作品タイトル不明
549話 それぞれの思惑
Sランク狩場を保有する大陸北東のアイオネスト王国と並び、東部最大の大国と称されるアルバート王国。
テリア公国の東端からそんな国を広く眺め、どう攻めようかと思案する。
といっても、このタイミングで大々的に攻撃を仕掛けようなんて、そんなアホなことをしてベザートを危険に晒すつもりはない。
けれど俺に標的を変え、これでもかというくらいの嫌がらせをしてきたのだから、マリーを抱えるアルバート王国は紛れもない敵国。
そんな国を相手に、商業ルートの開拓なんていうポジティブな考えで地図を作る気にはなれなかった。
だから今回やろうとしているのはただのマッピングではなく、嫌がらせのためのスーパーマッピングだ。
より詳しい地図を作って丸裸にし、ギャフンと言わせてやる。
そんな計画を引っ提げ、どんな地図を作れそうか暫し唸っていたわけだが。
「んー……とりあえず、レベルを上げてみるか」
【地図作成】はレベルを上げる毎に拡張されていく印象があったので、それらの内容を確認してからでも遅くはないという結論に至る。
【転換】の余剰経験値を確認すると『7,250,692』。
中途半端に100万だけ経験値を突っ込んでしまっていたので、できればあと1900万を早いとこ溜めて『転換』のスキルをレベル9に上げ、さらに溜めているスキルポイントでレベル10を一気に狙いたいところだが――
《夢幻の穴》の城内地下にいた、【剣術】Lv5持ちのデスナイトでそこそこ余剰経験値は稼げているからな。
30万ポイントくらいは必要経費だと思って割り切ろうと判断し、【地図作成】のレベルを上げていく。
さて、どんな機能が追加されるのか。
『【地図作成】Lv5を取得しました』
【地図作成】Lv5 地図上にスキル使用者が認知している土地や地域名称を大枠で加えることが可能
「昔フィーリルが言っていたやつがこれか? 手書きでメモしなくて済むから地味に嬉しいやつだな……次」
『【地図作成】Lv6を取得しました』
【地図作成】Lv6 5倍までの縮小、拡大が可能
「えーと、5倍だと……あ~小さい村までいけて、川に架かる橋もギリ反映される感じか。オッケー、次」
『【地図作成】Lv7を取得しました』
【地図作成】Lv7 任意で等高線を反映させることが可能
「……なるほど?」
言いながらも、突然10年以上聞かなかった言葉が表示されたため、数秒固まる。
等高線って、久しく見た記憶がないアレのことだろうか?
そう思いながら地図に反映させてみると、重なるように浮かび上がるアメーバみたいなウニウニした数多の線。
やっぱりそうだ。
どうやら地図に、高さの表示が追加されたらしい。
うーん……
【自動書記】任せとは言え、この線を売り物の地図に反映させるとなると物凄く時間がかかるだろうし、そもそもこの世界の人って、等高線の意味を説明なしに理解できるのかって疑問はあるが。
でもまぁ、軍事目的としての利用を考えるなら、土地の高低差も把握できた方が有利に事が進むのは間違いないだろうし、決して他国に握られて気持ちのいい情報ではないだろう。
アルバート専用と思えば、俺も描き起こす気力が湧いてくるしな。
「さーて、それじゃまずは国の輪郭を確認して、そこから余さず、マリーの領地や根城なんかも割り出してやりますかね」
言いながらヒョイッと足場の岩を蹴りあげ、【飛行】を開始。
アルバート王国のマッピングをついにスタートさせた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
ロキがアルバートに入って数日後。
某所にて、慌ただしく廊下を駆ける人物がいた。
「マリー様、緊急です。北西部『サンタナ』の近郊で、国境を監視する複数名の兵士が、空飛ぶ人物を目撃したと……」
「はぁ………入んな」
扉越しでも分かる、長く深い溜息。
若執事シェムは、それでも声色から機嫌が頗る悪いわけではなさそうなことに安堵しつつ、マリーに報告書を渡す。
「北東に向かって飛行する、明らかに鳥とは異なる黒い人型か。こうなると分かっていたんだから、今更驚きはしないが……」
「しかし想定していたよりも、だいぶ早いですよね」
ラグリースから東へ東へと進路を取っていたのだ。
ガルムで一悶着があってから、まだ一月ほど。
マリーからすれば遅かれ早かれとは思っていたわけだが、そうだとしてもあまりに早い。
「テリアとスチアの地図はどうなっている?」
「まだ市販化まではされていないようですが、テリア公国の方はもう準備段階に入っているという報告が入っています」
「スチアは?」
「えっと、そちらはまだ、一切報告がありません」
「ということは、一月も掛からずあの小僧はテリアの地図を作り、そのままうちに入ってきたってわけかい」
「こちらに近づくほど、地図の出来上がる速度が早くなってきているような?」
「間違いない。となると、スキルレベルが上がっていると考えるのが自然か……」
敵ではあるも、かつては地図が当たり前の世界に生き、その有用性を十分理解している異世界人だからこそ、マリーはその驚異的な能力に舌を巻く。
市販化された順番を考えれば、地図を誰が生み出しているかはすぐに見当がついていた。
奴隷化でもして手中に収めれば、どれほどの富と力を齎すことか。
と、同時に出てきた引っ掛かり。
「しかしなぜ、スチアは飛ばした?」
南北に繋がるガルム聖王騎士国、パルモ砂国は既に地図が出回っており、エリオン共和国も地図は公表されていないが、ハンスと共闘するくらいなのだから出入りくらいはしているだろう。
にも拘わらず、その間にあるスチア連邦には寄らずアルバートへ入ってきていることに、僅かながらの違和感を覚える。
