作品タイトル不明
468話 フレイビル王国の岐路
空がほんの僅かに白み始めた時間帯。
いろいろあって疲れを感じながら、夜番の見張り兵が立つ巨大な門に向かって歩みを進める。
これが終われば、あとはご褒美タイムみたいなものなのだ。
もう少し、あともう少し……
「ま、待たれよ! 怪し過ぎるゆえ、一度そこで止まるのだ!」
槍を前面に構えた二人の兵が強く叫ぶ。
「まず、その右手に引き摺っているモノはなんなのだ!? 人……、人なのか、それは?」
「そうですよ」
「罪人でも捕らえてきたということか? ならば街の兵舎の方に――」
「たぶんそっちじゃ手に負えないと思いますよ。アトスターク侯爵を攫ってきたので、こんな時間ですけどオスカー王を起こしてくれませんか?」
「「??」」
「のんびりはしていられないので、急ぎでお願いします。ロキが来たって言えば絶対に分かりますから」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「ほ、本当にこんな時間に来ておるとは……」
ガウンのような厚手の上着を羽織った王が、目を擦りながら以前通された部屋に現れる。
その後には二人の男が。
どちらも書記官のような存在で、俺が生きたまま連れてきた意図を理解し、記録の残せる人間を連れてきたらしい。
さすが王様、眠たそうでも頭は回っている。
「ほら、起きてくださいよ。あなたの主ですよ」
「ん、ぐっ………………陛下ッ!!?」
「……間違いなく、アトスターク侯爵だな。【奴隷術】は掛かっているのか?」
「僕は試してもいませんけど、幹部クラスが奴隷術の対象になっていたので掛けられている可能性はありますね」
「マリーか?」
「マリーです」
「……ッ!? こ、これは……ちがっ……き、貴様は、というより、私は、なぜここに……?」
俺とオスカー王が話を進めていく中、事情も呑み込めないまま大混乱しているアトスターク侯爵。
でも大丈夫、すぐに状況は理解できるはずだ。
なんせここから、人生最後の壮絶な詰問が始まるのだから。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
床が汚れることも厭わず、オスカー王に出してほしいと言われた4つの遺体。
クロイス、イェル・サーレン、サザラー、ミクロという4幹部の遺体が並んだことで自分の運命を悟った侯爵は、オスカー王の怒声交じりの問い掛けに答えていき、時折真偽を確かめるような視線を向けられれば、俺の把握している情報を伝えて補足していく。
その結果、俺がまだ知らなかった事実まで浮かび上がったところで、オスカー王は大きく溜息を吐きながら天井を見上げた。
「事の始まりは侯爵……全ては貴様の裏切りから始まっている」
「……」
「裏鉱山などを造って勝手に掘り進め、我が国の戦略資源である鉱物を裏でどれほどマリーに流出させた? そのためにわざわざ貴様が仲介してまで、サザラー商会やロズベリアの商業ギルドをマリーに明け渡し、どれほどの民を強引な手法で奴隷に落としたのだ? 隣国含めて最大規模だった奴隷商館まで奪われ、挙句の果てには十分な『種』の確保ができたことで主幹の鍛冶産業まで奪われ……」
「も、申し訳……ありま、せん……」
「貴様の判断が発端となってクオイツの魔物資源獲得量まで減少し、うちの強みはここ数年で掻き消えたかと錯覚するほどに縮小した。資源、金、人材を嫌というほど棄損、流出させ、その結果貴様が得られたモノはなんだ? あぁ? 申してみよ」
「……」
「有り余る『金』とこの国が潰れた後の『立場』、それに綺麗どころの『女』ですよね? アホみたいな大きさのベッドには、先ほども随分と特徴的な獣人の女達が裸で6人一緒に寝ていましたし」
「ッ……」
「それに損失はフレイビルだけの問題ではありませんよ。このどこに取柄があるのか分からない肉団子が個人の欲と保身を優先したばかりに、武具や人体実験から生まれた危なそうな薬がそのまま西へ流れて金儲けに利用されています。この男がロズベリアを売った辺りから大陸西の戦争が活発になっているわけですから、誇張でもなくこの男の決断によって数千万かそれ以上の規模で人が死んでいそうですね」
「そ、そんな、こと……」
「でも肉団子にはそんなの関係ないですもんねぇ? レサ一家の連中は証拠不十分だと罪に問わず、他の者は無実であろうがどんどん犯罪奴隷に落としてマリーに貢献。そのご褒美に得られた美女を侍らせながら、旨い酒や飯を口にできればいいんですから」
「……ッ……ッハ……ッハァ……な、何卒、ご容赦を……何卒……」
先ほどから、小さな池ができそうなほどに汗を滴らせてブツブツ呟いているが……
この油に漬けたような男は、どう捉えたら容赦される可能性があると思っているのか。
「詳しい数字はこれから割り出すことになるであろうが、どう試算したところで貴様が寝返ったことによる国の損失は、2000億や3000億ビーケ程度で済むような話ではない。にも拘わらず容赦を求めるということは、貴様にそれ以上の価値があるということか?」
「あ、あります! 私が命に代えてもロズベリアを再興させるべく――」
「たわけがぁああああ!!」
「びぶっ!」
ずっとずーっと、オスカー王も我慢していたんだろう。
