軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

191.符

身の厚い扶桑鯖の一夜干し。水っぽくならないよう、茹で上がった後に醤油通しをした、春菊のおひたし。春菊は好き嫌いがあるので、もう一品、 青梗菜(ちんげんさい) のおひたし。みりんと醤油をかけ回し、青梗菜の方には柚子を少々。

鯖の身から出た脂が、まだじゅうじゅうと小さな音を立てて表に吹き出している。箸をつけるとぱつんと皮が破れ、白い身から湯気が上がる。ふっくらとした身に、身と皮の間の脂がしみて幸せな味がする。脂ののった鯖の口直しに春菊のおひたしを摘めば、口の中が爽やかだ。

「うめぇ」

酒の飲める酒呑は、おひたしではなく酒で口内の脂を流しながら食べている。ダークラムは流し込むには強すぎたのか、自前の酒のようだ。

「ぬしさま、お口を」

「いや、あの。冷めないうちに紅葉にも食べて欲しいのだが」

自分で食べられますので、あーんはやめてください。あと、そっと"夜のもの"を混ぜてくるのを止めてください。私が提供したもの以外も、食べられるものが混じっているだけにタチが悪い。

「我らの界で共寝をしようぞ」

肩から半身をつけるように、ペッタリとしなだれかかってくる紅葉。

「そういえば、あんたは何でここに来たんだ?」

酒呑に肩に腕をかけて引き寄せられ、べりっと紅葉から剥がれる私。

「酒呑!」

悔しそうな紅葉の瞳が一瞬赤く染まる。

「やらねぇって言ってるだろうが! これは俺んだ! 39だぞ、39!! これからもっと勝負が愉しくなんだよ!!!」

「ぬしさまは、私と 褥(しとね) で愉しむのじゃ!!」

そして始まる鬼VS鬼。

酒呑の豪剣と、紅葉の扇が生み出す鬼火。タイプの違うレベルの高い鬼同士の戦いは見応えがある。新しい出し物に喜んで鬼どもが騒ぐ。これはあれか、「私のために争わないで!」というべきか。言わないが。

この調子で毎度絡まれるのは少々面倒そうだと思う反面、この二人の鬼の戦いは眼福でもある。

この宴会の空間では鬼は、両断されたとしても元に戻るそうで安心して見ていられる。一度目は何事もなく元に戻った姿にびっくりした――つまり酒呑と紅葉が 殺(や) り合うのは二度目。ついでに、スキルも使えるそうです……。気づかなかった!

「酒呑も聞いていたようですが、何をしにこの扶桑へ、この あわい(・・・) の宴に来たのですか?」

酒呑と紅葉の戦いを眺めていると、黒い 直衣(のうし) 姿のほっそりとした男が近づき声をかけてくる。鬼にしては優しげな声だ。

「食材探しが主目的かな? 米、山葵、味噌、醤油……柚子はもう手に入れた。温泉に、できれば『符』の習得。九尾の尻尾の堪能?」

右近たち同行者のこと以外は、特に隠すことはない。

「……尻尾?」

「立派なもふもふなんだろう」

「もふ……?」

男の戸惑う気配が伝わってきたので言い直す。

「立派なふわふわの毛並みなんだろう?」

「……そこではないのですが」

「違うのか? 座ったらどうだ?」

まあ、私の席ではなく、酒呑の席だが。敷布もなく、箱足の膳が置いてあるだけのそこに、男が座る。

「貴方は住人にしては異質ですし、何者なのですか?」

「自分ではよくわからんが、異質なのは異邦人だからか?」

「異邦人……、異邦人にしては、世界の気配が濃い」

世界の気配とは神々の寵愛のことか? 住人と異邦人の違いは、なんとなく感覚でわかる。ほとんどの住人は生まれた時から神々の加護を最低一つは持つらしい。そのせいか、始めたばかりの加護も何も持たない 異邦人(プレイヤー) は、この世界に根ざしていない、異質な感じがするのだ。その異質な感じが異邦人からだんだん消えていっている。それは強い 異邦人(プレイヤー) ほど顕著だ。――尤も、 異邦人(プレイヤー) は格好と行動で見分けがついてしまうし、【鑑定】でもわかるのだが。

「なんと呼べば?」

「紅梅と」

男が名乗った途端、にじんだ輪郭がはっきりとし、学者然とした 白皙(はくせき) の顔が現れる。偽名なのだろうが、個の認識ができるようになった。酒呑の食べかけを脇に寄せ、新しい料理を出す。師匠 鰤(ぶり) の鰤大根。大根は箸が抵抗なく通るほど柔らかく、よく鰤の旨みを吸っている。

中央では、酒呑が紅葉の鬼火を片端から斬っている。斬り別れた火がゆらゆらとまた一つになり、扇から生み出される鬼火は、増える気配はあっても減る気配はない。その増えに増えた鬼火が、紅葉の扇の一振りで一斉に酒呑めがけて走る。

「これはまたなんとも……」

紅梅が大根をひとかけ、口に運び声を漏らす。鰤のアラは切り身と違い、脂が多くしっとり仕上がる。血合いや、鱗を取り、生臭さが出ないよう処理をするのに手間はかかるが、手間をかけた甲斐がある。もう一品は酢蓮根、シャキシャキとした歯ごたえと適度な甘みと酸味。

鰤大根は、酒の肴のつもりだったのでそう多く出さなかったのだが、紅梅は酒はおつもりにして、茶を喫しているようだったので、茶請けに 落雁(らくがん) を出す。ついでに私も一つ口に含む。ざらつくこともなく、一瞬で口に溶ける甘さ。

