作品タイトル不明
589話 探し求めていたモノの1つ
「うーん。旧マラガ領だけであれば、内陸にDランク狩場があるみたいですけど、他に中高位狩場と言ったらもう海くらいしか……」
「そうですか。あ、近々魚人の誰かが交易の再開を希望してこの町に訪れると、こちらのギルマスに伝えておいてもらえますか?」
「……え?」
固まる受付嬢に礼を言い、小さく嘆息を漏らしながらハンターギルドをあとにする。
これでもう、旧マラガ領に入ってから12件目。
大きな町だしここなら情報を拾えないかと期待してみたが、道中立ち寄った他のギルドと変わらず、付近に新規魔物の見込みがありそうな狩場はまったく見当たらなかった。
この辺りは狩場と言えば海だし、魚人種を相手にした交易で栄えていたんだろうしなぁ……
まずアルバート王国の輪郭を捉え、規模を把握してから内に入ろうとしているのだ。
しょうがないとはいえ、暫く魔物方面での戦果は期待できなさそうだと、諦め交じりに息を吐きながら町を巡る。
今までは軽く市場を見て回る程度だったが、最近では規模のそこそこ大きそうな町だといつもこの調子だ。
マリーが何かしらの能力に秀でた人材を集めているせいか、他では見かけなかった回復効果が(中)のポーションや、初めて見る用途も分からない日用品がチラホラと売られていたりするし、何よりクアド商会の在庫にそろそろ不安を覚えてきたというのも大きい。
商会の売り物を根こそぎ回収したのは、ガルム聖王騎士国の時が最後。
以降は資産を抱えた悪党と出会えていないので、物が売れるばかりで補充が心許なくなってきていた。
それもあって地産と思われるモノは、食材から工芸品まで幅広く纏め買いしていたわけだが。
「んお?」
大通りの一角で珍しい光景が目に入り、俺の足が止まる。
路上で露店を開く姿などよく見かけるものだが、そのお店は地面ではなく、固定した馬車の幌を片側だけ捲って何かを並べていた。
大きな金属の器。
その中に蓋をされたいくつもの壺が並んでおり、よく見ると器の中は大量の氷と水が入っていて、壺の中身を冷やす目的でやっていることが分かる。
なんだこれ。
キッチンカーみたいな見た目も気になるが、冷やしているその中身も気になってしょうがない。
もしやこの世界ではまだ見かけたことがない氷菓子でも売っているのだろうか?
「あのー、これは何を売っているんですか?」
思わず問うと、おっさんは良い笑顔で壺の蓋を1つ開けてくれる。
目に飛び込んできた色。
そしてすぐに香る匂いが鼻をかすめて衝撃が走った。
「おおっと兄さん! こいつは糞じゃないんだからそんな顔して驚かないでくれよ。実は料理に様々な花を咲かせるとっておきの調味料でな」
「もしかしてソースですか!?」
パッと見の雰囲気が凄くそれっぽい。
興奮しながらその名を口にすると、おっさんは目を丸くしたあと、興味深そうに俺を見つめる。
「なんだ兄さん。もしかしてギアラン地方の出身か?」
「あー、いえ。風の噂でこのような調味料があるという話を耳にしてから興味があって、ずっと探していたんです」
「ほう。こいつを探し求めるとは、若いのに良い嗅覚をしている。どうだ? 俺が独自に考案したモノもあるし、特別に味見してみるか?」
言いながらおっさんが壺の蓋を次々に開けてくれる。
すると別の調味料でも入っているのかと思っていた中身は、赤みの強いモノからほぼ真っ黒というモノまで、ソースばかりがずらりと並んでいた。
聞いたことないけどこのおっさん、どうやらソースを専門に扱う人らしい。
「こいつは濃厚なコクと旨味の塊だ。出来上がった料理に合わせて直接掛けてもいいし、こいつを混ぜて煮込むことで味に深みが増す料理だって多い。それこそ俺が独自に調合したこいつなんかは、そこらのパンに付けただけでいくらでも――……」
おっさんが目の前で力説してくれる中、少しずつ手に垂らされたソースを舐めていくと、かなり甘さが際立つモノから舌に痛みを覚えるほど辛みが強いモノまで様々だ。
とんかつソースがあれば嬉しいくらいに思っていたけど、これはもう調味料というレベルじゃない。
先ほど舐めたのは記憶にあるグレイビーソースにかなり近かったし、今垂らされたのはハンバーグがすぐに思い浮かぶのだから、どう考えてたってデミグラスソースだろう。
「……これは全て、あなたが作られているのですか?」
「いや、正確には俺とカミさんの二人だ。こうして俺が売り歩いている間は代わりにカミさんが作ってるからな」
