作品タイトル不明
553話 人生の転機
「ニローさん、さすがにそろそろ切り上げましょうか」
「い、いえ、あと1度か、2度くらいであれば……!」
「いやいや、8度もこなせば十分情報は得られましたから」
息も絶え絶えといった様子のニローさんにそう告げると、内心では相当しんどかったのだろう。
気持ちが途切れたようにその場でボテッと尻もちをついた。
そんなニローさんの横に俺も腰掛け、強力過ぎると感じた【神磔】の仕様とその欠点を後々のために纏めていく。
まず一つ、魔力消費量は具体的な数字までは分からないけど、かなり重い。
パワレベの影響で現在推定レベル60前後くらいだと思われるニローさんが、たった8度の使用だけで身体の強い渇きを感じると言うのだ。
スキルボーナスの加算分もあるし、ニローさんの魔力初期値なんて分かりようもないので、総量は予測でしかないけど……
たぶん1度に100か200。
レベル1でもこのくらいの魔力は消費しているのだろうと思われる。
加えてこの疲労っぷりだ。
動いてもいないのに、3度目から急に息を切らし始めたことで何かあると疑ったが、疲れと身体の芯からダルさを感じるという症状は、俺自身が【闘気術】を使用した時と酷似していた。
つまり、体力の消費だ。
その分使用回数の制限はないように思えるけど、たぶん並みの人間では10度も連発しては撃てない。
というより、仮に4度5度と短時間で撃てば、もうそこからは自分自身がその場から逃げる余裕などなくなる。
そんなリスクあるスキルにもかかわらず、検証した結果スキルの射程は僅か5メートル程度と、スキルレベルの上昇によって延びる可能性はあるにしても、かなり対象に近寄らなければ発動もできない。
加えて"重ね掛け"はできず、一度かかったスキルの効果は1分毎の効果切れを確認してからでないと再発動できなかった。
つまり、対象を長く拘束させておきたいなら、ずっと射程圏内の5メートル付近にいなければいけないということだ。
これだけ分かれば、もう問題はない。
ニローさんが今後このスキルを運用する上で、気を付けなければいけない部分も浮き彫りになったし、俺がいずれどこかで食らうことを想定した時も、これだけ情報を拾えていれば十分対策が取れる。
「僕はもう把握できたんで、ニローさんにこれは渡しておきます。特に体力の消費は表面上の一時的なモノでなく、数日身体が動かせなくなるような深いモノでしょうから、連続使用は極力控えてくださいね。そんなことをしなくても、今のニローさんなら大抵の人間は捕まえられるはずなので」
「そう、ですな……この疲れが普通と、違うことくらいは分かります。しかし、使い方次第で、このスキルは大きく、化ける」
「ええ、だからファンメル教皇国が情報を表に出さないように、僕達もこのスキルの情報は秘匿しておきましょう。その方がいざという場面で大きな効果を生みますし、ニローさんの安全を確保することにも繋がるでしょうから」
「承知しました。ふふふ、私と、ロキ王様との秘密……こういうのもなんだか、いいものですな……」
「はは……できればおじさんとではなく、女性と秘密は共有したいものですけど」
「確かに、言いながら、私も、同じことを思いました」
柔らかい赤土が剥き出しの、何もない場所で男二人が笑い合う。
強い武器を得られたのと同時に、重い枷を背負わせてしまった気もするけど……
こうして本人がやる気になっているのだ。
ならば、俺が止める理由なんてない。
諜報部の長として、本当に必要な場面が来た時にはこのスキルを使って拘束、場を制圧してくれる。
そんな未来に期待しながら、俺達は町に帰還。
一応ヤーゴフさんと、それに面識はあったようだが支配人のウィルズさんも紹介し、こうして初の公的機関とも言える『暗部』がひっそりとアースガルド王国に誕生した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
