作品タイトル不明
622話 死体の山から
「お待たせ~」
「おう、もうできてるぞ」
ベザートの状況を確認し、女神様達にお礼と、所持していた指輪で症状がだいぶ収まったことを伝えたあと。
自分の血生臭さに耐えきれず、真っ先に駆け込んだ風呂から上がると、少し遅めの時間だというのに下台地の皆がご飯を作って待ってくれていた。
まあここで一番煩い小娘が、目敏く俺の姿を見て突っ込みを入れてくるが。
「なんで服着ないの? っていうか、そのジャラジャラした指輪なに? 変だよ?」
「ぐっ……着けたくて着けてんじゃないわ! それにこの鎖があると、服を着たくても袖を通せないんだよ!」
もう暑いくらいの気温になってきたから良かったものの、これが冬なら非常にマズいことになっていた。
とりあえずスーパーデザイナーのノアさんには、以前と同じコンセプトでありながらこの状態でも着れそうな服を依頼してきたが、しばらくは上半身素っ裸のままローブでも羽織って生活していくしかない。
それにしても……ゼオはやっぱりこの指輪がどんなモノかを理解しているっぽいな。
表情からそんな雰囲気を感じ取りながら、いくつもの小瓶を収納から取り出す。
「とりあえずこれ、今採ってきた血ね。ポーションの空き瓶に結構詰めといたから」
「感謝する。これだけでも10日以上はもつはずだ」
「ったく、なかなか戻ってこないと思ったら、やつれたひでぇ面しやがって……またどっかと戦争でもしてきたのか?」
「絶対そうだよ。さっきまでジェネ達を手伝ってたけど、あそこに置かれた大量の死体、凄い豪華な装備をした兵士のばっかりだったもん」
「はは……ちょっとアルバートと戦ってきてさ。腕の暗器は溶けてどっかいったし、オリハルコンの剣も握り潰されたから武具一式の補修をお願いね」
事実は事実として伝えるべき。
そう思って武器を取り出しながら口にした途端、先ほどまでのガヤガヤとした雰囲気が一瞬にして静まり返る。
特にリコさんとロッジは、口をあんぐりと開けたままこちらを見つめ、絶句していた。
「世界を動かす四強の一角と……?」
「いきなり襲われたから相応の――いや、まあそれなりに大きめの報復をしたって程度で、親玉のマリーを倒せたわけじゃないけどね」
「マジかよ……でもあの女を倒せていないんじゃ、これからがヤバいんじゃねーのか?」
過去に追いやられて居場所を失った経験があるせいか、ロッジは酷く不安そうな表情を浮かべていた。
正直に言えば俺も心情は似たようなものだが……
だからこそ、過度にその不安を煽るべきではないと明るく努める。
「さっきもベザートの様子を見てきたけどいつもと変わらなかったし、ある程度日が経っても行動に移さないということは、向こう側から提示してきた和解案が生きているんだと思うよ」
「お、なんだ。一応話はついてんのか」
……実際は和解案などあってないようなものだろう。
王都が原型をまったく留めていないレベルで破壊されたのだから。
しかし今も行動に移していないということは、何かしらの移せない理由があるとしか思えなかった。
潰したあとのさらなる報復を恐れてまずは俺を殺ろうとしているのか、もしくは俺が防衛に回ると判断して相当な戦力を集めている最中なのか。
もしかしたら、あの場にいた謎の黒髪女が別の場所でも動いていて、そちらに気を取られている可能性だってなくはない。
この辺りは明日にでもセルリック侯爵の所へ出向いて、事の顛末を伝えつつ何か情報が入っていないか探ってみるつもりだが、なんにせよ自国と周辺の属国が抱える戦力に加え、数万規模であろう傭兵達とその頂点に立つ黒騎士もまだまだ抱えているマリーが、王都を失ったくらいで諦めるとは考えにくい。
となると今うちに必要なのは、ベザートと、欲を言えばラグリースも守り切れるくらいの防衛力だ。
多方面から攻められたら俺一人ではどう足掻いても守ることなどできないのだから、オールランカークラスを相手に倒せずともなんとか時間は稼げるくらいの戦力が欲しい。
それがどれほど過大な望みなのか、俺自身も十分理解しているつもりだけど……
「ゼオはさ、全盛期と比較してどれくらい力が戻ってきたとか、そんな感覚はある?」
「ふむ……現状で精々2~3割程度といったところか。職業とやらに就き、狩りや訓練の場で魔法を多用するようになってからだいぶ戻りが早くなってきているが、それでも永き眠りにつく前と比較してしまえばまだまだ程遠い」
「そっか……でも魔法の使用で回復が早まっているなら――とりあえずこっちに交換しておこうか」
