作品タイトル不明
523話 3つの手紙
反乱軍による王都攻めが失敗してから2日。
時刻は既に夕方だが、テリア公国の西端とも言える中規模の交易都市『ウバル』に俺は到着していた。
町の中は武装した兵士が目立ち、身なりやスキル構成から明らかに傭兵と思われる連中の姿も多く見かける。
このような光景、他所の町ではまず見られないのだから、ガルムに攻め入る準備はできているという、ダムラット辺境伯の言葉が偽りでないことはすぐに分かったわけだが……
情報が錯綜しているのか。
明らかに町の中は混乱しており、先ほどから店で食事休憩する俺の前を、幾人もの兵士達が焦った様子で駆けてゆく。
「今度はルベンの見張り塔からだ! 国境のガルム兵がさらに増加して数は約500! もう明らかに見張りの数じゃない!」
「どうなってるんだ!? 連中は自分達の王都を攻めたんじゃなかったのかよ!?」
「知るか! まさかあいつら、ここにきて負けちまったんじゃないのか?」
「攻め込んでまだ2日だぞ? 仮に負けたんなら生きてここにいる方がおかしいだろ」
「じゃあ勝った……ん? いやいや、勝ったんなら余計に意味が分からねーし。あっ、もしかして、初めから攻めたように見せかけておいて、実は攻めていないんじゃ……?」
「……あの騎士道とやらに煩い聖王騎士が、民や土地を捨てて隣国に逃げるなど考えにくいか。俺は至急本部に知らせてくるから、誰か第四と第五部隊の様子を見てきてくれ!」
「……」
今のガルムに攻めの考えなどない。
反乱軍が長く抱えていた、裏の事情を漏らせば始まるというテリアとパルモの侵攻に少しでも備えようとしているだけだろう。
しかし、相対する相手からの見え方は違う。
攻められる理由に心当たりがあるのならば、尚更に。
(ウォズニアク王は早急に手紙を送りつけるって言っていたけど、まだ届いていないのかな……)
このままでは、お互いが疑心暗鬼の中で戦争に発展し兼ねない。
本来ならば、俺が気にする場面ではないのだろうけど……
食事の手を止め、暫し考えを巡らせていたところで街中に警笛が鳴り、明らかに【拡声】だと分かる野太い声が響き渡る。
「ゼクオン将軍閣下からの緊急招集命令である! ウバル配属のテリア兵及び雇用された傭兵は、前線部隊を残して至急バグラム聖堂前に集合されよ! 繰り返す、ゼクオン将軍閣下からの緊急招集――……」
この声に強く反応し、表情を強張らせながら、一斉に同じ方面へ向かっていく兵士達。
なるほど、この町には将軍もいるわけか。
階級制度は国によって違うのだから、はっきりとしたことは分からない。
でもこれがダムラット辺境伯を脅した時に居合わせた、テリア国軍のトップであるならば――。
「あんた、緊急招集だぞ。話を聞いてなかったのか?」
「え?」
それは唐突な声掛けだった。
振り返るとそこには、先ほどまで少し離れた席で飯を食っていたはずの、革鎧を身に纏う男が立っていた。
「見ない顔だが、その身なりはあんたも傭兵だろう? 契約中は一時的に軍の指揮下に入ってんだから、こんな時間でも一応顔は出しておかないと後でドヤされるぞ?」
「そうですね……なら一応行っておきますか」
行けば、テリア公国が今後どのように動くつもりなのか分かるかもしれない。
俺はどこか見覚えのある町の様子に目を向けながら、兵や傭兵達に紛れて移動を開始した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
現在は駐屯する軍の臨時本部にもなっている、バグラム聖堂内の一室にて。
目の前に突きつけられた理解し難い現状に、頭を抱えて呻く数名の男達がいた。
「ぐっ……どうなっておるのだ……勇者タクヤが名ばかりの後ろ盾になるという話だったはずなのに、なぜ……!」
「ゼクオン将軍閣下、ひとまずは落ち着いてくだされ」
「落ち着いてなどいられるものか! 気付けば我らが窮地に立たされているのだぞ!?」
「そ、それはその通りなのですが、早急に兵と傭兵を統制せねば、さらなる混乱を招くことになりますぞ……?」
この数時間で、各所の見張りからガルムの兵が国境付近に集まってきていると。
そのような報告が立て続けに入ってきていることも、もちろん悩みの種ではある。
が、それ以上に悩ませる――というより絶望の淵に追いやられている原因は、目の前の机に広げられた3通の手紙だ。
1つめはガルム聖王騎士国から。
