軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

286.黒き獣

「アローン、本当に戻ったのだな!」

宰相に嬉しそうに走り寄る推定ハディル様。足元には銀色のアラベスク。

「報告を受けて急ぎ姿を見に参ったのですが――お話はお済みになったのかしら?」

推定シルヴィア様は回廊から広間には入らず、確認してくる。元気の良い少年らしい明るさのハディルと比べて、儚げな印象の女性だが思慮深くもあるようだ。

私には国の上の方の人の属性を知ってどうこうしようとか、そこから持っているスキルの推測をするつもりはない。ただ、ある程度は隠しておいたほうがいざという時の切り札になるのではとは思うし、逆に指導的立場の人は出してゆくスタイルのほうが有利に働く場合もあるだろう。

私の属性からの推測って、水の属性に好かれている→ファルに好かれている→ファルは恋愛の神でもあるけれど結婚や家庭の神はドゥルの方→カル、カイル猊下、そこに宰相もカテゴライズされたくらいなものだ。何のカテゴリーとは言わんが。

おおらかというか、移り気なヴァルの祝福が一緒につくと女ったらしになるらしいが、単一だと一途で一度恋をしたら失恋してもなかなか次に行けないらしい。元々そういう性質だったから神々の祝福がつくのか、祝福がついたからそうなるのか。

ファストのアル曰く、最初は性格や行動で精霊に好かれ、その集まりを見て神々が興味を持つパターンと、神々の祝福がつくことでその性質に引きずられてゆくパターンとあるそうだ。

とりあえずドゥルの祝福がついたカルは一抜けですね! おめでとう! ――おのれ、家庭的なイケメンめ。

そんなどうでもいいことを思いながらカルの淹れてくれた紅茶を飲む。何をしているのかと問いただしてきた宰相は、半泣き大喜びの少年の相手をしているので冷める前に飲んでしまおう。

「本当にだいぶ馴染んでしまった」

「なんでそこで沈痛な顔なんだ?」

イーグルが至極真面目な顔でスコーンにクロテッドクリームを塗っている。生クリームよりも脂肪分が多く濃厚、オーソドックスだが煮詰め過ぎず苺の形を残した甘酸っぱいジャムと一緒にスコーンにつけて食べるとたまらない。さっくりほろりとさせつつ口の中の水分を奪わない程度のしっとりさ。

「なんつーか、縦社会からはみ出たことだし自由でもいいんじゃねぇかな?」

「礼儀は必要だと思うけど、ちょっと放置の時間長かったものね。ん、美味しい」

カミラが口に運ぶのは、折りパイのように重ねてから型抜きして層になるようにしたスコーン。アメリカでビスケットと呼ばれるしっとりふんわりしたもの、わかりやすく言うならケンタッキーのあれだ。メープルハニーをたっぷり。

「パーティー会話ですし、アローン殿と殿下の邪魔にはならないでしょう。失礼、最近即位なされて今は陛下ですね」

ぶっ! 国王じゃないですか!!!!! やたら影薄いと思ったら! 最近交代ということは前国王に何かあったのか?

「女性、シルヴィア王女は陛下の腹違いの姉君です。前国王はお身体が弱くお子はお二人だけ、譲位された後も伏せっておられると聞きます」

前国王も影薄い!

「この国は祝福を受けた聖女が女王となることもありますが、その場合王族と結婚し実務はそちらのようです。宰相の権限も強めですし、特殊な国ですね」

「まあ、教育受けてないままいきなり国を動かすのは無理だろうな」

予算規模とか変えることを民が嫌がる因習とか。新しい考えでタブーを崩すのはいいが、四方を丸く収めるのは大変そうだ。

カルに説明を受けつつもぐもぐする、食べているショートケーキはカルとカミラのリクエスト。私も定番なこのケーキが好きだ。

それにしても女性の後ろ、ユニちゃんたち一行が回廊に詰まっている。またクランの人数増えてないかおい?

