軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

41-邂逅

その突然の邂逅に、アカリはどうしたらいいかわからなくなった。

声を掛けようとしても、なにを言えばいいかわからない。

結果、腕を持ち上げたり、下ろしたりと不可解な行動をすることになる。

それを目にしたマクシームやオーフィアがアカリの行動を訝しげな目で見ていた。

蔵人とハヤトは無言で向き合いながら、微動だにしない。

お互いに何かを考えている風でもある。

だが、即座に敵対という雰囲気ではなかった。

蔵人の目にハヤトの背後に向かって駆けてくる女たちが見えた。おそらくハヤトのパーティだろう。

エリカなどが来れば面倒なことになるのは免れない。

これ以上、不測の事態は御免だった。

腹をくくる。

蔵人はハヤトに向かって、クイと顔で洞窟を示す。

ハヤトは少し考えた様子で頷いた。

蔵人は懐から雑記帳を取り出しながら、横に座っていた雪白の目を見て頷くと、ひと撫でしてから洞窟に入って行く。

ハヤトは人に懐くイルニークに内心で驚きながらもその後に続いた。

ハヤトのパーティがようやく追いつき、洞窟に駆けこもうとする。

――グォン

そこへ雪白が入り口を塞ぐように、行く手を阻む。

「ちょっと、どきなさいよっ、魔獣のくせにっ」

エリカの周囲がバチリと音を立てる。

その音に雪白が牙を剥いて唸りを上げ、警戒を露わにした。今にも、飛びかかりそうである。

エリカがその迫力に足踏みする。

「エリカさん、お久しぶりです」

雪白とエリカの間に割って入るように、アカリがエリカに声をかけた。

本当なら洞窟に自分もついていきたかったが、エリカが二人を追うほうが事態をおかしくすると考えて、居残ることを決めた。二人がすぐさま殺し合うような雰囲気ではなかったのもその判断を後押しした。

「……ああ、ハヤトの誘いを断って、どこかのハンターになったアカリじゃない。こんなところにいたの、ハヤトが探していたのよ?あなたは人を陥れるような人間じゃないっていって」

「そうですか、ありがとうございます。でもご心配なく、一原くんには関係ないことですから」

「関係ない?ハヤトがあんなに心配してるのに、関係ないって?」

エリカの足元からバリっと音が弾ける。

「ずいぶん気が短いんですね」

アカリは一歩だけ後退しながら、氷の 怪物(モンスター) が相手では使えなかった氷戦士の棍棒を腰から抜く。

ふさっとした毛がひざ裏に感じられた。

アカリの背後にいる雪白だ。

アカリがちらりと雪白を見ると、自分をサポートするようにエリカを睨んでいた。それだけで、アカリには心強かった。

「なんだかわからねえが、あれは邪魔していい空気じゃねえな」

マクシームは制服姿の刀をもった女の前に立つ。

女とはいっても、アカリと同じくらいの年齢であろうが、背はアカリよりも高い。

長い黒髪を一つにしばり、スラリとした身体に無駄も、隙もなかった。

頼りない剣をもってはいるが、こいつが近接的に一番ヤバイとマクシームは本能で感じていた。

「むぅ、『白槍』の隊長、『破城鎚』のマクシーム・ダールか。……そこを通してくれ」

「ろくでもねえ仇名だが、こんなお嬢ちゃんが知ってるとなると、まんざらでもねえな。だが、男があんな顔してタイマンしてんだ、女がちゃちゃがいれるもんじゃねえな」

少女が顔をしかめ、ギラリとマクシームを睨む。

「……女か」

「はんっ、別に男だろうと女だろうとどうでもいいが、お互いに邪魔しちゃならねえ時があんだろうが」

マクシームと制服女はにらみ合う。

「学園の麒麟児と謳われたアリス・キングストンが、勇者と一緒に行動していると聞いてはいましたが、本当だったのですね」

オーフィアが端然とした微笑みを浮かべたまま、とんがり帽子の少女を見る。

「どこに、誰といようが 私(わたくし) の勝手です。それに『紅蓮のエルフ』『魔道を極めし者』『月の女神の愛し子』と数多くの異名をもつ貴女に麒麟児なんて言われても、からかわれているようにしか聞こえませんわ。――ああ、『誘拐魔』なんていうのもありましたわね」

そう言われて、オーフィアの表情が崩れるわけもない。

「召喚魔法なんて大それた魔法に手を出して、七十八名の人生を狂わせ、どうしてそんな風にしていられるのかわかりませんね。王女であり、それだけの力を持っているのです、少しは反省し、償いを考えてはいかがですか?私も微力ながらお手伝いしますよ」