言いながら取り出したのは、指輪探しをしている中で新たに見つけた魔力貯蔵が可能な指輪――『ストアリング』だ。
元々ゼオには魔力不足を解消するため、かつて回収していた2つのストアリングを渡していたが、その中身は【魔力貯蔵】レベル1とレベル4。
前者に至ってはおまけ程度の底上げにしかなっていなかったので、こいつに差し替えればだいぶ魔力に余力も生まれやすくなるだろう。
「【魔力貯蔵】のレベル9だと……? こんなモノ、どこで手に入れたのだ? 我がダンジョンに籠っていた古き時代でも見かけた記憶がないほどの代物だぞ?」
「ん~さっき言ったアルバートが、この世界でも一番の富裕大国だからかな?」
「なるほど、それでこの指輪が和解のために渡されたわけか」
「いや、あそこで山になっている兵士達が、なぜか大量にこの手のお宝っぽいのを抱えていたからさ。気付いたら全部回収しちゃってた」
「すごっ……!? ね、ねえリコさん、実はロキって盗賊王なんじゃ――」
「しーっ! 思っても言うものじゃないですよ!」
「そうだぞ! せめて義賊とか、もっと言い方ってもんがあるだろ!」
「……んんっ、あと魔力の使用量を増やせるようにこれからもっと血を抜いていくから、念のため10日分くらいのストックだけ残しといてもらえれば、それ以上はどんどん飲んじゃっても構わないよ」
どこか頭の片隅に、陛下を護れと叫びながら武器を向けてくるやつらも敵だと。
そういう認識もあったことは間違いないが、霞むくらい黒い感情に呑まれて身体が勝手に動いていたからな……
あながち否定することもできず強引に話を逸らすと、ゼオは一度考え込むように瞳を閉じ、数秒の間を置いてから口を開く。
「この戻り具合では足らぬほど、大きな戦いが差し迫っているわけか」
「まだ確定とまではいかないけど、今回の件でお互いに遺恨を残したことは間違いないし、別の勢力が暗躍しているっぽいことも、それに敵の抱えている戦力が俺一人じゃ到底捌ききれないことも分かってきた。だからベザートを――守りたいと思える人達を守るためにも、ゼオだけじゃなく皆の力がやっぱり必要なんだ」
「でも、今の私で役に立つの? カルラにもなかなか勝てないし、師匠相手じゃぜんっっっぜんだよ?」
珍しく不安げな表情を浮かべるエニー。
まあここで生活していたら、比較できる対象が俺を含めて3人しかいないもんなぁ……
「んー……各国の傭兵ギルドに所属すれば、まず一桁ランカーには食い込めるかな」
「え?」
「客観的に見たエニーの実力。スキルを見れば特訓の成果は十分出ているし、今なら軍の師団も慌てて逃げ出すくらいには強いよ。そのエニーと渡り合えるカルラもね」
もう1年以上はゼオに魔術師としての指導を受けながら狩りと模擬戦に明け暮れ、夜は謎の空気椅子をしながらリコさんの横で座学に勤しんでいたのだ。
努力の成果は十分実っていると、そう伝えたらエニーは素直に喜び、そのままどのスキルを伸ばして戦術の幅を広げていくのか。
ゼオを交えて話が盛り上がる中、俺は声だけを耳に入れながらぼんやりと考える。
(強くはなっている……けど、やっぱり厳しいな……)
魔力があるうちなら軍の兵団が相手でも十分相手にできるだろうし、一桁でも下位くらいの傭兵までであれば張り合える実力はあるだろう。
カルラも謎が多くスキルは覗けないが、勝率を聞く限りはエニーと同等以上の実力があると見て間違いない。
だが、あくまでそこまで。
ゼオはもしかしたらなんとかしてくれるかもしれないけど、エニーとカルラはオールランカークラスの個体戦力を持つ相手に粘れるイメージがまったく湧かず、短期的にその水準まで引き上げられる術も見えてこない。
すでに最高位狩場でパワレベは実行してしまっているし、ダンジョン産アイテムを分け与えたところで入手手段があまりに限られているのだから、その成長は微々たるモノ。
唯一伸び幅が大きいのは装備面での補強だが、さすがにそこまで劇的な変化には繋がらないだろうし、仮に奪われてしまえば相手の戦力を大きく伸ばしてしまう可能性も出てきてしまう。
とはいえ、準備不足で仲間が死ぬよりかは遥かにマシ。
とりあえずまだまだ把握できていない回収物の確認やスキル関連を弄りつつ今夜はベザートを見張り、侯爵から得られる明日の情報次第では住民だけでも一時的に避難させるべきか。
そんなことを考えながら久しぶりのまともな食事を摂っていると、不意に気配ともまた違う、味わったことのない不思議な感覚に襲われ、顔を上げる。
するとゼオも同じように反応を示しており、二人して顔を見合わせたのち、元を辿るようにうず高く積まれた死体の山に目を向けた。