軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

103話 出立

ギルドの正面入り口。

その脇に1台の馬車が止まっていた。

見た目は北門にいくつもある他の馬車と同様で、前後が見通せる筒型の幌になっており、脇に1ヵ所だけ布が捲れる窓のような場所が付いている。

そんな馬車に、ギルド用ということもあって別の支部に運ぶ物なのか、4つほどの木箱が荷室部分に積み込まれる光景を俺は眺めていた。

「なんでこんな賑やかなんだよまったく……おう坊主! 俺が御者のホリオだ。よろしくな!」

「あ、ロキです! 一応護衛でもあるみたいなので宜しくお願いします!」

「くははっ! マルタまでの道中なんざ、まず何も起きないから適当に遊んどけ。この辺の魔物くらいなら俺が倒しといてやるさ」

んー? そんな適当でいいの?

アマンダさんと同じ40歳くらいだろうか?

やや白髪交じりのおじさん――ホリオさんから言われた言葉に耳を疑う。

マジで? という目でアマンダさんを見ると

「普通の護衛依頼じゃこうはならないわよ? ロキ君は一応お客さんみたいなものだからね」

「えっ? そうだったんですか? てっきりお酒禁止されたし、僕が護衛役かと思ってました」

「だってギルドから護衛料出ていないでしょ?」

「んん?……そういえば」

「彼はギルド専用馬車の専属御者だから、よほどの緊急時以外はロキ君が動く必要もないわよ。彼もDランクハンターだしね」

「ほ~そうだったんですか! って言っても何かあれば言ってくださいね。魔物倒すの大好きなので!」

ネットが無い世界なんだ。

道中は絶対というほど暇を持て余すに決まっている。

それに馬車を見ると、若い時に数度乗った現代の高速バスを思い出す。

狭い空間にひたすら座り続けるのは、精神的にもお尻的にもかなりの苦痛を伴うだろう。

だったら魔物が出てくれば良い気晴らしになるだろうし、もしかしたら俺の知らない魔物だって現れるかもしれない。

そんなトイレ休憩みたいな大チャンス、そう簡単に譲るわけにはいきませんよ!

「変わった坊主だなぁ……だからそんな歳でDランクハンターになるのか」

「ふふっ、私は安心して乗っていられるわね」

「まぁいいか。そろそろ行くぜ?」

そう言って手綱を握るホリオさん。

その動きを見てアマンダさんも馬車の後部から中へ入っていくので、俺も一歩踏み出し、そして振り返る。

「元気でなー!」

「ちゃんと帰ってこいよー!」

「無茶するんじゃねーぞ!」

正直に言えば、みんな一斉にしゃべっているので、誰が何を言っているのかはよく分からない。

でも表情から気持ちは汲み取れる。

奥には……異世界人に対して過剰にビビるペイロさんを始めとしたギルド職員の方々やお食事処のおばちゃん、解体場のロディさんに、忙しいはずのヤーゴフさんも腕組みして眺めているし……

「皆さんもお元気で! 必ずまた寄りますからね! それまで誰も死なないでくださいよ!」

「当たり前だろーが!」

「おまえが言うんじゃねぇー!」

「一番早死にしそうなのは誰よー!」

さすがハンターの人達だな。

誰か分からないがその返しに苦笑いしつつ、手を振りながら馬車の中へ入る。

正面にはアマンダさん。

もう皆の姿は幌に遮られて見えない。

――と思ったら、馬車の後方から声を掛ける子達がいた。

「ロキッ! 絶対だぞ! ちゃんと戻ってこいよ!」

「私あの文字読めるように頑張るからね!」

「バカ! それ内緒だろうが!」

「メイちゃんあとで怒られる~」

最後まで相変わらずの3人衆だな。

チラッとアマンダさんを見ると、何かを悟ったのか――表情に含みを持たせながらそれでも黙ってくれている。

「3人共、ちゃんと勉強もするんだよ! 次あった時は文字だけじゃなく、算術の確認もするからね!」

「「「ギャーーッ!!」」」

蜘蛛の子を散らすようにギルドの方へ走っていく3人衆を眺め、ふっ、と一息。

馬車がゆっくりと動き始めた。

何気に俺の背後にある小窓から外を見れば、ギルドの反対側。

そこに騒ぎが気になって出てきたのか、それともハンターの誰かから聞いたのか。

武器屋の店主であるパイサーさんも立ってこちらを見つめていた。

(……あなたの作ってくれた剣で、頑張ってきますよ)

俺は思わず新調した剣を軽く掲げ、もう片方の手で拳を作り、親指だけを立てる。

あの人には言葉はいらない。

作ってくれた武器で成果を上げ、そしてちゃんと生き残ればそれでいい。

たぶん俺の手の意味はよく分かっていなかっただろう。

それでもパイサーさんは無言で、俺と同じ手の形を作ってくれた。

ゆらゆらと、揺れながら進む馬車。

後方から手を振ってくれる、知り合いのハンター達。

その光景を見つめながら俺も手を振り返していると、少しして馬車の進路が北側を向く。

皆の姿が、視界に入らなくなる。

あとはこのまま進めば北門へ、そしてベザートを抜けるだけだ。

「皆の前で我慢したのは偉いけど……泣かないの。男の子でしょ?」

「うぅ……だって……」

俺はこの世界で、いったい何度涙を流したのか。

まるで機械のように感情を殺し、淡々と過ごしていた色の無い日常から、鮮明に日々が色づくこの世界へ。

生死を嫌でも理解させられるこの日常のせいなのか、それとも他に要因でもあるものなのか。

なぜかこの世界に来てから感情の波が激しくなっていることを理解するも、上手く制御ができずに両手で顔を覆う。

今までの人生で、こんな見送りをされたことなんて一度も無かった。

小学校でも、中学校でも、高校でも。

卒業式はなんとなく別れ、ほとんどの人達とはそれっきり。

だからと言って、それを後悔することも、再会したいと思うことも無かった。

それだけ関係が希薄だった……相手からも再会を求められることは無かったんだ。

なのに――

(なんで、かぁりぃのインド人店主やよく買い物していた屋台のおじちゃん、それに30年はその顔忘れんぞと誓った気がする靴屋の親父まで出てきてんだよ……どこも絶対この時間は営業中でしょうが……)

俺の中の地球の常識は――日常はなんだったのか。

この町の人達は温かい。

ただただ、そのことだけを思う。

(こんな温かい対応してもらったことがないんだよ……)

教会が昼の鐘を鳴らす中、俺は泣きべそかきながらもベザートを抜けた後の北門を眺める。

この光景を忘れることはないだろう。

最初に訪れたのがベザートだったからこそ、今の俺がきっとあるはずだ。

最後に――

「ロキくーん! お姉さん達の裸見られたことは忘れないからねー!」

――そんなことを大声で叫ばれ、アマンダさんの顔が大きく歪んだことも決して忘れないだろう。