軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十三話 変わる時

「どこまでも続きそうだなこの道」

闇に包まれた道にもかかわらず余裕綽々で歩くラディ。

一方で私は突然何かにぶつかったりしないかと手を前に伸ばしながら戦々恐々としながら歩いていた。

「いてっ」

ラディが何かにぶつかってしまったようで歩みが止まる。

その直ぐ後ろについて歩いていた私は急に止まることができずラディを後ろから押してしまった。

「うわっ!?」

ラディの焦った声と同時に視界が一気に明るくなった。

急な明かりの下で私は目を開けていられず強く目を瞑った。

「……フーリン?ラドニーク?」

そんな私の耳に届いたのは、困惑に揺れた女の人の声だった。

目をゆっくりと開ければ、霞む視界の中椅子に座ってこちらを呆然と見ているローズの姿があって。

「えっ、ローズ!?」

「おお、赤髪女の部屋に辿り着いたのか!というかフーリン、ボクのことを押したな!」

「不可抗力です!」

ラディが倒れた体勢のまま睨みあげてくるので慌てて否定すると、ローズが椅子から立ち上がった様子が視界に入った。

イルジュアの女騎士が机仕事の際に着るような服を着ているローズはこちらに近づいてくると複雑な表情を浮かべた。

「色々聞きたいことはあるが……、取り敢えずどうして二人はここにいる?」

「私のお父様がここで商談をするから付いて来たの」

まさかこんなところで会えると思ってなかった私の心臓がバクバクと逸り始める。

会えたのはあの屋上での出来事以来で、一気に余裕が無くなり、手が震え始めた。

「商談?……そうか、それは聞いてなかったな」

相変わらず綺麗な顔を曇らせたローズは何かを考え込むように顎に手を当てた。

その隙に立ち上がったラディに背を勢いよく叩かれる。

「っ、何をするんですか!」

小声で文句を言えばラディは同じように私にだけ聞こえるように囁いた。

「言いたいことがあって態々此処まで来たんだろう。今言わなくていつ言うんだ」

「いざ本人を目の前にすると緊張しちゃって」

「できるさ、フーリンなら。……頑張れ」

そう言ってそっぽを向いてしまったラディの耳は少し赤くて、私は驚きと嬉しさで緩みそうになる口元を引き締めた。

「──ローズ」

「なんだ?」

あの事件が起こるまで何度も何度も耳にしてきたローズの優しい声。

私の言葉を正面から聞こうとしてくれるその姿勢に鼻がツンとする。

「本当はあの日からずっとローズに謝りたくて、テスルミアに来たの」

謝罪を簡単に受けいれられるとは思ってないけど、これは私なりのケジメだ。

「あの時酷いことを言って本当にごめんなさい!大嫌いなんて嘘、私はローズのことが好き、大好きだから……っ!」

勢いに乗って告白なんてしてしまったからかローズは目を見開いて固まってしまって、ドッと不安が押し寄せる。

許されないのを覚悟で来たけれど、友達という関係を終わらせたくないというのは私の我儘なのだろうか。

「おい、何を黙っているんだ。お前も何か返せよ」

ラディの声にハッと我に帰ったローズは、動揺を隠すように深い息を一つ吐いた。

「……フーリンが謝る必要は一切無い。そもそもアレは全てあたしが悪かった」

「そんな、」

「あの時のあたしは確かにどうかしていた。自分をコントロール出来ていなかったんだ」

それは全て呪いのせいであってローズのせいじゃないと言おうとしたけれど、ローズの悲しそうに笑う表情に私は口をつぐんだ。

「それに、あたしはフーリンを守ると言っておきながら結局傷つけてしまった。その上怖がらせるなんて愚かもいいところだ」

「で、でも!言わなかった私も悪いし……」

互いにいや私が、いやあたしがという不毛なやりとりを数度繰り返せば、いい加減にしろ!とラディが目尻を吊り上げた。

「お互いが悪かった!ごめんなさいでいいだろう!ボクだって悪かった!ごめんなさい!!」

勢いの良いやけくそな謝罪に思わずローズと顔を見合わせて笑った。

空気が柔らかくなったことで、私たちはもう一度向き合って頭を下げる。

「ごめんなさい、ローズ」

「あたしもごめんな、フーリン」

ローズの柔らかい雰囲気に許されたと感じた。

一度ホッとすると顔がニヤけてしまって慌てて手で顔を押さえる。

「まさかラディに諭されるとはな。随分と大人になったものだ」

「なんだと!ボクは常にお前たちより大人だからな!」

「はいはい」

再び学校での日々の光景が見れたと、私は喜びに体を震わせる。

その一方でローズに対して怒っていたラディは、ふと思い出したように私を見た。

「そう言えばここに来る前にシガメって奴に会ったよな」

「うん」

「赤髪女、お前の知り合いか?」

ローズはラディの言葉に一瞬固まって、訝しげに眉根を寄せた。

「シガメに会った?アイツ、余計なことを言わなかったか」

「お前があの村を救うって言ってたぐらいか」

「余計なことを……!」

「どんな関係なんだ?」

「……兄だ」

ローズの顔が怖いぐらいに険しくなって、私はビクッと肩を揺らす。

暫し逡巡したように視線を彷徨わせたローズは、最終的に溜息をついてこちらを向いた。

「確かにあたしは故郷であるあの村を救いたい、……このテスルミアから解放したいんだ。たとえ何に代えようとも」

私たちを射抜く赤い目の中には強い決意が存在していた。

「部族長……奴はあたしをここに縛り付けるためにあの村に特別圧政を強いている。あたしが奴の言葉に従っていれば村はまだましな扱いをしてくれるが少しでも反抗的な態度を取れば──」