いや、普通にこの国の神官兵も混じってるのか? とにかく回廊に人がみちみちです。そしてシルヴィア王女の後ろ、詰まっている兵だか騎士だかの前にユニちゃんがいる。

若干視線が痛いが、ハイティーセットは盛り付けが下手くそでも決まり通りに置けばそれなりに見えるのがいいところ。最近は猫足テーブルを出すとカミラがテーブルクロスを出し、カルが花を出したりするので優雅なのだ。

「失礼しました。貴方がたがアローンを元に戻してくれたのですね? 感謝します」

「ああ……。気にしないでくれ」

どちらかというと猫の方が良かった私には痛い笑顔と言葉。王様、涙目笑顔で見てくるの止めて下さい、そんなに感情が顔に出てて、この先大丈夫なのか? 国家間の交渉とか貴族たちとの駆け引きとかあるよな?

いやその前にお茶をしていることに突っ込みがないので、そのまま座って飲んでいるのだが――控えめに言って不敬じゃあるまいか。王様立ったままなんですが。

イーグルとカミラはハディル王が近づいてきた時点で立っている、こういうときは誘ってください!

「良かったな」

「はい、また剣を教えてください」

立ち上がって嬉しそうに話しかけるガラハドと子供らしい笑顔のハディル王、どうやら面倒見のいいガラハドは何か世話を焼いて懐かれているようだ。

「お礼と言っては何ですが、お探しの香炉――かもしれないものの場所をお教えしましょう」

「陛下……」

宰相が咎めるような声をかける。

「アローン、私たちの手には負えないよ。悔しいけれどこの数年でこの国はさらに弱体化した。アローンが今必死に立て直してくれているのも知っているけれど、多分もう時間がない」

「……対帝国の中心的人物から声がかかったのは渡りに船か」

自国の弱体化を隠すことなく口にするハディル王に、ため息を一つついて宰相が独り言のように漏らす。世情に疎い私にさえその話は届いているので、隠しても今更な気はする。……いや、主に私の情報源がカルやガラハドな時点で実は一般には隠されている可能性も。

そしてそう言えば、表向きの目的は対帝国の手伝いと封印の獣だった。そして本当に今更立ち上がれない罠、完全にタイミングを逸した。

「香炉は王族――正確に言うと高位の者の許可と月の女神の加護がなくば入れぬ場所にある。ただその香炉を動かせば、この地の守護が失われる可能性がある」

「長い話になりそうだ」

などと言って椅子を出してみるテスト。回廊に詰まっているやつらも気になるが、とりあえずこの王様を立たせて自分が座っている状態をなんとかしたい所存。

「下がっていてください」

ハディル王も気になっていたのだろうか? 回廊に詰まっている者たちに声をかけて席に着く。怪しい者たち――主に私のことだが――と国王を一緒に残してゆくことに迷ったのか、王の言葉にもかかわらず残った者たちがいる。だが宰相の目配せにより、残った者たちも姿を消した。

よかったよかったと思いながら、食べ残しを出すわけにもいかないのでテーブルのものを新しくする。だがしかし、甘い物はもういい。

飲み物はエルダーフラワーシャンパン。つまみはクローブで香り付けした焼きリンゴと生ハム、チーズのバゲット乗せ。エビグラタンのキッシュ、サクサクのパイ生地にチキンとマッシュルームのホワイトソースのものと角切りビーフに黒胡椒を効かせたもの。その他とりあえず手でつまめるものを出した。

「マスカット……?」

「エルダーフラワーという白い小さな花の飲み物だな。自然発酵で炭酸になるんだが、さらに発酵が進むと酒になる」

私とハディル王がアルコールになる前、他に出したものがなった後だ。

つくるコツはエルダーフラワーを洗わないこと、洗ってしまうと発酵しなくなる。その日咲いたばかりの、なるべく花粉たっぷりの花を集めて作る。香りはほのかに甘くマスカットに似ているのだが、香りが抜けてしまうので香りを楽しむならば発酵はあきらめて、シロップにして炭酸で割ったほうがいいかもしれない。

