軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46-暴走②

蔵人はどうやって戦闘中、クーに気づかれずに自律魔法を発動したか。

それには蔵人がもっていた雑記帳、蔵人が呼ぶところの魔導書が重要な役目を担っていた。

仕組みとしては至極簡単である。

蔵人によってつくられた魔導書には、本の背に魔法発動体が組み込まれ、各ページには自律魔法の魔法陣とその文言が書かれていた。

蔵人はその魔導書の魔法陣を闇精に提示し、魔法陣そっくりなものを『影』で対象の頭上や背中に展開するように指示したのだ。

自律魔法において魔法陣は設計図的な役割であり、魔力を通すなどの特別な手順を踏まないことが、影の魔法陣を可能とさせた。

これらを実行するには相手がある程度その場に止まっていなければ、魔法陣がずれて、魔法の発動すらできず、悪くすると精霊の気配を気取られたり、魔法陣そのものを見られてしまう恐れがあった。

そのため、蔵人は限界まで我慢して、クーを引きつけたのである。

なぜ、こんな簡単なことが少なくとも蔵人の知る範囲のこの世界で開発されなかったのか。

それは精霊魔法が発見、開発されるようになって二百年ほどしか経っていないということ。闇精の親和力が高いものが少なかったこと。闇精魔法自体がそれほど役に立たず、裏社会以外では見向きもされなかったこと。精霊魔法は精霊に術者の意思を伝えなくてはいけないため簡単な文字ならともかく、魔法陣のような言葉では表現しにくい複雑なものは伝わらないと考えられていたこと。自律魔法・命精魔法・精霊魔法とそれぞれが独立して体系化したことで精霊魔法を用いて自律魔法を発動させるという発想が生まれなかったこと。自律魔法の 原典(オリジン) を多数保持する人間が少ないことなどが上げられる。