だが、若執事シェムにとっては当然のことだったらしい。
「それはやはり、怒っているからでは? すぐアルバートに乗り込んで攻撃を仕掛けるほどではないにしても、大陸中の嫌われ者にする策は途中で撤退せざるを得なくなったことでバレてしまった可能性が高そうですし、学院通いも中断させられたわけですから」
「ふん、予定を狂わされているのなんてお互い様。損失の規模で言うならこっちが怒りに任せて、豆粒程度の小さな町を吹き飛ばしてやりたいくらいだ」
「は、はは……たしかに」
言いながらマリーは別の可能性――人の命を軽んじるような策を用いたことが、くだらない正義感を持つ小僧の癇に障った可能性もあるのではと予想したが。
どちらにせよ、派手な動きはまず取らないし、取れない。
テリアを経由しているのなら感情に任せてということは考えにくいし、現状唯一確認できる、ロキの治める町――ベザートの様子を聞いてもまず攻勢をかけることが目的ではないと踏んでいた。
「国に連絡しておきな。間違っても国軍なんて引っ張り出して、事を大きくするんじゃないとね」
「承知しました。しかし、それではあの異世界人を好きにさせ、我が国の地図まで作られてしまうのでは?」
シェムが感じた当然の疑問。
これにマリーは、分かっていると言わんばかりに眉間に深い皺を寄せる。
「んなことは分かってるんだよ。だが、どう止める? 強硬策に出ればハンスまでしゃしゃり出てくるかもしれないこの状況で、おまえは止められる術でもあんのかい」
問われ、シェムは嫌な汗を感じながら必死に思考する。
ここで口籠っては、それこそ逆鱗に触れてしまうと経験上理解していたからだ。
「と、止める術は確かにないのかもしれません……しかし、公表すればベザートを襲うと伝え、出来上がった地図をこちらで買い取るなどの交渉に持ち込むことはできるのでは?」
この答えに片眉を上げ、すぐさま言葉を返すマリー。
「少しはマシな答えが返ってくるようになってきたが、それでも30点だね」
「うっ」
「8割……いや、小僧なら9割は成功しそうなものだが、それでも脅しの言葉はそのままこちらに跳ね返ってくる可能性がある。実行に移せるほどの力ある相手に『襲う』なんて言葉を使って、残りの1割を引いたらどうなると思う?」
「逆に、こちらが襲われるわけですか……」
「最悪は、ハンスまで使役する魔物と共に先手を打ってくるだろう。それでも大きな見返りがあり、先々の展望がより明るくなるのであれば交渉に持ち込む価値は十二分にあるが、今はまだこちらが大損する可能性の方が遥かに大きい」
ロキの性格をより深く読み解けていれば、あるいは考え方、答えが変わったかもしれない。
しかし、今までどれほど上手く隠れ、力を蓄えてきたのか。
ここ1年ほどで急に名が浮上してきたばかりの、出自もはっきりとしない人物が相手では、その者の『質』を正確に読み解けるほどの材料は得られていなかった。
「それに地図は、何も不利益ばかりを被るわけじゃない」
「そうなのですか?」
「ああ、公表されれば新たな販路としてその土地は注目される。しかもその国が大陸一豊かなアルバート王国だったとしたらどうなる?」
「お、おぉ……私が他国の商人でしたら、稼げると見込んで足繁く通うかと。事実、この国はどこよりも様々な物で溢れていますし、交易も盛んです」
「ガルムの件で煩く喚いている貴族連中は多いが、どうせ地図があろうとなかろうと既に周辺国の多くは牙を抜いているんだ。ハンスと、それに西の連中にまでうちの地図が流れるのだけは厄介だが……ロキはうちだけを標的にまっすぐ東へ向かってきたわけじゃないんだから、大陸中央も、それに西方だって同じように、あの小僧は次々と地図を作って世に公表していくつもりなんだろう。だったら今のうちは好きにさせとけりゃいいんだよ。このペースなら西側のケリがつく前に大陸広域の地図は完成し、ついでに地図を作りにいった小僧が西の戦争に首を突っ込むことになる」
そう言いながら狡猾に笑うマリーの姿を目にして、若執事シェムは機嫌がさほど悪くなかった理由をここでようやく理解する。
マリー様はこうなるであろうことを予め分かっていたのだ。
地図を公表されることでの利益と不利益はどちらもあるが、利益の方が格段に多いと見込んでいる。
話の通り、隣国の多くは産業や戦力などを抜き取られ、アルバートにとっての利益に繋がる動きを取りながら壁の役割を担っているだけ。
とてもじゃないが攻め込める状況ではないし、マリー様がいなければこの国は瞬く間に凋落するのだから、貴族連中が騒いだところで王家がマリー様に物言いできるわけもない。
現状考えられる障害は、ちょっかいをかけた途端に途方もない反撃が来る獣人の国――エリオン共和国と、拒絶だけで未だ詳細が何も分からない魔境の亜人達。
そして今、最も危険視されている異世界人ロキくらいのものだ。
西はこちらに目を向けている余裕などないのだから、障害にもなりはしない。
ならば、問題ないだろう。
「シェム、相手は【空間魔法】所持者なんだから途切れ途切れだっていい。追えるだけロキの動きを追うよう指示を出しておきな」
「それは、地図以外の目的を探るため、ですか?」
「ふん、分かってきたじゃないか。人という欲深い生き物なら必ず目的は複数あるんだ。それこそ私を直接殺るために、この屋敷を探り当てようとしているのかもしれないしねぇ……ふふふ」
「……」
マリー様が久方振りに余裕を見せているのだから、ようやく本調子を取り戻したということ。
そう判断し、シェムはマリーの指示を遂行すべく一礼したあと、来た時よりも軽い足取りで廊下を駆けていった。