軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

459話 孤狼のジャスパー

暖国とされるエイブラウム山脈以南の中では、ロズベリアは特に冷える地域であり、夜になって降り始めた雪は既に薄っすらと積もり始めていた。

話を聞けば、奪還劇の始まりは丁度夕飯時。

事が起き始めてから1時間近くは経過しているのだから、もう方が付いているかもしれない。

フレイビル国内傭兵ランキング34位。

孤狼のジャスパーは白い息を吐きながら、レサ奴隷商館の裏口ロビーに足を踏み入れようとして、眉を顰める。

真っ先に感じたのは異様な熱気だった。

ドアを開けた瞬間からモワッと肌を撫でたソレは、男の強い汗臭さも混じっている。

が、鼻を鳴らすも、血の匂いはほとんどと言っていいほど感じられない。

まだ何かをやっている。

それは中の騒がしさからもすぐに分かったが……

荒事の場面で聞こえる声とは少し違うような気もしながら、ジャスパーは入り口の戸を開けた。

「な、なんだ、これは……?」

そして不思議な光景を目にする。

奴隷の斡旋を生業とする下っ端の連中が、前へ前へと詰めるように肩身を寄せ合い、武器を掲げながら声を張り上げていた。

日常的に聞こえる蛮声も多いが、中には歓声とも取れる声が混じっており、それはまるで何かの見世物を取り囲んで見ているような、そんな雰囲気を感じさせる。

極上の女を奪還しに、一人のガキが乗り込んだ――。

そう聞いていたが、もう既に事は終わって、女相手に遊んでいる最中なのか?

男達の背に阻まれて中で何をやっているのかは見えず、その後も次々と男達が裏口ロビーに入ってきては、隙間に肩を滑らせその塊に加わっていった。

ジャスパーはそんな光景を眺めながら、溜息一つ、団体に背を向ける。

自分にそんなことはできない。

だって、孤狼だから。

汚く汗臭い男達の中に入ってひしめき合う勇気は無かった。

だからしょうがなく背後の壁を駆け上がり、置かれていた背の高い棚の上に登った。

そしてようやく何をやっているのか理解する。

階段を背に、まだ幼さの残る男が襲い来る男達と戦っていた。

無手の男は武器を握った連中相手に、両手を防御へ回しているのか?

頭部を守っている両手は流れる血と共に浅い傷が数多と付いており、足だけで膝を狙うように攻撃を繰り返していた。

狙いはかなり的確だが、速さと威力は素人ではないなと思える程度。

それでも連中では苦しいようで――、あれが、噂の女か。

女が周囲で崩れた男達の首根っこを捕まえ、地下へ引き摺っていくという流れが繰り返されていた。

なぜ、連れていかれる男達が少し嬉しそうなのかは分からないが……なるほど、どうやら殺さずというのも本当らしい。

とは言え、男達は膝を壊されているのだ。

変態野郎のミクロなら治せるとしても、これだけの数となれば確実に支障が出る。

討てば金を貰える可能性は高そうだし、ここはもう俺が仕留めてしまった方が――。

そう思って背負っていた2本の手斧を握った時、ジャスパーは男の足元に転がる、一人の男に目が留まった。

(なぜ、マロウラがやられている……)

その男――マロウラは、自分と同じ500人長の役職を担う、フレイビル国内傭兵ランキング14位の男だった。

実力は明らかに自分より格上……それによく見れば22位のジュードまで、苦悶の表情を浮かべながら倒れている。

なんだこれは?

何かが……何かが、おかしい……

番人のクロイスは何を、いや、そもそもヤツはここにいるのか?

まずはその確認を――。

そう思った時、幹部用居住区がある上階への道が男によって塞がれていることに気付き、徐々に悪寒が強くなる。

まさか、足を止められているのではなく、敢えてあの場所で……だとしたら、ヤツの狙いは――。

気付き、ジャスパーはゆっくりと身体の向きを変えた。

あの階段を真正面から通過はできない。

だが、自分なら、外の外壁を伝って強引に5階まで登れる。

まずは、このロビーから脱出を。

足に力を込めながら、チラリと男に視線を向けた時――。

「ッ……」

――目が、合った。

交差した腕の隙間から、確かに男はジャスパーの様子を眺めていた。

そして、嗤い、僅かに手が、招くように動く。

「あ、がっ……」

すると足は、自然と男の方へ向いた。

(マズいマズいマズい!)

ジャスパーは内心焦るも、足は止まらない。

憎悪の感情だけが急激に膨れ上がっていく中で、何をされ、自分がこれからどうなるのか。

瞬時に理解した時、ジャスパーが取った行動は"叫び"だった。

「この男は逃げる気などない!! おまえら早……グボ、ッ……」

しかし咄嗟の機転は、なぜか視界が水で染まり防がれる。

部屋が水で埋まったのかと錯覚したが、手足に違和感はないため、それが自分の顔だけであることをジャスパーは理解する。

が、どうしようもない。

強力過ぎる【挑発】の最中にまともな行動など取れやしない。

叫ぶほど溺れ死にそうな苦しみに襲われ、

「ぼがっ!」

気付けば、男は目の前。

さほどその手は大きくない。

が、顎から聞いたこともない軋みが鳴るほどの握力で口を掴まれていた。

「余計なこと、しゃべらないでくださいよ」

自分だけに囁くような言葉。

その直後にジャスパーの意識は暗転した。