作品タイトル不明
386話 隣人として
大量の木材や石材が運ばれ、多くの箇所で炊き出しの湯気が宙を漂うマルタの街。
復興の進む様子を眺めながら案内された方面へ向かうと、ようやく見張りの兵が並び立つ場所に到達する。
厳重な様子からしてもまずここだろう。
「こんにちは。途中で見覚えのある兵士の人から、伯爵はこちらだと聞いたので会いに来たんですけど」
「何用か! 名を名乗れ!」
「ロキと言います。治療で来たと言えば、すぐ伝わるはずですので」
「子供が、治療だと……?」
こんなことがあれば警戒するのも当然だろうけど、やっぱり装備を身に着けていないとすぐ舐められるなぁ。
久々にサラマンダーレザーの鎧でも引っ張り出すか?
いやいやしかし、あれは夏場なんて特に地獄の蒸し風呂状態……
そんなことを考えていると、付近を見張っていた兵の一人が俺に気付き、慌てた様子で地下へと続く階段に走っていく。
すると出てきたのは見覚えのある老人。
「あ、モーガスさん。治療とあと、挨拶もしたくて来ましたよ」
「ロ、ロキ殿!? い、いえ、もうロキ王とお呼びした方がよろしかったですね。お待たせしてしまったこと、深くお詫び――」
あれ……なんでまだヘディン王に伝えてからそう時間も経っていないのに、モーガスさんが知ってんの?
急にしゃがみだすし、この恭しい感じが庶民にはキツいんだが。
「えっと、普通でいいですからね。前くらいの感じで……」
説得しながら地下へ続く階段を下りると、最低限といった光量の薄暗い部屋の中で、片膝を突いて頭を下げる複数の人影と、奥には両脇を支えられながら、周囲と同じ姿勢を取ろうとするゴリラ伯爵の姿が。
これはマズい……
大事になり過ぎている気がする。
「話は聞いております。我らが王は―――」
「ストーップ! ストップストップストーップ!」
犯人はヘディン王なのか、それともシラグ宰相なのか。
いったいどんな伝え方をしたらこんな話になるんだよ!
「僕は名前を貸しただけで、ラグリースの王様になんてなったつもりはないですからね? ただの隣人ですよ隣人! その堅苦しい感じはほんと勘弁してください」
「いや、しかし……属国となりて庇護を得ると、我が国の宰相から話は聞いておりますゆえ」
「それはまぁ、同意したので間違っちゃいませんけど……他国からちょっかいを出されないようにという意味でヘディン王が属国を望んだだけで、実際は同盟国のようなものですよ? 僕、ラグリースに何もしませんし」
「何も……? 財政や軍事、それに貴族家の領地差配や高官の選定など、宗主国となればいくらでも手を加えることができるのに、ですか?」
「いやいや、だからやりませんって。そんなの面倒ですし」
「め、面倒……いくらでも、我が国から益を搾り取れるのにか……」
「そんなことしなくちゃいけないほど、僕は困っていませんので」
言いながら、未だ困惑しているゴリラ伯爵の下に向かい、服を捲って治療を開始する。
『皮膚の、修復を』
前よりは少しだけ良くなったようにも見えるが、それでも相変わらずボコボコに抉れて酷い有様だ。
よくこんなんで動いていられるなと感心してしまう。
「同盟と言っても戦力は言うに及ばず、強みであった食料さえ自国民に行き渡るのかも怪しいところ。にも拘わらずロキ殿にとって――、新たに建国したと聞く『アースガルド王国』にとって、ラグリースとの関係にどんな利点があるというのだ?」
「無いんじゃないですか?」
「は? で、ではなぜ!?」
どうしたんだろう。
痛みはないはずなのに顔を歪め、凄い剣幕で疑問をぶつけてくる。
言われて真剣に考えてはみるも――、うん。
やっぱり何か強い利点があるとは思えない。
「正直に言えば、ヴァルツ王家というゴミのせいでラグリースが困ってて、マルタやリプサム、王都にも知り合いがいて……だから、自分の名前で抑止が働くならそれでいいんじゃないって、そのくらいの考えなんですよね」
「……」
「良くも悪くもその程度だから、僕は特別見返りを求めるつもりもないですし、逆に大きく関与するつもりもないんですよ。あぁでも、西のジュロイはやり方が気に食わないんで、見せしめに何かするとは思いますけど」
