軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一話 デブは辛いよ

母国を離れ、勉学において国外の人を広く受け入れることで有名な隣国レストアに私は足を踏み入れた。

そしてレストアの王都の端に位置する第一王立学園に入学して早一週間。

私は世の中のデブに対する厳しさを思い知らされていた。

友達が欲しくて勇気を出して話しかけようとしても全身を凝視されたかと思うと他人行儀に対応され、自由席の授業で隣に座れば露骨に顔を顰められ、廊下を歩けば大きく避けて歩かれる。何か嫌な臭いでも漂ってこようものなら皆一斉に私の方を見て鼻をつまむのだ。

これだけでも心が折れそうなのに、挙げ句の果てにはこんなことまで起きる。

「お前がボクのパンを盗んだんだろう!!言い訳するな!」

金髪の童顔少年が私のことを指差して憤っている。

彼は私のクラスメイトにして、この国の第四王子、ラドニーク様だ。食べることがたいそう好きだそうで、食への執着が人一倍強い。

そんな御方からまさかのパン泥棒呼ばわりである。

何故なのかと突っ込みたい気持ちはやまやまな一方で、王族の不興を買ってしまったのかと私の顔は一気に青くなる。

が、決してパンは盗んでいない。断じてしてない。

「違います!私は盗っていません……!」

「俺が帰ってきた時、俺の机のそばにはお前しかいなかった!」

それは貴方の隣の席が私だからですと言い返す前に、畳み掛けられるように言葉が降ってくる。

「それにお前には決定的証拠がある!」

決定的証拠?と眉を顰めれば、ラドニーク様は満面の笑みで高らかに言い放った。

「お前がデブなことが何よりの証拠だあああ!!」

その言葉を聞いた瞬間、私は膝から崩れ落ちた。

勢いよく膝が床に当たったのも相まって、私は涙目である。

野次馬と化しているクラスメイトもラドニーク様の言葉にクスクスと笑って、私に助けの手を差し伸べてくれる気もないようだ。

ここで罪を認めてしまえば母国に強制送還だ。

それは絶対にダメだと、焦って弁解しようとしたその時。

「おい、その子は盗んでなどいないぞ」

救いの声が舞い降りた。

声がした教室の出入り口の方へ振り向けば、ハッと目が冴えるほどの燃えるような赤髪をポニーテールにした美女が気怠げにこちらを見ている。

「何?コイツを庇う気か!?」

「庇っているのではなく事実を言っているだけだ」

「なんだ、お前!王族のボクが言っているんだぞ!ボクの言うことを信じるのが当然だろう!!」

「生憎、あたしはこの国の者ではなくてな」

淡々と答える彼女はラドニーク様を一瞥すると私の方を見て、艶然と微笑んだ。

同性なのに、そのなんとも言えぬ色気にドキリと心臓が高鳴る。

「パンを盗んだ者はこの子ではない。犯人は其方の後方にいるあ奴だ。もっとも、盗んだ、という言い方は語弊があるようだがな」

彼女の指差した先には顔を真っ青にした一人のクラスメイト。彼はラドニーク様の視線を受けた瞬間、ガバリと頭を下げた。

「申し訳ありません、殿下!ロッカーの上に置いてあったので俺のものかと思って間違えて食べてしまいました!!」

「貴様ああああ!!」

「ヒイイイッ」

ラドニーク様は怒りの矛先を直ぐにそちらに変え、ツカツカと歩み寄って行く。

殿下の鬼の形相に男の子は先ほどの私のように体を震わせた。ただし表情は恐怖と絶望に染められてしまっている。

どうしようと逡巡していると、美女は殿下を声だけで止めに入った。

「ラドニーク、其方怒るより前にやる事があるのでは?」

「貴様!呼び捨てとはなんたる不敬!打ち首にするぞ!」

「ほう?してみるがいい。しかし今はそんな話などどうでも良い。その子に謝れ」

「何だと──?」

ピリッと一気に空気が張り詰め、息を呑んだ。

「間違えていたなら謝る。それが礼儀であろう。それとも何か?王族ともあれば頭を下げる必要などないと?」

ヒイッ、完全に煽ってらっしゃる!

美女の嘲笑は有難いほどに美しいが、さすがにこの国の王族を怒らせるのは得策ではないだろう。

まだこの国の法律は理解していないが、不敬罪が成立したらシャレにならない。いや、先程の殿下の言葉からしてもうしているかもしれない。

「ああああ、あの!私がこんな体型をしているのが悪いんです!」

だから逃げてください!!と叫びたかったのに、美女は決して譲らず「謝れ」と口にするのでもう何も言えなかった。

美形が怒るとこんなにも恐ろしいものだということを初めて知った。

不安になって殿下に視線を戻すと、何故か殿下は俯いてプルプルと震えている。

「……だ」

「え?」

「謝るのはイヤだ!!」

「えええ」

顔を勢いよくあげた殿下は涙目でギッと私を睨んでいる。

いや、私は何も言ってない。

「ボクは絶対に謝らないからなー!!」

うわあああんと泣き叫びながら殿下はこの場を走り去ってしまった。

えええええ!?

