軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四十四話 愛を求めて

あまりの衝撃に頭が真っ白になった私は、なにか反応しようと混乱した頭で言葉を捻り出す。

「二十歳……学生……イッ」

「聞こえてんだよ」

さっきよりも強いデコピンをされ、おでこを押さえながらレオを睨み上げる。

「別に事実を言っただけだもん」

「事実じゃねえ」

まだ爆弾発言でも落とされるのかと咄嗟に身構えたのはどうやら正解だったらしく。

「俺は学生として 第一(あそこ) にいたわけじゃない。……研究のためにいただけだ」

今日はもうこれ以上で驚くことはないだろう。

そういえばレオが授業を受けている姿どころか、制服を着ている姿すら見たことがなかったことに思い至る。

認識するのが本当に今さらすぎて思わず真顔になり、一周回って冷静になった私は、「なんの研究?」と尋ねる。

「魔法」

「いや、だからそれは分かってるって」

「言ってもお前は理解できねえだろ」

「確かにそうだけどさ……」

こうやってレオはいつもはぐらかす。

私が理解できないから、とかそういう次元の話じゃない。この男が私に絶対になにかあるであろう真実を伝える気はさらさらないのだ。

「レオのばーか」

「お前にだけは言われたくねえセリフだな」

「ばーかばーか!」

「ついに頭が壊れたか」

私を馬鹿にする言葉とは裏腹に、私の頭頂部に乗っていた花弁を取るその手つきは優しい。

興奮した私が馬鹿らしくなって黙ると、レオは花弁を捨てて私を真っ直ぐに見据えてくる。

「……お前さ」

「うん?」

躊躇(ためら) うような顔を見せたレオだったけれど、すぐにいつもの無表情に切り替えた。

「今、幸せか?」

なにかまた衝撃発言でもされるのかと思って身構えていたのに、拍子抜けするようなことを問われ、目をパチリと瞬かせる。

どういう意図で尋ねてきたのか少し考えてみたけれど、私のような凡人が天才の考えるようなことを思いつくはずもなく。

「幸せだよ」

ここはこう答えておくので間違いないはずだと、笑う。

なのになぜかレオは不服そうな顔をして私を睨んでくるものだから、私は困惑してしまう。

「もう、なあに?私に幸せになってほしくないって、こ、……と」

気付いた時にはレオの顔が私の至近距離にあって、その近さに私は息を呑むことさえ躊躇った。喋ろうものなら唇が触れてしまいそうなほどの距離だ。

「フーリン」

近すぎる距離も意味が分からないし、ここで私の名前を呼びながら右手首を握ってくる意味も分からない。

これまた今さらではあるけれど、レオの顔の良さを目の当たりにしてしまいパニック寸前だ。

「いいか、もしお前が──」

ザアアアと再び強い風が吹き上げる中、私はレオの言葉に目を見開き硬直する。

なんと言ったのか聞き返そうとしたその時、グッと腰に手が回ったかと思うと力強く引き寄せられた。バランスを崩して胸に飛び込んでしまうも、その人は微動だにせず私を抱きとめる。