「そうか……」
フッ、と。
治療をしていたからこそ、強張っていたゴリラ伯爵の身体が急に緩んだことを理解した。
それもそうか。
ラグリースでも有力な貴族なのだろうから、いきなり自国が属国へ成り下がり、その原因と思われる相手が挨拶に来たとなれば普通は警戒もする。
そして俺はそんな誤解を解くために、ここへ挨拶に来ているんだった。
「最初にお伝えしたように、僕は隣人としてここへ挨拶に来たんです。南部のベザートが戦時中に逃げ場がなくなり、パルメラの中へ避難したという話は聞いていますか?」
「うむ。その他にも近隣の潰された町や村、あとは西側からの避難民も一部加わっていると聞いている」
「その通りです。避難している人達は家どころか全てを失った人達も多いし、畑は踏み荒らされて復興にも時間が掛かるしで、全員かは分かりませんけどそのままパルメラの中に町を作って住むって話になったんですよ」
「その者達を守るために国を興したと」
「ベザートは個人的に思い入れのある町でしたから。なので見方によっては領民を奪ったような格好になっちゃいましたけど、隣国であり新ベザートから一番近いのはマルタなので、これからよろしくお願いします」
そう言って右手を差し出すと、ゴツゴツとしたバカでかい両手が覆い被さるように俺の手を包む。
「何を言うか。我らにできたことなど精々が各町村に避難を呼びかける程度。ベザートや周辺に住む者達を直接助ける術は残されていなかった。より多くの民がロキ殿の助けによって生き残れたというのなら、感謝こそすれ、恨むなどあるはずもない」
「そう言ってもらえると助かりますよ。場所はそう離れていないのですが、のちほど簡易の地図でも作成して、新しい町の場所はお伝えします。間違いなくマルタにとっても意味のある交易路になると思いますから、ぜひ落ち着いたら立ち寄ってください」
「ほう……」
その後はゴリラ伯爵の治療も終わり、木板に簡易的な地図を描いてあげれば、周囲にいた人達もすぐに理解を示してくれる。
セイル川沿いにパルメラを少し南下するって言えば、迷う要素はゼロだもんね。
一瞬、魔物の巣を通るのかという心配の声も囁かれたが、言うても生息密度が他よりも断然低いFランク狩場。
魔物にはそこまで遭遇しないとアルバさんやミズルさんも言っていたので、木材を調達するついででもう少し道幅を広げてやればより安心できるだろう。
「心より感謝する。本当にここまでの傷を治せるとはな……これまでのことも含め、いったい何を礼に差し出せば釣り合いが取れるのか、皆目見当もつかん」
「これくらいは挨拶のついでですから。それに、伯爵は今そんな状況でもないでしょう」
「しかし……」
この場所だって元はゴリラ伯爵の屋敷があった場所らしく、建物は周囲を含め、この隠された地下以外全てが灰とガレキの山に変わっていた。
一応、この奥には宝物を保管する部屋もあるらしいが……
俺の求める『情報』はヘディン王がお礼にくれると言っているので、今ゴリラ伯爵から貰ったところで重複だらけになる可能性があるし、かと言って金目の物を、こんなボロボロな状況に陥っている貧乏伯爵から毟り取るなど極悪人にも程がある。
求めていない俺に無理やり渡すくらいなら、その金を街の復興にでも充てた方が遥かにマシだ。
しかし伯爵の顔を見ていると、もう少しこちらから求めなければこの話が終わりそうもない。
ならば――。
「それでは2つほど。まず僕が国を興して王になったと、なんでもう知ってるんですか? ヘディン王には昨日伝えたばかりですし、さすがに早過ぎると思うんですけど……」
「あぁ、そのことか。ならば原因はコイツだ」
そう言いながらゴリラ伯爵が視線を向けた先には、一見すればフライングディスクのような……金属製の皿に近い何かが土台に乗せられ立てかけられていた。
その形状とかつて読んだ書物から答えに予想が付くも、そのまま伯爵は言葉を続ける。
「私は他の貴族連中と折り合いが悪くてな。あまりにも王都へ出向かぬものだから、陛下が古代の通信魔道具を寄こしたのだ」
「そんな魔道具があると、貰ったラグリースの史書でも見かけたような気がしますね」