さすがに堪忍袋の緒が切れたようで、肉団子をフルスィングで何度も殴りつける。
パワフルな王様だが、気持ちが分かるだけにまったく止める気はない。
こんなゴミ、金を貰ったっていらないわな。
って思ったらオスカー王も同じ気持ちだった。
「貴様なぞ100億ビーケの金を積まれようといらんわ! 一族郎党皆殺しでも飽き足らん! 百遍殺してもだッッ!!」
「あぐっ、そ、そんな……」
「ふぅー……ふぅー……ロキ王、済まぬ……こやつと、一族の命だけはこちらに預けてもらえぬか?」
「一応確認ですけど、家は潰すんですよね?」
「当然だ。コヤツら、ただでは殺さんぞ……絶対に……」
「なら構いませんが、その代わりに他は僕が貰い受けますよ? ゴミクズからは根こそぎ奪うのが僕の流儀みたいなところがありますので」
「構わん……それでも、人材、金、資源と、これ以上の流出は止められたのだ。一時はどうなることかと肝を冷やしたが、ロキ王には感謝しかしていない」
「いえいえ、ただバルニールはオスカー王自身でどうにかする部分ですよ? 僕が手を出すほどの理由や繋がりは見当たりませんから」
「うむぅ……そうなのよな……」
結局顔役のバルクを筆頭に、バルニールの面々はマリーが作った仕組みの中で効率的に仕事をしているというだけで、誰かを直接的に害するような行動を取ってはいなかった。
ただ金儲けに目覚めたというくらいなら、俺の出る幕ではない。
まぁそれでもマリーの懐が潤うのは面白くないので、多少なりのアドバイスくらいしておくが。
「もし僕がマリーであれば、ですが……相対的に他を弱体化させるため、いくら売り上げが落ちようとも値段を下げるようなことはしません。金は他で稼げますし、在籍している鍛冶師にももう十分稼がせているでしょうからね」
「……」
「とすればバルニールを残しても、武具製造での売り上げは伸び悩んだまま。ハンター不足でクオイツの魔物資源獲得量がどんどん低下していくことは目に見えているので、国の力で潰すというか、一度リセットしてしまった方が良いとは思いますけど」
「わしもここまで来たら膿は出し切るべきだと思っているが……問題は先日言った通り、鍛冶師の流出だ。潰せば筆頭のバルクはまず間違いなくマリーに付くだろうしな」
「そこですけど、本当にこの状況で出ていきますかね?」
「どういうことだ?」
「国を裏切った侯爵家が一族郎党皆殺しの上でお取り潰し……この時点でロズベリアを揺るがすほどの話題性があるというのに、さらに関係組織である奴隷商館も、幹部を中心に構成員までほぼ皆殺しに近い形で消滅。それに同じく国賊として、国内最大手のサザラー商会も丸ごと潰され、商業ギルドロズベリア支部のトップまで僅か1日2日の期間で粛清されているのです」
「あ、改めて聞かされると、凄まじいな……」
「感心してる場合じゃないですって。重要なのはここからで、世間はなぜこんな事態になったのか、詳細までは当然知りません。なので国がどう公表するかでその後の結果と反応が間違いなく変わります」
「……なるほど、フレイビルに明確な対マリーの方針を示せと、そういうことか」
「そうすればバルニールの連中は気が気じゃないでしょうね。マリーに与し、自国に大きな損失を与えた国賊だからこれ以上ないほど綺麗に潰されたとなれば、次は当然自分達も、となるでしょうから」
「厳密にはバルクを代表に立てているため、マリーとバルニールは紐づいていない……濃厚という段階で止まっているからこそ、今なら早急に店を閉めることで不問に処す――、という体に持っていくこともできるか」
「ええ。そこからバルニールの二の舞にならぬよう、国営の店を設けて彼らを纏めるのか、その辺りは僕が口を挟むことでもありませんので、それこそフレイビルの皆さんが知恵を出し合えば良いと思います。マリーのやったことも、良し悪しは別として間違いなく参考にはなるでしょうから」
「となると、あとは我が国がマリーに対して――、いや、大国アルバートに対して、『敵対』という明確な意思を示せるかどうか。わしの、覚悟の問題か……」
そう言いながら拳を強く握り、目の前の机をジッと睨みつけるオスカー王。
そりゃそうだろう。
相手は異世界人で、しかも大陸有数の大国。
とてつもなく大きな岐路に立たされているであろうことは分かる。
そして、ここからはフレイビルの問題であって、俺が何かを言う場面ではない。
あとはサービス――というよりこちらの都合もあって、肉団子の一族をここまで連れてくれば俺の仕事は終わりだろう。
4幹部の遺体を改めて収納し、それでも帰り際に事実だけは告げておく。
「ご存じだと思いますが、今回の事態を放っておけば侯爵を介してロズベリアから金、人材、資源と全てを吸収され続け、機能しなくなった段階でロズベリアだけでなく、フレイビルそのものがマリーの手に渡っていたはずです」
「で、あろうな……」
「その上でどうされていくのか、フレイビルの皆さんで考えてみてください。僕は初めにお伝えしたように、味方でもなければ敵でもありません。けど、マリーの敵であることは間違いありませんので、気付けば国がまた喰われていたなんて事態にならないことを願っていますよ」
そう告げれば、オスカー王は覚悟を宿したような力強い瞳で頷いた。