軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

185話 ニーヴァル様

初めて訪れた第二区画。

一気に街を歩く人の数が減り、脇を2頭立ての馬車が優雅に整備された路面を走っていく。

馬車自体も今まで見てきた物とは質が異なり、第三、第四区画は荷台のみ、もしくは幌が付いている馬車ばかりだったが、ここにきてきっちり木造の屋根まで作られた箱型馬車が目につくようになってきた。

綺麗に塗装され、家紋なのか、紋章のようなマークが側面にはペイントされている。

あ~お金持ち用だねと、一発で分かる仕様だ。

「兄ちゃん、あれが最後の区画門だ。あそこから先は俺達も通れないぜ」

「ここまで来られれば十分ですよ~」

第三区画にある宿から、馬車に乗って約1時間ちょっと。

6000ビーケほど支払って馬車を降り、重厚な作りの区画門を見つめる。

ここまで来る庶民なんてあまりいないんだろうな。

同じルートを回る循環馬車と、割高だが街中の一定範囲内なら望む場所に連れていってくれる周遊馬車。

そのうち今回は後者しか選択が無さそうだったので、一人馬車を占有しながらここまで来たわけだ。

御者の人からも色々と話が聞けたので、そう考えると想像以上に安い費用で済んだと感じる。

「こんにちは~」

「……なんだ?」

やや作りの良さそうな鎧を身に纏った壮年の兵士に声を掛けると、随分威圧的な視線で見降ろされる。

まぁまぁ、これはしょうがない。

この先は国の主要機関が詰まった特別エリアだと話は聞いている。

そりゃ警備だって厳重にもなるでしょうよ。

「えーと、僕はロキと言いまして、筆頭宮廷魔導士のニーヴァル様という方に会いにきました。マルタの監査主任、ニローさんから話は通ってますか?」

「ニーヴァル様だと? ……暫し待たれよ」

様子を見ていると、今は閉ざされている大型な金属製の門の横に、大人が少し屈めば出入りできそうな小さな扉があり、そこから反対側にいる誰かへ声を掛けている。

たぶんこの兵士は何も聞かされていなかったんだろうな。

そして。

「今別の者が監査院へ確認をしに行っている。それまではここで待機していてくれ」

そう言われるも悲しいかな、この門の付近は何も無い。

せめて屋台でもあれば食べながら待つこともできたんだが、第二区画に入ってから屋台というのは一切見なくなってしまった。

飛べばすぐに――

真っ先にチラつくも、さすがに王様がいるようなところに直接ダイブするほどの勇気はないしなぁ。

そんなことして矢やら魔法やらが飛んできても困ってしまうので、ここは我慢して正攻法の入場を目指すしかないだろう。

そして約1時間後。

地味特訓で魔力を消費してしまえばあまりにも暇過ぎで、門の横で寝かけていたら聞いたことのある声を耳が拾った。

「ロ、ロキ殿っ!?」

「んあ?」

振り向けば、そこには見覚えのある後退した頭髪。

あの頭は――

「あ、ニローさん。王都に着いたんで寄らせてもらいましたよ~」

マルタの監査主任ニローさんが、見知らぬ男性と共に立っていた。

そして開口一番なぜかニローさんは頭を下げてくる。

「てっきりこの手の城壁など上空から飛び越えていくと思ったもので、話が通っておらず申し訳ないことをしましたな」

「あ……あはは。いきなり攻撃されても嫌ですからね!」

なるほど、それくらいなら許容範囲だったわけか。ちくしょう失敗した。

「それにしても、ニローさんがこの場にいるとは思いませんでしたよ」

「私も取り急ぎ用件を伝えたらマルタに戻る予定だったのですが……待機命令が出ましてな」

そう言ってチラリと横の男性に視線を向ければ、それを合図とばかりに男が口を開く。

「私はラグリース監査院の次官を務めるカムリアというものだ。ニローから話は聞いているよ」

「よろしくお願いします。次官様ですか……」

このカムリアという50代くらいの一際顔が濃いおじさん。

次官というくらいだから、監査院という組織の2番手とかそのくらいのかなり高いポジションにいるのだろう。

口元は笑みを作りながらも視線は鋭く、俺を見定めている様子がありありと伝わる。