クーが何度も攻撃を繰り返すことで破っていた物理・魔法障壁の自律魔法も同じように蔵人がクーに見えないように影で発動していた。

さすがに蔵人もまともな戦闘をこなしながらでは自律・命精魔法の物理・魔法障壁の四枚障壁は無理だったが、亀のように耐えるだけの状況がそれを可能にした。

蔵人がクーに使用した自律魔法は『 魔力解放(レイスダム) 』、『 魔力の矢(クゥストラ) 』、魔法毒である『 千変の毒(エイシブディグ) 』である。

蔵人が自ら刺されることでクーの足をとめ、土の手で捕獲と同時に、闇精で棺のようにクーを覆った。

クーが精霊を用いて土の手を払うその瞬間に、闇の棺と同時に影を使って頭上に展開していた魔法陣を用いて、『 魔力解放(レイスダム) 』を発動させたのだ。

『 魔力解放(レイスダム) 』によって魔力が枯渇寸前となり動けなくなったところで、『 魔力の矢(クゥストラ) 』に『 千変の毒(エイシブディグ) 』を付与した。

『 千変の毒(エイシブディグ) 』は魔法陣、魔法発動体、長い文言が必要で使い勝手が悪いかわりに、ある程度、毒の効果を術者が決められた。

ゆえに蔵人は身体の自由を奪うだけの麻痺毒を二人に注入した。

魔法毒は普通の薬では解毒できず、魔力で打ち消さなくてはならない。

体内にある魔法毒という鍵穴に、適合した鍵を魔力で作らなくては解毒できなかかった。

ではなぜ、蔵人がこんな面倒な手段をとって、エリカやクーを生かしたのか。

蔵人はハヤトがここに近づいていると戦闘中に気づいていた。

亀のように身を守る中で、闇精と風精に念のために索敵を頼むと、隠す気もないハヤトをすぐに捉えた。

莫大な力の塊がくる、と精霊が教えてくれたのだ。

それだけでハヤトだとわかった。

遅かれ早かれ、いつか来るだろうと思っていた。

だから、蔵人は二人を殺すわけにはいかなかった。

ハヤトの力なら、蔵人などいつでも殺せる。

今はこの世界に来てからのハヤトの変化に助けられているだけだ。

激しやすく、まだ不安定な精神をもつ、高校生の良心に。

「動くなっ!」

蔵人は叫びつつ迫るハヤトを牽制する。

二人の背中に刺さる矢とナイフを見せつけるように、光精を頭上に放つ。

ハヤトも精霊で状況を探ってはいた。

エリカとクーがだれかと戦っているというのはわかっていた。

それが、まさかあの用務員だったとは。

朝からエリカとクーの様子がおかしかった。

いつもどこにでもついてきたがるエリカが今日に限って、待ってるといい、それほど仲が良さそうには見えなかったクーと一緒に村を見て回ると言っていた。

二人が仲良くするのはそれはそれで嬉しいことだったが、エリカの不自然さが妙に心のしこりになっていた。

そしてそれは審判が終わったときの落雷で、ようやく気づくことになった。

それがこんなにもむごい結果になるなんて。

エリカとクーの変化に気づいてたはずなのに、なにもできなかった。

ハヤトは矢とナイフの突き立つ二人を見て、激高しそうになるが、二人を捕えた蔵人の声に、なんとか反応して、足をとめた。

「――二人を放せっ!」

ハヤトが怒気と殺気を飛ばす。

蔵人はそれだけで立っていることもつらくなる。

クーとの戦闘で、魔力も気力も随分削り取られたところで、この遠慮のない殺気と圧迫感である。

蔵人はそばにあった小さな岩に、出来るだけ余裕をもってゆっくりと腰を下ろす。矢の魔力供給は切らさないし、エリカに刺さったナイフは片手で握っている。

そんな蔵人に雪白が寄り添う。

蔵人は魔導書をもった手の甲で、雪白をひと撫でした。

「放せも何も、襲われたから返り討ちにしただけだ」

なんでもない風に、悪びれもなくいう蔵人に、ハヤトは苛立ちをさらに募らせる。

「なぜ、そんなむごいことをするっ!早くはなせっ!」

「嫌だね。そんなことしたらお前に、もしくはこいつらに殺される。むごいもなにも、襲われたのは俺だ。むしろ可哀想なのは俺だろ?」

「誰がお前なんて殺すかっ!殺さないから、早く、二人を放してくれ!」

「信用できるわけないだろう」

蔵人はきっぱりと言い切った。

「この間、約束したはずだ。俺には手を出さないと」

「……知らなかったんだ」

「知るか、そんなもん」

蔵人は無情に言い放つ。

それを聞いたハヤトは『 聖剣(ソード) 』を消し、背中の赤黒い長剣に手をかける。

ジリッ。

わずかに、ほんのわずかにハヤトが前にでる。

どうせ、あの男のいうことなどはったりばかりだ。同じ日本人を殺せるわけがない。ハヤトはそう考えた。

「あぁあああああっ!」

だが、エリカの悲鳴が上がる。

それだけで、ハヤトは動けなくなる。

「動くなよ」

蔵人がエリカに刺さったナイフを抉ったのだ。

「まずは武器を捨てろ。まったく油断も隙もあったもんじゃないな。ああ、安心しろ。二人ともまだ生きてる」

ハヤトは武器を捨てられない。

「ああ、ちなみに。俺が反応しきれないようなスピードでお前に殺される。ありえる話だが、そんなことになれば、こいつらもろとも死ぬようになってる。お前を殺せないのは残念だが、仕方ない。まあ、もっとも雪白とスピード勝負をして、勝てれば、だがな」

