作品タイトル不明
283.アローン宰相
「結構な人出だな」
神殿前の広場は住人で混み合っている。人越しに見える建物は、青灰色の華美には見えないが、採光のための丸窓を中心に施された彫刻は精緻で美しい。
「ちっとこれは近づけそうにないな」
「こんなに混んでるとは思わなかったわ」
「私たちが来た時は、まだ出来たばかりで話題になっていなかったからね」
サディラスに着いて一番に例の石畳のある神殿に来たのだが、ちょっとこれは近づけそうもない。件の石畳は一人、もしくは親しい者同士静かに祈るための部屋にあるらしく、数人しか入れない上、神殿はあくまでも祈りの間として開放している。故に時間がかかり人のはける様子がまるでない。
「見るだけならともかく、中に入んねぇとなあ」
「床を踏まないとね」
「主、寄付で順番を早められるようですが――」
人を整理している神官から受け取った案内をカルが読んでいる。
「子供も並んでいるし、それはやめておこう」
ここもまたお布施なのか。たまには世俗の垢と離れた神殿はないのか。
「はい、待ち合わせもありますし、また空いたころにきましょうか。主、あちらに名物のポルが売っていますよ」
「ポル?」
カルが指差す方向には、カラフルなシェードを張り出した小さな店があった。神殿ほどではないがそれなりに賑わっているようだ。ポップコーンの入れ物のような物を持った親子連れや恋人同士っぽい人々の姿が見える。
「一口サイズのお菓子で色々味があるの。私はマディの花粉がまぶしてあるのが好き」
花粉……。ミツバチの作る花粉団子がビーポーレンとかの名で売ってるが、けっこう味に癖があって苦みがあったような……。いや、花の種類でも違うのかな? 蜂蜜も栗や蕎麦のものは色も黒みがかってなかなかエグい味がした記憶。花粉もきっとそうなのだろう。
「じゃあそれを食べながら少し時間を潰そうか」
そういうことになった。
「へえ、面白いな」
店の中に入るとカウンターいっぱいのガラスケース――というより、ジャラート屋のようなケース。中に設置してある並んだ小箱に、一口サイズの菓子が種類ごとに分けてある。小箱には番号と、味の種類が小さく掲示されている。
「三番をお願い」
「私は四番で」
「俺、十一番」
「私は十四番」
慣れた様子で頼む四人。混んでいるし、さっさと頼まねばと思いつつ目移りする私。
店員に近い方の箱の列が甘めでスタンダードな物、客側の列は新商品や季節物が並んでいると順番待ちの間に教えてもらった。
とりあえずスタンダードなものとそうでないものを一つずつ、ハーフで頼むとそれぞれくるっと丸めた紙に入れ、それを大きな紙のカップに入れてくれた。
普通の量はカップにそのまま、ハーフはカップなし。ハーフ二つは紙に包んでカップ入りのようだ。
「美味しい」
私はどうも歩きながら食べるのが下手なので、列に並ぶ必要もなくなったし、混雑を避けて離れたところに座って食べているが、一口サイズのポルは、外での間食に丁度いい。
「こっちもどうぞ」
カミラに差し出されたカップから一つ頂く。黄色い少ししっとりした花粉、それに包まれたモチっとしたポルを口に入れると、優しい甘みそしてさらにかすかな苦み。
「ちょっとクセになりそうな味だな」
「主、こちらも」
「ありがとう」
カルのものはカミラにもらったポルの蜜入り版。かかっているのではなく、噛むとポルから蜜が染み出す。甘いがくどくない。
「どっちも美味しいな」
少し食べるなら蜜入り、たくさん食べるなら蜜なしが良さそうだ。ガラハドとイーグルのポルは甘さの中に塩味がありこちらも美味しかった。
「黒、食うか?」
胸元までポルを持っていくと、黒がズボッと出てきてばくっと食べてズボッと戻っていった。ウツボだろうか……? 自分が服の中に納めている生物の種類がちょっと心配になってきた。
なお、腕は管轄外らしくクルルカンとはお互い我関せずだ。まあ、黒が嫌いなのは人だけだしな。
さて、そんなこんなで宰相との対面。ガラハドたちが何度か訪れているので面倒なこともなく城内に通された。サディラスの城と神殿は変わった造りで、神殿と城が一体となっている。円形の城壁の南正面に神殿、北後方に城、その丸い敷地の中央に二層目の壁があり中に古い神殿があるそうだ。
ゲーム的に大変怪しそうな場所である。
サディラスでは神殿と王族は密接な関わりがある。元々神殿を守るための一族が、集まってきた人々を取りまとめたのが王国の始まりだそうだ。王族は聖者や聖女を多く輩出し、神職が国の要職を兼務することもあるそうで、アローン宰相も高位の神官だと教えられた。もっとも兼務はハードすぎるので大体はどちらか一方に絞ることになり、宰相も神官の業務にはほとんど関わっていないらしい。
「お三方以外は、申し訳ございませんが暫しこちらでお待ちを」
案内の官吏にカルと留められる。先にガラハドたちと対面し、話してからとのこと。猫だからですね? と思いつつ大人しく待つ。
