軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

556話 海の狩場

新しい町に着いたらまずはハンターギルドと傭兵ギルドに立ち寄り、軽く情報収集してからその町の市場を回るのがお決まりの流れだった。

しかし、辿り着いたこの港町、『ニッカ』は違う。

真っ先に向かったのは様々な店が立ち並ぶ商店街で、止まらなくなってきたヨダレを呑み込みながら首を忙しなく左右へ振る。

「違う……ここも違う……ここは……あっ、すっごいそそられるけど今じゃない……こっちのお店はどうかな……」

飲食店から漂う香ばしい香りと店先の様子から、おおよそ何を提供しているのかは想像がついた。

だが、今俺が求めているモノは違うのだ。

ずっとずっと、ずーっと食べたいと思いながら我慢していたアレ。

それがまず、この町にあるのかどうかだが。

「ふお……ッ!」

スキルでスーパーな視力を獲得している俺は見逃さない。

調理場で、その皿に盛られているモノ!

それはまさしく、『アレ』ではないのかね!?

チャーハンを発見した時以来の高揚感を覚えながら凄まじい速度で店に駆け寄ると、店内は注文待ちであろう老夫婦が一組いるだけだった。

うーん。

期待に満ち溢れて突撃する店はいつも空いているなと、不思議に思いながら店内へ。

着席してすぐ目に入ったメニューを見て、俺は勝利を確信する。

「ははっ……『お刺身定食』とか、いつ以来だよ……!」

ボイス湖畔で 蟹(マッドクラブ) を生で食ったというのはあるけれども。

それ以外だと初っ端の遭難中に腹が減り過ぎて噛った、味のしない川魚くらいしか記憶にない。

まともな生魚なんて、それこそ日本にいた時以来。

あまりにも久しぶりの刺身に、心が躍りまくってケツが浮いてしまいそうな勢いである。

しかし……

どれどれと、紐で結ばれた木板のメニューを捲ったところで謎の数字が視界に入り、思わず三度見をしてしまう。

「レ、レモラの刺身定食、40万ビーケだと……?」

いやいや、ぶっ飛びすぎだろ、このお刺身定食。

普通のは2000ビーケとか3000ビーケくらいなのに、1つだけ異次元な存在感を示しているこのネタはなんなのか。

「ほーいお待たせ、青魚とイカ、それに貝の盛り合わせだよ。お酒のおかわり持ってこようか?」

「ああ、それじゃ妻の分も頼むよ」

「ふふふ、今日も美味しそうねぇ」

「……」

皿に盛られた海鮮の山。

運ばれる先客の料理にゴクリと喉が鳴るも、やはり気になるのはこのアホみたいな値段の料理だ。

まだ俺が読んだ本の中ではこの名前を見た記憶がないし、もしやレモラとは、黄金ガエルのようなレア魔物の食材なのだろうか?

「あの、このレモラっていうのはかなり希少な魚なんですか?」

だから聞いた。

すると店主は少し驚いたような表情を浮かべる。

「ん? 大きな籠を背負ってたし、てっきりグリニッドから来た行商かと思ったら……お兄さんは別の国から?」

「ええ、もっと西の方から行商とハンターをしつつ旅をしておりまして、先ほどようやく海に辿り着いたんです」

「へ~内陸から来たんじゃ知らなくてもしょうがないね。ハンターもやってるなら、レモラはCランクの魔物って言った方が分かりやすいかな? 昔は祝い事で口にできる程度の高級魚だったんだけど、今となっては滅多に入ってこないこともあって、とてつもない値がつくようになっちゃってさぁ……」

「なるほど……んん?」

目を細めながら壁のメニューを眺める店主の言葉に、一度納得しかけた首がどんどん傾く。

Cランクの希少な魔物だから価値が高いというのは分かるけど、昔はもっと庶民的だったというのはどういうことだろうか?

希少種なんて今も昔も、出会える数にそう大きな変化は生まれないと思うんだが……

それともまさか、魔物なのに絶滅危惧種なんて、そんなことがあり得るのか?

