軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

518話 魔王が去ったあと②

「目的を達した? ありえないでしょ……」

思わず呟いたその少女は、ロキの目的を知っていたはずだった。

朝から顔を合わせ、夜に二人して摘まみ出されるまで、同じ建物で同じことをし続けていたからだ。

本人の口から直接目的を聞いたわけじゃない。

それでも少女からすれば、あの後輩は間違いなく自分と同種だと。

そう確信が持てたからこそ、学長が告げた言葉に疑念を抱いてしまう。

「絶対にまだ本は読破できていない。それは間違いないのに、なんで……?」

貴族の役に立たない自慢話以外は大概読み漁っていたのだから、何か特定の情報だけを求めていたとは考えにくい。

ただ――、本を読むこと、知識を得ること以上に大事な何かがあった可能性はある。

それが学院を守ることであったとしても別に驚きはしない。

でもそれならば、用事を終わらせてから前の生活に戻ればいいだけ。

わざわざ学院を去る必要なんてなく、試験だって受ける必要もなかったはずだ。

それでも、途中で投げ出し、去った理由――

ここで少女は一つの予想に辿り着き、ビクリと肩を震わす。

「まさか、目途が立った……?」

最初はなんの冗談かと思ったが、自分を先輩と呼ぶ猫みたいに警戒心の強かった後輩は、紛れもなく異世界人で王様だった。

このような場で改めて説明されたのだから、それはもう間違いないだろう。

となれば、どのような方法を取るのかは分からないけど……

国の窮地を救う代わりに本を求める。

こんな話があっても不思議ではない。

もし、それが正解で、学院を去る理由になったのだとしたら――

「もしかしてロッキーは、旧旧図書院の本も……非公開の本も手にしたの……?」

かつてはこの学院内に収められていた、しかし今は所蔵している事実だけが公表されている、どこにあるのか、どうすれば閲覧が可能になるのかは一切不明な古代の希少書物。

『昔は目にする機会も少なからずあった。けど私には"昔の亜人達が残したとされる書物"であろうことくらいしか理解できなかったよ』

少女は祖母からこのように聞かされていたため、執着と言ってもいいほどの強過ぎる興味が、仮説と言えど新たな指針を生み出していく。

「アースガルド王国か……」

書物でもその名を見たことがないし、どこにあるのかだって分からない。

それでも少女は可能性を考え、その国の名を小さく呟いた。

▽ ▼ ▽ ▼ ▽

「俺達は、助かったのか……?」

「あ、ああ。本物の異世界人で王って言われた時は、何もかも終わったって思ったけど……ここから去ってくれたんだ。さすがにもう何もないんじゃないか?」

「よ、良かったぁ~!」

生徒達が集まる修練場の一角で、腰を抜かしたようにその場でしゃがみ込み、人目も気にせず安堵の言葉を口にする者達がいた。

そう、かつて平民出だと自己紹介で言い放ったロキを標的にし、"遊び"と称して虐めに加担していた騎士科の生徒達である。

ロキ自身が認識しているのは、試験で行われた長距離走の時の一度だけ。

しかし実際は発覚していないというだけで、教室の机は花壇にされ、実技の授業用に与えられた木剣にはべっとりと油が塗られ、クラス内では知らずに酷いあだ名が付けられていたりと……

何一つ成果の表れていない嫌がらせを幾度となく繰り返していた。

そのため加担した生徒達は、今日まで噂に耳を塞ぎながら不安な日々を送り、先ほどハーゼンから異世界人であり王であることを告げられた時には、自分だけでなく実家まで消し飛ぶほどの覚悟をしたわけだが。