そこで言葉を切って悔しそうに拳を握りしめるローズに、敢えて空気を読まなかったのか、それとも素かは分からないけれど、ラディはふん、と鼻を鳴らした。

「大体何でお前そんなに部族長とやらに気に入られてるんだよ」

「……さあな、こればかりは目をつけられてしまったとしか言いようがない。火の部族は実力主義だから血筋云々は関係ないんだ」

「実力があり過ぎるのも考えものだな……」

「なんだ、ラドニークはあたしの実力を認めてくれていたのか」

「はあ?違う!言葉の綾だ!」

無意識に漏らしたのかラディは焦って否定するも、その必死さが認めていると主張しているようなものだった。

いつの間にか乾いていた喉を無理矢理開いて私は声を絞り出す。

「ローズ……私に何か手伝えることはない?私、ローズの手助けがしたい」

「無い」

何の迷いもなくキッパリと拒否されて私は全身が凍りつく。

「これはあくまであたし自身の問題だ。この件で誰かを頼るつもりは毛頭もない」

ローズは背負っているものを私たちに決して分けてくれない。

いつも弱みを見せないローズを尊敬してきたけれど、今ばかりはローズとの間に大きな壁を感じた。

悲しさと寂しさと悔しさが絡み合って、私は沈黙を貫く。

結局のところ私は入学当初から変われていない臆病者なのだ。

「そんなに忙しいんだったらお前なんでレストアに来たんだ?暇じゃないんだろう」

「村を救うことに役立てる何かを得られればと思ってな。実力を向上させるという意味でも奴からの許可は得ている」

ラディとローズ、二人の声が互いを探り合うように低くなった。

「だが、そんな束の間の自由の中でフーリンたちと出会えたことは僥倖だった」

辛い状況の中にいるはずなのにそれをおくびにも出さないローズの強さに私は泣きそうになった。

「ありがとう、フーリン。ここまで来てくれて。フーリンたっての申し出を断ってしまったことは申し訳ない。でもあたしは嬉しかった」

「……ううん、何もできなくてごめんね」

「いいんだ。フーリンが元気でいてくれたらあたしはそれでいい」

まるで別れのような言葉に思わずローズの腕を掴む。

「休みが明けたらまた学校に来てくれる?」

不安に揺れた私の声にローズは子供を慈しむ親のような顔をして私の頭を撫でた。

「勿論」

その後は村について特に口を開くことも無く、ローズに控室まで送ってもらうことになった。

その戻る道の途中、ローズは私たちが通ってきた抜け道のことは秘密にしてほしいとお願いしてきた。

部族長の秘密の部屋と繋がる道があるなんて当の本人に知られたらローズは危険に曝されることは間違いない。

一も二もなく頷いた私の横でラディは対価としてテスルミアの美味しいお菓子を要求していたので肩辺りを軽くパンチしておいた。

控室に着いた後は私たちを探し回っていた人たちに迷子になっていたと説明してくれたおかげで私たちは事なきを得たのである。

商談が終わったお父様の後ろにいた火の部族長は、五十代ぐらいの男性で、目つきの鋭さに恐怖を感じたのは秘密だ。

