作品タイトル不明
123話 女神会議
「今日は【飛行】スキルがレベル4になるまで粘ってくるから、夕飯先に届いちゃったら食べてていいからね!」
「待っていますから大丈夫ですよ。行ってらっしゃい」
「ほーい! リステも頑張って!」
少し浮き立った様子で出かけていくロキ君を、微笑ましく思いながらも見送る。
(頑張って……ですか。確かにその通りですね。いつか不要な衝突を起こすくらいならば、私が――)
チラリと、使われていないベッドの上に置かれた、ネックレスとイヤリングに視線が向く。
靴以上に嬉しいと感じたロキ君からのプレゼント。
「……決してロキ君を困らせたりはしませんからね」
そう一人呟き、私は 町(・) へ(・) 行(・) か(・) ず(・) に(・) 【分体】を消した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
『オールドレテス』と呼ばれる世界の管理用に創造された、名も無き小さな世界。
その一角に、6名の下級神が集まっていた。
中央には白い丸テーブル。
それを囲むように6脚の椅子が用意され、4つのカップには紅茶が注がれている。
一見すればただのお茶会。
そのような中で、集合を要請した商売の女神リステが口を開いた。
「度々すみません。本日も重要な議題があり、皆さんにお集りいただきました」
「また何か、好転する要素が見つかったのですか?」
愛の女神アリシアが期待に満ちた表情を浮かべる。
また、とはつい三日前に相談された『地図』についてだ。
この時も同様にリステから招集が掛けられ、一度は良かれと思って抹消した地図の存在。
その復活が提案され、現実的な方法として、リステの固有最上位加護を使用することが決定された。
当初は戦の女神リガルやアリシアなど、地図の復活に懸念を示す者もいたが、地球という女神達が知る中で最も発展が進む世界には、比較にならないほどの高精度な地図が存在すること。
その地図の存在によって人の往来、物流の動きが活発になり、合わせて情報の伝達も進みやすくなったため、地図は文明の発展に欠かせないという情報をロキから得られたことが告げられた。
反面『戦争』という、地図の存在によって活発に成り兼ねない懸念材料が再発してしまうことを危惧する者もいたが、地球では数多ある国々の多くが膠着状態に入っており、国が消滅するほどの大きな戦争はほとんど起きていないこと。
おまけに緩く衰退の一途を辿っている下界の文明レベルと照らし合わせても、推定1000年程度でその段階に入っていると告げられた時、この場で反対をする者は誰もいなくなった。
女神達にとってはたかが1000年。
もちろん地球には存在しない魔法やスキルがどう作用されるか分からない旨も説明されたが、それでもこの程度の歳月で、最優先事項とされる文明の発展が大きく進むかもしれないという期待が、リスクはあっても試さない手はないと全員を納得させた。
だからこそ、集まった者達は思ったのだ。
また何か、この世界にとって有益な情報がロキから 齎(もたら) されたのかと。
だがリステから出た言葉は、まったくもって予想外の内容だった。
「今日はロキ君について、皆がどう思っているのかを確認させていただきたいのです」
唐突に出たこの言葉に対しての反応は三者三様。
アリシアとリガルは首を傾げ、頭には疑問符が。
罪の女神リアは無反応を決め込み、生命の女神フィーリルは僅かに口角を上げる。
そして豊穣の女神フェリンは――明らかに狼狽えていた。
警察がいれば職務質問まった無しと言えるほどのキョドりっぷり。
そんな中で真っ先に言葉を口にしたのはリガルだ。
「どう、と言われてもな……聞く限り悪さはしていないようだし、何よりやつは急成長しているのだろう? だから楽しみではあるな。次は私が下界に降りるから、その成長っぷりを直接確かめてみたいと思っている」
「そうですね。皆が降りるようになって【神通】の頻度が少し減ってしまったのは残念ですけど、それでも地球のお話を沢山してくれますから良い子だと思います」
次いでアリシアも、悪い印象は無いという反応を示す。
この2名の言葉に「まだ下界に降りていないから……」と内心思う者が数名いたりもするが、それぞれが様子見の段階なので露呈することもない。