あ、咲いたばかりの花を集めてくれたのは主にリデルなので安心してほしい。ちょっと私が摘んだのも混じっているが。

リラックス効果があるというので出したのだが、美白効果と利尿作用もある。長引く会議防止にオススメな飲み物だが、自分が飲んではいけない。なお、ここはトイレのない世界なので他意はない。

「ほう、これは」

「美味しい!」

宰相が口に含んだのを見た後、ハディル王が口をつけたのは一応毒味的何かなのだろうか。

「それで香炉は……」

「こっちも美味しい!」

「ふむ、こちらもなかなか」

「この地の守護とはいったい?」

「ホワイトソースが生地によく合ってる!」

「ごく普通のものに見えるのに、何故ここまで味が違う?」

会話が続きません!!!!!

「一通り食い終わるまで諦めろ」

ガラハドが酒を飲みながら料理をつまむ。

「初めて食べた時の衝撃、懐かしいわね〜」

「すっかり舌が慣れてしまって、普通の食事が物足りない」

カミラとイーグルがハディル王と宰相を眺めながらグラスを傾ける。

「主、その、ぜひ先ほどのケーキを」

ああ、はい。食べ損ねたんですね? カルも大概マイペースだと思う今日この頃。

「失礼、香炉の話だったな?」

暫く後、ようやく話が聞けるようになった。少々恥ずかしげで気まずそうな宰相と、だいぶ恥ずかしいのか赤くなってもじもじしている王様。良かった、少年王で。おっさんな王様だったら絵面が良くない。

「香炉を動かすと守護が失われるというのはどうしてだ? そもそも守護とは?」

「この地の地下深くには守護獣が居るのだ。ただ人を憎むことはなはだしく、この地を住処と定めた後は浅い眠りから覚める度、地を揺らす」

「人ではない何を守っているんだ?」

守護獣ではなくて封印の獣の間違いじゃあるまいかと一瞬思ったが、守るモノが人間とは限らないと思い直す。

「人の願いを聞く守護獣もいるがな。人の営みとは関係なく、そこに居ることによってこの世界を、属性のバランスを守っていると考えた方がよかろう」

「香炉は守護獣をより深く眠らせるために使われていると聞きます。数代前までは守護獣の側まで行けたようですが、今は細い道は崩れ、魔物が出るようになったため容易に近づけません。近づけたとして、香炉を動かし守護獣が目覚めた時どうなるか……」

「ただ、今ならば香炉の代わりとなりうるモノを連れた異邦人が滞在している。月の女神の加護を持つ者が足りぬので地下深く 訪(おとな) うことが出来ずにいたが、そなたらが一緒に行ってくれるのならばたどり着けよう」

宰相が私たちを見回す。

宰相はヴェルナのことを月の女神と呼ぶ。邪神と混同されることも多く存在を消されがちなヴェルナだが、この国は好意的のようだ。王様にも闇の加護ついてるし、この国のどこかというかあの真ん中の立ち入り禁止の場所にヴェルナの化身が出ても驚かん。

「敵が強いのか、二手に別れなきゃ進めねぇのかどっちだ?」

「両方だな」

ガラハドの問に短く宰相が答える。

「 鸞(らん) という鳥の守護獣を間近に見たことはあるが、ここの守護獣というのはいったい何なのだ?」

間近に見たというか戦ったのだが、この国で守護獣が保護対象だった場合叱られそうなのでごまかす私。

「ここの守護獣は――」

「黒き獣、ミスティフの王イシュヴァーン」

「馬鹿をぬかすな! 王などいるか!! ミスティフを統べるものは代々女王だ!!」

もったいぶって名を告げた宰相とハディル王の言葉に私が反応する前に、黒が叫びながらズボッと出てきた。思わぬところからの第三者(?)の登場に、固まっている宰相とハディル王。

うちのウツボがすみません。