2年も続いた国内の争いは、二人の異世界人による助力のおかげで無事に片付き、この件では隣国として多大な迷惑を掛けてしまったこと。
また旗手となるダムラット辺境伯を含む多くの者達から、マリーと共にゼクオン将軍が貴族会合の場に現れ、ガルムへの侵攻を仄めかし、あまつさえ口を割れば東部から蹂躙するなどと恫喝された話が出ていると。
強い言葉で真偽を問う書簡がテリア公国の大公宛てに届けられていた。
次いで2つめはマリーから。
ガルム転覆の策が二人の異世界人によって阻まれたこと。
そのため、すぐにアルバート王国の属国に下ったことを各国へ公表せよという指示と共に、可能な限り兵の損耗を回避しろという……ある意味無責任とも取れる言葉が最後に添えられ、こちらも大公宛てに届けられていた。
そして最後の3つめは、テリア公国の大公であるウルアキム・テリアからだ。
この2つの手紙が突然自身の手元に届いたことで、心を大きく乱したのだろう。
幼子のような震える文字で、『なんとかしてくれ』と、届けられた2通の手紙と共に、ただそれだけが記されていた。
「まず、この件が事実かどうかということですが」
「事実、でしょうなぁ……」
「ガルム聖王騎士国だけならまだしも、マリー様――」
「あぁ!?」
「し、失礼いたしました! あのクソババアまで2名の異世界人に阻まれたと記しているのです。となると、これはもう揺るがない事実として受け止めるしかないかと」
「ですな……第一から第五まで、前線部隊全てに対して兵を当てようとしているのです。この手紙では真偽を問う段階のようですが、後ろ盾を得たとなれば、報復もかねて攻め入ってくる可能性だってゼロではないでしょう」
「ふぅ――……パルモ側も同様と見るべきか」
「まさか、うちだけということもありますまい。同じ梯子を外された者同士、共闘できれば幾分は楽になるやもしれませぬが……」
その言葉に居合わせた者達は、恐ろしい速度と練度で戦場を駆け巡る聖王騎士の姿を思い浮かべる。
数次第ではあるが、まともに相手をするには、少々荷が重い――。
だというのに、パルモ軍と都合良く合流できるかも怪しく、仮にできたところで策も何もないのだから、後に続く言葉もないまま沈黙が広がる。
それにだ。
敵はガルムの兵や聖王騎士だけではない。
「ここに最悪は、乗り込んでくるかもしれないわけですか……獣人の王と、第五の異世界人が」
「「「……」」」
まさに、絶望だった。
そうなればもう、勝てる見込みは皆無に等しい。
マリーもそのことを理解しているのか、届いた手紙にも守りに入った様子が露骨に表れていた。
「このような状況だというのに、我が国への戦力提供は無し。従属の立場であることをすぐさま公表しろというのが、せめてもの対抗策なのだろうが……」
「強欲という名の通りですな。テリアに残されたのは土地と人くらい。抜け殻となった我が国に割く戦力などないということでしょう」
「ふふ、ふふふっ……我が国の強みを根こそぎ奪い、訳のわからぬ策に無理やり巻き込んだ挙句、失敗したとなればあっさり切り捨てて、最後はアルバートの盾にでもしようというのか……? ふふふっ、怒りでどうにかなってしまいそうだ……」
「ゼクオン将軍閣下……」
「このまま強欲クソタレババアの指示に従うのも口惜しい。それこそ死を覚悟の上でガルムに乗り込み、我が国の置かれている状況を説明――」
「冗談は止めてくださいよ」
「「「え?」」」
それは突然だった。
ゼクオン将軍の背後に立ち、その首を絞めるように手を回していたのは、冷たい目をした一人の少年。
気付けばそこにおり、首に手を回された本人は、未だ何が起きているのか理解もできていない。
「そんなことをすれば戦争になり兼ねないでしょう? 自暴自棄になるのは勝手ですが、周囲を巻き込むくらいなら今この場で僕が殺しますよ?」
「「「……」」」
相手は将軍、テリア国軍の頂点だ。
当然弱いわけがなく、『槍仙』の他、『風華』の二つ名も有する、軍人の中でも稀有な存在であったが……
異様な身形のその少年は特に気にした様子もなく、それこそただの子供を扱うように、自国の将軍を手に掛けようとしていた。
瞬間、取り巻きの高官達は思う。
きっと、自分達は動向を見張られていたのだ。
戦争を止めようとする動きから、戦力維持を命じたマリー側が仕向けた暗殺者なのだろうが……
クソババアって言ったのは、自分じゃないと。