「はったりだっ」

「どうだろうな?」

蔵人はハヤトの殺気に反応していきりたつ雪白を抑えるように、白毛を撫でる。

ハヤトは声を荒げながらも、ちらりと雪白を窺いみる。

速い。それは白幻の噂に聞いていた。

蔵人に迫る前に、あの魔獣が邪魔をすれば、エリカとクーに危険が及ぶ。

ハヤトはあっさりと長剣と腰のベルトごと魔銃を捨てる。

そして憎々しげにどうだという表情を蔵人に見せる。

「あとはお前がどっかの秘境で密かに自殺でもしてくれれば、事は丸く収まるんだがな」

蔵人の足元に転がる、痙攣したエリカ、クーが眼球だけをきょろきょろと動かして、動揺する。

クーは殺してやるとでもいいそうな視線を蔵人に向け、エリカは涙とヨダレをダラダラと流し、懇願するような視線を向けてくるだけだ。

「お前がっ、お前が二人を解放すれば、手は出さない」

「……そうか」

蔵人の言葉にハヤトが一瞬、喜色を浮かべる。

だが、蔵人はハヤトを嬲るようにニヤと笑う。

ここにきて、蔵人自身も気づかない内に溜めこんでいたハヤトへのフラストレーションが、蔵人の嗜虐心を呼び起こしていた。

「とでもいうと思うか?このウサギの獣人やこの女が、今後二度と俺にかかわらないと言い切れるか?今こうやって這いつくばってるのは、お前の話を無視したからだろう?」

立場的には有利だったが、出口はなかった。

むしろその手詰まり感が、蔵人の狂気をさらに加速させていたのかもしれない。

「それは……おれのためにやったことだ。許してやってくれ」

「それを俺の死体の前でもいうのか、お前は?」

蔵人の言葉にハヤトは息をつまらせる。

這い寄るような、そんな不気味さがあった。

「千回に一回、それも最初だけだ。俺がこいつらに勝てるのはな」

蔵人がそう言い切った。

「そんな人間を殺しかけておいて、許してください。また襲うかもしれませんが、それはどうにもできません。では、な。あまりにも人をばかにした話だと思わないか?」

「……そんなことはもう二度とおれがさせない」

壊れた人形のように同じことをいうハヤトに蔵人はため息をつく。

「今も御せていないのに、何を言ってる?わかっていってるのか?ああ、それとも時間稼ぎか、なるほどな。まあ、あまり意味はないと思うぞ」

蔵人の目は、野営地にかけつける、ハヤトのパーティ、マクシーム、マクシームに抱えられたアカリとアオイ、オーフィアを捉えていた。

その光景を見た者は、いったい何が起こっているのかと目を疑った。

傷を負ったエリカとクーを人質にし、ふてぶてしく岩に腰掛ける蔵人。

もっている武器を捨てて、人質の解放を望む勇者のハヤト。

額面通りの展開ではないはずなのに、額面通りのストーリーを想像してしまう。

特に、ハヤトの仲間ならそう思っても仕方ないだろう。

「エリカっ、クーっ!」

カエデとフォン、アリスがさらにスピードを上げようとする。

「動くなっ!」

蔵人の大きな声。

アカリはそれを初めてきいた気がした。

一緒に生活していてもほとんど声を荒げない人だ。

それだけに一層、その声の迫力に押されてしまう。

だが、三人は蔵人の声如きでは止まらず、突然苦悶の叫びを上げたエリカを見て、ようやく急停止する。

「この状況をみてわからないほど頭が悪いのか?それとも目が悪いのか?」

蔵人の手の中では、エリカの肺に刺さったナイフが捻られていた。

「エリカとクーを放せっ!」

「そこからかよ……」

蔵人はうんざりしたような顔をする。

「なんども説明すんのも時間の無駄だ。しっかり聞けよ?」

蔵人はハヤト、カエデ、フォン、アリス、アカリ、マクシーム、オーフィア、アオイを見渡す。

「俺がこの山で遊んでいたら、いきなりこの二人に襲われた。からくも退けて、捕えたというわけだ」

理解したか?と顔を向ける。

カエデ、フォン、アリスはハヤトに目を向ける。

ハヤトは顔をしかめながら、頷いた。

