軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

362話 一方、その頃

マルタ南西部。

街から約3㎞ほど離れた小高い丘が続く一帯を、一人の男が東に向かって走り続けていた。

(まずい、まずいぞ……これはまずい……)

当初その男は岩陰に身を潜め、どのようにしてレイモンド伯爵を討ち、手柄を得るか。

息を殺し、戦闘を観察しながらその隙を窺っていた。

男はファニーファニーに「東へ行け」と邪険にされたが、高位ランクの傭兵である以上、そう簡単に『特別報奨』の懸かる首を捨てることなどできやしない。

しかし隠れ潜み、弱っているところを狙い撃つ――これでは仮に討てたところで、手柄は高確率で男の手から零れ落ちる。

ファニーファニーがいたのでは、かすめ取ることで逆鱗に触れるか、そのまま手柄を奪われる可能性の方が遥かに高いからだ。

理想は死にかけのレイモンド伯爵がファニーファニーを討つことだが、傭兵としての実力を知っているだけにその可能性は極めて低い。

しかも戦況が進むにつれて、明らかにファニーファニーの優勢であることが分かり、狙いを横で善戦している老人に絞ろうか。

もしくはかなり危険だが、エヴィンゲララがやられたように見せかけ、参戦という名目を立てられないか。

そのようなことを思案している中で突如現れた、あの宙を舞う子供に一時は心が躍ったのだ。

間違いなく"最上位の特別報奨"――しかも、ここで潮目が変わると。

もし異世界人が現れ、ラグリース側に立つようなことがあった場合。

これを討ち取ることができた者には、"決して金だけでは届かぬ望みも叶える"。

そう国から達しがあったのでは、傭兵としてやる気にならない方がおかしかった。

それこそ理想は共倒れに近い状況。

エヴィンゲララが先に潰れていれば、南部から追いやったファニーファニーを自ら射止めることまで男は想定していた。

だが男の殺意は次第に薄らいでいく。

エヴィンゲララごと一瞬で消えた、あの時。

ファニーファニーは慌てたように周囲を見回していたが、男は戦いの場からだいぶ距離を取っていたからこそ、その後の状況だけはすぐに理解することができた。

空高くに浮く、二人の姿。

ほんの瞬きほどの時間であの上空へ舞い上がることなど不可能ということは、鳥と共に空を舞うこの男が一番良く分かっていた。

そうなれば、いくら可能性を考えようとも、行きつく答えは一つしかない。

まさか、転移――あの異世界人と同じ【空間魔法】の能力者か?

それを裏付けるように、瞬間移動としか表現のしようがない移動を数度繰り返し。

不気味な黒い焔を纏い、あのファニーファニーと、情報には無かった近接戦闘で互角に張り合い。

どう見ても本気であろう……あの打撃をまともに喰らいながらも、普通に立ち上がる姿を見て。

(国の異常ともとれる強い警戒心の方が正解だったか……)

この異世界人はかなりの戦闘特化型であると。

そうでない者達の存在も知っていたからこそ、男は今更ながらに強い危機感を募らせる。

7位の自分でも、あの防御は貫けない――足止めくらいはできても、倒す手立てが見当たらないのだ。

ならば、まずは派閥のトップに報告を。

「急げアストラ、この地は捨てる」

待機させていた鳥の背に乗り、男は目立たぬよう低空を移動しながら王都へと向かった。

途中、遠目からマルタ東部を眺め――。

明らかに戦いの痕跡はあるも、死体の一つすら存在しない、戦場ではあり得ぬ光景に嫌な汗を掻きながら。

(このままいけば、あの異世界人は王都にもきっと来る……おまえでも勝てぬかもしれんぞ、バリー)

▽ ▼ ▽ ▼ ▽

王都の東でニーヴァルが2名の傭兵と戦い始めて、少し経った頃。

強く日が照り返す北門付近では、一つの大部隊が隊列を整えていた。

その数は10万――北部から南下してきた、ルエル・フェンシル率いる北部侵攻軍である。

そんな部隊を城壁の上から眺めるのは、自ら望んで武器を手に取り兵となった老人達の群れ。

「壮観じゃなぁ……こんな大勢の人を視界に収めるのは初めてじゃ」

「これとは別に、東から10万だかの兵がここに向かってきてるんじゃろ?」

「ワシ、震えが止まらんのじゃが」

「それ元からじゃろ」

「景色に感動してそのままおっ死ぬんじゃないよポルさん。せめて10人20人は斬ってから死んどくれ」

「いや、足らん足らん。一人頭100人200人くらいはいってもらわんと」

「トト婆さんや、それちょっと多過ぎんくないかい?」

「孫達のために気張んな。でも漏らすんじゃないよ」

大事な戦を前にして、軒先で茶を飲みながら話す程度の呑気な会話。

マルタにいた兵や町民とは違い、ここにいる者達は全員が全員、自分達の死を既に受け止めていることも大きいが。

しかしそれ以上に、今の段階から気を張ってもしょうがないと、長く生きたからこそ力の入れ時というものを理解していた。

そして、肩を揺らしながら敵兵を眺めていたこの老人も。

「オルグ爺、引きの合図はおぬしに任せるぞい」

「ふぉふぉっ、外周壁を捨てるのはしばらく後じゃろうな。前列部隊の若造どもは明らかに顔が引き攣っとるわい。ニーヴァルのクソババアが言っていた通り、当面は捨て駒の徴兵連中が相手じゃ」