が、ここで軽いジャブを打つ者が現れる。
「あの子は可愛いんですよね~ついつい愛でたくなってしまいます~」
「そっ、そうそう! 何か可愛いんだよね凄く!」
フィーリルの言葉に、これは都合良しと便乗するフェリン。
だがこの程度で場が荒れるようなことはなかった。
自然体で話すロキには、まだ下界に降りていないアリシアやリガルでも少なからず納得できる部分があるため、1名を除いて「ウンウン」と頷く程度で済んでいる。
そして沈黙を守る者に声が掛かった。
「リアはどうなんだ? 自慢げに話していたし、楽しかったのだろう?」
「それは……うん。色々と新鮮だった」
このそれぞれの発言、その様子を踏まえつつ、リステは口を開く。
「下界に【分体】を降ろしてロキ君と数日過ごしましたが、彼は非常にこの世界の発展に対して献身的です。私達が特別な力を与えて呼び込んだわけではない、ただ巻き込まれた側の人間だというのに、日々の成長を楽しみながら、地球に関する知識をこの世界に落とそうとしてくれています。既に製品開発された物まであることに私は驚きました。そして今のところ、まったくと言っていいほど悪意がありません」
ここで一同は、リステの空気が変わったことを察した。
何か、とんでもない爆弾が降ってくるのではないかと。
だが――誰も止められなかった。
ただただ、異様な覚悟をもったリステを眺め、その爆弾の内容は何事かと身構える。
「私は当初、彼に興味がありました。先に下界へ降りた者達の話から彼自身への興味が半分、そして彼が持つ知識への興味が半分と言ったところでしょうか。しかし―――」
「「「「「(ゴクリ)」」」」」
「―――ロキ君と行動を共にし、彼の人となりを理解するうち、私は彼に興味ではなく、好意を抱くようになりました。彼から受ける好意も、どのようなことであっても素直に嬉しいと感じますし、彼のためにしてあげられることはしてあげたいと思う私がいます」
「「「「「……」」」」」
「だから先ほど確認させていただいたのです。ただ皆さんの口ぶりからすると―――ロキ君を 私(・) の(・) 物(・) にしてしまっても宜しそうですね。もちろん恋仲で、という意味ですが」
リステの放った、神界始まって以来の恋仲希望という特大爆弾に皆が固まる中、それでも瞬時に我に返り、その上で異を唱えたのはフェリンだった。
「ちょ、ちょっと待ったーーーッ!!」
「……どうしたのですか?」
「ま、まだ数日だよね!? それでそんな気持ちになっちゃったの!?」
「確かにお会いした日にちで言えばそうですが、それまでに何度も【神通】でお話をしていましたから。元からあった興味はそれなりに高かったということですよ」
「うぅ……私の物って、ロキ君は? ロキ君の気持ちはどうなの!?」
「彼の好意は真っ直ぐですよ? 言葉にしないことが大半ですけど、だからこそ偽りがないのは分かりますよね?……ロキ君は私を抱き締めてくれましたし」
((((ッ!?))))
「わ、私だって抱き締めてくれたし!!」
((((ッ!!??))))
「そ、それにロキ君の心を盗み見るなんて酷いじゃん! 最近リステ黒いエッチな服ばっかり着て【分体】降ろしてるし、それだってロキ君の好みを覗いて誘惑したんでしょ!」
「好意を抱く相手の好みに合わせるためですから。好きな相手が喜ぶことをしてあげる――至極当然だと思いますが?」
「うぅぅ……っ!!」
この二人の応酬を、発言の度に目を丸くしながら首を振って追いかける者が二人。
変わらず口角を上げながら、視線だけで応酬を眺める者が一人。
愕然とした表情で会話が耳に入っているのかも怪しい者が一人と、それぞれに反応には違いがあるものの、それでも口を挟む者は誰もいない。
そんな中、攻守逆転とばかりにリステが追撃を加える。
「そもそもとして、フェリンはなぜそこまで突っかかってくるのです? 先ほどは、ただ可愛いだけというお話だったはずですが?」
「ただなんて言ってないし……凄く可愛いって言ったんだし……」
「それでもです。私は可愛いではなく、明確な好意ですよ? 彼のことが好きになったのです」
「うぅ……うぅぅぅ……!! わ、私だって!! 私だってロキ君のこと好きだし!!」
((((……ッ!!??))))
