軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

682話 エルフの里

ロキがベザートの町で教会本部と揉めていた頃。

アイオネスト王国の東部に位置する公都『クロイセン』を発ったリエンとユマは、馬車に揺られながら東に広がるフィニーケ大静森の中を進んでいた。

エルフの里へと続く、唯一の道。

その入り口を見張るエルフ達の関所を通過したあとは、もうジタバタしてもしょうがないと。

少しでも気を紛らわせ、心を落ち着かせるためにユマは馬車の小窓から流れる景色を眺めていたわけだが……おおよそ1時間程度だろうか。

あまりに代わり映えのなさ過ぎる光景が続いたことで、眠るわけでもなく静かに姿勢を正して瞳を閉じていたリエンに疑問を投げ掛けた。

「……ばあ様、本当にこの馬車は大丈夫なんでしょうか?」

すると横目でユマを捉えたリエンは、小さく溜息を吐くと僅かに笑顔を作る。

「なんですか、そんな顔して……ちゃんと森へ入る許可は得られたというのに、そんなに不安ですか?」

「だって森に入ってからはエルフの先導一人と私達だけ……この森は魔物も生息しているという話なのに、護衛をすると聞いていたエルフの姿すらまったく見かけないので」

そう言って、ユマがこの先の交渉とは別種の不安を抱えるも、それは仕方のないことだった。

禁足地として国が硬く立ち入りを禁じているフィニーケ大静森は兎にも角にも情報が少なく、また今代の当主であり交渉役を担うリエンはグリフォード家の中であっても、家族が意図的に避けていると感じるくらいには森の内部に関する情報を口にしようとしなかった。

加えて公都クロイセンからフィニーケ大静森までの数日間は、ジャンダルム率いる公爵家の騎士団がユマ達を厳重に護衛してきたわけだが、関所ではその騎士団はおろか、馬車の御者すらも森への侵入を拒まれ降ろされているのだ。

言葉の通り、関所を通過し森の中を移動するのは、先頭で馬車の一団を導くエルフを除けば正統なグリフォード家の血が流れるリエンとユマの二人だけ。

他は【調教】により自発的に前の馬車を追うグリフォード家の馬が数十頭といるくらいで、ある意味この一団は魔物にとって的にしやすい格好の餌と言っても過言ではない状況だった。

先導のエルフと自分達の間には距離があるため襲われればひとたまりもないが、聞いていた魔物の姿は見えず、ジャンダルム達の代わりにこの馬車を護ると聞いていたエルフの姿も一切見えないこの状況はどういうことなのか。

初めて内部に踏み込むフィニーケ大静森の不気味さと違和感に不安を覚えていると、そんな孫の様子を見兼ねたリエンが口を開く。

「見かけないだけで、彼らはこの馬車の近くでしっかりと護ってくれていますよ」

「え?」

「まだこの辺りは若いエルフの縄張りですが、それでも多くは私の何倍という年月を生きてきた者達ですからね。よほど卓越した能力を持つ者でもない限り、我々人間にはその動きを感知できないというだけです」

言われてユマは、再び外の景色に目を向ける。

幾度となくエルフの里を往来しているリエンが言うのならば事実なのだろう。

しかし、知識を得ること以外の経験が乏しいユマには、周囲にエルフの護衛がいると言われたところでまったく分からない。

関所には確認できただけでも10名弱のエルフ達がいた。

これだけの馬車を率いているのだから、もしかしたら彼らが総出で護ってくれているのかもしれないが、そうだとしたらこんなにも森は静かなものなのだろうか?

……そんなことを考えていると、太腿に何かが触れる感触が。

ユマが咄嗟に目を向けると、そこには人差し指を立てたリエンの手が置かれていた。

そして、ゆっくりとその指が太腿をなぞり――、ユマはそれが文字を描いていることにすぐ気付く。

(こ、の……会、話は、聞かれ、ている……?)

意味を理解した途端、ユマが驚きながら顔を上げると、リエンは理解を求めるように頷きながら「大丈夫」と。

片手でユマの手を強く握ったまま、再び瞳を閉じて姿勢を正した。

そのお陰もあって心は多少落ち着きを取り戻すが、ユマにとっては訳の分からないことばかりだ。

もし会話を聞かれていたとして、エルフがそんなことをする目的は……ばあ様はいったい何を警戒しているのか。

関所ではリエンから孫であり新たな交渉人であると紹介されたあと、その場にいたエルフ達と10分程度の問答を繰り返しただけで通過できたというのに、もしや新参者である自分はまだ受け入れられていないのだろうか?

いろいろな考えが頭を過るも、これ以上の答えは返ってきそうにない。

ただ一つ、あまり多くを語らないリエンがこの森に着く前、「交渉の場に立つ者として、まずは現実を受け止めなさい」と、真剣な眼差しで口にしていたことを思い返す。

対外的には人とエルフが共存する国として知られているものの、内情はかなり歪な関係であることくらいユマも十分理解していた。

アイオネスト王国とエルフとを繋ぐグリフォード家の交渉人という立場であっても、長く関所までしか立ち入ることを許されなかった時代から、森の中まで踏み込みエルフの里を行き来できるようになったのは紛れもなくリエンの功績だ。

