軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

647話 帰依憑獣

「特殊付与の効果が、発動した……」

「え……? どういう――」

「ちょっ……待って。一旦喋らないで。一言も」

俺のこの言葉で下台地は未だかつてないほど緊迫した空気に包まれるも、こうなったらどうしようもない。

エニーを手で制したのち、まずは自らを落ち着かせてから落ちた短刀――『潔毘の白刀』を拾い上げ、【鑑定】のレベルがカンストしたことで見えるようになった特殊付与の内容を改めて確認する。

【帰依憑獣】:この武器で刺された者に忌諱の獣を憑かせる。憑獣は潔白であるほど宿主を愛でるが偽りを嫌い、宿主が虚言を吐くと食い殺したのち、刺した者へと再びとり憑く。

思っていた通り、一時的では済まないタイプだ。

かなりマズい事態になったことを理解し、目の前で固まるエニーに対してなんと声を掛ければいいのか分からなくなる。

まずはこいつを消せるのかどうか。

「ゼオ。これがなんなのか……こいつの消し方は分かる?」

「いや、我も見たことはないが……【帰依憑獣】とやらのレベルが8なら、まずはそれ以上の【神聖魔法】で解けるか試してみるべきではないか?」

「そう思ってさっきレベル9の【神聖魔法】で被せてみたけど消えなかった」

「ということは、呪いの類いではないわけか。ならば直接消せるかどうか――、ッ!?」

それは一瞬の出来事で、ゼオが手を伸ばし、この半透明の存在に触れようとしたら、食い千切られたのか……?

回避が間に合わず、血を垂らしながら消失したゼオの指先を見て、自分の中で身体中を走る激痛と共にかちりとスイッチが入ったような気がした。

「エニーはそのまま。他はゼオも、全員下がっていて」

――【神聖魔法】――『治癒』

――【身体強化】――

――【魔力纏術】――魔力『20000』

なぜ、こいつが……この短刀が勝手に動いたとしか思えない動きをしたのかは分からないが、俺の仲間に危害を加えるやつは許さない。

こいつを無理やりにでも始末するか、最悪できなければ武器の破壊を試みる。

そのつもりでゼオと同じようにゆっくり手を伸ばすと、暫くこちらを見つめていた謎の獣は、突然かなりの速度で身体を回転させながら飛びつき、俺の指に噛みついた。

が、何かされると見越して指先に魔力を集中させていたため、牙が指先に食い込むも千切られるには至らない。

他に飛びつくわけでもなく、指先を齧ったまま――ということは行動範囲が決まっているのか?

それに半透明の状態で噛みついているという不可解な現象に疑問を覚えるも、それはそれで好都合とばかりに指先の魔力を針のように尖らせる。

――が、駄目。

ダメージを負った様子もなく透けた身体を貫通していく様子を見て、ならば物理ではなく魔法かと。

エニーに接触しないよう、幾重もの風の刃を生み出そうとしたところで、なぜかエニーからストップがかかった。

「ま、待ってロキ! この白い獣、たぶんだけど、私を護ろうとしている気がする!」

「は? 気がするって、意思の疎通がとれてるの?」

「わかんない。けど、なんとなくそう感じる……」

なんだよ、その曖昧な反応は……

「エニー、かなり重要なことだからよく聞いて。この短刀に刺されることで現れるその白い獣は、宿主が潔白なら愛されるみたいだけど、もし虚言を吐いたら殺される……それが【帰依憑獣】っていう、この短刀の特殊付与能力みたいなんだ」

「……」

「だから消せる方法があるなら消した方がいい。抱えて生きていくにはあまりに危険過ぎる」

そう伝えるも、エニーはその考えをあっさりと否定する。

「潔白って言われてもよく分からないけど、私が嘘を吐かなければいいんでしょ?」

「え……?」

「なら大丈夫だよ。私、嘘なんて吐かないし。それに凄そうな何かが私を護ってくれるなら、それって凄くない? 全然良くはないんだけど、師匠が血を流すなんて初めて見たし……」

