軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

201.結界

「距離があるとはいえ、鬼を前に随分とお気楽な。余波を防いで 煩(わずら) わせぬよう申しつかっておりますが、少しご本人にも危機を感じていただきたいのですが」

女が私にではなく、左近に向かって告げる。

「……申し訳ない」

左近に謝らせてしまった。これは私も謝った方がいいのだろうかと思いつつ、気まずくなって外を見ると、黒い雲はそのままに、落雷はなくなり、小鬼が跳ねているだけで紅梅の姿がない。

「お呼びですか、ホムラ様」

部屋の隅に黒く滲むように現れた紅梅。私の前に現れるいつもの、 冠(かん) をかぶった 端正(たんせい) な 佇(たたず) まいだ。

「な……っ」

女が慌てて、 紙垂(しで) をつけた 榊(さかき) ―― 玉串(たまぐし) を紅梅にかざす。が、かざした途端、白い紙が焦げたように茶色く染まり、端から細かく砕けてサラサラと榊から落ちていった。

「ひっ!」

女の口から悲鳴が漏れる。

「部屋の結界は無事、招かれてもいないのにどうして……」

左近が部屋を見渡しながら呟く声に、そっと【結界察知】を取得する私。レベルアップしたら、と後回しにし、他のスキルに目移りして、スキルポイントを手に入れてからも保留にしていたのだ。

取得と同時に、結構存在の主張の激しい結界が、城全体と部屋に張られていることがわかる。まあ、隠すよりも見せることによって、相手に引かせる考えなのだろう。城にはこの主張の激しい結界以外に、レベルが上がらんと気づくことができないタイプの結界もあると予想ができる。

【結界】は自分の貞操――パンツを穿いているので最終的には無事のはずだが――のためにも、【傾国】を封じるためにも、とりあえず外界と自分を区切る結界習得まではあげた。結界の存在も丸わかりで、音もだだ漏れ、自分のレベルより高いものの侵入は防げない。もっとスキルレベルを上げねば、実用するに足る結界はでないだろうが、【結界察知】するに当たって、持っていると多少プラスに働くようだ。

「ホムラ様が名をお呼びになったので」

私が紅梅の名を口に出したため、私の存在に気づいた、ということらしい。目があったと思ったのは気のせいではなかった。

視線は女に置いたまま、口元を 笏(しゃく) で隠して薄く笑う紅梅。もしかして対抗しようとした彼女に、プレッシャーをかけて、嫌がらせをしてますか?

「邪魔したか。何か鬱憤ばらしの最中だったんじゃないのか?」

気をそらすために、話しかけてみる。その間に左近が何事か囁き、女は青い顔をして部屋を静かに出て行った。気のせいでなければ、歯の根があってないくらい怯えているようだったが大丈夫だろうか。

「ここへ参った時の習慣のようなものです。お見苦しい姿をお見せしました」

習慣だった。

強い 怨霊(おに) となるのは大体、無実の罪に落とされたり不当に扱われた者たちだ。見る側に負い目があればあるほど、強烈な怨霊となる。 怨霊(ほんにん) だけの心のあり方だけでなく、周囲を怖れさせることによってより強く、そして人々の怖れを力として取り入れた怨霊は、自分でも制御が効かなくなる。

紅梅たちが己の怨みを持て余しているようであれば、なんとかしたいところだが、歴史に根ざしてしまいそうな何かだし、個人でどうこうできる問題なのか謎なのと、鎮まったら消えてしまうのではないかという危惧もある。

そう思っているので特に紅梅が怨みを晴らす行為を煽ることも、積極的に止める気もない。そもそもの発端を調べてどっちが悪いか、あるいはどうしてそうなってしまったかがわからんまま、口を挟む気もない。そして知らん他人相手に、その労力を割くつもりは全くない。

「もう少し控えていただくわけには……」

「無理ですな」

左近の願いをすげなく断る。

「それができるくらいならば、鬼になどなっていない」

「ですが、今こうして正気でおられる」

「ええ。ホムラ様の傍は、己でどうにもならなかった、思考を焼くような 怨(うら) みも、肌から滲むような 恨(うら) みも、胆を焼く怒りも不思議と鎮まる……」

紅梅と左近に視線を向けられ、思わず自分のよくわからん称号の一覧を見る。……あれか、HPMP継続回復がメイン効果だと思っていたのだが、まさかの【月光の癒し】の、"切ないような優しい気持ちになれる"とか書いてあるこれか。