「えーと、このレモラっていうのは、滅多に発見できない希少種だから高いってことですよね?」

「ん~滅多に発見できないのはその通りなんだけど、希少種っていうのとはまた違うんじゃないかな。どこかには大量にいるんだろうし」

「へ?」

「あーいや、なんて言ったらいいんだろ……僕もまだ子供の頃だったからあまり詳しくはないんだけど、なんでか魚人との取引が無くなったせいで海洋の魔物が入ってこなくなったんだ。ねぇゲンさん、そういうことでいいんだよね?」

店主が話を振ったため、自然と俺の視線もそちらへ向く。

ゲンさんと呼ばれた身なりのいい老人は先ほどから気持ちよさそうに酒を呷っていたが、トンとグラスを机に置いた時には眉間に深い皺を寄せていた。

「そうだな。まだこの地がアルバートに統合される前、私が『トマリ』の商業ギルドにいた時だから、もう20年くらいは経つか……」

まだアルバートにのみ込まれる前の話。

もうこの時点で嫌な予感しかしないが……

「少年、君はハンターでもあるというが、例えば海の魔物を狩りたいとなったらどうするね?」

唐突に振られた質問によって思考が切り替わる。

まさにこれから、俺は海の魔物を狩ろうとしているわけで。

ゲンさんと呼ばれた老人はまだ酔っている様子もなく、どこか試すような視線を向けてくるものだから、何か意味があるのだろうと真剣に答えを探す。

「まずはハンターギルドに行って、周辺の狩場情報を得ますね。それで、狩場が浜辺くらいならまぁいいとして、沖合とかになったら……うーん」

海上から攻撃を加えて済むならそれでいい。

が、海中に潜っていて魔物の姿が見えないようなら、【水魔法】で気合の制御をしつつ一時的に潜るか、もしくは釣りの要領で撒き餌でもして、海面付近まで誘き寄せるという手もあるのかな。

ステータスが存在することで、俺自身がどれほど水圧に耐えられるのか。

実際に試してみなければ分からないことも多い。

経験がまったくないことで悩む俺のそんな姿を、ゲンさんは面白そうに眺めながら口を開いた。

「海の魔物は陸と大きく違うぞ? まず君は狩場情報を探るというが、狩場が明確なのは君が大丈夫だろうと予想した浜辺くらい。陸地から見える程度の近海であろうと、なんら目印や境界のない海では魔物の生息域すら曖昧だ」

「なるほど……」

「加えてより狂暴で大型な高ランクの魔物を狙おうと思えば、必然的に陸から離れて沖へ出ることになる。船を借り、船頭を雇って無事その周辺海域に辿り着けたとしても、そこから海中の魔物を釣り出し、どう狩って町まで持ち帰るか。それに地図が世に出始めたことで今後に期待する声も多いようだが、未だまともな海図もないこの世の中では、一獲千金を狙って沖へ向かうも陸へ戻ってこれずに遭難する事例だって多い」

「あー……だから魚人以外ではまともに狩れず、取引が止まって20年以上経った今でも希少性と価値だけが跳ね上がっているというわけですか」

「そういうことだ。まだ若いというのに中々察しがいいな、少年」

そう言って店主が持ってきた新しいお酒をグイッと気持ち良さそうに口へ含み、その隙に奥さんは……んん?

まさか、あれは醤油か?

記憶よりもかなり色味の薄い茶色の液体を皿に垂らし、待ちきれないとばかりに刺身を摘まむ。

俺もとりあえず注文だけはしておきたいが、どうにもゲンさんの纏わせる勉強会のような雰囲気がそうさせてもらえない。

「海洋の魔物は、水中での活動を容易に行なえる魚人種の専売だ。人間や他の亜人ではまったく太刀打ちできないし、沖にあるとされるBランク以上の狩場に至っては、魚人の案内がなければまともに辿り着くことすらできん」

「となると、気になるのはなぜ魚人が取引を止めてしまったか、ですよね」

「うむ……足の代わりにヒレを持つ彼らは、逆に陸地の魔物を満足に狩れない。だからこそ、持ちつ持たれつの関係が築けていたはずなのだがな」

「……つまり、取引が止まってしまった原因は分からないと?」

そう聞こえたため一応確認をするが、ゲンさんは大きく首を横に振る。

「いや、止まった原因ははっきりとしている。なんせ私も当時、商業ギルドの職員として現場に立ち会っていたのだ。何度もその光景を目の当たりにしていた」

「……」

「原因は魚人達の不可解で一方的な取引条件の引き上げだ。釣り合いが取れていないとある時から急に不満を漏らし、最初のうちはその条件を飲んでいたが……際限なく上がっていく要求にしびれを切らして、当時の商業ギルド支局長が魚人種との全面的な取引の停止を商人達に命じたことが決定打となった。それ以降、ぱったりと魚人種の姿を見かけることはなくなったからな」