ベザートの南側。
川の反対側に見えた"移民区"と呼ばれる広い土地を通過し、いずれこの辺りが中心部になるという、まだ資材ばかりが目立つ開けた土地や、先ほどまで実験を行なっていた、この辺りで畜産業を行なうという西区の広大な更地も通過したさらにその先。
道の終点となる森の入口で、運ばれてきた大量の積み荷を順に降ろす。
「本当にここでいいのか?」
「ええ、いずれこの辺りも拓けるということですし、私の仕事はあまり表に出るような類いのモノではありませんのでな」
「そうか……まぁボスが絡んでいるんなら問題ないか。また足りないモノがあったら言ってくれ」
そう言って馬車を牽きながら帰っていく大柄な男と、見たこともない赤毛の立派な巨馬に目を向ける。
「ふぅ……全くもってありえんな」
ロキ王様の希望もあり、【心眼】は最大のレベル10になるよう調整をした。
つまり今は、ほぼ全てと言っていいほど、視界に収めた対象のスキルを見通せるようになったわけだ。
だからこそ、【魔物使役】レベル8などという……
国が大事に抱えて重用し、場合によってはその有用性から存在自体を伏せる可能性すらあるような能力の持ち主が、当たり前のように商会の荷運びなどをやっているという事実にただただ驚愕する。
それに仮住まい用にと割り当てられたあの部屋。
一応隣人に挨拶をと思って顔を出したら、寝癖を跳ね散らかした不健康そうな女が現れたが……あの女に至ってはロキ王様と同じ。
そもそもスキルを見通すことすらできなかった。
つまり、【隠蔽】のレベルが10であるということ。
そんな人間がよく見る一般的な者達に混ざって生活をしているのだから、ほとほとアースガルドという国の異質さが窺い知れる。
どのような事情かは分からぬし、住民である以上余計な詮索をするつもりもないが、きっと私と同じ。
ロキ王様に押し上げられた者達なのだろう。
「ここから、始まるのだな……」
随分と軽く感じる家具を担いで川を渡ると、少し森に入った大樹の根本には地下へと続く階段が。
いずれはこの辺りも伐採し、その時に上物を町の大工に作らせるという話だったが、石造りの広い地下空間だけは先ほどロキ王様に造っていただいていた。
私を含む諜報員の詰所で、いくつかの大部屋と個室がズラリと並び、尋問部屋や牢屋、それに倉庫としても今後活用できるようになっている。
その部屋の一室。
やや他よりは大きめの部屋に、運んできた家具や目を剥くほど高額な魔道具を置き、椅子に深く腰掛けながら一人思考に耽る。
まさか、こうまでとんとん拍子に話が進むとは思わなかった。
なにせ私が望んだのは諜報だ。
出自や家族構成などの身辺調査くらいは入って当然であるし、本来ならば諜報員とは志願者を採るなどという危険は冒さず、勧誘によって能動的に人員を確保するもの。
最初の出会いからして決して良いモノとは言えず、だからこそ駄目元であろうと、家族にも言わぬままこうして訪れ、私なりに正直な気持ちを伝えたつもりだったが……
そんな私を、こうもあっさりと信用してくれた。
そして、夢にも思わないほどの能力を与えてくれた。
あの内を覗くような目は、ただ人が良いなんてことでは決してない。
信じるに足ると、そう判断し、長官などという立場まで用意してくれたのだ。
「これほどの高ぶりは……いや、人生でも間違いなく、経験のないものだな……」
僅かに震える自らの手を見つめていると、自然とそんな言葉が口から吐き出された。
まさに、人生の転機。
ここからは同じ日陰でも、今までとはまったく質の異なる日々が始まるのだ。
この恩は何があろうと必ずお返しする。
そのためにも――
「まずは人材の勧誘と、大掃除ですかな」
この町は、あまりにも小蠅が目立つ。
アースガルドと、そしてラグリースを掻き回す存在など、私が決して許しはしない。
いくつかの道具を持って一人静かに階段を上がると、既に外は月明りもない闇に染まっていた。