作品タイトル不明
559話 海の魔物、ヤバいです
『ニッカ』の町から30分ほど南に歩けば到着する白い砂浜。
半島のように海へ突き出したこの浜辺がFランク狩場のようで、網を振り回しているパンイチ姿の爺さんから、木の棒を握ってギャーギャー騒ぐ子供達まで。
他の浜辺とはまったく違う賑わいを見せていた。
「ん~いい雰囲気だねぇ……」
魔物のいる狩場なのに、まるで近所の公園にでも来たような。
どこかほのぼのとさせられるこの光景に懐かしさを感じつつ、かなり久しぶりとなるFランク狩場に足を踏み入れる。
なんと言ってもここは海。
今までとはまるで環境が違う。
イーゴさんが用意してくれた資料に目を通すと、ザッと20種類くらいはまったく見覚えのない、もしくは名前だけしか知らない魔物がこの海にはいるようで、それは入門とも言えるFランク狩場であろうと変わらなかった。
所有するスキルは当然として、素材そのものの価値も、低位狩場であろうと見逃せない。
果たして当たりと言える魔物がいるのかどうか。
「よし、おしっこ飛ばしてきたぞ! 今のうちだ! 叩け叩け!」
少し離れた位置で子供達がフルボッコにしているのは、人の頭よりも大きいヤドカリみたいな魔物――あれが『キシュキシュ』か。
たぶん、殴られて詠唱を阻害されているのだろう。
木の棒の方が長くて全然届かないのに、それでも必死に振り回しているその異様に大きなハサミがとっても美味しそうに見えて、俺も思わずその姿を探す。
どれどれ。
おしっこと呼ばれていた【水魔法】を躱し、捕まえてすぐに貝殻から引き抜くと――うん、これはちょっとグロいが十分エビだな。
【鑑定】では可食と出ているし、茹でて食べればまず間違いなさそうである。
しかし、俺は元日本人。
食べられるのなら、やっぱり生でも食べたいわけで。
イーゴさんに言われた、海に限らず魔物に寄生虫は寄りつかないという言葉を信じ、ハサミを割って出てきたぷりぷりの身を口の中へ放り込む。
「おほぁ……このサイズでこの甘味とか、やっば……」
控えめに言ってもクソ美味い。
これは金を払ってでも、継続的に仕入れたいレベルのネタだ。
そう判断して早速『海鮮仕入れ候補』にキシュキシュとメモをしていると、視界の片隅で包丁を持った婆さんが貝と戦っていた。
「カーッ! 早く今晩のおかずにならんか!」
……凄いな、あの婆さん。
大きそうな二枚貝が放った風の刃を、あの包丁でぶった切ったのか?
そのまま滑り込むように貝の中へ包丁を突き刺し、強引に開いて中身を取り出していた。
なんというか、職人のような洗練された動きである。
ふーむ……あれも美味そうだな。
波で濡れた砂浜から少し顔を出している二枚貝の魔物――『ブリーズシェル』を見つけ、飛んでくる風の刃を手で払い除けながらテクテクと近付いていく。
うん、近付くと分かる、ハマグリなんて目じゃないこのデカさ。
持ち上げると貝のくせして派手に暴れるし、隙あらば【風魔法】を放とうとするし、そりゃあ魔物なんだからこのまま持ち帰れるわけないわなと。
先ほど婆さんがこの場で身を取り出していたことに納得しつつ貝を開くと、予想と違ってその中身はアサリやハマグリの類いではなく、ホタテや平貝に近い雰囲気を醸し出していた。
となると、小粒な魔石なんぞよりも遥かに存在感のある、まるでステーキのような貝柱に目がいくわけで。
可食と分かるや否や、俺は夢中で噛り付いて再び感動に震える。
「うおっ……なんという歯切れの良さ……それにこの濃厚な甘み……」
しかも大口開けて噛ったところで、少し欠けた程度にしか感じさせない大きさのなんと魅力的なことか。
こんな贅沢、今までの人生で味わったことがないし、これまた余裕の合格。
お次はちょっと醤油とバターを用意してリピート確定である。
というか、海の魔物ヤバくないか?