「ということは、魚人達もその状況に不満を漏らしたり抗わなかったということですよね?」

「うむ……だから不可解なのだ。彼らは海洋の魔物を抱える代わりに、陸地の魔物を――いや、それだけではないか。鉄器や生地、それに彼らが喜んでいた宝石類だって手に入れる機会を失った。彼らにとっても相当大きな痛手であるはずなのだがな」

となれば、答えは簡単だ。

「でもそれって、この地域というか……アルバートにのまれる以前の国だけに起きた話ですよね?」

その手の暗躍を得意とする人物が裏で手を回した。

テリア公国と同じ、狙った国を弱らせるために取った手段の一つ。

そう思っていたわけだが。

「いや、違う。当時はまだそこまで大きくなかったアルバートも、それに北のグリニッドや南のマラガだって同様の問題を抱えて品が薄くなっていた。だから商業ギルドが下した決定も旧サターニア王国だけでなく、魚人種と取引をしていた4国が共同で動いた内容だったことは間違いない。足並みを揃え、魚人達の目を覚まさせようという狙いが強く含まれていたからな」

「あ、あら……?」

「だから、マラガやサターニアがアルバートに併合された今となっても、この問題は解決されていないのだよ、少年」

「あ」

考えてみればその通りである。

強欲ババアの差し金なら、国を吸収した後も制限を掛ける必要性は薄い。

属国であることを後々公表したテリア公国と違い、ここは紛れもなくアルバート王国の領土であることを、【地図作成】のスキルが証明してくれているのだから。

「うーん……」

「あなた、いい加減その辺りにしておかないと、この子がいつになっても食べられないじゃない。それにあなたの分のお刺身だってもうないわよ」

「んなっ! いつの間に!?」

「そうやってクドクドと、回りくどい話なんかしているからよ。パッと結論を言ってあげなさいよ、パッと!」

「ち、違うんだ、母さん。長年貴族を相手に仕事をしているとね、こんな癖がよくついてしまうもので……」

「そうやって若くて目のありそうな子を見つけると、すぐ調子に乗るんだから!」

これは――……喧嘩ではない、のかな。

完全に奥さんの勢いに負けてしまっているゲンさんを少し哀れに感じ、いろいろと教えてもらったお礼にと声を掛ける。

「いやいや、貴重な情報には感謝していますから。お礼にご馳走しますので、どうぞお二人とも好きなモノを注文してください。あ、店主さん、僕はこのレモラのお刺身定食というやつで。海を見れた記念に、どんなモノか食べてみたいです」

「「!?」」

「お、おおっ!? その若さでこの定食を頼むとは……でも済まないねお兄さん、レモラは今日入ってないんだよ」

「あ、そうなんですかぁ残念……なら、お刺身の盛り合わせ定食にしようかな……とりあえず5人前で」

「「「!!?」」」

こちとらお腹が空き過ぎて死にそうなのだ。

早々と注文を決め、テーブルの上に置かれた茶色い液体を手に取り少し舐めてみると――

「おぉ……!」

俺が知っている味とは少し違うけど、それでも醤油っぽい味がしっかりしている。

まさかマヨネーズやソースよりも先に醤油が見つかるとは……

となると、もしかして味噌も探せばこの国にあるのだろうか?

(ふふ……ふふふっ……食も海の魔物も、だいぶ俺好みの展開になってきたじゃない)

海で早く魔物を狩りたいのに、市場で探すモノはいっぱいあるし、その前に通りで見かけた海鮮焼きだって食べておきたいし。

ああ、やりたいことで溢れた日常の、なんと幸せなことか。

「ほーいお待たせ、とりあえずお刺身の盛り合わせ3人前だよ。今朝取れた新鮮なやつばっかりだから沢山食べてってね~残りの2人前は別のネタにしてあげるから」

「おほーありがとうございます!」

数年ぶりとなるまともなお刺身を味わいながら、ゲンさんから貰った情報も加味しつつ今後の行動計画を練っていった。