「普段はクワでも握っていた連中ってわけかい」

「ヴァルツの事情を考慮すれば、"武器を握って歩ける"というだけで徴兵されとるかもしれんがな。しかし部隊に組み込まれ、攻めてくる時点で立派な敵兵じゃ。やらなきゃこちらがやられる、油断するでないぞ?」

国内ハンターギルドのトップ――ジェネラルマスターのその言葉に、周囲からは普段聞きなれない嗤いが起きる。

平穏な生活を奪い、子供や孫の命までも脅かそうとする連中だ。

油断など欠片もない。

死体を踏み付け、足場にすることすら躊躇いはなく。

刺し違えてでも殺しきるほどの殺気が周囲に溢れ、空気がピリリと張り詰めていく。

「ふぉふぉっ、問題はないようじゃな。この城壁の高さなら、単独で飛び越えられるような連中はそうおらん。如何に"土台"を作らせないか、奥に控える正規兵や傭兵連中は死体が積み重なるのを待っとるから、燃やすだけでなく散らすことも重要じゃぞ」

「難儀だねぇ」

「トト婆が本気出せば、城壁の上まで舞い上がるじゃろ」

「舞い上がらせてどうすんじゃボケ爺が」

「厄介なのは風でも飛ばせぬ岩じゃなぁ……」

「あとは氷も――ふぉふぉ、ここで一番厄介なその使い手が前に出てきおったわい。どれ、ワシがちょっと行ってくるかの」

言いながらヒョイと。

高さ20メートルはある城壁を軽く飛び降り、前に出てきた女性と対峙するオルグ。

「久しいのぉ、ルエル嬢。相変わらず冷めた表情じゃが、美しさには磨きがかかったようじゃ」

「5年振りくらいでしょうか。あなたは怖いくらいに、何一つ変わっていないですわね」

「ふぉふぉっ、仕事柄ヴァルツの経済が相当苦しいことは知っとったが……突如として戦争を起こすほどに、後がなかったということか?」

「もつかもたないかだけで言えば、あと2年――いや、3年ほどはもったのかもしれませんわね」

「なればこそ、実に惜しいことをしたな。ヴァルツのジェネラルマスターとも協議を重ねておった最中だというのに」

「何か、企んでいたのですか?」

「企むとは人聞きが悪い。新たな流通路がもう少しで生まれるところじゃった。本当に特別な経路がな」

「そうですか……でも私にはあまり興味が湧かない内容ですわね」

「自国の経済が大きく動く機会だというのにか? 貴族としてあるまじき発言じゃな」

「ふふっ、私は当主ではありませんし、貴族という立場よりも自由気ままに動ける傭兵が気に入っておりますの。お陰で北部では良い骨董にも出会えましたわ」

今までと違い、やや表情に動きのあったルエル・フェンシルへ、射貫くように鋭い視線を向けるオルグ。

「……町はどうしたのじゃ。サバリナの、町は」

「私がそのまま活かす予定ですから、建物は綺麗に残しておりますわ。人は不要なので誰もいませんが」

「そうか……」

事も無げに語られた事実。

誰もいないということは、数万といたはずの町民や駐在軍が綺麗に消されたということ。

僅かに喜色を浮かべたまま語られる内容では決してなかった。

「この王都も、そのようにするつもりか」

「私が管理する場ではないのですけれども、できればそうしたいところですわね。残していいことなど、何もありませんから」

「そうか。家の力で実力以上の順位になっていると――そんな噂が絶えぬおぬしに、果たしてできるものか。じっくり見させてもらうかの」

「ご安心を。見せる前にどこかで亡骸になっていないことを祈りますわ。矮小な存在は視界に入りにくいものですから」

お互いがお互いに、背を向け自らの立ち位置へと戻っていく。

ルエル・フェンシルは隊列の奥へ。

オルグは城壁を2、3度蹴り上げ、改めて城壁の上に。

この時には既に、老兵達に笑みはなかった。

それはオルグの表情に引きずられた結果なのかもしれない。

ドォーン――……

辺りに響く、侵攻の合図。

敵軍の後方から太鼓のような低音が鳴り響き、第一陣が奇声を発しながら城壁に向かって走り寄る。

「さて、やるぞ皆の衆。我らの守るべきモノを守り通すために――老兵の恐ろしさ、存分に見せてやろうぞ」

「「「「ふぇふぇふぇふぇふぇっ!!」」」」

「民の生活を脅かす敵兵は、誰であろうと皆殺しじゃあ」