ここで第二の爆弾が投下され、かつてないほどの混沌が僅か6名しかいない神界に吹き荒れる。
アリシアはその衝撃で椅子から転げ落ち、リガルは手を額に当て天を仰ぐ。
フィーリルは少し驚く素振りを見せるくらいだったが、リアは両こぶしを握り、下を向いて震えていた。
そしてリステはと言うと――
「ふふっ、やっと素直になりましたね」
「ふぇ……?」
「先ほども言いましたが、私は必要と感じて幾度かロキ君の心を覗きましたし、記憶も少し探っています。そしてその時に感じたのは――彼の 葛(・) 藤(・) です。だからこのような場を開いたと言えます」
「か、葛藤……? どういうことですか?」
やっと椅子に座り直したアリシアの問いに、リステがこの場を開いた真意を伝える。
「彼はフェリンにも好意を寄せています。それだけではなく、フィーリルの優しさも、リアの笑顔も好きだと……」
「ほっ、ほっ、ほんとに!?」
「あらあら~?」
「ぇ……ぁ……」
「あ、あの……私のことは……?」
「?……アリシアのことは特に何も出てきませんでしたが?」
「私……固有最上位加護まで使ったのに……」
そう呟きながら、再度椅子に座ったまま後頭部から倒れ込むアリシアを、残念な人を見るかのような目でリガルが見つめる。
が、今アリシアを気にしてくれる者はリガルしかいない。
皆が皆、それどころではなかった。
「要はあれか? 誰か一人に絞れないとか、そんな類の話か?」
なんだかんだで冷静さを保っていたリガルの言葉にリステは頷く。
「その通りです。幸いなことにロキ君は私達の容姿が、そして性格がそれぞれに良いと評価してくれています。そこに女神だから、という点が入っていないのもまた彼の良い所なのですが……そこは措いておくとして、ロキ君はこのままだと誰も選ばない、というより選べないと自ら答えを出しています。もし選べばどうなるか、私達女神同士のその後を気にしてくれているとこもありますね」
「「「「「……」」」」」
「だからこのような場を設けているのです。……皆はこのままで良いと思いますか?」
「そんなの良いわけな―――」
「ちょっと待ちなさいッ!!」
ここで初めて、フェリンの言葉を遮るように、女神達の一応の纏め役であるアリシアが吠えた。
「なぜロキ君と、恋仲になること前提で話が進んでいるのですか! 自覚していますか!? 私達は女神なんですよ!? 下級神とはいえ神なのですよ!!」
「「「「「……」」」」」
この鬼気迫る言葉に、一同は沈黙する。
だが、ここでもやはり動くのは女神達の司令塔。
周りがアホな子ばかりなので、自然と神界の頭脳にもなっているリステだ。
「逆にお聞きします。なぜ、女神は色恋を経験してはいけないと思われたのですか? そんな神界のルールは存在しませんよ?」
「道徳的な問題です! 自分達の子に恋愛感情を持つようなものなのですよ!?」
「ロキ君はこの世界の子ではないでしょう?」
「ッ……そ、それに常識的に考えるならば! 神は神同士! 神界の中……で……?」
「分かりますよね? それが一番の理想であることは私も重々承知しています。ですが、私達のお相手はどこにいるのです? 私達にとって親のような存在であるフェルザ様ですか? そのフェルザ様以外、お会いした神などおりませんが? 私達が生み出されてからどれほどの永い期間、この6名だけで過ごしてきたと思っているのです?」
「そ、それは……」
スゥ――……
大きく、息を吸い込む音が聞こえる。
「……アリシアだけでなく、皆もよく聞きなさい」
ここでかつてないほどの威圧がリステから放たれた。
フィーリルのようにのほほんとしているわけではないが、好戦とは無縁と言えるリステの圧に、何事かと皆の背筋が限界まで正される。
「ロキ君は、私達にとって本当に貴重な存在です。私達の存在を理解してくれた上で、あのように自然体で話してくる者が、優しくしてくれる者が、気遣ってくれる者が他におりますか? ロキ君のスキルが解明されていない以上、彼を通常の人種、人間と捉えて良いのかは分かりません。が、同様と考えるならば人間の寿命など瞬く間、それこそ私達がどうしようかと悩んでいるうちに生を全うしてしまいます」
「「「「「……」」」」」
「……最初で最後になるかもしれないこの機会を、活かせる期間は限られているのですよ?」
少なからず、この場にいる者達は皆が一度は思ったことだ。
下界では恋愛をし、結婚をして、子が生まれる。
動物や一部の魔物でさえも、つがいとなって子を産み、そして育てているのだ。
なのに、私達はそれらをただ観測し眺めているだけ。
女神にそんな権利は無いのだと、遥か昔に諦めていた感情だった。
そんな中で、現実を直視したリステのこの発言。
下界に降り、ロキと行動を共にした者達はその言葉を反芻し、自らが味わった貴重な体験と重ねる。
そして思う。
――できることなら、もう一度と。
「私は……ロキ君ともっと仲良くなりたいよ……ロキ君にもっと好かれたい!!」
「そうですねぇ~私はフェリンやリステのような好きとはまた違うような気がしますけど、それでももっと近くにいたいとは思いますね~」