そして三人の女は、ハヤトと同じような、苦虫を噛潰したような顔をする。

それを聞いたアカリ、マクシーム、オーフィアはなるほどと理解する。

あのいかにも悪党といったように見えるのは、ただそう見えるというだけなのだと。

少なくとも、蔵人が自分からあの二人を襲う意味はない。

当事者のハヤトも反論をしないのなら、蔵人のいう通りなのだろう。

「あれは……そうか、用務員さんか」

アオイは蔵人のことを忘れてはいなかった。

「彼もやはり、来ていたんだな」

アオイはどこか申し訳なさそうに、そう呟いた。

勇者である二人が駆けだしたとき、何かあると感じた。

二人とも知らない間柄でもないし、特にアカリとは親しい。

この世界に七十八人、いや七十九人しかいない同胞である。

あの時、ついて行っていれば、なんて後悔はしたくなかった。

だからアオイは直感を信じて、二人を追った。

そうしたら、やはり来て正解だった。

行方の分からなかった用務員さんがいた。

ハヤトに加護を盗まれて、一緒に召喚されなかった用務員さんが。

召喚された当時、アオイには何もできなかった。

無力だった。

そんな無力な状態で、すでにこの世界に対して影響力を持ち始めていたハヤトの召喚前の所業を周囲にバラすことはなんの益もないことだった。むしろ召喚者全体にとって危険だと考えて、誰にも告げなかった。

用務員さんとて、どこにいるか、本当にこの世界に来ているのかもわからないのに、しらみつぶしに探すのは不可能だとも思った。

この世界は広い。未開の地すらある。

現代日本とて海に遭難しただけで探すのが難しいのだ。

居場所も知れない人間を探すのは不可能だった。

それに用務員さんのことをこの世界の人間に話して、用務員さんが幸せになるとは限らない。

ここに召喚されてわかったが、自分たちを取り巻く環境である国、王族、貴族、政府は総じて、恐ろしい。

現代で例えるなら、いきなり国際政治や戦争のただ中に重要人物として放り込まれたらと考えれば、その恐怖と生き残る困難さがわかるはずだ。

そんな場所で、ハヤトの 醜聞(スキャンダル) として探索されて見つかれば、利用され、軟禁されて、少なくともまともなことにはならない。

だから探さなかったし、言わなかった。それについて友人にきかれ、そう答えたことも何度かある。

だから、アオイは申し訳ないなとは思っても、後悔はしていない。

だが、あの二人のように、当人を見つけたからといって、殺す、監禁するなんてことはない。

筋を通すだけだ。

アオイは一歩進み出た。

蔵人が制止する前に、アオイはそれ以上は進まず、語りかけた。

「お久しぶりです、用務員さん。豪徳寺葵です。覚えてますか?」

目上のものに向かって話すように、蔵人にも話しかけるアオイ。

蔵人は目を細め、アオイの顔をしっかり確認しているようだ。

「また随分と過激な服を着てるな……ああ、覚えてる。毎朝、挨拶してたからな。それにアカリからも聞いてる。『 事実の大鎌(ファクトサイス) 』の持ち主だと」

しっかり確認していたのは、服装だったようだ。

アオイをこのとき初めて、審判の時の服装であることを思いだす。

何も隠しているものはないという意味で、こんな薄っぺらい服を着ていたのだ。

わずかに頬を赤くしながら、しかし今はそんな場合ではないと、自らを鼓舞するアオイ。

「申し訳なかった」

アオイは深々と頭を下げた。

「……時間が惜しい。先に進めろ」

「いや、こればかりは。この世界に来て、右も左もわからなかったとはいえ、あなたを探さなかった。謝らせてほしい」

いつまでも頭を上げないアオイに蔵人はため息をつく。

「ああ、もういい。そっちの状況もアカリから聞いて知ってる。少なくとも、俺を探さなかった、俺の存在を秘匿したという点で、お前らを恨むつもりはない。今になってバラされても面倒事しかないしな。まあ、開き直られるのも腹が立つが、そう素直に謝られちゃ、なんもいえないな」

