軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四十話 解氷の皇子

デート、なんてギルフォード様がそんな俗っぽいことを言うとは思わなくてつい聞き返してしまったけれど、どうやらあの言葉は本気のようだった。

お誘いがあった翌日、私たちは馬車に乗り、皇族領としても有名な庭園に来ていた。

閑散としており、私たち以外に人がいる気配はない。

「それでは、どうぞお気をつけて」

「ああ、ご苦労」

それどころか侍従たちまでこの場を去っていってしまい、まさか二人きりにされると思ってなかった私は、手持ち無沙汰にその場に立ち尽くす。

そんな私に、侍従からバスケットを受け取った涼しい顔のギルフォード様は、空いている片手を差し出してきた。

「え、っと」

「あちらの方が景色がいいからな。そこまで行こう」

私が迷子になるとでも思ったのだろうか、ギルフォード様に余計な心配をさせたことに申し訳なさを感じた。

「それなら支えていただかなくとも、ちゃんと付いていくので大丈夫ですよ」

「……俺が繋ぎたいんだ。ダメか?」

まさかそんな言葉を返されると思ってなかった私は、困惑しながら「いえ」とだけ答え、差し出されたままの手に私の手を乗せた。

ギュッと節くれ立った男性の手に握られたことで、自分との性差を改めて感じ、変にドギマギしてしまう。

「足元気をつけて」

「あっ、はい」

少し前を歩きながら足場を確認してくれるギルフォード様の広い背中を見ていると、変なことを口走りそうになって、慌てて口を押さえた。

……危ない、「私、もうすぐ死ぬんですか?」なんて言いそうになった。

一人勝手に焦る自分が恥ずかしくなって、口に当てていた手を頰に当てた。馬鹿なことしか考えられない自分自身に、今すぐにでも溜息を吐きたい気分だ。

私はギルフォード様が人間だと思っていない。というより同じ人間だと思えなかった。

顔の造形、プロポーション、オーラ、能力……、どこを取ってもギルフォード様が女神に愛されて生まれてきた人間だということを思い知らされる。

だからこそ私は今、天の御使である彼に連れられてどこかの楽園にでも迷い込んでしまったのではないかと思ってしまったのだ。

そんなふうに頭の中でおかしなことを考えているうちに目的の場所に着いたようで、繋がれていた手が離された。

一面に広がり色鮮やかな花畑には蝶が舞い、少し離れたところにある湖は空から注がれる光でキラキラと反射していて、あまりの美しさに目を奪われる。

「綺麗ですね……」

「気に入ったならよかった。よければここで食事を取らないか?侍従から軽く胃を満たせるものを預かっておいた」

「そ、そうですね。殿下がよろしければ、私は大丈夫です」

そうして始まった食事は、美味しいはずなのに緊張しすぎて味が全く分からなかった。

粗相しないようにしないとだとか、がめつく見えてないだろうかとか、そういう余計なことばかりを考えてしまうのだ。

「フーリン」

「ふぁいっ」

訪れていた静粛を破られて、反射的に背筋を伸ばすと、ギルフォード様は少し聞きづらそうな顔をして私を見た。

「なぜ、フーリンは今まで俺に会いに来なかったのか、理由を聞いてもいいか?」

「そ、れは」

近いうちに聞かれるとは思っていたけれど、いざ問われるとパニックに陥りそうになる。

ダイエットしていたというべきか、それとも適当に取り繕って説明する方がいいのか、今の私に咄嗟の判断ができない。真実を話すことが当然で、それでいてそれが彼に対して一番誠実な選択肢であることは分かっていたにもかかわらず。

