作品タイトル不明
319話 初の護送依頼、東へ
多少時間を掛けてでも、商団の規模は同等にしてほしい。
代わりに、その規模にもっていくための費用は俺が用意する。
この約束事に合わせて進めていたのだから、全てを失いかけていたクアドさんでは、準備にそれなりの時間がかかるであろうことは分かっていた。
が、支度金を渡してからそろそろ1ヵ月。
オルトランのマッピングは一通り完了し、商業ギルドのワドルさんに地図納品まで済ませてしまい――。
このままだと、あと10日くらいで【透過】スキルがレベル5までは上がりそうだし、そうしたら次はどの国に向かうべきか。
さすがにそろそろ情報収集しておかないとマズいのでは?
そんな焦りを内心抱えながらクアドさんの店を訪ねれば、今日は何やらお店の様子が違っていた。
店内に売り物がないのは相変わらずだが、その何もない店内や荷物の増えてきた奥の倉庫に、悪党面したおっさん達が何人も居座っていたのだ。
一瞬、襲撃された? と警戒するも、おっさん達のうち半分は地べたに座って呑気に飯を食っており、その中には同じように飯食ってるクアドさんの姿も確認できる。
「あれ? クアドさん、これってどういう状況ですか?」
「あ、ロキさん! やっとっす! やっと頭数だけは準備できたっすよ!」
「お、おぉ!」
スリ傷だらけの顔をして、初めての笑みを見せるクアドさん。
御者にしろ俺以外の護衛にしろ、人集めでかなり躓いていることは話に聞いていた。
だから最悪護衛だけは、その能力がなくても見てくれの頭数だけは揃えてくれとお願いしていたが、ようやくその数を集められたのか。
「結構人がいますね! 全部で20人くらいですか?」
「御者が8人、護衛役10人の合計18人っす! 結局『奴隷商館』から人を買ってくることになったっすけど、これでようやく人を集めることができたっすよ!」
「……ん? ど、奴隷商館?」
笑顔のままあっさり返された言葉に困惑し、俺は言葉が続かない。
合法な国が多いことは聞いているし、貴族や商人が主な購買層であることも、奴隷商館に関する本で学んではいた。
が、まさか、俺の案から奴隷を買うなんて事態になるとは……
人集めの問題は金で解決すれば良いと、そう言ったのはたしかに俺だが、奴隷という選択は想定外。
価値観の違いと言えばそれまでだけど、果たしてこのまま進めてしまっていいのか?
そんな気持ちがもたげ始めた時、横で一緒に飯を食っていた大男が口を開いた。
「おいおい、このあんちゃん勘違いしてんじゃねーか?」
「?」
「言っとくが、俺達はクアドさんに感謝してんだからな」
「そうだぜ。やっと窮屈で汚ねぇ豚小屋から解放されたんだ」
「あの臭くてマズい飯ともな!」
次々に出てくる元奴隷たちの言葉。
そこに悪感情は一切見られず、"解放された"という感謝の言葉が続いていく。
「彼らは皆、借金奴隷っす。でも、こう…… 何(・) か(・) がないと、長く買い手が見つからないことも多々あるんすよ」
「あぁ、なるほど……」
クアドさんは言葉を濁したが、"何か"というのは"能力"――すなわちスキルのことだろう。
視界に入る人達を眺めても、たしかに大きく伸びたスキルは見当たらないし、一人を除いてその中身も凡庸だ。
「方々に声を掛けても、相場の5倍金を出すと言っても、一人も手を挙げる者がいなかったっすから……なら大した借金額でもない彼らを買った方が金も安く済むんすよ。それに――」
言いながらクアドさんはカウンターの裏へ行き、屈んで何かをした後に一枚の木板を俺に差し出してきた。
そこには、
『奴隷であれば、裏切り者はでないっす』
このように書かれており、たしかにそれもそうかと、一人心の中で納得してしまう。
商団が行方を眩ます理由は未だ分かっていないのだ。
可能性として身内や雇った者の裏切りが関係しているのであれば、知り合いや繋がりのある人たちに声を掛けるより、最初から奴隷を雇った方がそのリスクは薄まるだろう。