アオイがゆっくりと顔を上げ、アカリを見る。

アカリは少しはにかんだ。

「濡れ衣をかぶせられて指名手配されたとき、たまたま蔵人さんを見つけまして?見つかりまして?匿ってもらいました」

「匿うって……」

「……それは、秘密です」

アオイはアカリを上から下まで、舐めるように観察する。

「なるほど。だから、オトナっぽく見えたのだな。そうかそうか、赤飯は炊いたかね?あれ、赤飯じゃないか、まあ、似たようなものだ」

うむうむと一人で納得するアオイに、アカリが慌てる。

「な、なにもないですよっ。ほんと、なにもなかったんですっ」

アオイはアカリの弁明など聞いてはいないかった。

「まあ、それはともかくとして、私もそちらの、エリカとは知らない間柄でもない。二人を解放してもらえませんか?」

「こいつら二人が、二度と俺を襲わないと確実に約束できるなら、解放してもいい」

アオイは顎に手を置いて、思案顔になる。

そして、アカリの顔を見る。

「いま、どんな状況なのかわかるかい?わかるなら簡潔に説明してくれないか」

アカリはちらりと蔵人を見る。

蔵人は少し考えてから、頷いた。

どうせハヤト相手ではマトモに会話にならないのだ。アレルドゥリア山脈からはしばらくおさらばするのだから、ことここに至って、アオイに事実を隠す必要はなかった。

アカリは今の状況はわかりませんが、と前置きしてから、これまでの経緯をかいつまんでアオイに話す。

アカリに説明されて、数分で事態を理解したアオイは蔵人に提案する。

「イチハラと何があったかはわからないとして、用務員さん、いや蔵人さんの情報をこの世界の人間に秘密にしておくのは召喚者としては納得できるし、同意する。あとは、この二人についてだが、永久に監獄のような場所にいれておけばいいのかな?例えば無期懲役のように」

「――豪徳寺先輩っ」

ハヤトがアオイを責めるように見る。

アオイはハヤトの責めるような視線を真正面から受け止めながら、告げる。

「蔵人さんの言葉を信じるなら、あの二人は日本で言う殺人未遂だ。この世界の法に準拠するなら、盗賊としてこの場で切り捨てられても文句はいえないんだ。なにか間違っているか?」

ハヤトはうっと言葉につまるが、声を絞り出すように反論する。

「だが、今までの功績だってあるだろうっ」

「殺人の罪と相殺できる功績を、あいにく私は知らない」

アオイは首を振る。

「二人はまだ未成年だっ。日本なら無期懲役なんて話にはならないだろっ」

「確かに。ただここは日本じゃない。襲撃犯は返り討ちにして構わないんだ。厳しいとは思うがね」

だが、と口を開きかけ、しかし言葉が出ずにハヤトが黙りこくる。

その表情は追い詰められた者のそれになっていた。

「……そんな場所があるならな」

蔵人はアオイにそう答える。

「実は、ないこともないんです。今、急ピッチで建設が進められています。自慢じゃないですが、私と数人の召喚者で提案、建設、運営までこぎつけました。凶悪犯罪者をあらゆる魔法が使えない場所で永遠に捕まえておく。どんな政治的思惑も、権力も通用しない、そんな監獄です。