サディラスの城も神殿と同じ青灰色の石材がメインで、あちこちに神話をモチーフにした彫刻が見られる。
「私も面識はありますが、アローン殿はなかなか気難しい方です。三人は突然の面会要請を受けてくれる程度には信用があるようですね」
「私がいなければカルも通されていたろう?」
「ふふ。今頃三人は主のことで質問攻めにされているかもしれませんね」
「え」
それは考えていなかった! 道中騎獣をもふりまくったとかそういう話をされているのだろうか? 今までちょっと浮かれていたが、途端にそわそわして来る。
「主、せっかくですからお茶を頂きませんか? サディラスの紅茶はごく少量しか産出されない珍しいものです」
「ん」
そわそわしたままカルの向かいに腰掛け用意された紅茶を口に運ぶ。
☆ ☆ ☆
「よく来たな」
「……なんでまたそんな姿に?」
機能性と優美さを備えた執務室、本来居るはずの部屋の主人の姿は見えず、ガラハドたちと相対したのは机上に居る一匹の猫。
「そなた等の忠告はあったが、意識が混濁した時に以前求めた薬を飲まされた」
「随分可愛らしくなったじゃねぇか。彼の方の性格からして、 表向きは(・・・・) 良くなったように見える 薬(モン) だと思ったんだがハズレたか」
言葉を発した猫に驚くでもなく、唇の端だけで笑って見せるガラハド。
「いや。この姿は彼の魔法使いの呪いが決定的な結果を出す前に、別の呪いで上書きした結果よ。緊急避難的対処だが仕方あるまい」
「あら、かけた者が分かっているなら解くのも簡単でしょう?」
カミラが蠱惑的な笑顔を見せ、何故その姿のままでいるのだと言外に問う。
以前、病魔に冒された身を押してアローン宰相が執務していた名残か、部屋は 燻(いぶ) した草のような薬湯の臭いが薄く漂う。実際は病気などではなく、そう見せかけた呪いだということを宰相に教えたのはガラハドたち三人だ。
その宰相が現在三人の前で猫の姿をさらしている。
「彼の魔法使いの呪いは強力。解呪の方法を一つだけに設定することで、上書き出来るだけの力を持たせたらしい。解く方法はシンプルだが、それ以外では神々でも解けぬであろうよ。そしてかけた者――最初から方法を知る者には解呪が出来ぬ」
「そりゃまた面倒なことで」
ガラハドが軽く肩をすくめる。
「スキルが使えなくなったが、枕から頭があがらぬよりはるかにまし。このままでも業務に支障もない。――本題に入ろうか。そなた等の主が今回接触を図ってきたのは何故だ? 確か国や貴族の争いには近づかない方針と聞いたが?」
猫の口で、舌で、どう喋っているのか分からないが低い声はアローン宰相のものと 違(たが) わない。可愛らしい外見とは裏腹に嘘を許さず、聞く者によっては少し責められているようにも感じる声。
「あいつは権力者の駆け引きは嫌がるんだが、封印の獣には興味があんだよ」
「何故?」
猫の視線が鋭くなった。
「コン……」
隣の男から肘鉄が入って、それに答えようとしたガラハドの言葉が途切れる。
「彼には彼の 理(ことわり) がある。世界に仇なす様なことはないと保証します。それにおそらく、今回積極的なのは私たちを心配してです」
隣で痛そうに顔を歪めるガラハドを無視して、肘鉄を入れたイーグルは爽やかな声音で答える。
「何を言いかけた?」
猫はイーグルの言葉を無視してガラハドに問う。
「コンコン言うのもおまけで付いてるしな、って言ったんだよ」
「……」
あからさまな言い訳に猫が軽く睨むが、ガラハドが口の端しを歪めてニヤリと笑うと諦めたのか目をそらした。
「試させてもらおうか」
「 ホムラ(レンガード) はそういうの好かないわよ?」
「何、最近出来た名所を歩いてもらうだけだ。鵺の情報は神からなのだろう? 寵愛の深さを計らせてもらおう」
「祈りの間に行くつもりなのかしら?」
祈りの間の床は異邦人の職人が作った、上に乗った者の属性に合わせて石のタイルが動く美しいモザイクだ。そして属性は持って生まれた相性や精霊、神々の加護や祝福で強まる。
「それは……」
「都合が悪いか? 神と 会(お) うたというの自体は眉唾とは思わぬが、獣討伐の使命は受けておるまい」
嘲笑とも挑発とも取れる猫の声音。神々から試練を与えられることはままあるが、使命は寵愛を受けた者が授かるというのが一般的な認識だ。
「いや、使命はないって本人は言ってるけどよ」
「使命もなく獣に興味を持つとは、過去の事例から言って好ましくない目的があると疑われても文句はつけられぬぞ」
言葉を濁すガラハドに猫がそれ見たことかと言葉を放つ。
「使命はなくても寵愛はありますよ、確実に……」
「古今東西、寵愛を受けておいて使命がないなど聞いたことがない」
「あれはもう例外だし……」
視線をそらして煮え切らない様子のガラハドとイーグル。
「結果が想像できて居た堪れないけど、諦めて乗ってもらいましょうよ」
「ああ……」
「そうだね……」
視線をそらす男どもと違い、カミラは勝ち誇ったような笑顔を見せる。
三人の様子を見比べ猫は首をかしげた。