「戦時でなければそう必要とはしないものだ。鳴り響いても嘆かわしい用件であることが多いし、ロキ殿が引き取ってくれるなら喜んで譲るが?」
「えっ……いや、いやいやいや! 僕も同じことになりそうなので、少なくとも今は遠慮しておきます」
「くははっ! 相手がロキ殿であれば、渡しても咎められぬほどの十分な名目が立つと思ったのだがな」
あっぶねー……
サラッと聞くだけだとかなり便利なアイテムに思えるけど、用途を考えれば対となるもう一つか、もしくは目の前のフライングディスクが一方的な受信機の可能性もあるわけだ。
受け取ったら最後、ラグリースが困る度に鳴り響くお助け電話みたいな存在になってもストレスが溜まるだけだし、自国のことは自国でやってくれって話である。
うん、やっぱり本命はこちらだな。
「んん! それじゃ2つ目を。こちらは本格的なお願いでして、落ち着いてからでいいので、新しいベザートに繋がる立派な街道を作ってくれませんか? もちろんパルメラの入り口まででいいですから」
今何かしらの物を貰うよりも、たぶん、今後を考えれば『道』が一番利益を生む。
ベザートの人達が豊かに生きていくためにも、ラグリースを含む外との交易や往来は必須。
にも拘わらず現状では通じる道がなく、ほぼ孤立と言ってもいい状況になってしまっている。
俺が作ろうにも他国となれば、勝手に道を作り始めるのもおかしな話だし、そもそも俺はそんな作業を絶対にやりたくない。
ならここは伯爵に、領主としての仕事をしてもらおう。
それが一番、皆が幸せになれる気がする。
「その程度でいいのか?」
「大変だとおもいますよ? 馬車が余裕をもって擦れ違えるような、ちゃんとした道を作ってほしいですからね」
「そうか……ならば隣国『アースガルド王国』へ続く初めての道となるのだ。人が生き延びるための復興が終わり次第、すぐに作業へ取り掛かるとしよう。特にマルタの南はだいぶ街道が抉れてしまったからな」
「それ、犯人は僕だけじゃなく、お二人にも責任がありますからね……」
「ふはは、違いない。俺もこうして身体が完全に回復したのだ。久しぶりに土盛りの作業でもやるか!」
「か、閣下!? もうハンターの立場は終わったのですから、今はそれ以上にやるべきことを……!」
目的の挨拶を済ませ、これでマルタの用事も一先ずは終わり。
まだまだやることはいっぱいあるのだ。
次は――、そろそろクアド達を迎えにいくかな?
そう思い、一度外に出てからギニエへ飛んだ。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「閣下、ロキ殿が、外で見たこともない巨大な魔物の死体を10体ほど置いていったらしいです」
「魔物の死体?」
「あまり美味しくはないけど、食べられるお肉が多いから皆で食べてと」
「そうか……やはり、あの少年は変わらんな」
「そうですね。属国と聞いた時は肝を冷やしましたが、こちらの杞憂だったようです」
「あぁ。先ほどの礼の内容を聞いても、私欲で動いていないことがありありと伝わる。ならば、これで良かったのかもしれん」
「恐れながら、今の国情を考えれば私はこれが最善であり幸運な選択であったと、そのように愚考しております」
その言葉を聞き、レイモンド伯爵はゆっくりと天井を見上げる。
周囲が欲に塗れた貴族ばかりであるからこそ、少年の行動は動機が掴めず、理解に苦しむ部分も存在する。
でもそれは、決して周囲に害を振りまくものではなく。
誰かを助け、誰かを救う正義の心は、あの時と何も変わっていないように思えた。
ただ、力が――、何かあった時、対処のしようがないほどの力が備わっているだけ。
悪が嫌いだから断罪する。
その言葉をそのままに、貴族どころか王族までもがこの世から消え、瞬く間に一国の歴史が幕を閉じたことをどう受け止めるべきか。
それに――。
『人の大勢いる場で聞くものではないと思いましたので、明日の晩に改めてこちらへ伺います。礼を強請るようですみませんが、その時【獣血】というスキルについてどうか教えてください』
新しい町の地図と一緒に、周囲へ悟られないように渡されたもう1枚の木板。
そこに記された文字を見て、レイモンド伯爵は細く息を吐いた。