「なるほど……先ほどギアラン地方と言っていましたけど、そちらだとこの手のソースが多く出回っているわけですか」
探り探りの会話。
だが目の前のおっさんは気にした様子もなく、反応の良い俺に喜色を浮かべながら答えてくれる。
「だな。って言っても広まっているのは一部で、かなり手間が掛かるソースはそれなりの店や貴族様にしか卸していないはずだから、知らない連中の方が多いと思うが」
「そんな高価なソースを、わざわざ移動してまで……」
「ギアランの地で生まれた至高のソースだ。料理に革命が起きるほど美味いんだから他所にも広めてやりたいが、特にこれからの季節はあまり日持ちしなくてな。俺くらいしかこうして他所に回って売り歩けないんだ」
そう言うとおっさんは視線を落として、ブツブツと長ったらしい詠唱を唱え始める。
すると青紫の魔力が掌に灯り、その後すぐに拳大ほどの氷塊が2つ生まれて鉄の器に落ちていった。
「そのための氷か……凄いですね。これほど沢山のソースを作れて、尚且つ【氷魔法】まで扱えるなんて」
「凄いのは一からこれらのレシピを編み出した天才料理人ビスカだ。俺らは教わった作り方を忠実に再現しているだけだからな」
「……」
話しぶりからこの夫婦ではなく、別に生み出した人がいるだろうなと思っていたけど、なるほど。
天才料理人ビスカか……
対面できれば間違いなく判別できるのだから、会えるものなら会ってみたいところだが、さすがにこれ以上話を逸らしては失礼か。
そう判断しておっさんに本来の目的を告げる。
「とりあえず、全て売ってもらえますか? この味を広めたいという目的もあるようなので、無理がない程度で構いませんから」
「へ? 全てって、全種類ではなくここにあるのを全てか?」
「ええ。このトマトソースだけはパルモ砂国に近いのがあったかなというくらいで、他は今まで見かけたこともなかったので」
「い、いや待て待て。そんな安いもんじゃないし、さっきあまり日持ちしないって言っただろう? 凍らせておけばあと半月くらいは大丈夫だが、常温なら今日か明日には食べきらないと味や風味が落ちて腹を壊すぞ」
おっさんは心配そうに止めてくるも、その辺りは心配ない。
ボーラさんに渡せばレストランですぐに消費してしまうだろうし、俺だって肉や野菜にかけて食べたいのだから、今回の分は俺が個人的に収納しておいて、拠点の食事用にとっておいてもいいだろう。
それより今後、ボーラさん達がこれらのソースを再現できなかった場合に安定して手に入れられるのか。
そちらの方が俺にとっては重要だ。
「お金はもちろんこの場で支払いますし、喜んで食べそうな人達が僕の周りには多いですからね。消費しきれないという心配はないのですが、逆に不足した場合はどこで買い求めればいいのでしょう? そのギアラン地方にお店を構えているのなら、いずれ立ち寄った際はまた購入させてもらいたいんですけど」
「あ、ああ……西に延びるヒエゴ街道を馬車で6日から7日移動してバハラズマ山道を抜けると、その先がギアラン地方だ。玄関口となるカイナの宿場町からさらに5日ほど北西に向かったアニスタの町に俺の店『トムズソース店』がある……」
「ここから山を越えて内陸に入ったアニスタの町、そこにあるトムズソース店ですね……ありがとうございます」
結局店主のトムズさんは戸惑いながらも、この町にはまた来ればいいからと、壺ごと俺にソースを売ってくれた。
言われた代金を払い、次々と収納――と言っても端から見たらその場で消えたようにしか見えないだろうが、渡された壺を仕舞っていると、店主のトムズさんがボソリと呟く。
「見た目からして、そこらの町民ではないと思っていたが、兄さん……あんた、何者なんだ?」
「しがない旅人ですよ。ただあなたと同じように、素晴らしいソースの味をもっと多くの人達に知ってもらいたいなと思っただけです」
「……そうか」
手間を掛けてまで隠しはしないが、だからと言ってペラペラと素性を明かしたりもしない。
ここは敵地。
ニッカの受付嬢みたいに余計な先入観を持たれている可能性があるし、ビスカという人物が存命なのか。
まずはそこからだと思うが、仮に生きていて上手く隠れ潜んでいる場合、俺が異世界人であることが伝わると最悪は身を隠す可能性もありそうだしな。
まあどちらにせよ、こうして天才料理人と、さも当たり前のように吹聴されている時点で急ぐ必要まではない。
そう判断し、町の探索をひとしきり終えたあとは、沿岸部を南下しながらマッピング作業を再開させた。