作品タイトル不明
338話 猛獣の檻
ヴァルツ王国とラグリース王国の戦争。
あまりにも唐突過ぎて、この言葉を聞いても俺の思考は霞がかり、すぐに飲み込むことができなかった。
戦争はあの時、亜人差別を撤廃したことで回避できたはずじゃ?
それに先日、本を買いにばあさんのところへ寄った時も、なんらいつもと変わらない様子で出迎えてくれた。
商業ギルドのワドルさんにしたってそうだ。
自分が知る限りの情報を引き出しても、戦争を否定する要素しか出てこない。
(何も異変は無い……無かった……なんで…………いや、今重要なのはそこじゃない……)
「いつから戦争は始まってるんですか!?」
「ヒッ!?」
唐突な叫びに目の前の受付嬢は怯えるも、そんなことを気にしていられない。
理由よりも、今は時間。
いったい戦争が始まってから、どれほどの日数が経過している!?
「と、隣の国のことなんだし、うちは不戦なんだから知らないわよ! 少なくとも10日くらい前には、開戦されたって報がここにも入ってきてたわ!」
「10日……」
……話を聞きながらも呼吸は乱れ、視界がぐにゃりと捩じ曲がったように足元がふらつく。
ラグリースに寄ったのはつい昨日の話だが、それは樹海の深部という人里離れた狩場だけの話。
町に寄ったのは商団の護衛に入る前――クアドの準備待ちをしながら地図埋めと、フィッシャーカメレオンの乱獲をしていた時が最後だ。
ということは、その後。
そう日数も掛からないうちから戦争が始まったということになる。
(ばあさん、ごめん……)
なぜ戦争に発展しているのか、理由は分からない。
それでも、解決できていなかったという事実。
そしてもしかしたら、俺が広めた『地図』が戦争の原因になっている可能性まで考えてしまい、フツフツと込み上げてくる罪悪感が止まらなくなる。
(とにもかくにも、まずは状況を)
ここにいたって何も始まらない。
俺はほんの一瞬、どこへ飛ぶか悩み――。
人目も憚らずにその場から転移した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「姉さーん、それなりに若くて身体つきの良い野郎ども捕まえてんですから、ちっとは機嫌直してくださいよ~」
「煩いねェ……このアタシがハズレルートだよ? このア、タ、シ、がッ! あぁイライラするわ。もう1本いっとこうかしら」
「……噛み千切った身体をバラまかれたら後続の兵が怯える。いい加減にしてくれ」
ラグリース内に広がる長閑な穀倉地帯。
その中を延びていく街道には、普段とまったく異なる光景が広がっていた。
「ふん。アタシらがいれば、兵隊なんざ必要ないでしょ」
鼻を鳴らすのは、体長2メートルを優に超える大柄な女。
黄色と黒の縞模様は『虎』を思わせ、牙を覗かせる口周りは道中の お(・) 遊(・) び(・) によって赤く染まっていた。
「食料などの物資は誰が押収していると思っている? 運搬だって後方の兵達が担っているのだぞ?」
「そうですよ姉さん。誰かが雑用してくれてるから、俺達は暴れるだけで良いんですよ?」
「……一番酷いのはお前だがな、エヴィンゲララ。無抵抗な子供くらいはさすがに放っておけ」
そう言われ、エヴィンゲララと呼ばれた小柄で独特な顔を持つ男は、これまた独特な声で笑う。
「ギギッ、あいつら、俺を見てネズミみたいな小さい野郎だって笑いやがった」
「笑うも何も、口を開く前に殺していたはずだが?」
「違う! 顔と! 目と! 雰囲気で! 俺を小バカにしやがったんだ! ついでに俺の鼻が皿よりデケェとか、デカい耳で空を羽ばたけそうだとか、デコが近所の畑より広いって! あのクソガキどもが……ッ」
「んんっ……それに纏まった数の兵は間違いなく必要だ。南の要所、マルタはこれまでの村や町のようにはいかんはずだからな」
