大昔の魔導書を見つけて、それを解読しただけだな? 本に書いてあるレシピをなぞって、効果が出て、それを自分の実力だと言い張ってるだけだな?」

「……ち、ち、ち……」

「見習い坊や……見な、検証結果が出るぜ」

武器と武器の打ち合う音が、だんだんと減っていく。

それとは別に、何かの折れる音が出始めた。

「あ、あああああ!」

「ぐ、ああああ!」

過剰なほどの筋肉だるま達が、無様に地面に転がっていく。

オーガたちに斬られたとかではなく、その手足が折れ曲がっているのだ。

それも殴られて折れたとかではない、打ち合いをしているうちに折れたのである。

筋肉と筋肉のぶつかり合いに、彼ら自身の骨が音を上げたのだ。

「こういうのを、力におぼれたって言うんだろうなあ。筋肉を肥大化させて力を上げても、支える骨の強度が足りなかったな。まあ危ないお薬のせいで内臓がやられてたから、普通よりも脆くなっていた可能性も……」

「あ、あああ……」

「この分なら、エリートオーガと戦っても、同じようなもんだっただろうなあ」

自分の作った薬なら、騎士団に勝てると思い上がっていた。

実際どうなのか試験したところ、結果は否だった。

「で、見習い坊や。あの薬を、より強くする研究とか、そういうのはあったのか? アレがダメなら、それでおしまいか?」

「……う、うるさいぃいいい!!」

ことここにいたって、タンロウは叫んだ。

自分を擁護できないと見るや、相手のことをこき下ろすことにしたのである。

「お前はどうなのだ、お前は! 結局素材の差で勝っただけだ! いやむしろ、私でもティストリア様の御傍に居られると、御用聞きが務まると証明したようなものだ!」

「ほほう」

「お前自身と私自身、どこが違うのだ! どうだ、反論できまい!」

「反論できなかったのが、そんなに悔しかった、と。ひひひひひひ」

外傷を一切受けないまま、タンロウは崩れていた。

それでも何とか攻撃しようとするが、ガイカクはそれを笑うだけだ。

「お前ら、もう脱いでいいぞ。それ、もう使えないだろう?」

「親分……はい、実はもう、中の骨が折れてまして……」

「最近のは結構もったんですけどねえ」

「あのお薬を使うと、潰れちゃうのは変わりませんか」

ガイカクに促されると、オーガの女戦士たちは『鎧』を脱ぎ始めた。

傍から見れば着ぐるみか、毛むくじゃらの肉襦袢にしか見えないそれを脱ぐと、そこには汗だくのオーガの体があった。

薬の副作用など一切感じさせない、健康そのものの肉体があった。

そう、オーガの重歩兵たちは、自分の体に薬液を入れていない。薬が投与されたのは 培養骨肉強化鎧(フレッシュ・ゴーレム) であり、壊れたのもこの鎧だけ。

多少高価ではあっても、また作れる消耗品だけがつぶれ、彼女たち自身の肉体は極めて清いままだった。

だがしかし、そんなことはタンロウにはわからない。

着る筋肉、外付けの筋肉など想像もしてこなかった彼は、特別な薬液が使われたのか、としか思えなかった。

「ば、バカな?! なぜだ、なぜ健康なんだ?! オーガの体は人より頑丈だが、それでも薬効の副作用がないわけがないぃ! 貴様、何をした?!」

「おやおや、天才なのに分からないのか?」

「お、おおおおおおあああああああ!」

心底愉快そうな、ガイカクの嘲り。

それを聞いたタンロウは、見苦しく叫んだ。

「天才の私が分からないことはない! そのはずだ!」

「それなら、言い当ててみろよ」

「魔導なら私にわかるはず! ど……どんな手品を使ったああああ!」

魔導士同士の格のつけ合いは、ここで終わった。

そして戦士たちは、互いを見合った。

健康な体で建っているオーガの女と、全身を複雑骨折した人間の男。

同じ薬を使ったにもかかわらず、この結果の差は受け入れかねるだろう。

「ど、どういうことだよ……この薬は、体を破滅させるんじゃなかったのか?!」

「そうらしいですねえ、まあ実際この鎧はボロボロに……」

「ふざけるな! 革鎧と薬は関係ないだろうが!」

タンロウ隊は、リスクを支払うことが誇りだった。

他の誰もできないことをやっていると、己の生き方に酔いしれていた。

わかっていた破滅、とは違うが、体に限界が来た。

まだ十分な栄光を得ぬまま、負けて死ぬ。それだけでも辛いが、同じであるはずの相手が平然としていることが呪わしい。

「私たちは馬鹿なんで、あんまり詳しくないんですけど、とりあえず……」