アリスの頬がわずかにひきつる。

「余計なお世話よ。 私(わたくし) は 私(わたくし) の出来ることを、ハヤトと共にやっているのです、貴女に償えなどと言われる筋合いはありませんわ」

無言で向かい合うイライダと虎系獣人の女。

虎系獣人は総じて体格が大きい。小柄な猫系獣人との区別はそこでついた。

この虎系獣人も巨人種であるイライダに迫るほど、大きかった。色々と。

しかし何よりの特徴は白色であるということ。短く切られた髪は白く、そこからのぞく耳と臀部から生えた尻尾は白毛に黒の縞模様であった。

「……『蜂撃』のイライダ・バーギンか」

「おや、アタシのことを知っているのかい。確かにアタシはイライダ・バーギンさ。アンタも名乗ったらどうだい?」

「……フォンだ。ひいてはくれまいか?」

「白虎系獣人かい、珍しいね、こんなところにいるなんてさ」

「……ハヤトに奴隷とされたところを助けてもらったのだ。恩を返さねばならない」

「まあ、そういきり立つんじゃないよ。ハヤトとかいうのはアンタが尻を拭わなきゃならないような、情けない男なのかい?」

「……どいて」

黒づくめの忍者のような衣装を着こんだ、黒い兎耳少女が言葉たらずにいう。

「まず名乗ったらどうデスカ」

「マーニャにゃっ」

ディアンティアが乱入してきたマーニャを驚いたように見る。

「確かにこちらが先に名乗るべきですね……ディアンティアといいマス」

「……どいて。あなた、たちに…興味……ない」

ディアンティアは兎耳少女の目を見て察する。

感情のない瞳。乏しい表情。音をたてない身のこなし。張り詰めた雰囲気。

「……暗殺者デスカ」

兎耳少女の黒く長いウサ耳がピクリと揺れる。

「……だから、なに?」

「いえ、そんな経歴の者はうちに山ほどいますノデ」

ディアンティアはマーニャをちらりとみる。

マーニャは興味津津といった様子で、兎耳少女を観察していた。

洞窟の外で、五組の男女が対峙している中、洞窟の奥の部屋では蔵人とハヤトが、囲炉裏に座って、向き合っていた。

ハヤトはさっぱりと切られた黒髪に、常に隙を見せない強気な黒瞳、頬には一本の太い爪痕、常にふてぶてしい、不遜な顔つきをしているが、蔵人にはそれがどこか危うく見えた。

