作品タイトル不明
642話 あの3人も
本日から町役場が正式に開かれ、住民登録と転移陣の利用が解禁される。
職業斡旋ギルドで集められた人達はこのベザート役場だけでも総勢9名にのぼり、皆が緊張した面持ちで閉じた入り口を見つめる中、俺もドアに手をかけソワソワしていた。
これだけ準備に皆の時間と労力を費やしたのだ。
心待ちにしてくれている人達がいるのは嬉しいことだが、かと言ってあまりに殺到されても困ってしまう。
わざわざ【探査】など使わなくとも、ドアの向こうにざわざわとした人の気配を多く感じられるが……
不安を煽らないように、ベザートの石壁作りを急ぎで進めてきたわけだし、頼むよ。
あくまでほどほどに……こっちがパンクしない程度にしてくれ……!
「じゃあ、開けますからね……」
そう職員に告げてドアの鍵を解くと、転売ヤーの如くスタートダッシュを決め込む数多の住人。
瞬く間に5つあるカウンターは行列が生まれ、ああ、これは終わったなと。
この後の配達地獄を覚悟しながら黄昏ていると、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。
「ロキ!? こんな所で四つん這いになって何してるんだ?」
「あ、ジンク君?」
なんだかんだで久しぶりに見るその姿は少し大人っぽくなっており、記憶にある身長よりも頭1つ分くらいは背が伸びていた。
考えてみたらジンク君ももう、15歳くらいか。
「今日からだから、混乱が起きないように最初だけでも様子を見とこうと思ってさ。それよりジンク君は一人みたいだけど、移住希望だったの?」
「ああ、うちは母ちゃんと二人だし、その母ちゃんも最近は針仕事が忙しいみたいだからさ。どうせ昼間は家にいないなら、とりあえず『ギムレー』ってところを見てみて、それで良かったら二人で越そうかなって」
「なるほどね~だからとりあえず一人分ってわけか」
今更ジタバタしたところでどうしようもなく、開き直ってジンク君と一緒に並びながら話を聞いていると、なぜこんな早朝から人が並んでいるのか、その理由もすぐに知れた。
「はぁ……みんな転移陣から近いところを狙おうと必死なわけね……」
「そうそう。早いもの勝ちだって騒いでいるやつがいて、確かにそれはそうだなって。だからたぶん、メイサもそのうち来るんじゃないかな? あいつは家が薬屋だから、親と一緒に『ウートガルズ』を見に行くって言ってたけど」
「へ~ポッタ君は?」
「あいつはベザートに残るって言ってた。東区にデカい畑をいくつも持ってるし、それにあいつ兄弟多いだろ? だから住民税が払えないって」
「あー……」
これは少なからず予想していたことだ。
住民税は転移に必要な魔石代を回収することが一番の目的になるため、一世帯にいくらではなく、一人いくらというモノ。
それでも身体が小さければ魔力消費は少なくなるので、本当なら赤子は無料。
子供でも半値などの方針を取りたかったが、戸籍のないこの国ではその線引きが難しく、逆に定めることで混乱が生じるという結論になったため、現状では一律にしかできなかった。
その分、今後はギムレーやウートガルズだけでなく、ベザートでも子供が生まれたら役所への報告を義務化させて戸籍を作ることは決定されており、保護者がいれば5歳までは住民税無料、6歳から14歳までは半値という方針でいく予定だが……
(しょうがないとはいえ、既に子供の多い家は厳しいよな……)
そんなことを考えていると、そうそうと言いながら腰に下げた袋を漁り、ジンク君はニヤニヤしながら薄いカードを見せてくる。
それが何であるかは一目瞭然だ。
「お、Eランク!」
「もう結構前だけどな! 3人共Eランクになれて、今はロキが作ったっていう『草原エリア』にも通い始めたんだぜ! さすがに3人だけじゃ怖過ぎるから、アルバさんとかミズルさん達と一緒にって感じだけどさ」
「おお~いいじゃん。Dランク魔物が出るって言っても見晴らしは良いし、味方の数が多いなら意外となんとかなるでしょ?」
「そうなんだよなー【挑発】を使えるアルバさんとかポッタが敵を引きつけている間にボッコボコだよ。それでも荷車を持ち込めるお陰で換金効率はルルブより全然良いんだから、もうみんなルルブなんか行ってられねーってなってる」
「はは、慣れればそんなに時間も掛からず3人だけで狩れるようになるはずだよ。そしたらまた多くの人達で集まって、次の『城下町エリア』を目指したらいい。最初は大変だろうけど……その一歩を踏み出すことができれば、Bランクハンターも全然夢じゃなくなるだろうから」
まさかのポッタ君がタンク役かと苦笑いを浮かべるが、連れていった初級ダンジョンでは斧と盾を握って、少しずつ恐怖心を克服できていたからなぁ……
こうして皆の実力が上がっていけば、より質の良い素材が町を巡って国は豊かに、そして強くなるし、何より本人達が死ににくくなる。
これが正解なのか、そんなことは俺だって分からないけど……
「お待たせしました! お次の方どうぞ!」
ぼんやりと町の今後を想像しながらジンク君と受付嬢のやり取りを眺め、1年分の住民税とアマンダさんに卸してもらったカレンダーをジンク君が購入したところで、横から口を挟む。
「今ギムレーの案内も混み合ってるだろうし、ついでだから俺が案内するよ」
「え? いいのか?」
「うん。元からここだけじゃなく、ギムレーとウートガルズの役場が正常に動いているかも確認しにいく予定だったしね」
「へへ、助かるよ。あとでみんなにも自慢してやろっと」
「ちょっ……俺も案内しろって言われたら困るから、内緒ね、内緒!」
喋りながら連絡通路を通り、建物の反対側へ。
別の入り口から延びる通路と合流したのち暫く進むと、曲がり角の先でほんわかとした女性の声が響く。
「通行証を見せてください~」
「あ、はい……」
カウンターに一人座るその人は、ジンク君が見せた通行証に目を向けると、柔らかい笑みを浮かべながら先へ伸びる左の通路を手で示した。
「では左側の通路を進んでください~」
「……」
「ジンク君?」
「あ、ごめ……分かりました」
肘で突くと、慌てたように動き始めるジンク君。
ん~本人はいらないと言うが、ここで渋滞されても困るし、やっぱり仮面を着けさせた方がいいのかな……
「バッチリ、凄くスムーズだったよ」
「ふふ、いっぱい練習しましたから~」
そんなことを思いながら見慣れた女性に声を掛け、ジンク君と共にギムレーの町へと飛んだ。