この世界は美味いモノが多いけど、こと魔物に関しては、ある程度ランクと味が比例するものだと思っていた。
しかし、海の魔物はFランクでこれ。
普通の町民が食材を求めに足を運んでいるし、この人混みを見ても、俺の味覚が日本の懐かしさ補正でバグっているなんてことではないだろう。
となると、まさか、アレもなのか……?
この狩場に生息している、最後の一種。
少し離れた砂浜を器用に歩いている、ピンク色をしたヒトデの魔物――『パロ』に目がいく。
ちょっとキモいし、所持するスキルや見た目からはまったく美味そうに見えないんだけど……
しかし周りは避けるでもなく、どちらかというと嬉々として狩っているのだ。
ならば今晩のおかずになるタイプなのだろうと拾い上げ、キシャーと威嚇するその口から真っ二つに割いてみる。
すると。
「うわー……」
ピンク色のツブツブをした何かがびっしりと詰まっており、見た目の気持ち悪さに思わず言葉を失う。
一応可食ではあるらしいし、魚卵と言われればそれっぽく見えるけど……
先ほどまでその辺りを歩いていたヒトデという、今まで間違いなく目にしたことのない不気味な情報が邪魔をして、コイツをわざわざ食べようとは思えない。
そんな俺を見兼ねたのか、網を握った裸の爺さんが心配そうに声を掛けてきた。
「なんじゃお前さん。見ない顔だが、どこか怪我でもしたのか?」
「あーいや、これってほんとに食べられるのかなーと思いまして……」
すると爺さん。
俺が背負っていた籠に軽く目を向け、フンと鼻を鳴らす。
「行商人が仕入れの見定めにビビっとったら仕事にならんじゃろうに。ほれ、指でホジりながらガブッといってみぃ。酸味と甘みが絶妙で、そこらの時期を外した果実より余程ほど美味いぞ」
そう言って指で掬うような仕草をする爺さんの網には、確かに目立つピンク色の死骸が何匹も放り込まれていた。
魔石と討伐部位だけが目的なら、わざわざこんな魔物を何匹も引き摺って歩いたりはしないか。
となると……うん、爺さんの言う通りだな。
かつて気合を入れながら食べたジャイアントワームと同じ。
こんなところでビビッてちゃ、俺自身が大きく損をする可能性だってある。
そう判断し、恐る恐る口に入れてすぐ脳裏を過ったのは、子供の頃によく食べていたグレープフルーツだった。
「お、おぉ……確かに、ちょっと強めの酸味と甘みがなかなか……それにこのツブツブも割るたびに味が広がるし、こうして食べてみると新鮮でなんか良いですね」
「じゃろ? まぁたまに当たって、ちろっと腹を下したりはするがな! んがははっ!」
「え゛!?」
「でもこの町じゃ大人も子供も、食後にはだいたいコイツを食うのが習慣じゃ。足が早いから、なかなか外にまでは運ばれんようじゃがのぉ」
「なるほど。じゃあもし僕が仕入れられ――……って、いやいや、それはまだ早計か」
「んがはは! まずは一人前になって、少年には良い馬車を用意してもらわんとな。期待しとるぞー!」
何を勘違いしたのか。
パンパンと肩を叩き、笑いながら次の獲物へと向かっていく爺さんの後ろ姿を眺めながら、少しばかり海産物の仕入れについて考える。
同じアルバート国内でも、内陸の一部に多少干物が出回っていた程度。
それにこの地でレモラを求める声に触発されたせいか、これだけ美味しいならみんなにもって。
まず間違いなく、俺自身が動かなければベザートにこの手の海産物は届かないからこそ、勝手に使命感のようなものを感じてしまっていたが……
そもそもそんな食文化もなかった人達に、この手の食材が喜ばれるのかなんて分からないのだ。
結局はベザートに住む人達の反応と、あとはクアド商会での売れ行き次第。
ここで焦ってもしょうがないだろうと小さく首を振り、改めて魔物のスキルに目を向ける。
先ほど爺さんは"たまに当たる"と言っていたけど、その原因はたぶんコイツの所持するスキルのせい。
名前からして十中八九はグレー文字だろうけど……
それでもまずは、今までありそうでなかった【毒牙】というスキルを、最低でもレベル3くらいまではゲットしておかないとな。
――【広域探査】――『パロ』
一人そんなことを思いながら、先ほど倒したピンク色のヒトデに目を向けた。