「これのせいかという称号があるのだが……。心 凪(な) いだら 成仏し(きえ) てしまうとか? 嫌なら称号封印するが」

その場合、『兵糧丸』を定期的に飲む羽目になりそうだ。ぐふっ。

「嫌ではありません。それに小鬼なら消え去ることもあるかもしれませんが、私や酒呑は、今や人からの畏れのほうが大きい。怒りに思考を狂わせるより、むしろ強いのではないですかね? ――そもそも考えがあるのか怪しい酒呑は変わらないかもしれませんが」

扶桑にも太宰府天満宮はあるのだろうか……。どうしようもなくなった強大な怨霊は、神に祭り上げて、人々の怖れを畏れに変え、信仰とすり替えて封じてしまう。己の怨みも、周囲の怖れも無くなった時に、ようやく鎮まり、人々が忘れた時に消え去る。それが怨霊に対するイメージだが、裏を返せば人々が忘れない限り消えることはないのか。

「それにしても称号ですか。紅葉はおろか、酒呑までやたら触りたがる上、小次郎殿まで名を寄越す。どのような称号かわかりませんが、ホムラ様は鬼に好かれますね」

「称号で好かれるというのも微妙な気分になるな。ステータス見てみるか?」

九尾の【傾国】に詳しい、扶桑の鬼が私の持つ【傾国】にどういうジャッジを下すのかちょっと気になる。

「ホムラ様、この扶桑で私も含め、男と名のつくものを信用してはなりません。今、信頼に価するとしても、九尾の影響を受けていつ敵に回るとも限らない。軽々しく手の内を明かすことはお勧めしかねます」

諌められてしまった。紅梅は佇まいといい、書物を好むところといい、学者みたいだ。研究者タイプのアルと会わせてみたい。

知った顔のみとなった部屋で、菓子をつまみながら待つことしばし。おやつにつられて顔をだした黒をすかさずもふる。修行中、雑貨屋にいるか聞いたのだが、結局懐に常駐。なるべく懐に影響のないように動いていたら、腰が据わったとか、体幹ができたと斑鳩とケイトから言われた。剣の道的にどうこうはぴんとこないが、歩くときに上半身が揺れなくなり、くちきり近くまで注いだ茶をこぼさず持ち歩けるようになった!

「 要(かなめ) 様のご用意が整いました」

迎えが来た。巫女装束だが、先ほどとは別の女だ。紅梅は迎えが姿を見せるよりも先に、「私は遠慮したほうが良いでしょう」と言葉を残し、消えている。

「要?」

私が問うと、ほんの一瞬女の動きが止まる。

「右近様のことです。右近様は気にされない、いや、むしろ寂しく思われるかもしれませんが、ここでは敬称を」

予想はしていたが、面倒そうな立場の様子。

薄暗い廊下を燭台を持った女について行く。部屋の多い屋敷は、坪庭などを設けて内にある部屋や廊下にも陽を入れたりするのだが、そんな気配はない。左右は襖が閉められ、静まり返っている。風景の変わらない長い廊下を歩いていると、空間か、時間か、どちらかの認識が狂わされている気分になる。

「お着きになりました」

ようやく、正面に畳廊下に囲まれた部屋が現れ、前を歩いていた女が襖の前に座ると、中に声をかける。

「どうぞ」

中から 天音(あまね) の声がし、襖を女が開けて入室を促す。

敷居から先は暗黒の床。真っ黒な雲が密度を変えながら渦巻いている。ガラスでもはまっているのかと思うほど、天音の座る場所から水平に阻まれている。いや、部屋の中央を囲むように四箇所に立てられた、 斎竹(いみだけ) を繋ぐ 注連縄(しめなわ) の結界の中、右近の座る平たい石から水平に阻まれている。

底の見えない場所に足を踏み入れるのはなかなか勇気がいるんですが。『浮遊符』使っていいかこれ?