結果的には何事もなく終わったように見えるこの状況を、どう受け止めればいいのか。

次第に冷静になってきたことで、より確かな安心を求めるようにお互いが確認の言葉を交わす。

「やっぱさ、気付いてなかったってことは、ないよな?」

「教室内のは、一度も顔を出していないならほんとに知らないままの可能性もあるだろうけど、あの試験の時は直接囲っちゃってるし……」

「ええ。あんな多対一の戦闘を軽々こなすような人が、長距離走の時の嫌がらせくらい気付かないわけがない」

「ってことは、許されたのか、それか、最後まで相手にされなかっただけか?」

「獣人の国の王様も言ってたじゃん。子供だから許される部分もあるだろうし、親は引っ張り出すなって」

「そうそう。父上が昔、異世界人は心が大人のまま生まれるって言ってたんだ。だからたぶん、あの程度の悪戯じゃ怒ったりしないんだよ」

「なーんだビビッて損した。じゃあ俺達もう安心していいってこと――」

「で、でもさ……!」

緩み始めた空気を割くように響く、甲高い声。

堪らず声を上げたのは、この中でも一番年下の少年だった。

「気付いていたんなら、一番やる気になってたリードル君が池に落ちたのって、偶然じゃないんじゃないの……?」

「「「……」」」

その言葉を聞き、皆があの時の光景を思い返す。

割れた氷の中へ吸い込まれるように落ちていき、その後は掴んだそばから氷が割れ、自力で這い上がることもできずに必死な形相で藻掻いていた。

教師が近くにいたから良かったものの、あのまま放っておけばどうなっていたのか。

自分達がやろうとしていたことを、そして自分自身が落ちた時のことを想像し、思わず身体が震え上がる。

「嫌だって、言えば良かったんだ……最初からちゃんと、そんなことはしたくないって……」

多くはその場の空気に流された結果。

恐怖と後悔から泣き出してしまった少年を見て、安心感を得たいがために楽観的な言葉を選んでいた者達は口を噤み、眉間に深い皺を寄せた。

「まぁ、そうだよな……」

「次会うことがあったら、許してもらえるまで謝るしかないでしょう。あの時はごめんって」

「平民って聞いて、何しても許されるって思ったのが間違いだったわけだしな……でも、リードルは大丈夫なのか?」

気掛かりのなのは、この場にいない一人の少年。

誰よりも率先して行動に移し、そして池に落ちたその少年は、こんな危険な国にいたくないと、開通の知らせが入ってすぐに学院から抜け出していた。

彼の実家はオルトラン王国。

近隣国だからできることだが……

「マズいでしょ。相変わらず父上に言いつけるとか言ってたし、まず、ロッキーが異世界人で王様ってことをアイツ知らないままだぞ?」

「それ、かなりヤバくない?」

「「「……」」」

この時、全員が友達をやめて他人の振りをしようと心に誓ったが、当の本人はそんなことなど露知らず、西へと向かう豪華な馬車に揺られていた。

▽ ▼ ▽ ▼ ▽

一方、ここでも二人の少女が、公表された事実に感想を漏らしていた。

「やはり、当初の私の予想は当たっていましたね」

「え?」

「忘れもしない、あの欠片も興味のなさそうな顔! 名乗った私にあんな顔を向けるんですから、ただ者ではないと思っていましたけど……ふふ、噂通り、王という立場であったのならばしょうがありませんね。それでも悔しいですが!」

「「「……」」」

騒がしかった周囲の時間が若干止まるくらい、一人の少女はらしからぬ大声を張り上げていたが、興奮から当の本人は気付いていない。

「でも王女様、顔がちっとも悔しそうじゃないですよ?」

「ッ……そ、そんなことはありません。それとレフィ、何度も言っていますが『ノイス』です」

「あぅ……」

どう見ても、顔がニヤけている。

そんなことは誰が見ても一目瞭然だが、しかしレフィと呼ばれた少女は空気を読んでこれ以上突っ込んだりはしない。

クラスの男子達から庇ってもらった恩義だってあるし、自分にもその気持ちがなんとなく分かるからだ。

特に王女様――ノイスは侵入してきた悪漢に背中を斬られ、あわやとどめをというところで助けられた。

学科が違うのだから二人は受ける授業も違う。

興奮しながら話すノイスの言葉がどれほど美化され脚色されているかは不明だが、そんな出来事があったと背中を見せられても、血で赤黒く染まった長い斬り痕が制服に残されているだけ。