黒い革鎧の上からでもわかる、そのしなやかな身体つきは、当たらなければどうということはないという蔵人とは正反対の、柔軟で爆発的な力を秘めているのが見て取れた。

ハヤトは背中にあった二本の長剣を脇に置き、蔵人のすべてを見通してやるといわんばかりに、静かに蔵人を見つめていた。

蔵人が、声を絞り出すようにいった。

「救援、感謝する。それだけはまず言っておく」

「……別に。 怪物(モンスター) だけは例え相手が憎くても、殺したくても救援にいったさ。……もう国が滅ぶのは見たくないからな」

そして無言。

蔵人がまた、口を開く。

「黙ってないで、何かいったらどうだ。なんのためについてきたんだ?――俺を殺すか?随分有名になったらしいじゃないか」

これでは俺が悪党みたいだなと蔵人は内心で苦笑いする。

「……そんなことは、しない」

ハヤトは蔵人を見ながらそういった。雑記帳はしっかり握っている。

「へぇ、俺はお前にとってガンでしかないだろ?」

「なんの危害も加えてこない奴をどうこうしようとは思わない」

こんな奴なのか、と蔵人は入学時の噂と自身の力を奪ったことから想像していたハヤト像との食い違いに戸惑う。

「俺の力をぶんどっておいて、ずいぶんと偉そうなんだな。おとしまえはどうするんだ?」

これでは蔵人のほうが、本当に悪党である。

ハヤトは顔をしかめる。

「すまない、としかいえない。ただ、あの頃のおれとは違う。できる償いはする」

「だから、どうするんだと聞いている。死んで詫びろといったら詫びるのか?」

「…………死ねない」

それきりハヤトは黙ってしまった。まだ、十八になるかならないかである。償いの方法など浮かばないのかもしれない。

しかし、蔵人にもそれは浮かんでいない。

詫びにかこつけて、とれる情報をとってしまおうと蔵人は企んだ。

「とりあえず、お前の加護の力を教えてもらおうか。知らないままっていうのもおっかないしな」

ハヤトが力の全容を言うか、どうかはわからない。おそらくはいわないだろうが。

「そんなことが知りたいのか」

そういってハヤトはあっさりと加護の内容を告げた。

『聖剣(ソード) 』とは協力者を含めたパーティの能力上昇と全員へ聖霊を自動付与、伸縮自在の光剣を具現化、光精への親和力特化、闇精への親和力低下。

『精霊の最愛(ボニー) 』はおそらくほぼ全ての精霊に対して親和力が上昇し、消費魔力が軽減、魔法威力が上昇する。精霊の姿を見て、触れて、話して、声を聞くことができる。

「少しでも調べれば、すぐにわかることだがな」

「へえ、便利な加護だな。で、その腰のは銃、か?」

ハヤトは少し戸惑った様子を見せた。

「……そうだ。パーティ以外には渡していないし、教えてもいない」

「別に責める気はない。……火薬か?」

「いや、土精魔法で弾をつくって、火精で飛ばす。銃というか魔銃だ」

そしてまた、沈黙する。

蔵人はそんなハヤトにいらついて、今度は弱みをつついてみる。

「しかしな、すまないといったわりには、俺を探した形跡はないようだが?」

「そんなことは……」

「アカリに色々聞いてる。誰も探さなかったらしいな」

蔵人は淡々と問う。

その声に答えるように、ハヤトもポツリポツリと話しだす。

「アカリはここにいたのか。……召喚されてから、色々あったんだ。安穏と生きていたわけじゃない。俺たちを利用しようとするものが山ほどいた。エリカやカエデ、他の生徒も利用されそうになった」

「へえ、なかなか大変だったみたいだな」

蔵人の相槌に、ハヤトは堰を切ったように続ける。

「おれも最初はどうでもよかったんだ。だが、たまたま襲ってきた人食い鳥をなんとか倒したとき、生徒を何人か助けた。気まぐれだった。それからだ、みんなのおれへの態度がかわった。おれを頼るようになった。それが、嬉しかった。それから何度か頼られて、助けて。いつからかおれも自ら助けるようになった。生徒だけじゃない、この世界の人間も、だ。俺にはそれができた。そしたらいつのまにか、あんたのことを口にする奴がいなくなった。いや、口にできなくなったんだ」

「まあ、勇者さまが盗人野郎なんていえないわな。みんなしてお前をかばったわけだ。どうにもならないな」

ハヤトが蔵人を睨む。

「おれのことは何をいってもいいが、みんなのことはいうなっ。みんな、精一杯生きていこうとしたんだ、何も知らないのに、どこにいったかもわからないのに、なにいってやがるっ。おれたちの苦労もしらないでっ。見も知らぬ大人が今日はいい顔をして、明日は平気で敵になる。その恐ろしさがお前にわかるのかっ」

ハヤトの怒気が圧力となって蔵人を襲う。

背筋が一瞬にして凍りつく。蔵人は自然と雑記帳を握りしめていた。

「……俺が他の奴らと一緒に召喚されたら、どうなったと思う?」

それでも蔵人はいわざるを得ない。

望んで雪山に来た。

だが、望んで雪山に決めたわけじゃない。

蔵人の問いに、ハヤトはわずかに動揺し、怒気が揺らぐ。

「どっかの学園だっけか?そこに召喚されて、力がないことがばれる。衣食住用意してくれて自立するまで面倒みてくれる、そんな可能性がどれくらいあった?人質、放逐、殺害、迫害、そんなところだろ。お前がいうように、そんなろくでもない奴らがいるんならな」

まあ盗まれた時はそんなこと考えちゃいなかったがと蔵人は付け加える。

ハヤトは迷いながら、それでも怒気をおさめない。

それほど彼にとって召喚された他の仲間が大切なものになったのだろう。

「それに俺とてなにものうのうと生きていたわけじゃない。なんせ頼るべき力がないんだ、最初の半年は死にもの狂いで魔法を覚えたさ。じゃなきゃ、凍死だ。あっためた土にもぐって寝たこともある。食いもんだって、いつかはなくなる。食いもんが減るたびにひりひりとした感覚を覚えたよ。外だって安全じゃない、 怪物(モンスター) にだって殺されかけた。街の中にいたお前とじゃ苦労の質がべつもんなんだよ。いちいち苦労自慢するなよ、比べること自体がお門違いだ。なにより、俺の力を盗んだ奴にそんなこという資格があるとでも思っているのか?」