「……」

そう言うエニーと、俺の指から離れて肩に戻った白い獣を交互に見比べる。

エニーが何を感じ取ったのかは分からないけど、呆気にとられ、敵意が途切れたそのタイミングでこの獣も攻撃を止め、俺の指から離れていった。

今は呑気にエニーの首元へ頬擦りしているし、そう考えると愛でるというのが護るということになるのかもしれないが……

(どうする……)

嘘と言ってもその場の状況を悪化させないためであったり、自分や誰かを守るための嘘だってあるわけで。

このままではリスクが高過ぎるし、本人が気付いていないだけで何かしらの精神支配を受けている可能性だってなくはない。

馬鹿正直に、誰が相手でも本音をぶつけるエニーなら、本当に嘘など吐かず今まで生きてきたのかもしれないけど……

「――ロキさんッ!」

と、後方から俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

念のために白い獣から距離を取って振り向くと、1冊の本を抱えたリコさんが息を切らして俺を見つめていた。

「どうしたの?」

「こ、これを見てください!」

差し出されたその本は、俺も目を通したことがある、この世界の生物図鑑のようなモノだった。

そして最後の方のページを興奮気味に捲ると、リコさんはその中に描かれた挿絵を指で示す。

「エニーの肩に乗っている生物って、もしかしてここに書かれた"幻獣"の一種ではありませんか?」

「ん……? いや、まさか……」

口では否定しつつも、自然と目は記された説明文を追う。

「文献には『幻獣』もしくは『死獣』と記されることも多い、この世界に3種存在することが確認されている半透明の獣……魔石は有しておらず、魔物とも異なり、人と共に歩む姿を目撃されている……確かに共通項はあるけど、でも見た目がまったく違くない?」

俺がこの白い獣と幻獣と呼ばれる存在を結び付けなかった理由はここだ。

本には抽象的な挿絵が載っており、角や羽など特徴的な部位に類似点は見られず、迫力あるその絵姿はエニーの肩に乗る白い獣と似ても似つかない。

「でも、もし今が生まれたてで、ジェネのようにこれから成長するとしたら? もしくは新種という可能性も……」

「んー……」

さすがにこの武器で刺せば発現するというだけの条件ならば、目撃情報のない新種という可能性はかなり低いんじゃないのか?

一瞬そんな考えが頭を過るも、いやいや違うなとすぐに気付き、小さく首を振る。

この世界は文明が後退するほどの大規模な戦争を繰り返してきた上で今があるのだ。

様々な情報を記した書物や石板なども、多くがその都度消失してしまっているのだろうし――うん、やっぱりそうだよな。

続く説明文に目を通し、一人納得する。

五大大戦の1つに数えられるカラビア大戦を収めた直後、大聖堂で謎の死を遂げたとされる聖女アストナ。

かつて大陸全土を400年支配し続けたとされるカルバディア大帝国の初代皇帝、暴君カルナーグが幻獣と共に歩んだ者としては著名であり、残された古の記録から、幻獣に見初められし者は大きな力と引き換えに何かしらの代償を支払うとされている。

ここに書かれた内容も著者が直接確認したというわけではなく、当時存在していた歴史書の類いから情報を取り纏めたモノ。

ならばこの挿絵だって実際当てになるのかは分からない。

そんなことをリコさんと話していると、肩に乗る謎の生物に対しての話題だったせいか。

エニーが興味津々といった様子で近寄ってくる。

強く警戒するも、肩に乗った白い獣はこちらを見つめるだけで何もしてこない。

「すごっ……! この子、幻獣っていうの? 一緒にいたら本に名前が残るような人になれる可能性もあるってことだよね!?」

「いや、まあ、そういう可能性もあるんだろうけど……あと正式な名称は幻獣じゃなく憑獣――」

「その名前だとなんか怖いから嫌! じゃあ尚更大事にしなくっちゃね~ふふっ、呼び方がいろいろあるみたいだし、せっかくなら名前つけてあげようかな! ねえ、雪みたいに真っ白だし、ユッキーでいい?」

