軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

323話 化け物

「これで、打ち止めですか?」

「っ…ぁ……」

左手に短剣を刺したまま、倒れたグリーヴァの陰から幽鬼の如く立ち上がったガキの言葉に、すぐさま声を発することができなかった。

――なぜ、眠っていない。

――どこから、その大剣は出てきた。

――どうして、Aランクでも上位であるはずの魔物があっさりやられる。

疑問が津波のように押し寄せ、喉元で渋滞を起こしたように詰まっていたが……それでも最初に出てきたのは、意味の分からない問いへの疑問。

「どういうことだ……?」

「いえ、もっと珍しい魔物が色々いるのかと思いまして」

周囲に視線を彷徨わせながら出てきたこの言葉に、それでも俺は警戒されているのかと、多少の余裕が生まれてくる。

自前の【心眼】が通らぬ謎の子供。

所持している武器素材からAランク相当の実力はありそうなものだが、このガキだって俺の力量を測り兼ねているのだろう。

ならば、ここは大きく見せる。

事実、グリーヴァだけが戦力の全てではない。

こんな事態になるとは思っておらず、忍ばせたままの予備戦力など、あまり戦闘向けではない魔物が1体だけだが……

緊急事態となればそんなことも言っていられない。

「ふん、当たり前だろう。グリフォンなど、俺の飼う魔物の中では雑魚中の雑魚よ」

背後でDランクのベイブリザードと、Bランクのソルジャーアント達がジッと指示を待っていたが、相手は所詮子供――どうせ見た目から魔物のランクなど判別できまい。

今はそんなことより、この子供を少しでも萎縮させ、その間に時間を稼ぎつつ態勢を立て直す。

そう思ってのこの言葉は、見事ハマったように思えた。

目の前の少年が僅かに震え、両腕を抱くように身体を寄せたからだ。

「じゃあすぐに連れてきてくださいよ!」

「……え?」

「早く、全部ここに連れてきてください。そうしないとあなた、すぐに死んじゃいますよ?」

「…………」

意味が分からない。

敵の戦力が増えることを望むやつがどこにいる?

至極当たり前のことのはずが、どう見てもこの子供が虚勢を張っているようには見えず、それどころか目を輝かせ、恍惚の表情を浮かべていた。

何か、おかしい。

警戒と共に、嫌な汗が身体中から湧き出てくる中、この場をどう切り抜けるべきか。

その一点だけに思考を巡らす。

「……俺を殺すだと? 本気で言っているのか?」

「そんな、僕達を殺しに来てるんだから当然じゃないですか」

「ただ、眠らせただけだが……?」

苦しい言い訳。

それは予想通り無駄どころか、必要以上に見透かされていた。

「先ほどのやり取り、聞いてましたよ? 後ろにいるのは穴掘りが得意なソルジャーアントですし、痕跡を残さないように、一時的な巣穴にでも持ち帰ってからお食事会をするのでしょう? 考えましたよね、この草もろくに生えていない乾燥した大地なら、離れた場所で掘り起こされたとしてもまったく目立たない」

「……」

「で、ベイブリザードがこの数ってことは――あぁ、もしかして馬の代わりに馬車を引かせる予定でした? 馬よりも力はあるでしょうし、これだけ魔物の統率が取れているなら、御者なんていなくても滞りなく輸送できそうだ。【魔物使役】って想像以上に便利ですね」

