軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

617話 王都だった場所

奔走するも失った直後ではまともな戦力を用意することができず、アルバート王国の中枢であるディグアス城塞が今、どのような状況になっているのかも分からない。

そんな理由から王都『ロミナス』が一望できる丘の上に飛んだマリーとシェムは、視界に広がる光景を目にして言葉を失う。

一帯は数えるのも面倒に感じるほどのクレーターと岩や土石に覆われ、至る所で発生している火災が広く空を濁らせていた。

記憶にある王都の面影はどこにもなく、遠くから微かに叫び声は聞こえるものの、目に見える範囲で動く人の姿すら存在していない。

「マ、マリー様……これは……」

想像を遥かに超える惨状。

シェムは反応のないマリーに恐々としながら声を掛けるも、その様子を目の当たりにして身体が凍ったように固まる。

未だかつて、主のこのような姿は見たことがない……

顔面は蒼白していて呼吸も荒く、立つのがやっとではないかと思わせるほど、取り出した杖を両手で握り身体を預けていた。

そして、どのような感情を抱えているのか。

僅かに震える声でシェムに語り掛ける。

「もう止んだ後か……こんな王都の端くれまでボロボロなんだ。この様子じゃ、中央も瓦礫の山だろうね……」

「威容を誇るディグアス城塞の姿がまったく見えませんので、恐らく、ですが」

「……確認しにいくよ」

「承知しました……まだ付近にいるかもしれませんし、もし第五の異世界人と出くわしたなら私が相手をしますから、マリー様は先をお急ぎください」

「……」

どこへ向かおうとしているのか、察しがついたシェムは不安を抱えながらマリーに触れる。

そして二人は無言のまま、点々と空を渡るように転移を繰り返しながら周囲の状況を確認し、王都の中心部へと向かっていくも見える景色は変わらない。

西部に城壁や見張り塔など、町の姿が多少は残され人が集まっているというくらいで、あとはどこも荒れ果てた大地が続いていた。

当然、大国アルバートを司る王都ロミナスの中心部も。

だが二人は倒壊し、山のように積もる土石も気にせず、目星をつけた場所の瓦礫を取り除いてその下を魔法で掘り進めていく。

目的の場所はディグアス城塞の地下。

地上はこの荒れようであっても、地下となればその影響はまだ薄いはず……

この件でアルバート王国は大きく躓いた。

それは間違いないが、しかし地下の"ファルコム"さえ生きていれば、まだマリー様はやり直せる。

才能に秀でた者達を各地から搔き集め、大量の資金を投じて進めてきた各方面での研究成果があれば、まだ――

「「…………」」

暫くして天井を突き破り、地下に広がる広大な施設へと到着するも、二人は言葉を発することなくその場に立ち尽くし、茫然としていた。

見渡す限り、何もない。

人も、設備も、成果物も。

その一切が何もなく、ただただ伽藍堂とした空間がそこには広がっていた。

と、ここで終始感情を抑えていた様子のマリーが、破裂したように叫ぶ。

「あんのクソガキがぁああああああああああああああッッッ!!!」

「ッ!?」

「もう我慢の限界だ!! 今から無理やりにでも全員を……いや、私が直接あのガキに関係する全てをぶち壊してやるわ……!!」

「おっ、おお、落ち着いてくださいマリー様! まだ『第二』がありますから! そちらも確認を……」

転移しようとするマリーを慌てて止めるシェム。

その言葉の通り、アルバート王国の要とも言える研究施設"ファルコム"の他に、国も知らないマリーの個人的な研究所も王都の近郊に存在するため、そちらであれば被害にあっていない可能性が高い。

まだ全てを失ったわけではないのだとシェムは説くが、しかしマリーを落ち着かせるどころか火に油を注いでしまう。

「ここだって40年近く積み上げてきた研究の成果と、各地から搔き集めた人材が1000人以上はいたんだよ!? ここにどれほどの金を投じてきたか……! 王都だけでなくここの全ても奪われたっていうのに、これ以上黙っていられるか!!」