「……」

自分なりの強みを得られたからだろう。

白い獣に語り掛けるエニーは本当に嬉しそうで、そんな気持ちも分かるだけになんと声を掛ければいいのか、かなり悩むが……

「俺がもしエニーの保護者という立場なら、どんなに強く望まれようと迷わず止めるし、そもそも後悔に繋がるような選択肢を与えない。まだ13か14くらいの歳であれば、本来はそうするべきだとも思う。でもエニーは同じ下台地に住む仲間で、強くなるための努力をもうここに来て2年くらいか……その間ずっと続けているのも知っていて、だから最後にもう一度だけ確認するよ」

「……」

「エニーが考えている以上に嘘を吐けないっていうのは大変なことで、そのせいで命を危険に晒す場面だって今後出てくるかもしれないし、ほんの冗談のつもりが虚言と判断されてこの獣に殺されてしまうかもしれない。それでも、本当にこのまま生きていくの?」

こうなるともはや覚悟を問うくらいしかできず、そんな俺の問いかけにエニーは、一転して真面目な表情でこちらを見上げる。

「危ないことだっていうのはちゃんと分かってるし、怖くないわけじゃないよ。でも……それでも、私にはこの子が必要。だって、私頑張るからあと50年待ってって言っても、ロキも、それにロキが戦っている異世界の人達も待ってはくれないでしょ?」

「それは……うん、そうだね」

「大ばあちゃんに才能があるって言われて、宮廷魔導士の人達も凄く見込みがあるってみんな褒めてくれて……でも、もう分かってるんだ。それは常識的な範囲の凄いであって、世の中にはそんな常識なんて通用しない人達が、たぶん私が思っている以上にいっぱいいるんだって」

「……」

「なぜかあとちょっとで追いつけそうなカルラにも追いつけないし、師匠は最初から全然勝てないし、ロキなんて相手にもしてくれないし……強くなっているはずなのにどんどん自分が弱く思えてきて、全然凄くないじゃんって自信がなくなってきて、それでも私は大ばあちゃんみたいにみんなを救えるような凄い魔導士になりたくて……どうしても諦めたくないんだ……だからお願い、この子と一緒に生きていくことを許して!」

「……ゼオはどう思う?」

もう俺の中では粗方結論が出ていた。

が、一応師匠の立場であり、先ほど攻撃を食らったゼオにも確認しておこうと視線を向ければ、なぜかゼオは顎を摩りながらニヤリと笑う。

「ふっ、我はロキほど甘くないのでな。命短き人の子が大魔導を目指すというのだ。毒をも食らい尽くして己の糧にするくらいの覚悟がなければ不足が生じるというものよ」

「はは、確かにね」

考えてみれば自分も同じだ。

理由はどうあれ病的なまでに強さを求めるなら、多くの人達が思う常識なんざ真っ先に切り捨てていかなければ辿り着けやしない。

俺と似たような覚悟がエニーにもあるなら、もう子供扱いはしちゃいけないか。

「分かったよ。エニーから無理にその獣を引き剥がしたりはしない」

「ほんとに!? やったー! 良かったねユッキー!」

「ただし、その獣が俺達にとって無害な存在なのか確かめる必要がある。そうしないと危なくて誰もエニーに近寄れない」

「うん。このままじゃ師匠達と一緒に狩場にも行けないし、手合わせもできない。だから……ね? ユッキーは大丈夫だもんね?」

本当に伝わっているのか、それは分からない。

が、この言葉で白い獣は俺からエニーに視線を移し、犬や猫のように首元を舐めるような素振りを見せ始めた。

と、なると――

(先ほどまでリコさんには見向きもせず、ずっと俺を見ていたということは、思考や感情を読み取っているのか……?)

分からないことだらけだが、自分もワクワクしてしまっていることを自覚しつつ、エニーと謎多き幻獣とのやり取りを暫し眺めていた。