そしてテスルミアからの帰り道。

「つまりローズという子は自分の故郷の村人を人質に取られ、部族長の下に縛り付けられているということだね。そしてどうにかして村を火の部族から解放したいと」

ローズとの会話内容を聞かせるとお父様は少し渋い顔をしてゆっくりと足を組み直した。

「流石に彼女一人では状況は厳しいと思うけどね。相手は部族長、言わば国の長だ」

「ウルリヒの言う通りだな」

「お父様と呼びなさいと言っただろう」

「もう良くないか!?」

「まだここはテスルミア、……フーリン、どうかした?先程から俯いてるけど調子でも悪いのかい?」

ラディとの会話を止めてお父様が私の顔を覗き込んできた。

「……モヤモヤするの」

「やはり体調が、」

「ううん、違う。モヤモヤじゃなくてムカムカする……!気持ち的に!」

突然憤った私に二人は目を丸くした。

「それはどうしてだい?」

どうして?どうしてだろう。

今日あったことを思い出して私はその答えを探る。

ローズが頼ってくれないから?突き放されてしまったから?

だからローズに怒っている?

ううん、違う。

自問自答して、ああそうだ、とそこで漸く気づいた。

つまるところ私は私自身に怒っているのだ。

友達に頼って貰えない自分の弱さに。

一言言われただけで引き下がった自分の情けなさに。

このままで良いなんて到底思えなかった。

じゃあどうする?私は何をすれば良い?私は何がやりたいの?

悩んで悩んで、脳味噌を振り絞って。

「──決めた。私、ローズを困らせたい」

私の宣言にラディはポカンとした顔をして、お父様は私の言葉の真意を探るような目をした。

「ローズの為じゃない、自分の為に!私はローズを助ける!勝手に手助けされてローズなんて困っちゃえばいいんだ!!」

見て見ぬ振りなんて器用なこと、私にはできない。

たとえ偽善だと、迷惑だと言われても私はやりたいことをやる。

二人を強く見据えると、一瞬ラディと同じような顔をしたお父様は次の瞬間には声を上げて笑った。

「くくっ、最高だよ、フーリン!ああ、君は本当にあの人の娘だ」

いつものような親目線での言葉じゃない、ウルリヒという一人の人間としての言葉のように思えた。

「面白いこと考えるではないか!ボクは常々あの女に一矢を報いたいと思っていたんだ!フーリン、ボクもそれに参加させろ!」

俄然良い笑顔になったラディは鼻息を荒くして私の肩を揺らす。

あああ、酔う。

「良いねえ、どうせなら私も参加させてもらおうかな。あのテスルミアに、その中でも問題のある火の部族にメスを入れられるなんて考えただけでもワクワクするね」

頼もしいお父様の言葉に私は頷く。

やる気は十分だった。

私はもう引きこもりじゃない、自分の意思で外に歩いていけるようになった。

一人何もせず、ただ食事をするだけの意味のない日々を過ごす日はとうの昔に終わったのだ。

後悔しない為に──私は動く。