「わ、私も好きではないけど……また遊びに行きたい……とは思う」
フェリンの言葉に続くように、フィーリルとリアも今の自分の気持ちを言葉にしていく。
だからこそ、リステはその気持ちを後押しする。
「ならば、共に行動していきましょう」
「で、でもさ。ロキ君は一人を選べないって言っているんでしょ? 皆が動いたら結局意味が無いんじゃないの?」
このフェリンの至極真っ当とも言える言葉に、リステ以外の皆が同意を示すが――
「その問題は解決できると思っています」
自信を覗かせるこの発言に、それそれが首を捻り考え込んでしまう。
「どうするのだ?」
そんな中で、一番恋愛という部分に興味が無い、というより実感の湧かないリガルが答えを求めた。
リガルにとってロキは、ただ強くなろうと頑張っている子供のようなもの。
だからこそ、考えようとすることもなく答えを急ぐ。
「単純ですよ。皆でロキ君を共有すれば良いのです」
「ん? それを否定しているのがロキではないのか?」
「今はそうです。ロキ君が住んでいた日本という国では、どれだけ養える能力があっても男一人に女一人、一夫一妻というのが法で決められていたようです。この生まれ育った環境が固定観念として彼を悩ませているわけですが、この世界なら一夫多妻、一妻多夫が認められていることは、商人の記憶から把握しております。そしてそれが可能かどうかの判断基準は経済力の問題だけであり、身分は一切関係ありません」
この発言に一同はゴクリと、息を飲む。
「つまり――ロキに金銭的な余裕があれば問題無いと、そう伝えるということか?」
「そうですね。敢えて言わなくても追々気づくでしょうけど、私達からお伝えしてしまった方が、より早い段階でロキ君の考え方も変わると思っています」
「ロキ君……よく分からないけど、なぜかお金持ってる、よね?」
「ロキは自分でお金持ちって言ってた。私が降りた時なんて特に弱かったはずなのに」
「町に戻らないで魔物や動物みたいな生活もする子ですからねぇ~。この世界の人種とは根本的に考え方が違うじゃないですか~?」
リステ以外は経済観念が無い。
なのでなんとなくではあるが、ロキが経済的に余裕があるのかどうかという話に切り替わっていく。
が、ここでも経済観念のあるリステが止めを刺しにかかる。
「彼は標準的な人間が一月過ごせるほどの高価な品物を、ただ似合うからという理由だけで私に買い与えてくれました。そして彼が寝泊まりしている部屋は町でも最高級の宿。おまけに1週間と期限は決めているようですが、その一番上階にある最も高い部屋に滞在しています。本来なら貴族や大商人が宿泊するような部屋でしょうから、このことを考えても経済力は何ら問題無いと言えるでしょう」
リステはたまたまの流れから上階の高い部屋に泊まっていること。
そしてその部屋もリステから滲み出た威光があって値切られていることは分かっていたが、敢えて皆を納得させるため、事の経緯を一部伏せたままロキの状況を伝えていく。
すると当然、皆の反応はこうなる。
「……もう障害なくない?」
「そのように思えますね~」
「また遊びに行っても良いってこと?」
「ロキ君を皆で共有……私が妻……」
一人、リガルだけが首を傾げているものの、リステは問題無いだろうとばかりに言葉を続ける。
「ただし、彼が何よりも求めているのは自らの強さです。否応無しに死の危険が迫るこの世界へ飛ばされたならば当然とも言えます。なのでロキ君が納得するまでは極力彼の邪魔をしないこと。これが私達に求められることです。邪魔をしてしまえばまず彼から嫌われるでしょうから、可能な限り早く納得してもらえるよう、私達はロキ君が強くなる後押しをしてあげればいいと思っています」
((((なるほど……))))
皆が皆、ロキが強さに拘っていることは知っているので、リステの言葉に思わず納得をする。
「ロキ君は納得できるところまで強くなれば、いずれ拠点―――住む家ということでしょうけど、どこかに定住する意欲を示しています。そうなれば……」
「一応は監視という名目で私達がその家にお邪魔して……」
「今まで味わったことの無い楽しいひと時を~……」
「過ごせる……?」
「はわわわわわ……」
「そういうことになります。ちなみに先ほどは冗談で言いましたが、リガルもアリシアも、彼は行動を共にしてしまえば好きになってしまうかもと心の中で呟いていましたよ」
――ガタガタッ!!
リステは、不意を突かれて椅子から三度転げ落ちるアリシアを眺めながら、これで問題は無いと。
ロキを悩ませることの大半は解消できたと悟った。
戦いや強さ以外にそこまで興味を示さないリガルと表情が表に出にくいリアは別として、他の3人はそれぞれ目的は違えど、もうロキとの楽しいひと時を思い描いている。
そんなもの、それぞれのだらしない顔を見てしまえば予想も付いてしまう。
だからこそ―――
(気掛かりは後1点だけ。それも今のロキ君であればとりあえずは解消できるでしょう……これで計画通りにいきそうですね)
―――リステは唇をペロリと舐めながら、そう心の中で呟いた。