肌はまったく判別できないほど綺麗に治されているし、話に聞く助け方を本当にされたのならば心が傾いてしまうのも無理はない。

そう思いながらレフィは横目に視線を向けると、今度は意気消沈したようにノイスの表情は沈んでいた。

とっても忙しい王女様である。

「ノ、ノイス……?」

「しかし、まさか学院を去るとは思いませんでしたね……結局私はお礼を言いそびれたまま、これではグリニッド王家の名が廃ってしまいます」

「緊急だったんですし、さすがにそのくらいでは廃らないと思いますけど……」

「いいえ、本来であれば王宮にお招きし、歓待させていただくのが――いえ、相手が一国の王ともなれば、私達がアースガルド王国に出向くべきなのでしょうね」

「そういうもの……え? 今、私達って言いませんでした?」

「言いましたよ? レフィは私の供として同行させる予定ですから」

「ええ!?」

「その気にさえなれば、あなたは並みの兵より遥かに強いのです。もう気心も知れた仲ですし、供には最適でしょう? それに王女という立場で向かうのですから、国からお金もそれなりに出るはずですよ?」

「……」

平民出のレフィにとって、その申し出は大変魅力的だ。

王女の護衛という立場なら安いわけがなく、立場の差はあれど今では昼食を共にし、偶然選択が一緒だった【芸術】の授業では、粘土で作り上げる謎の産物をお互いに見せ合っては笑い合う日々。

旅のお供に重圧を感じることはあっても、嫌という感情は生まれてこない。

しかし――、遠慮や配慮という考え方が染みついた平民の立場だからこそ、レフィはノイスの提案に対して不安を覚える。

「私達がそのアースガルドという国に向かったとして、ロッキー君はちゃんと会ってくれるのかなって思っちゃうんですけど……」

「え? どういうことですか?」

「だってロッキー君は王様なのに学院にいて、ここを守って安全になったから、また次の場所に向かったんですよね? そうなると、行ってもそこにいるのか分からないし、いても凄く忙しいのかなって」

「それは、確かに……日常の大半を宮殿で過ごされている、私のお父様とはまったく違いますね……」

「それに、私も普通にお話ししちゃったから実感が薄いんですけど、やっぱり異世界の人じゃないですか」

「……」

どこも生き残ることに必死で、できれば異世界人を新たに見つけて自国で抱えようと。

それが無理だとしても、深い繋がりを持てるように各国が動いていることくらい、王族の立場であるノイスも承知していた。

となると、あの程度の挨拶などなんの意味もなく、有象無象の一人として相手にもされず、そもそも記憶にすら残っていないのではないか。

悪い意味で、あの時の興味無さ気な表情が頭にチラついてしまい――。

今にも泣き出しそうな表情を浮かべるノイスを見て、これはやってしまったと。

横にいたレフィは、あわあわと焦りながら思わず口にした。

「あ、あっ、でも! ロッキー君が好きな物をお土産に持っていけばいいのかも!」

その場を取り繕うように出てきた、とても子供らしい発想。

「……え?」

「前にロッキー君は図書院で勉強してるって言ってたじゃないですか! 今はその方が大事だからって」

「え、ええ、授業に出ない理由をそう説明されていましたね」

「ということは、本に凄く興味があるのかなって。騎士課にはいませんけど、よくここにある希少な本を目的に入学したって話は聞きますし……」

「な、なるほど……それならうちにも、門外不出の『海洋』に関連する本がいくつかあったはず……でかしましたよレフィ!」

「え、えへへ……そう、ですか?」

頭を掻きながらも、門外不出って、外に持ち出しちゃダメなんだよね? と心の中で自問自答するレフィ。

何かマズいことを言ってしまった気もするけど……

どの道、卒業までには時間が掛かるのだ。

動けたとしても、まだまだ先の話。

それなら今は、友達が元気になったんだしそれで良いかと、結局最後は二人して笑っていた。