「久しいな、レオよ」

「……どーも」

「以前の仕事の時ばかりか、この短時間で我が伴侶までも世話になったようだな。礼を言おう」

ギルフォード様が私を抱き締めていることに加え、二人が対峙する空気が張り詰めていることに気付いた瞬間、ぶわりと嫌な汗が吹き出るのを感じた。

この二人は面識があるようで気になるところではあるけれど、今は自分の存在を殺すべくギルフォード様から離れることを一旦諦め、口を固く結ぶ。

「少しでも目を離すのが悪いんじゃねえの」

「そうだな、それはこちらの落ち度だった」

苛立ちを滲ませながら会話していることが恐ろしく、私は二人の年齢を考えるという現実逃避を始めた。

当然、思考は良くない方へ行ってしまう。

レオが二十歳なら、ギルフォード様の一つ歳上になるということで。皇妃様がギルフォード様を生む前に皇妃様の不貞があったなら──。

いやいやいや、そんなわけない。

そもそも皇妃という立場である以上、ギルフォード様を生む前にお腹が大きくなれば周囲には誤魔化せない。つまり私の考えは見当違いもいいところなはずだ。

皇妃様を疑うようなこの考え自体物凄く失礼なことではあるし、いっそのことギルフォード様に聞いてみてスッキリするのもありかもしれない。

とはいっても皇城で微妙な立場にある私が簡単に言及できる内容ではないし、藪蛇になる可能性も大いにあった。

現実逃避のはずが思考の渦に囚われそうになり、意識を戻したのはいいものの。

「あ、れ、レオ帰っちゃったんですか」

いつの間にか姿を消していたレオに驚いて、キョロキョロと辺りを見回していると、ギルフォード様の腕から解放された。

「……すまない」

「?どうして謝るんですか?」

「レオはフーリンの幼馴染なのだろう?つまらない嫉妬で二人の会話を邪魔をしてしまった」

「しっ!?」

嫉妬、という聴き慣れない言葉に不意をつかれ目を見開くと、ギルフォード様は心外だとでも言うように片眉を上げた。

「俺が嫉妬しないとでも思ったか?」

「え、いや、そういうことではっ。そもそも殿下は……ッ!」

肩を掴まれたかと思った瞬間、先ほど体験したことがギルフォード様によって再現されていた。

そう、ギルフォード様の麗しい御顔が私のとっっっても近くにあるのだ。しかも両者のおでこが完全にくっついて、距離はゼロ。

「他の男にこんなことをされていて俺が正気でいられると思ったら大間違いだ」

甘い言葉と吐息にとどめを刺された私は、目も当てられないほど顔を赤くし腰を抜かした。

「大丈夫か?」

「大丈夫、じゃないです……」

「そうか、なら」

「っ、え!?」

視界が一気に高くなり咄嗟にそばにあった首に抱き着くも、いわゆるお姫様抱っこというものをされていると分かった瞬間、全力で暴れた。

「降ろしてください!重いですから!!」

太っていた時の感覚から羞恥と焦燥のままに叫べば、ギルフォード様は可笑しそうに「全く重くない」なんて宣う。

「ぜっったい嘘です。お願いですから降ろしてください……っ!」

「嘘は言ってない。城に帰るまでこのままでいたいくらいだ」

涼しい顔をしてそう言うものだから、ギルフォード様は頭がおかしくなってしまったのではないかと本気で疑ってしまった。

「そうだな、今の軽いフーリンもいいが、重くなったフーリンもいいだろうな。重ければ重いほどフーリンという存在を堪能できそうだ」

この時もたらされた言葉は私にとって耳を疑いたくなるような内容で、暴れることを止めてしまうぐらいには衝撃的だった。

「──なにを、言ってるんですか」

「ん?女性は体重を気にするだろう?俺としては太っていようがいまいがどちらでも構わないと思ってな」

「かまわ、ない」

「努力をするに越したことはないが、……まあどんな姿でも好ましいと言うことだ。勿論フーリンに限った話だがな」

そうなんだ、とあまりにも素直に納得してしまった。

つまりこの皇子様は他人の外見を気にしない人、ということで、今までギルフォード様にどう思われるかを気にしてきた私は初めて肩の力が抜ける感覚を覚えた。

「……殿下」

「どうし……っ」

トン、とギルフォード様の肩に自分の頭を預けると、一瞬彼の全身が強張った気がしたけれど、すぐに優しく抱き直し私の首筋にそっと口付けを贈った。

お母様の墓前であることを思い出したのは、ギルフォード様が挨拶をしようとしたその直前のことだ。

微睡んでいる私の頭を誰かが撫でている。時折頬に手を滑らせ、私の存在を確かめるように指を動かしていた。

「……ん」

少しくすぐったくて身動いだ私の名前を呼ぶ声がする。

私に触れるのはどうやらギルフォード様のようで、昼のことを再現した夢かな、なんてぼんやりとした頭の中で考える。

夢なら素直に聞きたかったことを聞けるかもしれない、そう思った私は目を薄く開いてその存在を目に入れる。

「でん、か、は」

「起こしたか?すまない、俺を気にせず、」

「どして、皇妃様と、仲が良くないんですか……?」

「──」

少し待ってみても返事はなく、やはり夢でも聞いてはいけないことだったのだと察する。

やっぱり私は馬鹿だなあと反省しながら別の夢でも見ようと自分の頭に念じていると、「母上は、」と話し始める声が聞こえた。

「あの人は、俺の存在を嫌悪している。俺が生まれなければ良かったと思っているくらいだ」

「……」

「小さい頃からそうだった。……まあ普通の子どもらしくない俺が気味悪かったのが原因だろうがな」

生憎『普通』の子どもの定義が分からない私は、『普通』の子どもらしくないギルフォード様を想像することは叶わなかった。

「これはあまり言いたくないが、……俺が嫌われている以上、フーリンにとって母上が害になる可能性は十分に考えられる。近付けさせないようにはしているものの、先日のようなこともあるから気を付けて欲しい」

「……はい」

夢にしてはリアルな回答が返ってきて、少し戸惑いながら返事をすると、ギルフォード様は私の顔にかかる髪を耳にかけてくれる。

「こんなことを言うと怖がらせてしまうのは分かっている」

「私は、大丈夫、ですよ……?」

ギルフォード様は切なげに眉を垂らし、静かに首を横に振った。

まるで私に『大丈夫』と言わせまいとしているみたいだ。

「別に俺自身母上に愛されたいと思ったことはないし、これからも思うことはないだろう」

それでも、とギルフォード様は一呼吸おいて、私の手をその大きな手で包み込んだ。

「フーリンだけは、俺を愛して欲しい。ずっと、俺のそばにいてほしい……っ」

ギルフォード様がこんなにも情けない顔をしている。

ずっとずっと完璧だと思っていた皇子様が、笑って、泣いて、怒って、悲しんでいる。

「……殿下も、私と同じ、ですね……」

それを知れたことでなんだか安心してしまった私は、無意識に包み込んでいた彼の指に私のそれを絡める。

「そばに、います」

──貴方が私から解放されるその日まで。

そう心の中で呟き、脱力しきった笑みを浮かべれば息を呑む音が聞こえた気がした。しかし夢の限界が来てしまったのかそのままパタリと腕をベッドに投げ出し、完全に目を閉じてしまう。

「好きだ……、フーリン、愛してる……!」

意識が飛ぶ直前に聞こえた号哭にも似たそれは、まるで迷子の子どもが自身の母親を見つけた時のように、安堵と、愛しさに溢れていたように思う。