ただ、勇者は難しい。加護のこともありますが、監獄に入れること、それ自体が難しいんです。さすがに監獄に入る前の段階の権力をはねのけることはできません」

アオイは事実をありのままに告げる。

隠しだてするのはお互いにとってよくないと判断していた。

それを聞いた蔵人は確かめるようにオーフィアに視線を向けた。

オーフィアは事態の推移を見守るつもりでいた。

話は勇者にかかわることだ、軽々に口を挟んでいい問題ではなかった。

彼らの行動論理は、この世界の人間とは違うのだから。

だが、求められれば答えることを厭うつもりはなかった。

「……そういう話を聞いたことがあります。冷たい砂漠に勇者数人が中心になってそういう施設をつくっていると」

「このへんにはそういう施設はないのか?」

「もちろん国ごとにあります。ありますが、色々なしがらみがあって、堅固な監獄とは言い難いですね。それに裁判も受けなければいけませんし。ですが、この場合、そんなことになるとクランドさんも困るでしょう?」

「そこの施設なら今回に限って、裁判などなくてもかまわない。事実の審判のルールを少し曲げることになるが、私が事実を審判する」

アオイはそう言い切った。

この問題は多少自らの信条を曲げても、召喚者がケリをつけるべきだと思っている。

だが、それでもなお、ハヤトが抵抗する。

「何さまのつもりだっ。エリカとクーの罪をなぜお前たちが決めるっ」

「だが、それくらいしなければ、用務員さんはきっと信用しないぞ?」

「信用するとかしないとかそういう問題じゃないっ。あれは明らかにやり過ぎだっ」

ハヤトは蔵人の所業を責めはじめた。

「ふむ、確かにそれはいえるね。あのままだといつ死ぬかわからないな。――どうです、蔵人さん、私たちを信用して、彼女らの治療をさせてくれませんか?」

アオイが交渉をもちかける。

「俺の死体にもそのセリフは言ってくれるのか?」

蔵人はそれをばっさりと切って捨てた。

つまり蔵人が死んだら、ああやりすぎた、生き返してあげよう、そういうことになるのかと蔵人は聞いているのだ。

そしてこの世界には、人を蘇生させる魔法はない。

「俺は、一度そいつと約束した。二度目は、ない」

蔵人はハヤトを睨む。

アオイはアカリをみるが、アカリは首を横にふる。

「ふむ、アカリが知らないとなると、洞窟の中のことか。イチハラは蔵人さんと何か約束を?」

聞かれたハヤトは言いよどむ。

「今後一切、俺と俺の関係者に、お前及びお前の関係者が一切の危害を加えない、関わらない。そう約束しただけだ。なにも難しいことじゃない」

蔵人があっさりと告げる。

「なるほど、それなら信用されないのも仕方ないな」

「だがっ――」

「――いい加減に疲れた」

蔵人がハヤトを遮り、もううんざりだと疲れた顔を浮かべた。

「とっとと選べ。お前が俺とは関わりのないところで自殺するか、この二人を殺させて二度と俺に関わらないか、この二人を監獄にぶちこんで二度と俺には関わらないか、だ。あとは、俺を殺して自爆させて、お前以外の全員を道連れにして死ぬかだな」

「そんなハッタリに騙されるかっ。そのイルニークより早く動けばいいだけの話だっ」

「――多重連結式」

その一言にエリカとクーの奪還を魔法的に考えていたアリスが顔をしかめて思考をやめ、今にも襲いかからんとするハヤトを止める。

「待って、ハヤト」

「なぜだっ、あんなのハッタリに決まって――」

「たぶん、はったりじゃないわ。多重連結式。精霊魔法、自律魔法、命精魔法を二つ以上連動させて、魔法を発動する技術。命精魔法はつなげにくいから実質、精霊魔法と自律魔法が連結されるの。普通は自律魔法の 原典(オリジン) なんか、そういくつも持っていないからあまりやらないんだけど……。――貴方はいくつの 原典(オリジン) を所持しているの?」