落雁の型作りは【木工】持ちのお茶漬に頼んだ。ついでにタイ焼の型を、【鍛冶】と【細工】持ちのペテロに頼んだら、やたらリアルなタイが出来上がってきて困惑したことを思い出しながら、酒呑と紅葉の戦いを眺める。

酒呑が鬼火が肌を焼くのも構わず、紅葉に向かって剣を向ける。踏み込む酒呑の 爛々(らんらん) と輝く金の目、迎え撃つ紅葉の 赫赫(かくかく) と光る目。笑の形に釣り上がる口。 本性(つの) を出した鬼同士の戦いはいっそ美しく見える。

「『符』でしたか」

食べ終えて一息ついた紅梅が、何かを撫でるように手を横に滑らせると、小さな座卓が現れた。

「食事の礼に。私でよければ手ほどきいたしましょう」

紅梅が言う間にも、小鬼が 硯箱(すずりばこ) を運んでくる。箱を開ける揃った指先が美しく、漠然とこの指から生まれる字も綺麗なんだろうな、と思う。

さて、書道なぞ卒業以来やっとらんのだが。専攻の教授に人数が足りないからと、うっかり書道部に入れられた思い出。紅梅が、手に収まる可愛らしい水差しから硯に水を移し、墨をする。思った通り、生み出される流麗な墨跡。

「神社やこの宴のように、スキルの使える場所でしたためること、また己の使えるスキルしか込めることができません。これは『 紫電符(しでんふ) 』、レベル50相当の雷魔法が魔力を通すことによって使用できます。本人、もしくは使役する式などが書いた符以外は、本来の符の能力から二割ほど効果が落ちるようですね」

紅梅から書いた符を渡される。ちょっと待て、では紅梅はレベル50以上の雷魔法が使えるということか!

急に上がった喜びを含んだざわめきに、中央に目を向ければ、酒呑が紅葉の片腕を斬り飛ばしたところだった。周りの鬼どもがやんやと 囃(はや) す。不敵に笑う酒呑の元に、切り離された紅葉の腕が飛び、骨が見えるほど肉をえぐる。喉元を狙ったらしいが、身をひねって酒呑が避けたため、二の腕で済んだようだ。紅葉の腕は何事もなかったように彼女の袖に戻る。

「さ、筆を持ってみてください」

紅梅に席を譲られ、筆を持たされる。酒呑と紅葉の戦いが盛り上がってるのだが、紅梅は完全スルー。

「言語はなんでも結構です」

紅梅はそういうが、毛筆で『サンダー』とか書いた符は、どこか海外の面白Tシャツを思い起こさせて笑う気がする。大人しく紅梅に倣って『雷神の鉾』と書く。現在私が使用できる一番強い、レベル35の雷魔法だ。50まで遠い! いやその前に自分で書いた文字に吐血しそうなんですが。

「雷魔法を使われるのですか……、綺麗な文字ですね」

紅梅の書いたお手本と並べるのをやめてください! 褒められてる気がしません!!!! 泣くわ!!

「異邦人の方は、活かせるかどうかは別として、この程度でも習得可能になると聞き及びますが」

紅梅がこちらを見て確認してくる。

「ああ、おかげさまで多分次の戦闘終了時には覚えられると思う。ありがとう」

「いいえ、こちらこそ。久方ぶりに舌の喜ぶものを頂きました。ところで『 閻魔帳(えんまちょう) 』と呼ばれるものをご存知ですか?」

「閻魔王が亡者の生前の行為や罪悪を書きつけておく帳面か?」

「いいえ、そちらではなく……。手形朱印帳とも呼ばれますね、これなのですが」

向きを自分に変えて、机の上に表紙と裏表紙の台紙のついた、折りたたまれ開くと長い紙になるものを出した。形状は確かに御朱印帳っぽい。

「こちらに 陰(いん) のモノの手形を押すことで、式として使役できるようになります。有象無象の小鬼どもは一度しか契約できませんが、我らのような高位のモノは何人かと契約を交わせます」

紅梅が手を帳面に置くと、墨も塗っていないのに手形が浮き上がる。当てたのは男にしてはほっそりとした手だというのに、映されたのは鋭い爪がついた鬼の手形だ。

「優先順位は呼び出している契約者になりますが、例外で名を取った方は他の者が呼び出している式を強制的に召喚しなおすことができます」

するすると手形の下に文字を書いていく。書かれた文字は紅梅ではない。紅梅、雷、天神机ってあなた、モデルにするにしても畏れ多くないですか? いやちょっと名前変えてあるようだけど。あるけれど!

「お受けください」

「拙くないか? 初対面だぞ」

「私にも利点があるのですよ。夜に負けるつもりはついぞありませんが、 陽(ひ) の元では倒されて手形を取られることもあるでしょう。その場合、相手が選べないですから。契約すると 陽(ひ) の元でもある程度自由がきくようになりますし」

貴方は紅葉を自由にしようとしなかったでしょう? と私を選んだ理由を言う。まあ、確かに召喚獣の類は放し飼いがモットーですが。

「戦闘には呼び出すかもしれないぞ?」

「ふふ、私も鬼ですから」

戦闘に呼び出すのはオッケーらしい。見かけも性格もまったく鬼らしく見えないのだが、戦うのは酒呑や紅葉と同じく好きなのかもしれない。

「私でいいのなら」

紅梅から一項目に手形のついた『閻魔帳』を受け取る。

《スキル【式】を取得しました》

《【式】『雷公』を取得しました》

「あ、あああああああああっ!!!」

「抜け駆けしやがった!!!!」

紅葉の悲鳴と酒呑の怒号が聞こえた。えーと、鬼って式になりたがるものなのか? イメージが逆なのだが。

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・増・

スキル

【式】『雷公』

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