「も、もちろん重々承知しております! しかしマリー様が常々口にされている通り、今このタイミングでマリー様が争われては西の連中が笑うだけ。それに殺されたのではなく奪われたのなら、取り戻すことだって――……?」

主が激高しているからこそ、自分だけでも冷静であらねばと思っていたシェムは、ここでふと疑問に思う。

どう考えてもファルコムを狙った犯人は【空間魔法】持ちだ。

これだけ綺麗に全てがなくなっているのだから、それは察しがつく。

だから因縁があり、直前までマリー様と争っていた第五の異世界人がここを襲ったというのは筋の通る話だが……

身近に【空間魔法】の使い手がいるからこそ、シェムは転移の特性を長くこの目で見てきているし、魔力をどれほど消費するのかも聞いていた。

ディグアス城塞を襲撃して黒騎士や父上とも戦い、そこから大陸でも最大規模を誇る王都ロミナスをここまで壊滅させた相手が、さらに1000人を超える者達をこちらの網に掛からない場所まで運べるものだろうか?

それにここには本当に何も残されていないのだ……争った痕跡や、血痕さえも。

つまり地上と同じ殲滅目的ではなく、ここがどういう場所かを事前に把握した上で奪いに来ている可能性が極めて高いということになる。

唐突に攻撃を仕掛けられた側であるはずの異世界人ロキが、アルバートの中枢で働く一部の者達にしか共有されていないファルコムの情報を掴んで、いきなり行動に移せるものなのか?

ある意味、王の居室よりも厳重に守られ、探査や感知などのスキルを用いた外部干渉を一切受けられないようにしていたこの場所を……?

「……マリー様、まずは1つだけ、先に確認しておきましょう」

そう告げると有無を言わさずマリーの手を引き、本来の出入口から研究所の外へ。

そこから人影のない通路を暫く歩くと、ようやく普段の見張りとは違う一般兵の鎧を身に纏った死体が2つ、血溜まりを作って通路の脇に放置されていた。

1つは首が切断されているため使いモノにならないが、もう1体は胸を斬り裂かれていたため、これならばきっといける……

そう判断して 強(・) 制(・) 的(・) に(・) 起(・) こ(・) す(・) と、シェムはその死体に向かって語り掛けた。

「あなた達を殺した相手について話しなさい」

「……ローブを羽織った二人組……気付いた時には目の前にいた……」

「二人……? 他に容姿の特徴とか、何か分かることはないですか?」

「いきなり斬られた……男の声と、その後ろに、長い黒髪……女の声……一瞬だった……本当に……」

やはり、何かが違う気がする……

堪らずシェムは振り向くと、マリーもこのやり取りから違和感を覚えたのか。

怒気は発しつつ、それでも何かを考えこむように手を口元に当てる。

戦いの場にロキが一人で現れたからと言って、それが仲間がいないことの証明にはならない。

だが二人は、ロキに関連する情報の中で、長い黒髪の女に関する話を未だかつて一度も耳にしたことがなかった。

「……一般兵のお前が立ち入りを禁じられているこの区画にいる理由は、本来警護を担っているはずの王宮騎士が避難した王の護衛に駆り出されたせいかい」

「そう、聞いている……」

「で、ここまで見張りが少ない理由は?」

兵の質については理由に予想もつくが、周囲を見回しても他に死体が見当たらないのだから、明らかに見張りの数自体が少ない。

もっと死体があれば情報を拾える。

そう思ったマリーが問うと、再び疑念の生まれる答えを死体が返す。

「見張りの命令が下ってすぐに、外で大きな爆発があった……集まっていた多くの兵が生き埋めになって、救援に……」

「つまり手薄にされたところを狙ってきたわけですか」

「……」

シェムは兵士の言葉を聞いて反射的に言葉を漏らす。

しかし、この時マリーはまったく別の思考を巡らせていた。

よくよく考えればどのタイミングで動いたのか。

まだ生きているかどうかは別として、王は既に避難していると報告を受け、死体もこうして記憶を吐き出しているのだから、ポラン王が多くの兵士を引き連れこの場を逃げ出したことは疑いようがない。