だから今代で大きくエルフとの関係性は改善されてきているのだと思っていたが、しかしこれはもしかすると自分の勘違いで、実は――……

自分に課せられた使命とグリフォード家が抱える責任。

それらが重く背に圧し掛かり、見えない出口を探して藻掻くように深く思考に耽っていると、果たしてどれくらいの時間が経過したのだろうか。

馬車の動きが止まり、今までにない人の声が外から僅かに聞こえ始める。

そして――

「……着いたようですね」

ゆっくりと瞳を開けたリエンがそう口にしたため、ユマはようやくエルフの里に到着したことを理解した。

促されるままに馬車を降りると、ユマの目に一時とはいえ抱える不安やこれまでの疲れを忘れさせるほどの新鮮な光景が飛び込んでくる。

初めて訪れるエルフの里。

そこは人間が織り成す町や村の姿とは大きく異なり、ありのままの自然を活かした多様な家々が立ち並んでいた。

異様に太い樹木をそのまま壁の一部として利用している家もあれば、太い枝と枝の間に木材を敷き、その上に建てられた上空の家。

はたまた崖の一部をくり抜き、伸びる枝を利用して行き来しているような家や、隆起した丘に穴を開けて半分が地下に埋まっているような家もある。

不要な樹木は切り落とし、土地を均して住む自分達とはまったく異なる生活様式。

そんな中で公都や別の町で見かけるエルフとは違う、枯草色をした揃いの衣装を纏って行き交うエルフ達に視線を向けていると、他とは明らかに違う。

絹だと思われる白い衣も纏ったエルフの男が共を引き連れながら片手を上げ、悠々とした足取りで歩み寄ってくる。

「おお、リエンよ。先触れから向かっているという報告だけは受けていたが、急にどうしたというのだ。まだ時期ではないし、馬車の数もいつもの倍くらいはあるのではないか?」

「これはこれは、シャウラ殿。突然の来訪になってしまい申し訳ありません。兼ねてよりお伝えしておりました私の後継が成人を迎えましたので、そのご挨拶と、あとは折り入ってのご相談もあったものですから」

そう言ってリエンは懐から羊皮紙の束を渡す。

チラリと見えたその中身は品目のようで、シャウラと呼ばれた男は一瞥すると、付き添っていたエルフの女にその羊皮紙を丸ごと渡した。

「ほう……さすがリエンだ。痒い所に手が届くとはこのことだな。ナクア、中身を確認後、全て倉庫に運び込むよう指示を出しておけ」

「承知しました」

「で、そちらが話に聞いていたリエンの孫娘か……ふむ、まだ赤子のような若さだというのに、良いスキルの伸びをしている」

「ユ、ユマ・ウレイア・グリフォードと申します。これよりアイオネスト王国特任外交官として、エルフ種とのより良い関係を築くべく尽力させて頂く所存でございますので、何卒よろしくお願い申し上げます」

「今いる第一の里『シュアンナ』を含む、フィニーケ大静森の外域統監を務めているシャウラだ。だいぶ緊張しているようだが、まあそう固くなるな。あまり気を張り詰めては、いくら知恵者といえど本領など発揮できんだろう?」

「ひゃうっ!?」

そう言ってシャウラは、笑いながら痛みを共わない程度にユマの背中を軽く叩く。

「ははは、我らエルフは堅苦しいやり取りより中身のある対話を好む。すぐに歓迎の宴の用意をさせるゆえ、しばし旅の疲れを癒すといい。アニエス、部屋の案内は任せたぞ」

「はっ」

まさか背中を叩かれるとは思わず、颯爽と去っていくシャウラの背中を茫然と見つめるユマ。

すると案内を任されたエルフの女が、少し冷めた表情でユマに忠告する。

「リエンがいるなら大丈夫だとは思うが、シャウラ様は我らエルフよりも尊きハイエルフの血を継ぐお方だ。わざわざお前達のためにこの外域の里まで下りてきてくださっているのだから、いくら寛容だからと言って羽目を外しすぎないように注意しろ」

「はい、心得ております」

「では案内しよう」

こちらを気にすることなく歩き出す、アニエスと呼ばれていた女エルフの後を追いながらユマは考える。

これまでのやり取りや、この村を行き交う他のエルフ達の様子を見ても、ばあ様は里に入り込んだだけあって一定の信用を得られているように見える。

だがハイエルフだというシャウラはまだしも、付き従うエルフがばあ様をリエンと呼び捨てにしていることから、関係性はばあ様が明らかに下――というより、アニエスの言動から考えても人間という種族を見下しているような印象を強く受けてしまう。

つまり、フィニーケ大静森に住む通称"内エルフ"との関係性は、以前とさほど大きく変わっていない可能性が高いということ。

となると厳しい状況であることは間違いなさそうだが、しかしこのような現実をまったく想定していなかったわけではない。

この場の長であり交渉相手のシャウラはまだ話が通じそうなのだから、なんとしてでもこれまでの一方的な関係性を見直させ、エルフという種族の戦力提供を承諾させるか、もしくはより上の存在へと渡りをつけてもらうか。

どちらにせよ、早急に何かしらの答えを――……

(え?)

リエンの忠告の通り、"現実"を直視した上でどう切り崩すか。

シャウラの性格なども考慮しつつ思案していると、不意にまったく想定しなかった光景が飛び込んでくる。

(な、なんで……?)

それはこの場にいるはずのない。

自分達が持ち込んだ馬車の荷物を降ろして運ぶ、みすぼらしい恰好をした人間達の姿だった。