彼らには悪いが、長期間の"売れ残り"となれば、キウス商会から指示を受けて潜り込んでいる可能性はさらに薄くなるし、裏切れない奴隷契約を交わせば失踪の理由を一つ潰すこともできる。
偶然か予定通りか、クアドさんはどちらかというと見た目可愛い系の犬だが、結構頭脳派なのかもしれない。
「分かりました。内容は把握できましたので、このまま進めていきましょうか」
「その前に1つだけ確認だ」
口を開いたのはクアドさんではなく、唯一奴隷達の中で【調教】のレベル2を所持した横の大男。
「かなり危険を伴う荷運びだって聞いてるんでな。本当に護衛はあんちゃん一人なのか?」
「えーと、夜間の交代要員は準備していますが、基本はそうなりますね」
「マジかよ……文句を言える立場じゃねーのは分かってるけどよ。まったくSランク相当の実力があるようには見えねーし、本当に何かあった時、クアドさんや俺たちのことを護ってくれんのか?」
「ちょ、ベッグさん! 全部のお金出してくれてるのはロキさんなんすからね!?」
「はは……気持ちは分かりますから、大丈夫ですよ。もちろん全力で守るつもりですが、ただ証明するのは難しいんですよね」
このベッグと呼ばれた男に力自慢したってしょうがないからなぁ……
何が待ち受けているかも分かっていないのだから、この場で大丈夫なことを証明なんてできるはずもない。
「そうは言ってもよ……」
「ま、まぁまぁ、ロキさんも来たことだし、あとは最終確認してくっすよ! 料金抑えるために奴隷契約期間短くしたんすから、余計な時間なんてないっすからね!」
「ん? 契約期間?」
「奴隷商人から代理の主登録してもらえる期間っす。長くなるほど金がかかるんで、今回は15日間にしてもらってるんっすよ。無駄な金は使えねーっすから」
「あぁ、なるほど……話の腰折ってすみません。理解しました」
奴隷商館に関する本では、こんな情報まで載ってなかったから勉強になるなぁ……
コストに限りがあるのだから、売った後の奴隷契約期間に期日を設けるのも当然といえば当然か。
ギニエでやっている俺の奴隷契約が、いかにガバガバで大盤振る舞いなのかがよく分かるわ。
その後はクアドさんが木板に記しながら、旅の予定を確認していく。
ドミアからサヌール間の旅程は、何もトラブルが発生しなければ通常馬車で13~14日間ほど。
ドミアを出てから東に向かっていくつかの町を越え、8日ほどで到着するオリアル山道手前の町『シュライカ』までは、失踪した4度の商団全てが立ち寄っているという話で間違いないらしい。
つまり問題になるのはその後で、シュライカから3日ほど掛けて抜けていくオリアル山道――その中でも西寄りの森林区間が失踪ポイントとしては断トツで濃厚。
逆にその後は山道を抜けても、サヌールの受付嬢が言っていたように見晴らしの良い荒野が続き、しかもオリアル山道を抜けた後の町ではどこもクアド商会の商団が経由していないので、山道を抜けた以降に何かがある可能性は極めて低いとのこと。
「クアドさんよ。それまではまず何もないと思っておいていいのか?」
「まず大丈夫っすね。今までもそうですし、山道に入るまでは田畑が続くばっかりで、人が満足に隠れる場所なんてないっすから」
「つーことは、警戒するのは山道に入ってからの2日間くらいか……」
「そうなるっす。誰が、どうやって、うちの商団を失踪させているのか。誰も死なずに原因を突き止めるっすよ!」
「「「おぉう!!」」」
正式ではないにしても、俺にとってはこの世界に来て初めてのまともな護送依頼だ。
経由地の確認や水の補給場所、野営必須区間など、地図も無しに進めるその話に感心しながら耳を傾け。
こうして翌日の明朝、出立することを知らしめるように堂々と、計8台の馬車はドミアを東に向かって出発した。