けれど、こうしてギルフォード様を目の前にしている今、どうしても口が開かなかった。

その時、──ああ、と私は頭のどこかで悟った。

結局のところ、初めてギルフォード様に会った時と同じように、彼に嫌われたくない、その一心だったのだ。

「私、その……」

ダイエットなんて、ギルフォード様からすればどうでもいい理由には違いなくて、だからこそ私は彼から頑張ってきたことを否定され、侮蔑の視線を送られることが怖かった。

ダイエットしてこれか、なんて言われたら当分立ち直れないかもしれない。

「フーリン、大丈夫だ。今が無理なら、またいつか、話せる余裕が持てた時にでも話してくれたらいい」

「いいん、ですか」

「……待つのは得意だからな」

自嘲的にこぼされた言葉は、私の罪悪感をさらに抉った。それと同時に、保身に走る、己の自己中心的な考えに、さらに落ち込んだ。

暗い雰囲気になりかけたその時。

いつの間にそばまで来ていたのだろうか、名前も知らない二つ耳の小動物が私の食べかけのバゲットを奪って逃げた。

「え!?あっ、まっ、待って、持って行かないでー!」

慌てて立ち上がり、追いかけようとした途端、花に足を取られ盛大にこけてしまった。

幸い花がベッドとなって怪我はせずに済んだけれど、物凄く恥ずかしいことをしてしまったと顔が赤くなる。

「す、すみません、お恥ずかしいところを……」

「大丈夫──」

ギルフォード様の言葉が不自然に切れ、同時に頭が重く感じたので不思議に思って視線を上に向ければ、先ほどの小動物が私の頭に乗っているのが見えた。

「へ!?」

急いで頭に手を伸ばせど、飛び降りて逃げられるのは当然なわけで。

動物に遊ばれるという情けないところを見せてしまい、どう思われただろうかと立ち上がりながら恐る恐るギルフォード様を見たその瞬間。

私はその信じられない光景に目を最大限まで見開いた。

「クッ、はは!っ、ははは!」

──ギルフォード様が笑っていた。

何度か見たことのある口角を上げる作った笑い方でも、弧を描くような大人びた笑い方でもない。

それは年相応の、心の底から楽しんでいると分かる笑顔だった。

「……殿下も、笑うんですね」

まじまじと不躾に見つめた上に、不敬とも取れる無意識に漏らした私の言葉に、ギルフォード様は不思議そうな顔をした。

「俺が、笑った……?」

「?はい」

私が肯定したことでようやく自分が声を出して笑っていたことを自覚したのか、ギルフォード様は目を見開いて口元を押さえた。

「……人、たらしめる」

ギルフォード様はなにかを呟いた後、こちらををジッと見つめてきた。

そして、ふっと頰を緩めたかと思えば、

「んぎゃっ」

私を正面から抱き締めてきたではないか。

「ででで、でん……っ」

「ああ……フーリン……可愛い」

突然抱き締められ甘い言葉を囁いてくるだけでも内心が荒れて仕方ないというのに、抱き締められる直前に見えた彼の表情が、昨日見たエルズワース様のリフェイディール様を見る表情と全く一緒だったことに気付いてしまった。

思わず体から力が抜け、その結果ギルフォード様に全身を預ける形となった私を、ギルフォード様はさらにギュウッと力を込める。

受け止めきれない現状に困惑してしまった私の思考は、なにを思ったのか一周して逆に冷静さを取り戻す。

そしてその冷静さは私の中に別の不安を生んだ。

──今、ギルフォード様にデブだと思われていないだろうか、と。

痩せたとはいえ、それは平民の中の平均であって、ギルフォード様が見慣れているような貴族女性の細さでは決してない。

その不安はこの数週間考えていた悩みを吐露させることとなった。

「殿下は」

「ああ」

「殿下は、私が運命の伴侶であったこと、嫌だと思わなかったんですか?」

「全く」

間髪入れずに否定されことに驚いて反射的に顔を上げると、熱のこもったギルフォード様の青い宝石のような瞳が私を映していることに気付いた。

「君が俺の運命の伴侶で良かった。心の底から、そう思う」

その瞳はどこまでも真っ直ぐで、嘘だと否定するには熱と、甘さを持ちすぎていた。

信じられない彼の発言に思考が停止して、そのまま呆然と見上げていると、なぜかその麗しい顔がどんどんと近づいてきて──。

「!!」

我に返った私はなんとか寸前のところでギルフォード様の口を押さえた。

しかし不服そうな瞳を向けられたので慌てて手を離すと、途端に逃げられないよう手首を優しく握り込まれる。

「あっ、えっ」

「唇がダメなら頰にならいいか?」

なに血迷ったことを言っているんでしょうか、この御方は……!