「……おまえも傭兵だろう? なんの因果で首を突っ込んだのか知らないが、この件が貴族絡みだと、分かって手を出しているのか?」

「貴族って、もしかしてオーラン男爵ですか?」

「ふん、分かってるじゃないか。ならば手を引いた方が身の為だ。これからまともに傭兵稼業が―――」

「やっぱりオーラン男爵も関与してるんですか?」

被せるように出てきた焦りの言葉。

それはそうだろう。

傭兵にとって貴族はアキレス腱のようなもの。

仕事を受ければ旨味も強いが、敵対となれば良いことなど一つもない。

これを好機と、事実をもって脅しに掛かるも。

「へぇ……あなたはオーラン男爵側の傭兵なんですか……」

まただ。

先ほどと同じ、何か気持ち悪さを覚えるこのおかしな空気。

子供は三日月のように、口の両端を上げて嗤った。

「あはっ、予想はしてたんですけどね。やっぱりオーラン男爵も真っ黒とは……ふふ、そんな『悪党』はどちらも綺麗に掃除しないといけませんねぇ」

「し、正気か……?」

予想だにしない、貴族への敵対宣言。

この場限りのはったりで口にしているようには見えない。

後先を心配するような素振りはまるでなく、何を見ているのか分からないその眼は本気としか思えなかった。

……くそ。

こんな頭のイカれたガキに脅し文句は効きそうにない。

俺の所属する傭兵派閥を言ったところでたぶん意味はないし、一度も見たことすらないガキなのだ。

もし他国の傭兵であれば、上位ランカーの名を出したところで大した脅威も感じないだろう。

だが……これで間に合った。

ここまで計画が露見されているのだ。

強引に逃げたところで、貴族絡みの依頼を派手に失敗したとなれば、当面この国での仕事は満足に得られなくなる。

ならば――覚悟を決めろ。

実力も未知数のこのガキは、ここでどうあっても殺すしか、俺にこの先の道はない。

「狂ったガキが!」

「それより、他の魔物はまだですか? ずっと待ってるんですけど」

「ふん、もうてめぇの足元だよ! 喰らいつけサンドラ……ぁああっ!?」

ズズ……ッ!

視界に頼る素振りを見せていたのは罠だったのか……?

命令と同時に、地中から大口を開けて出てきたはずのホワイトワームは、顔面が血と岩に塗れ、息も絶え絶えにすぐ横たわる。

こんな姿、一度も見たことがない。

何が起きてこんな状態になったのか。

「遠くからチンタラと掘り進めていたのは知ってるんですよ。だから僕が言っているのはこれじゃなく、もっと別の魔物です。もっともっと、他にもいるんでしょう?」

「こ、こんな硬い土を簡単に掘れるわけ……って、サンドラーに何しやがった!?」

「このデカい芋虫ですか? 僕のところに向かってくるのが分かったから、足元に硬い石の棘を少し用意しただけですよ」

「……」

どうやって?

刹那に出てきた疑問を掻き消し、それどころではないと、すぐに命令を下す。

「ね、寝るなサンドラーッ!! 意地でもそいつに食らいつくんだ! 蟻んこ共は酸だッ! とにかく酸を吐けぇ!!」

これが正真正銘、俺にとって最後の隠し玉なのだ。

この戦力でどうにかしなければ、俺はこの場から逃げるしかなくなる。

だが、捕まえさえすれば……いや、最悪自滅覚悟でも、酸塗れにさせちまえば、俺の勝ちは揺るがない。

揺るがない、はず、なのだ……

「なんでだよ……」

目の前のガキが、小声で何かを呟いていたのは分かった。

でも分かったのはそれだけ。

なぜか右手が黒い靄で覆われ、すぐにガキを中心とした巨大な竜巻が発生した。

その瞬間、俺のペット達が、細切れにされていく。

でも、中心にいたガキだって、大量の酸を浴びているはずなんだ……

その証拠に服は溶けていってるのに、宙を舞う仲間達の隙間から覗くガキの身体はまったくダメージを負っていない。

もう、ダメだな……

そう判断したと同時に、ベイブリザード達に他の人間を喰らえと指示を出し、魔鳥であるロトンとエトンに緊急離脱の合図を送った。

これで多少の時間稼ぎはできるだろう。

世の中には理解の範疇を超えた存在がチラホラといて。

きっとコレはその類で、そもそも人なのかどうかすら疑わしい。

苦労して使役したドリームシアターも、ランカー傭兵としての地位も。

全てを捨ててでも、今は生き延びる。

まだロトンとエトンだけはいるのだ。

新たな地で、また少しずつ積み重ねて――

片手ずつそれぞれの足に掴まり、宙吊りのような状態で空を昇っていた時。

バンッ!

雷鳴のような音に反応して後方へ振り返れば、なぜか地面には歪な黒い靄ができていた。

【闇魔法】による追撃か……?

身体中に力が入るも、よくよく目を凝らせば、それは先ほどまで見ていた恐怖の対象で。

背から生えた何かは、黒く蠢いているように見える。

「ッ……ロ、ロトン、エトンッ!! は、はは、早くだ! 早くここから離脱しろーーーッッ!」

あれはどう見ても、人じゃない。

掴まれば、俺はきっと喰われる。

早く、速く早く速く……ッ!

そんな願いも、空しく。

魔鳥を遥かに超える速度で迫りくる何かは、変わらず三日月のような笑みを浮かべていて。

「あぁぁ……」

「捕まえた♪」

俺の頭部を掴み、化け物は嬉し気な声で、そう呟いた。