作品タイトル不明
341話 Sランクハンター
マルタ南東部にある広大な空き地。
そこは人口増加用の住宅用地として、予め城壁内に長く確保されていた区画であり、しかし今はその広さから戦のための臨時拠点と化していた。
きっかけは満身創痍で馬を走らせてきた一人の青年から、村が10名ほどの獣人によって壊滅させられたという、理解し難い話が持ち込まれたこと。
そして確定的となったのは、特殊な方法を用いた伝達により王都から、
『10万のヴァルツ兵が亀裂の南部から、ラグリース国内に進軍してきている。中には個体戦力の高い傭兵が混ざっている恐れもある』
このような報告が、日を置かずして届けられたことだった。
そこからは事態が一変。
北部リプサムからも、早馬を用いた王都からの指示によりなんとか援軍が間に合い、張られたテント内では普段接点を持つことのなかった者達が地図を睨みながら議論を交わす。
「東部から侵攻してきた部隊は5㎞ほど手前で一旦停止、大半の兵が南北へ回り込むように移動しております」
「南部に回った兵は、そのまま通過。ほぼ全てが西側に向かって動いていますね。町民の避難経路を遮断する目的でしょうか?」
「こちらの籠城を見越して攻囲しようという腹だろうが、北に回った軍がそのまま北上してリプサムを狙う可能性もありそうだな」
「そうなれば追い掛け回して尻から叩き斬るまでだ。機動力の高い騎馬隊は今のうちに北部へ集中させるべきだろう」
主導して話すのは、領兵8000人と精鋭部隊である騎士500人を束ねる騎士長セイフォン。
リプサムからの衛兵やハンターを含めた、武器を握れる志願兵約4000人を纏めている衛兵長アルバック。
同じくマルタで衛兵と町民からの志願兵約15000人を纏めている衛兵長ソルゾイ。
そしてマルタのハンター約1300人の代表として、また自身もAランクハンターの資格を持つギルドマスター、オランドのこの4名。
しかし場を支配するのは、並んでその光景を眺める二人の男。
腕を組み、地図を睨み付けながら仁王立ちしていたこの地の領主――レイモンド伯爵が口を開いた。
「兵の移動後、東部と南部には 何(・) が(・) 残っている?」
「は! 偵察隊によれば、東部には約50名ほどの、人間と獣人と思われる者達が少数残っている模様です!」
「南部に至っては2つの存在のみ確認されています。一つはローブを纏った小人のように小さな存在で、もう一つは異様なほど大きく、黄と黒の縞模様は果たして人に分類されるのか判断もつかないとのことでありました」
この報告に場が騒めく中。
真っ先にその『色』で反応したのは、オランドだった。
「黄と黒の縞模様……? 10年以上前の目撃情報も、たしか異様な巨体で、黄と黒の縞模様だったはずだが?」
この言葉に眼を細めながら反応したのは、レイモンド伯爵の横に立つ、重厚な鎧を纏った一人の男。
「その特徴的な模様と巨体はファニーファニーでまず間違いない。かつてデボアの深部で50名近いハンターを惨殺したのもそやつであろう」
「ノディアス、一応確認しておく。おまえで勝てるか?」
「横にいる小人――エヴィンゲララだけであればまだ可能性もありましょうが、ファニーファニーはさすがに……私だけでなく、パーティ『白金の猟団』として挑んでも、同時に相手取るとなれば間違いなく無理でしょうな」
「あ、あの、Sランクハンターでも、無理な相手なのですか……?」
ここで思わず疑問を口にしたのは、衛兵長のソルゾイだった。
領主との会話に口を挟む無礼も忘れ、それでも口を衝いてしまったのは襲い来る絶望感から。
新たな魔物の出現報告により、衛兵程度では捕縛も叶わぬ強者がマルタには多く訪れていた。
そんなハンター達の中でも頂点であり、マルタで唯一のSランクハンターと噂されていたこの男が間違いなく無理という時点で、それはもう太刀打ちできる者がいないということ。
その気配を感じとったのか、Sランクハンターのノディアスは苦笑いを浮かべ、皆へ聞かせるように本音を漏らす。
「一口にSランクハンターと言っても、程度の差はかなりあるのだ。私くらいの"駆け出し"が、最上位層の傭兵とやり合うのはまったく現実的ではない。なので――」
「……」
「かつてはSランクハンターとして、『撃腕』の二つ名を轟かせたレイモンド伯爵に南はお任せしたく存じます。私とて、生まれ故郷が踏み躙られる様を傍観するつもりはありませんから、戦争参加の意思を示すAランクハンター達と共に、東の傭兵と思われる集団を可能な限り押さえましょう」
「ふん、旧知の仲なのだ。そのような堅苦しい言葉を使う必要などない。それに俺はこれより貴族ではなく、ハンターに戻る必要がありそうだしな」
「ふふっ、懐かしいですね。となるとモーガス殿も?」
「当たり前だ。この状況で執事なんぞやらせてたまるか。 害(・) 獣(・) の相手は俺がする。モーガス、おまえは小人の相手をしろ」
「御意」
「それとノディアス。いくら籠城戦とは言え戦力差は明白、街の防衛参加に意欲のある者はオランドと共に北と西門にも可能な限り配置してくれ。おまえが参加することで動く者も出てくるだろう」
「もちろんです。今なおこの街に留まっているのは、街と町民を守ろうとする者達ですから、余すことなく割り振りましょう」
返答に頷きながらも、レイモンド伯爵は冷静に考える。
兵数は3倍以上の開きがあり、個体戦力という意味でも上位傭兵と思しき数を想定すれば明らかに分が悪い。
加えて偵察からの情報では補給路が最低限しか動いておらず、敵軍が周囲の町や村から物資を強奪していることは明らかだった。
籠城による長期戦は不利なだけでなく、周囲のさらなる被害拡大にも繋がる。
短期戦を求められるが故に、この状況で欲するのは突出した戦力であるが――
(ここにファニーファニーが来ている時点で、王都にはそれ以上の戦力が向けられていると考えるのが自然。となればニーヴァルはもとより、王都からの増援もまず無しと考えるべきか……)
ふと、国に属さぬ不確定戦力が頭を過るのもしょうがないこと。
あの自覚無き正義を抱えた異世界人は、いったい今どこで何をやっているのか。
つい食事を共にした少年の顔を思い浮かべながら、レイモンド伯爵は家宝でもある一つの武器を強く握った。