「どうしたんだい?」

右近の声に、気がそれた途端、暗黒渦巻く空間はただの畳になった。

「いや、なかなかスリリングだなと思ってな」

あれか【ヴェルスの眼】か? 右近を囲む四方竹の結界はそのままに、部屋は普通の、いや華美ではないが金のかかっていそうな和室だ。綺麗な 絵蝋燭(えろうそく) が何本も灯され、格子天井の正方形の一枚一枚に描かれた、花鳥風月の天井絵を照らす。綺麗なんですがぶっちゃけ怖い空間になってます。

意を決して部屋に入り、十二単姿の右近の前に座る。形は十二単だが、真っ白だ。色の重ねもなく飾り紐だけが赤い。織の違いで同じ白とは見えないが。

「何を言ってるのよ。相変わらずわからない男ね」

右近の側、結界のすぐ前に座る天音が言う。

「ふふ、どうやら君は僕と同じ風景を見たらしい」

「右近様?」

「君に約束した紹介状だよ。僕はここから動けないから天音から受け取ってくれるかい?」

天音が怪訝な様子で問いかけるのには答えず、右近が言う。髪を下ろした姿はなかなか新鮮。

「要というのは、封印の要か?」

天音から何通かの書状を受け取りながら聞く。

「そう。僕はこれから名前を捨てて、この国の要となるんだ。君と直接会えるのもこれが最後かな?」

「最後?」

「数日後には、この部屋ごと封じられてしまうからね。入れるのは天音だけになるんだよ」

「それは右近の自由が奪われるということか?」

生贄か人柱か。

「誤解しないでほしいな、僕はこれでもこの役目に誇りを持っている。自由になる時間を使って、あちこち見て回ったけれど、やっぱりこの国が好きなんだ」

晴れ晴れと笑う右近。硬い顔をしているのは右近本人ではなく、天音と左近のほうだ。

「本来ならこの城から出なければいいだけだったのよ。それなのに先代が……」

「天音」

先代が何かやらかしたのか。天音が不満をぶちまける前に、右近に止められてしまったので何をやらかしたかは謎だが、そのために後を継ぐ右近の条件が厳しくなったようだ。

「この部屋にかける予定の結界のおかげで、 一年(ひととせ) が数日程度の体感になるはずだしね。そうひどくはないよ」

「一体それは何年続くんだ?」

一年が数日って、それは年単位でこもらなくてはならないと、言っているようなものだ。

「なるべく次に引き継ぐのは遅らせたいね。そしてできれば、君に右近がいたことを覚えておいて欲しいな」

右近が微笑む。

「君の自由さが、――君の後ろに帝国の気配がなければ、恋してもいいくらいには好きだったよ」

フリーダムだって言われてしまった! いやまて爆弾発言! いや、フラれた!? そして帝国関係ない!!

「もっとも僕は、役目柄男性が欲しがるものはあげられないけどね」

ウインクしてくる右近。

「その手の話題でからかうのは勘弁してください」

ムッツリなんで逃げたくなるんです。

「ふふ」

私の様子に右近が笑い、硬い表情だった天音が笑みを漏らす。黙って控えていた左近も困ったように笑った。

「右近は、この部屋のその石の上から動けない?」

「そうだね」

「その石を押し上げようとしている力は、鬼の世界のもの?」

「ああ、正確に言うと九尾の力に強化されて広がったモノ、かな」

気を取り直して確認してゆく。

「では九尾を倒せば解決する?」

「大半は。でも九尾を倒すのは無茶を通り越して不可能だよ。なにせ私がこうして界を分けているからね」

「そう?」

懐から黒を引っ張り出して左近の膝へ。

「男の膝なんぞに投げるな!」

黒の抗議を聞きつつ、畳に沈んでいく私の体。

「畳……っ、いえ、この結界まで抜けられるの!?」

「待て! 無茶です!」

驚愕する天音と、左近が止める声が聞こえるのを無視して、境界を越えてゆく。

「ホムラ、止せ!」

唯一、私と同じ違う世界を見ている右近が手を伸ばす。

「だめなら戻ってくるさ。黒をよろしく」

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・増・

スキル

【結界察知】

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