つまりファルコムが襲われたのは、謁見の間で初めてロキの前に姿を見せたあと。

しかもすぐのすぐというわけではなく、そこから近衛や王宮兵が招集されてからということになる。

となると、戦闘の手前はない。

仲間と合流して引き連れてくるわけでもなく、それこそ数分程度でロキはシラズ平野に現れたのだから、考えられるとしたら戦闘後。

こちらが一方的に和解案を突きつけて、あの場を離れてから動いたことになるが……

(まさか、ロキじゃないのか……?)

マリーの脳裏に、醜く肥えた王の卑しい姿が浮かぶ。

あの人擬きが、王都や守備兵の被害を憂いて自ら指揮を執るようなことはあり得ない。

何よりも自分の身を案じ、他を切り捨ててでも兵を搔き集めて真っ先に逃げ出すだろう。

どう流れを追っても先ほどの戦闘中にファルコムが襲われたとしか思えず、 冷静になればなるほどロキがどのタイミングで動いたのか分からなくなる。

と、ここでシェムが、いつになく真剣な表情でマリーに語り掛けた。

「第五の異世界人がファルコムを襲った――それがもっとも自然な流れではありますが、どうにも作為的と言いますか、何か誘導されているような節も感じませんか?」

「……ビーネ宰相が予見していた通り、オーリッジ子爵の裏切りがまだ続いているっていうのかい」

「本人は既に死亡していても、怨嗟が別の形で動き続けている可能性もあります。少なくともディグアス城塞に出入りできる子爵の立場であれば、ファルコムの存在くらいは間違いなく知っていたでしょうから」

この言葉に5秒、10秒と……しばらく瞳を閉じ、マリーは大きく息を吐きながら呟く。

「焦心が齎した結果か……あの時、手筋を誤ったことでここまで盤面を崩すことになるとは、私も耄碌したもんだね」

「マリー様……」

あの時というのは、学院や聖王騎士という手駒を捨ててでも、異世界人ロキを潰しにかかったことを指しているのだろう。

シェムはそう思いつつ、初めて自らの過ちを認めたマリーの姿を見て、心底驚くと同時にそこはかとない安心感も抱いてしまう。

自信に満ち溢れ、結果を残し続けてきた今までとは正反対の状況に陥っているのだから、本人からしても不思議な感覚ではあるが……

マリー様がこのまま終わるわけがない。

今までとは異なる主の表情を見ているとそんな気持ちが湧き上がり、自然と言葉が衝いて出る。

「大丈夫ですよ。王都はこのような姿になりましたが、だからと言って大国アルバートが他より劣るということにはなりません。きっと第二の方は無事ですし、他の追随を許さない戦力と資金力だってマリー様にはあるのですから。とにかく今は我慢してでも情報収集に注力しつつ奪われた彼らの行方を追い、これ以上被害が拡大しないよう防衛網を築いて再興を計りましょう」

「ふん……お前は私にまだ働けっていうのかい」

「マリー様がこの程度で自棄になるほど愚かだとは思っていませんから。それに父上とも約束されたのでしょう?」

「確かにね……反故にしてお前の父親が敵に回るなんざ想像もしたくない」

「え……さすがにそれは、なくもない、かもしれませんが」

「まあいいさ。ロキの仕業じゃないとするなら獣人の王か、もしくは【空間魔法】持ちがいないと思っていた西の連中か……どちらにせよ、ここの全てを掻っ攫ったやつらには必ず地獄を見せてやる……行くよ、まずは第二のファルコムからだ」

こうして二人は一度王都を離れ、奪われた者達がいないか周囲の反応を探りながら国内の主要施設や町の状況を確認したのち、徹底した情報収集を進めていく。

そして二人はその後、予想だにしていない事実を知った――。