軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

620話 レベルアップ

青空の下、広大な農地と区分けされた放牧場が広がる長閑な上台地。

その一角でアリシアは、普段と変わらず小さな小屋の前で編み物をしていると、不意にノイズがかった叫び声が頭に響いて手を止めた。

声からそれがロキであると、すぐに気付くが。

「ま、町は……! ベザートはどうなってる!?」

過去にないほど取り乱した様子で、アリシアは驚きのあまり言葉を失っていると、町の見張りに立つリガルが代わりに答えてくれる。

「今のところ異常は見られないが……どうした? 何かあったのか?」

「そっか……良かった……本当に、良かった……」

「……?」

リガルの問いかけにも反応せず、ただただ心の底から安堵したように同じ言葉を繰り返すロキ。

そのやり取りは端から聞いていても違和感しかなく、なぜロキがこうして自分達に尋ねているのかも分からない。

本来なら自分で確認して――……

「ロキ君、大丈夫ですか……? 今すぐそちらに向かいましょうか?」

もしかして、動けない事情でもあるのか?

そう感じたのはアリシアだけでなく、リステが焦りの色も隠さず問いかけるが、返ってきたロキの言葉は明確な拒絶だった。

「それは駄目! 絶対に駄目だから……!」

「「「……」」」

「ロキ、今もベザートは私が見ているのだから少し落ち着け。転生者の一人とかなり揉めている話は聞いていたが……何か大きな問題でも発生したのか?」

「……ごめん。防ごうとしたけど防げなくて、それでやらかして、反動が……毒が、あまり抜けないんだ……」

「例の悪影響か……今どれくらい経過している? 症状は?」

立て続けにリガルが問うと、ロキはぽつりぽつり、記憶を呼び起こすように答えを返す。

「はっきりとは、分からない……6日、7日……たぶんそれ以上は経っていると思う……でも、まだ死体もまともに見れない……」

「死体、ですか……?」

生きている者じゃないのか?

皆が呟くアリシアと似たような疑問を抱くも、今はそれよりロキの症状についてだ。

「つまりそれって、この拠点もそうだし、人のいる所には行けないってことだよね?」

「そう……ゼオに血も渡さなきゃ……早く、戻らないと……」

「なるほど……フィーリル、治癒で治せたりはできないのですか?」

ロキの血をどこかに置いといてもらい、それを誰かが回収して運ぶという方法も取れなくはない。

が、今ロキに移動を強要すること自体が非常に危険。

そう判断したアリシアがフィーリルに解決策を問うも、反応は渋い。

「ん~治癒と言っても即効性のある【回復魔法】や【神聖魔法】は外傷に対してですからねぇ。【結界魔法】の『燐光』なら病や精神回復にも多少の効果はあるはずですが、ロキ君は使えますか?」

「うん……ただ、もうずっと結界の中にいて、それでもこの状態だから……」

「そうですか……となると、他に考えられる方法は1つですね。原因となっているロキ君の記憶を消す――やってみないとどうなるか分かりませんが、もしかしたらこれで今抱えている症状が一緒に消えるかもしれません」

普段とは違う、真面目な口調で語られるフィーリルの言葉。

その意味と言葉の重みを、少なくとも女神達は理解していた。

それはつまり、ロキに対して女神にしか扱えない【魂環魔法】を使用するということ。

「ということは、誰か一人がロキ君の前に立つ必要があるわけだよね……」

術者は必ず対象に触れられるくらい近寄る必要があるため、フェリンの言葉を最後に暫しの沈黙が流れる。

それも当然だろう。

かつてロキは模擬戦でリガルの分体を殺めているのだ。

必死にリステの提案を拒絶していたロキの様子からしても、記憶を弄るその最中に殺される可能性の方が高いように思えてしまった。

「……私が行きましょう」

それでも、何か力になれるのなら。

その想いでリステが応えると、すぐにロキが先ほどと同じ反応を示すも、遮るように強い言葉を発したのはアリシアだった。

「待ちなさい。リステのその判断はさすがに軽率過ぎるでしょう。まず記憶を消したら確実に症状が改善されるわけではないようですし、もしあなたが分体とは言え命を落としたらどうなるか、もう十分に理解していますよね?」

「ええ、ですから私一人で行動に移そうとは思っていません。離れた位置からロキ君の動きを一時的にでも拘束してもらえれば、その間に私が近づき必要と思われる箇所の記憶を消去します。これならば十分実現可能でしょう?」

「……ですが、それでも危険すぎる『…………もういいよ』」

ボソリと呟かれた言葉。

それはここままで終始黙っていたリアのモノだった。

「ロキ、正直に答えて。前に言っていた見えないスキルのレベル、上がったんでしょ?」

「……うん、間違いなく。それがどの程度なのか、俺にも分からないけど……」

「ということは、ここで無理に私達が動いて仮に治せたとしても、また今後同じか、もしくはもっと酷い症状を目にする可能性も出てくる。その度にいちいち治してはいられない」

「リア……ロキ君は私達の代わりに動いてくれている部分もあることを理解していますか?」

明らかに怒気を発していると分かるリステの声色。

だがリアはまったく気にした様子もなく言葉を続ける。

「だから、別の方法でその症状を抑える」

「えっ?」

「大罪人に使われることがある拘束用の特殊な指輪。私も詳しいわけじゃないけど、衝動とか欲求の高ぶりを抑制する能力が付いているはずだから、ロキの抱えている症状に合う、と思う」

「え、っと、それは容易に手に入るモノなのですか?」

この中では最も下界に詳しいリステや、世界を旅して様々なモノを見てきたロキもその存在を知らなそうなのだ。

あまりに希少であれば意味がない。

そう感じたアリシアの問いに、リアは応える。

「たぶんダンジョンだけで拾える装飾具。だからどこにでもあるわけじゃないけど、私が知っているラグリース王国の王都にも反応があったのは今確認した。それに国の法を司る機関とかなら、質に拘らなければ持っていてもおかしくない」

「静かだなって思ってたらそんなの探してたんだ……リア凄いじゃん!」

「え、ええ。ちなみに、質とは……?」

「武器とか防具と同じ、素材の違い。等級が高いと壊されにくいとか、性能が強力だったりするんだと思う」

「なるほど……罪人用というのがどうしても気になりますが、ひとまずその品を購入するなりしてロキ君に渡せばどうにかなりそうですね」

渡すだけなら近寄らずとも方法はある。

これならリアの言う通り、効果次第では今後も含めてロキの症状が大きく改善されるのではないかと皆が期待を寄せていたわけだが、続くリアの言葉に再び場が沈黙してしまう。

「ただ、身に着けている間は力も抑制されて弱くなるはず。ロキがそれでもいいなら、だけど」

「「「……」」」

ロキが誰よりも強さに拘っていることなど皆知っている。

なんと答えるのか、女神達が固唾を飲んで見守っていると――

「この状況から抜け出せるんならしょうがないよ……それよりどんな装飾具なのか、もっと詳しく教えてくれない……? もしかしたら手元にあるかもしれないから」

ロキがすんなりと受け入れたことに安堵と驚きの感情が入り混じる。

永続的ではないからなのかもしれないが……

どれほど着けておく必要があるかも分からない拘束具を、あのロキが望んで着けようとするほど症状が厳しい――その事実にアリシアを含む数名の女神は暫し閉口したままこの先のことを考えていた。