「ふむ、姉君はおらんのか……あぁ、そうかしこまらないでくれ。私もニローも平民出だ。案内人が付くなら偉ぶった者よりは気が楽だろう?」

「それは、たしかに」

返答はするも、なんとも微妙なところだな。

平民なのにそこまで上り詰めたとも取れるわけだし、雰囲気からしてもこのおじさんまったく油断できない。

まぁ……それでもこの人は強くない。

ならばそこまで気にしてもしょうがないかと、屈みながら扉を抜けていく二人の後をついていく。

俺だけ屈まなくても通れてしまうところがなんとも悲しい。

「あの正面に見える建物がラグリース王国の中心――ベリヤ宮殿だ。ニーヴァル様もそちらにいらっしゃる」

敷地面積をかなり広く取り、周囲は緑に囲まれた一際大きな白い建造物。

個人的な先入観として、ファンタジーで王様と言えばてっきり城でもそびえ立っているんだろうと思っていたので、最初に上空から目にした時はちょっと国会議事堂っぽい雰囲気に驚いたものだ。

そこからは門の裏側に用意されていた、例の金持ち風味漂う箱型馬車に乗って宮殿へ。

乗り心地も多少マシになるんだな~と思いながら、外を覗く窓がカーテンで塞がれているので、心配事を二人に――というよりニローさんが緊張しているのかピシッと固まっているので、カムリア次官にぶつけていく。

「あの建物に王様も住んでるんですか?」

「厳密に言えば宮殿の奥にある王宮に住まわれている。建物自体は中で繋がっているがな」

「なるほど」

「王族との接触は避けたいのだろう? 安心してくれ。そのことも事前に伝えてある」

「……ありがとうございます」

向こうからしてみれば、今のこの状況は準備万端、なんだろうな。

これから裏をかく何かが待ち受けているのか、それとも正攻法で俺の信用を取りにきているのか。

まぁ俺も多少時間を空けた方がいいのかと思って、のんびり王都に向かってきたわけだし、あちらに準備期間を与えたのは俺自身だ。

あとはその場その場の流れに任せていくしかないだろう。

移動時間で言えば20分程度。

馬車が止まり、鎧を着た兵士が馬車のドアを外側から開ける。

このような扱いが窮屈過ぎて堪らない。

もっと気軽に立ち寄るつもりだったのに、どうも大事になっているような気がしてならず、胃がキリキリと痛くなってくる。

いつの間にかニローさんは誘導する側からされる側へ。

俺と並んでカムリア次官の後を小さくなりながらついていき、宮殿の中へ足を踏み入れれば――

(おぉ、すげぇなこりゃ……)

語彙力が吹っ飛ぶほどの豪華絢爛っぷりに言葉を失い、視線だけが方々に飛ぶ。

少々地味に感じた外観の印象とは大違いだ。

壁、柱、天井――全てと言っても過言ではないほど細かい紋様が彫り込まれており、それらは控えめながらも石材でできた地面にまで広がっていた。

何か魔法的な要素があるのか、それともただの芸術なのか。

宙にぶら下がるシャンデリアにしろ、壁面を彩る鮮やかな鉱石の飾り付けにしろ、全体的にピカピカし過ぎて目にダメージを負いそうな空間だ。

道中、豪奢な衣装を纏った人達に訝しげな視線を向けられ、ニローさんと二人して目をシパシパさせつつ到着したのは一つのドアの前。

「……ニーヴァル様、おられますか?」

カムリア次官の声掛けに、中からしわがれた声が聞こえてくる。

「やっと来たかい」

言葉と同時に開く重厚なドア――そして、ドアの前に立つ一人の老婆と目が合う。

目線は丁度俺と同じ位置。

やや腰が曲がり、両手で杖に重心を預ける小柄な女性は、屈託のない笑顔を浮かべながら俺を眺めていた。

色素が綺麗に抜け落ちた白髪、顔に刻まれた深い皺は、この世界に来て対面した中でも一番の高齢者だろうなと予想する。

「ホレ、そんなところでジッとしらんと、中に入りな」

杖の先でチョイチョイと。

よくある相手を気遣った普通の会話。

それでも俺は動けなかった。

す(・) ぐ(・) に(・) ス(・) キ(・) ル(・) は(・) 切(・) っ(・) た(・) が(・) 、それでも尾を引く先ほどの感情が踏み出そうとする一歩を躊躇わせる。

ハハハ……いやーまいった。

(このばあちゃんに、全然勝てる気しないわ……)

――女神様以外で初めて味わう感情に、俺は挨拶も忘れ、ただただ苦笑いするしかなかった。