状況についていけない私が間抜けにも口を開けていると、美女がこちらに近づいてくる。

そしてふわりと高貴な香りが鼻を掠め、自分の鼻が清められた気がした。

「あの、助けてくださってありがとうございました!」

「誤解が明らかならばクラスメイトを助けるのが当然であろう?」

その言葉に周囲で野次馬と化していたクラスメイトたちはほとんど全員顔を逸らして散って行った。

煽り再び。

両手で頭を覆いたい衝動に駆られるが、美女を目の前にしてそんなみっともないこと出来るはずがない。

その時、ん?とあることに気づく。

「あれ?クラスメイト?」

「ああ、今日からこのクラスで世話になる」

彼女はこの国の人間ではないと言っていた。つまり私と同じ留学生だ。

その事実を知った途端美女に親近感がわき、ドキドキと心臓が熱くなる。

「あたしはローズマリーと言う。良ければ仲良くして欲しい」

「も、もちろんです。私はフーリンです!」

「敬語など使わなくていいぞ。友達なのだからな」

友達──なんて甘美な響きなのだと胸が打ち震える。

顔がだらしなく崩れて見るに堪えない顔になっているだろうが、私の嬉しさが伝わったのか彼女も口角を上げる。

「ローズと呼んでくれ」

「じゃあ私はフーリンで!」

「了解」

ローズは厳格で話しかけづらそうな雰囲気ではあるが、それがまたいい。クール美人、最高である。

心の中で拝んでいるとローズは遠慮のかけらも見せずラドニーク様の椅子に座った。それに習って私も自分の席に着く。

「あの王子は前から あんな感じ(・・・・・) なのか?」

「うーん、私も一週間前に入学したばかりだからあまり分からないけど、あんな感じだよ」

「……アレで十六だというのだから先が思いやられるな」

私と同い年!?

衝撃の事実に目を剥き、先ほどの殿下を思い浮かべてポツリと言葉を落とす。

「……見えない」

「同感だ」

丸くした目をローズと合わせると、お互い自然と笑顔になって笑い合った。その時のローズからは厳しそうな雰囲気が消えて、幼さが垣間見えた気がした。

しばらくそのまま話をしていると、ふと脳裏にラドニーク様の泣きそうな顔が掠めた。

「……あの、ローズ」

「どうした?」

「ラドニーク殿下の様子を少し見に行ってきてもいいかな」

「何故?」

心底不思議そうに首を傾げられ、私はウッと言葉に詰まる。

王族を泣かせておいて放っておくなど私にそんな豪胆さはさすがに持ち合わせていない。殿下から何か報復をされる可能性もあって、正直気が気でないのだ。

昼休みが終わるまでまだ時間はある。せめて殿下が今どんな状況なのか把握しておきたい。

と言うことを聞こえが良いように言えば、ローズは感心したように頷く。

「フーリンは心優しいのだな」

ううん、ただの臆病者だよ。

それから一人でしばらく探し回って、ようやく中庭の隅っこにうずくまった殿下を見つけた頃には昼休みが終わりそうになっていた。

しゃくりあげながら嗚咽する姿に声をかけることなどできなくて、私はそこに立ち尽くす。

そう長くもない時間傍観者に徹していると、殿下がいきなり振り向き私の姿を視界に入れた。そして物凄いスピードでこちらに歩み寄ってきて、睨みあげてくる。

「おい、このっ、デブ!!」

「はい!!」

「お前の、お前のせいで……っ!姉上に怒られたじゃないか!!」

「はい!?」

このボクが!なんて喚いている殿下を眺めても状況は一つも分からないが、殿下の姉上というのならば十中八九その方は王女様に違いない。

「えっと、ごめんなさい」

「心がこもってない!!」

「ごめんなさい!!」

声を張り上げて恐る恐る殿下を見れば、なぜか悲しそうに眉尻を下げている。

「……違う、ボクは、違う」

「……」

情緒が不安定過ぎないだろうか。

急に頭を抱えて頭を振り回し始めた殿下に、私は付いていくことを早々に諦めた、のも束の間。

「……間違えて、悪かったな」

「え!?」

信じられない言葉が聞こえた気がするが、殿下が顔を真っ赤にしているあたり聞き間違えではないようだ。

「姉上に謝れって言われたから謝っただけだからな!あの赤髪女に言われたからじゃないからな!」

必死に言い募る殿下がなんだか可愛らしく見えてきて、笑顔を浮かべてつい余計な一言を漏らしてしまった。

「素直に謝れる殿下は凄いですね」

よくよく考えれば不敬でしかない言葉なのにもかかわらず、何故か途端に殿下の顔が華やぐ。

「そうだろ!?ボクは凄いんだぞ!!見る目があるな、お前!デブのくせに」

褒めたことが功を奏したのか、悲壮感あふれる顔から一転、目を輝かせキラキラオーラを振りまき始める殿下。その顔は恐ろしいほどに可愛いが、最後の一言は余計である。

まるで子どものようにはしゃぐ姿に、私は殿下の扱いのコツを一つ掴んだ気がした。

そして切り替えの早さに驚くどころか感心し始めた私の手首を殿下はいきなり掴んでこう言った。

「気に入った!特別にお前をボクの秘密基地に招待してやろう!」

ひみつきち?

「付いてこい!!」

首を傾げていれば、私よりも断然細いくせに有無を言わせぬ強い力で引っ張られ、私は強制的に歩かされる。

心を許してくれたのは物凄く嬉しいんですけど、もうすぐ昼休み終わるってこと忘れてませんか、殿下──!?