オーガの女戦士たちは、やや引きつった顔で、ガイカクを見た。

同じく違法魔導士であるはずの、タンロウをこき下ろす、みっともない男。

今回も戦っていないが、結局今回の戦果も彼の物だ。

「私たちの親分は、天才なんで」

自分たちが使い潰されずに済んでいるのは、ガイカクの度量。

自分たちと倒れている人間に、大きな差などない。あるいは、彼らの方が優秀なのかもしれない。

その差を埋めて余りあるほど、ガイカクは非凡な男だった。

「あ、終わりましたか? 内部にいた、働かされていた人たちと、一緒に儲けていた共犯者を捕縛しました!」

「おう、よくやった!」

その彼の下へ、内部へ突入していた人間の歩兵たちが戻ってくる。

縄で縛られている、ふくよかな男たち。歩兵たちに感謝している、やせている男たち。

その姿を見て、自分の築き上げてきたものがすべて終わったと知り、タンロウはいよいよ言葉を失っていた。

「これで終わりですね、団長」

「いや、まだだ」

ガイカクはタンロウにも戦場にも興味を失い、後片づけだけが残った拠点に背を向けた。

「まだ『万事』が終わっていない」

彼の仕事は、まだ終わっていなかった。

ガイカクがタンロウ一派を壊滅させてから、数日後。

アルラ・ボレアリス男爵は、ベッドの上で目を覚ました。

「おお、男爵様!」

「じい? わ、わたしは……いや、その……?」

朝の光で目を覚ましたばかりの少年、若すぎる男爵は、泣いて喜ぶ執事に驚きつつ、しかし身を起こした。

「……?!」

身を起こせたことで、彼は驚いた。

元々体が弱く、父が倒れた後は病にふせっていた、弱弱しい体。

それが意のままに動くことに、仰天していたのである。

「な、か、体が……?!」

「目が覚めたようですなあ、男爵様」

怪しい風体の男が寝室に入ってきたことで、ボレアリス男爵はやや身構える。

しかしだんだんと、意識を失う前のことを思い出してきた。

「貴方は……たしか、ガイカク・ヒクメ殿では?」

「覚えてくださったとは、光栄の至り……ゲヒヒヒヒ……」

あえて卑しい振る舞い、怪しい振る舞いをするガイカク。

その彼が何かをしたのだと、聡明な少年は見抜いていた。

「わ、私の体に何を? い、いや……それよりも、あの薬売り達は?」

「タンロウどもなら、始末しました。生かしておく必要はないとのお達しでしたので。よろしければ、後で首を確認なさいますか?」

「い、いや……構わない。どうせ私は、奴らの顔をよく知らないのでな……」

ごほんと、咳払いをする。

できるだけ男爵らしい振る舞いをしようとする。

「そうか、父の仇を……母や領民の仇を討ってくれたのだな。感謝する」

「ははあ……」

「では、私の体は? なぜこんなにも体が軽い?」

「くひひひひ」

戸惑う少年を、ガイカクは怖がらせるように笑った。

「私めの秘術によって、貴方様のお体を治療しました。タンロウが使った薬……鎮痛剤と筋肉強化薬によるものでございます」

「な、なんだと?!」

「なにぃ?!」

「麻酔をしたうえで施術をし、弱った体を強化……まあ実際には他にもいろいろしましたがね」

これには男爵も執事も驚きであるが、今の男爵は健康、より少しやせている程度。

どう見ても、筋肉の怪物には見えない。

「禁止される薬には、禁止されるだけの理由がある。ただ、生み出されるだけの理由もあるのですよ。正しく使えば、人を救うことができるのです」

それこそ悪戯っぽく、顔も見せずに笑っていた。

「もちろん薬だけで治すことはできませんが、今後リハビリをすれば、男爵様も表を走り回れるほど健康になれますよ」

「ほ、ほんとうに?! ほんとうに?! うそじゃない?!」

「ええ、治療を頑張れば、ですが」

ベッドの上で跳ねそうになる、年相応に喜ぶ少年。

その彼に戸惑いつつも涙を漏らす執事へ、ガイカクはわざとらしく声をかけた。

「正しく使ったとはいえ、違法な薬を使用したことは事実。私の首が飛びますので……このことはご内密に」

「も、もちろんです!」

べろりと、ガイカクは舌を出してふざける。

「きれいに終わらせられず、申し訳ありませぬ。ですが……万事任せて、正解だったでしょう?」

違法魔導士、ガイカク・ヒクメ。

仕事を依頼したアルラ・ボレアリス男爵は、彼の仕事ぶりを高く評価し、それをティストリアへ伝えた。

これによって……ガイカク・ヒクメは、正式に騎士団長となるのだった。