作品タイトル不明
365話 ざわつき
戦争の只中だと思っていた王都ファルメンタ。
しかし上空から眺める景色はいつもと変わらず、無音と言ってもいいくらいの静寂に包まれていた。
中心部となる宮殿の上空から周囲を見渡しても、火煙の一つすら立ち昇っておらず、攻められた後という様子は一切感じられない。
王都を孤立させるため、マルタと攻める日取りを合わせていると兵は言っていたはずだが……
「まだ外か?」
王都は広く、上空から眺めたところで端までは見通せない。
それなら第四区画辺りで交戦しているのかと、一番印象に残っている南門付近に転移すれば、そこでようやく纏まった人の姿を確認することができた。
中央まで延びる大通りは石畳が確認できないほどの兵で埋め尽くされ、城壁の上はもちろん、屋根の上にも弓を所持した人達が待機している。
恰好からして、町民も相当な数が参戦しているのかな。
しかし──、これはどうなっているんだ?
どこも隊列を組んだまま待機しており、城壁の外にもヴァルツ兵の姿が一切見当たらない。
「こんにちは。僕は敵じゃありませんので、少し状況を教えてほしいんですけど」
「え?」
皆似たような恰好をしているし、そもそも兵士に知り合いなんてほとんどいない。
だから適当に声を掛ければ、その一塊は全員が呆けたような表情のまま目が点になっていた。
「戦争はどうなっているんですか? ヴァルツ兵は?」
「あ、えっと……ここに来る予定みたいなんですけど、なぜかずっと来なくて、ですね」
「来ない?」
「斥候の情報だと、ヴァルツ中央侵攻軍が王都の東側で北と南の二手に分かれる動きを取ったって、そんな話だったんですけど」
「あと半刻もすれば日は沈む。既にどこかで陣を張って明朝に攻め入る算段かもしれんし、こちらが南に兵を多く充てていることに気付き、北に兵を集中させたのかもしれん。待機命令が出ているということは、そこから詳しい情報が取れていないのだろう」
「なるほど……ありがとうございます」
「ちょ、ちょっと待て、お主はいったい何者なのだ? まずどこから現れ──」
南はまだ、戦いにもなっていない。
それに上空から見る限り、ヴァルツ軍が王都の外に陣立てしている様子も見られなかった。
魔法で光を生み出せるような世界であったとしても、普通は夕日が強く照らすような時間帯からおっぱじめたりなんてしないだろう。
「となれば、北か」
そう思って北門付近に転移すれば、こちらは予想通り戦闘の痕がしっかりと残されていたが、既に事後といったところで、今もどこかで戦っているような感じはなく、争いの音も聞こえてこない。
それは城壁の外に広がる光景を見ても、すぐに分かることで……
「城壁はたぶん、通過されていないのか?」
街の中は綺麗なまま、建物が壊されている様子もないのだ。
先ほどまでは火の海の中で、悲鳴や絶叫が途切れることのなかったマルタを見ていただけに、被害の程度があまりにも違い過ぎて思わず困惑してしまう。
と、ここでようやく城壁から外を眺める、見知った顔の人物を発見した。
「オルグさん!」
「おぉ、ロキ君か。今日は立て込んどるからギルドも休みじゃぞ。それとも助っ人に現れたのか?」
「そうなりますね。非はどう見てもヴァルツ側にありそうなので」
「ふぉふぉっ、これは頼もしいわい」
「ただ……もしかして、もう終わっちゃいました?」
そう言いながら、オルグさんの眺めていた城壁の外へ視線を向ける。
死体は同じ鎧を着ているのだから、多くがヴァルツ兵のモノだろう。
集める必要もないほど山となったソレはそこかしこで燃やされており、舞い上がる臭いは噎せ返るほどの悪臭を放っていた。
「残念じゃが、これでもほんの一部。先ほどまでおったヴァルツ軍は、なぜか東へ向かいよった」
「撤退──、なわけないですよね」
「ここまでの大軍を寄越しておいて、ヴァルツが今更手ぶらで帰れるわけもない。東から入る増援との合流を優先したと思っとったが、斥候の話じゃなぜかその増援含めて東に戻っているらしい」
「先ほど南門にも寄りましたけど、あちらは進軍していると情報の出ていた兵が来ず、状況も分からないまま待機している状態でした」
「そうか……となれば、答えは一つじゃな。東に全戦力を集中させた──ヴァルツ側がそうせざるを得ない状況に陥ったということじゃろう」
「ぜ、全戦力って、東はいったいどうなってるんですか?」
そんな状況がまったく想像できず、感じた疑問はそのまま口から漏れ出てしまう。
ばあさんや宮廷魔導士の人達はたぶん東にいるのだろう。
それに存在だけは聞いていた、『華覚』に該当する軍部の人達も。
ただそれでも、ヴァルツの全戦力をおおよそ聞いているだけに、ラグリースが比肩するほどの戦力を抱えているとは到底思えなかった。
それとも俺が知らないだけで、ゴリラ伯爵や執事、それに支配人のウィルズさんみたいな、非公表戦力をかなり抱えていたのか?
そう思っての問いだったが。
「クソババアが……ニーヴァルが戦っとるはずじゃ。たった一人でな」
「…………は?」
返ってきたのは、まったく予想だにしない回答だった。
ばあさんは強い。それは、間違いなく。
でも最上位クラスの傭兵を、それも複数同時に相手取るのはいくらなんでも無理があり過ぎる。
でも。
それでも、兵は何かがあって東に戻った──。
全軍が。
(マジかよ……)
だからこそ、心がざわつく。
半ば当て付けで予想したことが、まさかここに来て現実味を帯びてくるなんて……
「ば、ばあさんが一人って! 相当上位の傭兵も混ざって――」
言いかけたところで、自ら言葉を止める。
違うだろ。
ここでオルグさんと会話を続けたところで意味はない。
まずは行け。
直接見ろ。
それで全てが分かる。
もし、ばあさんが国を守るために古代の魔道具を使っているなら、俺は──。
「まずは、行ってみます」
オルグさんにそう告げ、転移の準備に入った時。
「ロキ君。一人で全部背負い込もうとしたあのクソババアを……助けられるなら助けてやってくれ」
それは確かにオルグさんの言葉。
でも視線を向ければ、周囲にいた人達も一様に俺を見つめていた。
よく見れば、皆が皆オルグさんと同じくらいの、皺と生傷だらけの年老いた人達だった。
こんな戦場に似合わないような人達が、最前線で敵と戦っていたのか……
「もちろんです。僕はそのつもりでここに来ましたから」
俺はそれだけを告げ、王都の東に転移した。