軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

373話 深い、絶望の中で②

バリー・オーグは、唯一この中でガルグイユの討伐経験があった。

だから今、目の前で広がる光景に見覚えがあったのだ。

ヴァラカンだけではなく、 こ(・) れ(・) も(・) となれば、非常識にも程がある。

しかし、対処せねばこちらが負ける……

魔法は危うい……ならばもう、近接による攻撃しか―――。

思わず爪を噛みそうになりながら、意識を前に戻した時。

「?」

いない。

過半を氷漬けにし、捕縛していた対象の姿が消えている。

僅か1秒……呆けていたのはその程度のはずだったのに、なぜ。

バリー・オーグだけではなく、周囲が混乱する中で。

ドンッ!!!

「ユークリッド!?」

凄まじい音と共に上空から降ってきたのは、鳥と一緒に大剣で串刺しにされた7位の姿。

その横には大剣を地面に押し込む、異世界人もいた。

「シッ!」

その姿を見て一気に飛び出したのは、剣を構えていたロブザレフ。

そして追随するようにルエル・フェンシルも駆け出す。

「逃がすなぁああ! ここでひねり潰せぇえええ!!」

ガルファも、別方向から武器を片手に、鬼の形相で駆ける。

武器を握る者は、全員が全員、ほぼ無意識に近い行動。

異世界人の状態を見て、さほどダメージを負っている様子がないことがすぐに分かってしまったから。

身に絡まる恐怖を吐き出すように叫声を上げ、駆ける、駆ける、駆ける!

一方、誰よりも早く異世界人の下へ動き出したロブザレフは、強く踏み込もうとする直前で止まっていた。

「……」

捉えていたはずの姿は忽然と消え、数刻前に対峙した時は掴めていた【気配察知】も、なぜか今は一切反応を示さない。

一見すれば摩訶不思議な現象。

だが、この異世界人であれば―――。

「上か…っは……ッ!?」

ロブザレフが見上げたのと、背後から何かが腹を貫いたのは同時だった。

込み上げる血をそのまま垂らしながら視線を向ければ、それは真っ赤に染まった腕であり、伸びた手は剣を持つ老人の右手を強く握っていた。

「な、なにが、起き――……」

そして背後から毟るように首を引き千切られ、老人の身体は静かに地面へ崩れていく。

「ヒッ……」

目の前には老人の頭部を持ち、全身を黒い焔で覆われた子供。

表情は見えず、それが余計に恐怖を駆り立て……

向かっていたルエル・フェンシルの足は、1歩、2歩と、後退りを始めていた。

しかし、3歩目は許されず。

「ぐっ、あ、あぁ……」

強制的に、足が前に出る。出てしまう。

何をされたかくらいはすぐに分かる。

【挑発】だ――しかも、ここまで抗えないほどの強制力を持たせる特大なモノ。

もう止まれないことを、本人は理解していた。

強制的な怒りと、困惑と、収まることのない恐怖で、涙に濡れながらも詠唱を唱える。

せめて、時間が稼げるように。

自らの足を阻害する、壁が作れるように。

『十重に、閉ざせ、何をも通さぬ、不断の、" 氷壁(アイスウォール) "』

目の前に、幾重もの分厚い氷壁が生まれてゆく。

これで、【挑発】が切れるまでの時間が稼げれば――……

そんな願いもむなしく。

お構いなしに放たれた灼熱の巨大ブレスはすぐに白熱と化し、ゆっくりと半円を薙ぐように周囲一帯を業火の海へと変えていく。

氷塊は瞬く間に溶かされ、近くにいたバリー・オーグはルエル・フェンシルの身体が少しずつ溶けるように燃えていく様を。

そしてこのままでは、自分も燃やし尽くされることを悟った。

『み、水の精霊、鎮めよ、 大水(フラッド) !!』

この現象がなんなのか。

そんな思考は既に放棄していた。

魔力量にも、火力にも絶対的な自信があって。

それはニーヴァルから奪った破天の杖で、より確かなモノとなったはずだった。

それに混血とは言え、長命種の血が混ざっているのだ。

人間なんかとは生き物としての『格』も『質』も違う。

なのに――。

「なんなんだよぉ! この化け物は!!」

【精霊魔法】を使い、その威力を杖で底上げしてもなお、火力負けしていることは明らか。

煌めく業火はみるみると生み出した水を呑み込み、威力が衰えた様子もなくバリー・オーグの下へ迫っていた。

「ふ、ふふ……もう、知らない。どうなっても知らないよ……」

使えば、自分を守るだけでなく、味方の軍にまで被害が及ぶと思っていた。

最悪はこの場にいる混成軍がそのまま壊滅する。

でも、もう、どうしようもない。

自分がこのまま焼かれるくらいなら使う――バリー・オーグは、そういう男だった。

『水の精霊、全てを、呑み込め、" 溟渦(ボルテックスガスト) "』『水の精霊、全てを、呑み込め、" 溟渦(ボルテックスガスト) "』――『解放』――

唱えたのは、【多重発動】を利用した水属性【精霊魔法】の同時発動だった。

自身でも試したことのない同属性は、僅かに発動のズレは生じるも、それこそ地中と上空、どちらからも自由を完全に奪うほどの水が吐き出され、巨大な球体を形成しながら螺旋を描き、全てを呑み込んでゆく。

―――うねり。

前後不覚に陥りながら。

バリー・オーグは混濁した意識の中で、薄っすらと周囲に目を向けていた。

大量の兵や魔導士達が喉を掻きむしるように、藻掻いている。

自分の派閥に属していた傭兵達も。

遠くでは総司令のガルファも、この苦しみから抜け出そうと必死に足掻いていた。

そして、なぜか、 自(・) 分(・) 自(・) 身(・) も(・) 。

どうして自分で放った魔法に呑み込まれているのか。

即座に浮かんだ考えを否定したくて、同属性【精霊魔法】の【多重発動】とはこういう効果を齎すのかと、そんなことを考えながら【風魔法】による脱出を試みようとしていると。

「がぼっ……」

一瞬強い光が視界に入り、直後には脳天を突き抜ける電撃により、詠唱が中断されてしまう。

その後も連続して襲い来る電撃は止まらず――。

肺の空気はすべて漏れ出し、意識が朦朧とする中で、球体の外からこちらを見つめる男が視界に入った。

そして。

あぁ、 や(・) っ(・) ぱ(・) り(・) こ(・) れ(・) も(・) か(・) 、と。

バリー・オーグはかつてのガルグイユ戦を思い出し、自身が巻き込まれた理由を悟った。

これほどの規模にもかかわらず、丸ごと制御を奪われた――きっとそういうことなのだろう。

そして自分は、自らが生み出した魔法により、多くの駒も巻き込みながら情けなく死ぬのだ。

「これは……もう……神の裁きが、落ちるほどの――……」

あまりにも理不尽過ぎる力。

男の最後の言葉は、誰に聞かれるでもなく水の中に溶けていった。