「だ、だめ、です」

「なぜ?」

「ダメったらダメなんです!」

「そうか」

ギルフォード様が私からスッと離れていくのを感じたので、私は諦めてくれたのだと安堵したその時。

「──!!……っ、い、ま、ほっぺ、ぇ」

「口にだってしたことがあるだろう?なにを今さら」

はくはくと空気を食む私を見て満足そうに笑んだかと思うと、ギルフォード様は楽しそうに私の唇を親指でなぞった。

そんなギルフォード様の行動よりも、もたらされた言葉の内容に衝撃を受けた私は、腰を抜かす。

「危ない」

すぐさま先ほどと同じように抱き寄せられるが、そちらにまで意識向けられるほど余裕はなかった。

「ど、どど、な、あの時、お、起きてたんですか……!?」

「意識はあったな」

「──」

今すぐにでも地面に埋まりたい気分だった。

触れることさえおこがましい、国宝級の体にあんな痴女紛いなことをしたのだ。それをあろうことか本人に知られていたなんて。

「あんなことをして本当に、本当に申し訳ありませんでした!!」

「なぜ謝る?」

「え、それは……殿下のお体に私なんかが触れたので……」

そこまで言ったところでギルフォード様は私の唇に人差し指を当て、少し困ったように苦笑した。

「俺はあの時死を覚悟していた。それだけギリギリの状況だった」

「……!」

「だがそれを他でもない……フーリン、伴侶である君が触れてくれたから、俺は救われた」

「私、が」

「本当に感謝している。ありがとう」

真摯な感謝の姿勢に、かつての苦しそうなギルフォード様を思い出して目が潤み出す。

そもそもギルフォード様があんな酷い状態になったのは、私のせいなのだ。だからこそ今、私は改めてお礼をする必要があった。

「私も、殿下が魔物から守ってくださったおかげでこうして命があります。こちらこそ、本当にありがとうございました」

私の謝辞にギルフォード様はなぜか顔を歪めた。

「……しかし、後で聞いたがフーリンも怪我をしていたらしいな。その後すぐにレオが治したそうだが」

「はい。あ、でも大丈夫ですよ。奇跡的に少しの傷だけですみましたし、怪我した皆と比べたら私のなんてほんとに心配されるようなものではなかったんです!」

ギルフォード様の悔しそうな声に焦りを感じ、慌てて説明するも、暗い表情は変わらないままだ。

「それでも守ると言った以上、君に傷一つつけたくなかった。それにレオが治したというのがまた……」

「え?」

「いや……知らない者に突然連れて行かれて怖かっただろう?」

知らない者って誰だろうと一瞬考えて、それがノアだということを察した。

ノアと知り合いだということはさすがに言わないほうがいいだろうと考え、探り探りに言葉を連ねる。

「怖くなかった、って言えば嘘になりますけど、……でも、殿下が守るって、待ってるって、言ってくださったので」

「……」

「私は頑張れたんです」

本当ですよ、という意味を込めてニッコリと笑うと、ギルフォード様はわずかに固まって、それから心底幸せそうな笑顔を浮かべた。

「キスしていいか?」

「なんでですか!?」

「したくなったから」

「にしても唐突すぎ……あ、ちょ、ま、ままま待ってくだ、だ、だめ!」

先ほどと同様目の前の口を両手で塞くと、目を細めたギルフォード様はなにを思ったか、ペロリと私の手の平を舐めた。

「んぎゃあ!」

またもや可愛くない声を漏らし、私が手を離した隙を見逃さなかったギルフォード様は、「今はまだこれで我慢する」と言って、本日二度目の口付けを私の頰に贈った。

「……」

誰、『氷の皇子』なんて名前付けたの。

天の御使なんてとんでもない。

ギルフォード様は、私と同じ人間だ……!!

他称デートはホッとしたような、そうじゃないような、なんともいえない感情を揺り動かした。

そしてギルフォード様とようやく対面して話せたという意味でも大きな収穫があったのではないだろうか。

帰りの馬車の中、息を荒くしている私と、恐ろしいくらいに上機嫌なギルフォード様はひどく対照的だったけれど。

「大丈夫か?」

「なんとか……」

「窓を少し開けるか」

いろいろなことを話した後から、なぜか私のそばから離れなくなってしまったギルフォード様は、馬車の中でも私の隣にスペースを空けずに座るという行動に出た。

ここまでくれば馬鹿でも理解する。私はギルフォード様に気に入られているのだということを。

これまでの目を、言葉を、態度を見て、私を嫌っていると考えているほうが無理な話だ。

開けられた窓の隙間から、風とともに暖かい季節のみに咲く花の香りが吹き込んできた。

季節の変わり目を感じて心が落ち着いてきた時、私はある大切なことを思い出した。

「殿下、お願いがあるのですが……」

「ん?」

「かっ、顔が近いです!」

今日一日でギルフォード様との距離がグンと近づいたことには間違いはないけれど、距離の詰め方がエグい。

ごめんなさい、ラディ。

ギルフォード様に触れないというルール、どうやら守れそうにないです。

心の中で友に謝罪し、離れる様子のないギルフォード様を諦めた私は、こほん、と一度咳払いをして勢いよく頭を下げた。

「私を実家に帰らせてください!」