軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8-魔獣⑥

山間に短い咆哮響いた。

仔魔獣はこちらを見つめる親魔獣が倒れ伏した後も、その身体が氷に覆われどこかに投げ飛ばされた後も、決して目を離さなかった。余計な鳴き声一つせずに短い耳をピンと立てていた。

一体何を見つめているのか。

現場に飛び込もうともせず、ただただ親の姿を見つめ続けた。

蔵人は自分はあそこへ飛び込んだだろうかと考える。

仔魔獣が飛び込めば、自分も飛びこんだだろうかと。

飛びこまなかっただろうな、と冷静に思いなおす。

自然の摂理だと、自身の力ではどうにもならないと。何ができたかと、何もできなかっただろうな、そもそもあそこへ到達すらできなかったろう、と。

今の力ではおそらく谷を越えて死んだ場所すらいけないのだと。

そう理由をつけてみるがどうにも居心地が悪かった。尻の座りが悪いのだ。

仔魔獣がコテン、と後ろに倒れる。

蔵人は反射的に手を差し出すと、ふにゃりとした重さが手にすっぽりと収まった。

仔魔獣は疲れて眠っているようで、胸が小さく膨らんではしぼんだ。

蔵人は仔魔獣を抱きかかえて奥の部屋に引き返すと、大きくなった部屋で仔魔獣をもて余す。

どこに寝かそうか、と。

とりあえず作業着の上着を脱いでたたみ、その上に首に巻いていたタオルに包んた仔魔獣を置いた。

次は、食べ物かと蔵人は自分の腹をさする。

とりあえず鹿のような生き物が無難そうだと食糧庫を漁り、三日月のような角を三本ももつ鹿を見つけた。少し室温が低いが、持ち上げられそうになかった蔵人はその場で解体を決める。むろん解体などしたことはなかった。

「火よ」

周囲の氷が遅々と解け始めるが、火精の具象化では日が暮れそうである。

大振りだとはいえ腰のナイフでは氷など切れそうにない。

実際に刃が立たない。

蔵人はふと、防寒のために火精を纏わせたことを思い出す。

魔力をナイフの周囲に小出しにして火精を誘う。火精が漂いはしたがこれではただの温かなナイフである。

徐々に魔力の量を増やす。

するとナイフは赤熱し、そのまま氷に刃を立てると溶けだした。

魔法剣、などではない。魔法的には非常に非効率的にナイフを熱しているだけである。

現に蔵人はふらふらになりながら鹿の脚を一本解体したにすぎない。

蔵人はそれを担いで部屋に戻ると土精魔法で囲炉裏に簡単な土台を作ると、熱ナイフで関節から分けただけの鹿の脚を乗せた。

最後にナイフの火精を囲炉裏に誘導して、蔵人は気絶した。

火を放置して気絶とはキケン極まりないがどうしようもない。

魔力はそうそう回復しない。睡眠時に余剰分の生命力がプールされるからだ。余剰生産量もプールされる器も魔力を使用することで徐々にではあるが大きくなって気絶や疼痛は減っていくが、地球でも全ての人がオリンピック選手になれないように、その拡張には根気と苦痛が必要とされた。

現在の蔵人はようやくこの世界の一般人並みになった程度だった。

―みーみーぃ、みみっ

ふにふにと顔を押してくる感触に蔵人はパチリと目をさます。

腹でも空かせたのか蔵人が起きても仔魔獣は鳴きやまなかった。

焦げ臭い匂いがした。部屋が黒煙で満たされていないところをみるとちょうどよい加減らしい。

蔵人はむくりと起き上がり仔魔獣を抱き上げてすっかり火精の小さくなった囲炉裏をみる。

真っ黒に焦げた鹿の脚がでんと鎮座していた。ひっくり返してもいないのに全体が焦げているところをみると火精が悪戯でもしたのかもしれない。

もしかしたら、火精が気を利かせて肉全体を火で覆ったのかもしれない。

同じ火精に魔力を与え続けていれば意思をくみ取って気を利かせてくれることもあるが、人種は基本的に精霊を視覚的に確認することはできないため、選んでそれを行うことはできない。完全密閉空間でもあれば別だが、精霊に侵入できない場所はそうそう存在しない。

火精の極端に少ないこの場所ゆえの偶然であろう。

みーみー鳴く仔魔獣を胡坐に乗せて、蔵人はナイフを手に取る。

脚の毛皮はそもそも勘定にいれてない。

蔵人は囲炉裏の上で焦げた毛皮を削いで、毛皮の下のよく火の通った肉を薄く切って味見する。

塩なんてないが久しぶりの肉に少し気分を高揚させながらも、少し焦げ臭いがなんとでもなるだろうともうひとかけら肉を剥いで仔魔獣の口に運んでみる。

仔魔獣はみーみー鳴くも口にしない。

口にしないというより肉をちゅうちゅうしてるように見えた。

仔魔獣は肉を食べられない。

蔵人にとって考えても見なかった事態だ。親魔獣が肉を運びこんだのだから食べられると思う方が普通であろう。

親魔獣が仔魔獣が食べられない肉を置いて死ぬ。

我が子を託したのか、それともただ憐れまれて蔵人が施しを受けたのか。

親魔獣の意図はわからない。それほど明確な意図はないのかもしれない。獣は獣である。

蔵人は少し考える。

肉と仔魔獣を脇に置いて、外へ出た。

すぐに戻ってきた蔵人の手には土色の鍋のようなものに入れられた雪があった。

それを囲炉裏に置いて火精を強めると、リュックサックからフランスパンのような携帯食を取り出し、雪が溶けて水になり始めた中にナイフで切って放り込んだ。

蔵人の命を百八十日間つないだこの食料は驚くことにかなり栄養バランスがいいものであるらしく、これしか食べていないはずの蔵人はまったくといっていいほど体調を崩さなかったのだ。

ドロドロに溶けてきたそれをナイフでかき回し、わずかに掬ったそれを指につけて冷ますと、蔵人はそれを仔魔獣の口元に運んだ。

チューチューと吸い出す仔魔獣。

まだ乳飲み子のようだ。

蔵人はそれを幾度も繰り返した。

それをしながらなぜ洞窟に押しかけ、一緒に寝て、食べもしない肉と我が子を置いていき、そして戦って死んだのかと考える。

託されたのか。

施されたのか。

意思疎通の明確に取れる相手ではない。

整合性のある答えなどないのだろうか。

ずいぶん長い間、考えてもわからない答えを探していると仔魔獣がそのまま眠ってしまった。

そっとタオルにくるんで畳んだ作業着に乗せ、蔵人はすっかり冷めた肉を腹におさめた。

久しぶりの肉は冷めても、かたくても蔵人の舌と胃袋を満足させた。

食べ終わったあと、蔵人が眠そうにふねをこいでいるとひんやりとした風が火精を揺らした。

蔵人は億劫そうに目をこすり、すっかり忘れていた洞窟の蓋を閉めに立ちあがった。

月のない先の見えない夜、向かいの山肌にぽつんと火の明かりが見えた。

まだいたのかと少し考えた後、蔵人は風精に魔力を与えて頼んだ。