「ローエンフォートと同じ、Bランクの狩場があるくらいでしょ?」
「そうだが、密偵によればここ最近はAランクハンターや、中にはSランクの可能性がある者まで常駐しているような話も出ている」
「ん~? レイドが近いんじゃないの?」
「クイーンアントでしたっけ、昔ファニー一派でこっそりぶっ潰しにいきましたよね。他のハンター連中もついでに潰しちまいましたけど」
「自業自得、アタシの姿見て悲鳴を上げるからだよ。レディに対して失礼にもほどがあるでしょ」
「お、おまえらどうやって人間至上主義の国に……って、そんなことよりだ! 噂によれば、狩場内に別のボスが現れたらしい。しかも魔宝石を有した 別(・) 格(・) という話まである」
「ほう……それは興味深い話だな」
ここで初めて口を開いたのは、背に巨大な弓を携えた男。
「なんだい、ずっと寝てんのかと思ってたよ」
「ユークリッドの旦那、盗み聞きしてたんですか? そういうの良くないですよ?」
「寝るとは言っていない。『目』を温存していただけだ」
「んんっ! 一桁ランカー3人が南に配属されたのはそういうこと。マルタの一筋縄ではいかない城壁、そのまま防衛に回る可能性のあるハンター共、それに――レイモンド卿。噂が本当なら、一番厄介なのはまずあの男だ」
「そんな名前、聞いたこともないよ。ラグリースと言えばやっぱり"火仙の魔女"でしょ? あークソッ! ヒョロガリ野郎の憎たらしい顔を思い出しただけでまたイライラしてきたんだけど!」
「ちょ……暴れないでくださいって! でもジオールのオジキが今回辞退しなけりゃ、バリーの兄貴が南部担当になってた可能性は高かったですもんね」
「そうなったらファニーは、目立つ首級のいない北部制圧に回されていたと思うが?」
「え? そうなの? なら南で良かったってこと?」
「え……そういうことになるんですか?」
「なぜ俺に聞く。まぁジオールが一派のビアスまで連れて参加していたら、美味しいところを全部持っていかれる可能性が高かったのだ。不参加の方が俺達にとっては美味しいに決まっているだろう」
「道理がないとか、意味の分からないこと言ってたらしいけど……よく考えたらこれはチャンスなのかもねェ。よし、エヴィゲラ! とっととレイモンドってヤツぶっ殺して北に向かうよ!」
「ついでに、レア物の最高報奨も狙っちゃいますか!」
「バカもん! 勝手に動こうとするな! 南部侵攻軍の司令官は私なのだぞ!?」
「待て、ファニー。レイモンドを殺るのは俺だ。おまえはその怪力で城壁に穴でも開けていろ」
「あぁ? 7位如きがふざけたこと言ってんじゃないよ。そのヒョロい腕を食い千切ってやろうか?」
「野郎は全部あげますから、自分は弱そうなガキや女を……あ、姉さん。次の村、いや、町が見えてきましたよ。収穫の時間ですって」
「おい、聞け! それ以外にも南部に3人割り当てられた理由は――……」
南部侵攻軍を取り仕切る軍将『槍覚のアトナー』は、声を張り上げながらも額にジワリと汗を滲ます。
このような猛獣の檻の中では生きた心地などせず、ましてや統率を取ることなど不可能に近かった。
国が望んで雇い入れたとは言え、放っておけば何をしでかすか分からない連中なのだ。
ゆっくりと背後を振り返れば、まったく終わりの見えない兵列。
その手前に種族も装備も、何もかもチグハグな者達が100人は見える。
ここにいる3人だけではない。
後方の中にも、自分より確実に強い者達が混ざっていることは、国が集めた前代未聞とも言える傭兵の数を把握しているアトナーだからこそ理解していること。
(結果を急ぐ理由も、万が一に備え戦力を抱えた理由も分かる。しかし、これはあまりにも……)
思うことはあっても、軍部に所属する人間が国の決め事に反することなどできようはずもない。
道中の惨劇に目を背けながら、アトナーは新しく見えてきた町にソッと『×』の記しを加えた。