「……五つだ」

アリスはオーフィアを睨む。

その姿は小学生がお婆ちゃんを睨んでいるようにしか見えなかった。

アリスには、オーフィアしか蔵人に魔法を教えた犯人が思い浮かばないからだ。

オーフィアはそれをただ微笑んて、その視線を受け止めた。

その余裕にアリスは苛立つも、ハヤトに説明する。

「……あの年寄りが関わっているようだから、たぶん事実ね。なにをもっているかわからないけど、たぶん、自爆に近いことも可能でしょう」

ハヤトは拳を痛いほど握りしめ、衝動をなんとか抑え込んだ。

オーフィアのほうは微笑みながらも、内心で首をかしげている。

自爆できるような魔法は教えていないのだ。

そこにアオイがつい、といったように口を挟む。

「エリカくんのほうは、おそらくは無理だと思うのだが」

「――適当に罪でもでっち上げて、普通の監獄にぶちこんでやれ。どうせこんな世界だ、まともな監獄じゃないんだろう?少しは地獄を見れば、短絡的なことなんてできなくなるだろ。俺ができる妥協はこんなもんだな」

アオイの忠告に、蔵人は即座にそう答えた。

「もういいだろ、早く選べ。俺の魔力切れを待っているようだが、そうはいかない。そうだな、あと十秒だ。あと十秒で決められなきゃ、まず、一人殺す」

そのあとどうするか。

実は蔵人にもわからない。

最悪、自爆もありえるなと、どこか諦めたように覚悟を決める。

いや、覚悟なんて大それたものじゃない。

負け犬が、ただ負けないためだけに噛みついているだけだ。

もしかすると、逃げればいいのかもしれない。

だが、逃げて、逃げて、逃げて、その先はあるのか?

マンガの主人公じゃないんだ、逃げてハヤトを超えるような力をつけられるわけがない。仮に力をつけられるとして、それまで怯えて逃げ続けるのか?

何年、何十年と怯えて、逃げる?

それでは自分が何か間違いを犯したようではないか。

自分は何一つ、間違ったことはしていないはずだ。

間違ったことをしてないのに、退くわけにはいかない。

ああ、このへんが日本で上手くいかなかった原因の一つかもしれないな。

だが、たとえ、それで最期になったとしても、一矢くらい報いてやる。

能力も、頭脳も、力も平凡なものしか持たないのだ。

そんな特別なところのない凡夫が心の在り方までマトモになってしまったら、怯え続け、負け続け、奪われ続け、逃げ続けることになる。

凡夫であることを悔いているわけではない。

良くも、悪くもそれが自分だ。

ただ凡夫であっても、屈したくないだけだ。

屈しないためなら、狂気でもなんでも持ち出して、やれることをやるだけだ。

たとえそれが正気じゃないといわれ、理解されなくても、構わない。

ハヤトは拳を痛いほど握りしめたまま、微動だにせず、ぶつぶつぶつぶつと何かを呟いていた。

蔵人の示した選択肢も選べなければ、選択肢以外も思いつかなかった。

決められない。

二人を殺すなんて許せない。

二人が死ななければいけない理由なんてない。

自殺なんてできない。

あの男のいいなりになるのはごめんだし、仲間を残して今、死ぬわけにはいかない。

監獄になんていかせたくない。

ここにいる誰にそんなことを決められる。

なんであいつを殴れない。

あいつが悪いんだ。なぜ悪い奴をかばう。

俺のときはだれもかばってはくれなかった。

何が自爆だ。そんなもんあるわけない。

でもアリスが。

いや、俺の力なら。

でも、でも、でも、でも。

あぁああああああああああああああああああああ。

「あ゛ぁぁあああああああああああああああああああ」

ハヤトは空に向かって、咆哮を上げた。

たった一度の失敗で、おれたちの道を阻むのかっ。

大人はいつもそうだっ。

ハヤトはたった一度の失敗で自らを見限った父を思い出していた。

「あ゛ぁぁあああああああああああああああああああ」

――あなたのためなら、なんでもするよ。

甘美な声が、ハヤトだけに、囁いた。