ハヤトは苦い顔をしながらも、反論する。

「それでも、そんなおれがいたことで助かった奴もいるっ。お前ならそれができたとでも言うのかっ?!」

「知らんよ、そんなこと。できたかもしれないし、できなかったかもしれない」

「適当なことをっ。そんな奴がおれの仲間をけなすなっ!」

「ふん、許せないか。じゃあ、どうする、斬るか?」

ハヤトの腕はいつのまに横の長剣に伸びていた。

ハヤトは逡巡し、わずかに手を引く。

その様子を見た蔵人は、力を抜いて、ふっと笑う。

ハヤトが腕を伸ばしたまま、怪訝な顔をしてそれを見た。

「まあ、いろいろ言いたいことを言わせてもらったが、結局のところ、どうでもいいんだがな。今後一切、俺と俺の関係者に関わることがなければ、な」

蔵人は付け加える。

「ただ、俺の情報をばらす、利用する、危害を加える、俺の関係者を嵌めようとする。そんなことがあるなら、だれであろうと許す気はない。たとえ、同じ召喚者だとしてもそいつは――殺す」

ハヤトはとっさに長剣をつかんで、立ちあがる。

見ると蔵人は座ったままだ。

だがハヤトは気味の悪い、毒虫が這い寄るような不気味さを一瞬だが、確かに感じていた。

「……そんなことはさせない」

「別におかしなことを言ってはいないんだがな」

「お前は、なにかおかしい。人を人とも思わないような、ちぐはぐな……」

なるほどねと言いながら蔵人も立ちあがり、片手で腰のククリ刀を抜く。

「……勝てると思っているのか?」

「勝てるとか勝てないとか、なにをトンチンカンなことをいってやがる。バッタみたいな小さな虫でも人間に噛みつくだろ?それと同じだ。勝算があるから戦うわけじゃない」

「……正気じゃない」

蔵人は笑みを浮かべる。狂ったように。

「正気?盗人はいうことが違うな。そうか、正気じゃない、か。それならもっと、例えば、そうだな、このまま自爆する、とかがふさわしいか」

蔵人はもっていた雑記帳を開く。

長剣を鞘におさめたまま、ハヤトは疑わしそうに蔵人をみる。

「そんな魔法はない」

「そうか?全ての魔力を精霊にくれてやって、このへん一帯を更地にするなんてできそうじゃないか」

「お前の魔力程度でそんなことが可能だとでも?それに知らないのか、おれには『 精霊の最愛(ボニー) 』がある、そんなもの通用しな――」

「――お前は、な」

その一言で、ハヤトはさっと顔色を変え、長剣を、抜く。

「おまえっ」

「だろうな。お前は助かっても、外の連中は全員死ぬ、かもしれない。まあ、お前のいうように仮にそんなことができれば、だがな。ちなみに、お前が一瞬で俺を倒したとしても、前もって組んである自律魔法が、全ての魔力を解放するようになっている。命精がいるから、死に至るほど根こそぎってわけにはいかないがな。ついでに魔法毒の自律魔法と適当に調合した物質毒も撒き散らすようにしておいた」

そういって蔵人は足に巻いたベルトを見せる。

そこには木の試験管がいくつもあった。いつかアカリが官憲に踏み込まれたらアウトですね、といった代物だ。

「……ぐっ」

嘘か真か、蔵人と付き合いの浅いハヤトにはわからない。

自爆はないとしても、単純な破壊命令をされた、いわば精霊の暴走状態にはできるかもしれない。ハヤト自身、その経験があったために、その可能性を捨てきれず、迂闊に蔵人に対して手を出すことができなくなっていた。

九十九%はそんなことありえないとわかっていても、一パーセントの疑念があった。

「どうする、つもりだ」

「そんな憎々しげな目で俺を見るなよ、そもそもお前が元凶だろうが」

ハヤトから唸るような声が漏れるが、それでもなお蔵人を睨みつけている。

「だから、最初から言ってるよな?俺に対してお前、およびお前の関係者が、俺や俺の関係者に関わらず、危害を加えないこと。俺の情報一切を漏らさないこと。たとえ、その結果、死ぬことになったとしても、だ。ようするにお互い知らないふりをしましょうってことだ。

お前だってそのほうが都合がいいだろう?」

ハヤトはまだ疑わしげに蔵人を見る。

蔵人は、にやりと笑ってやる。

「俺は、お前に、償いの機会は与えてやらないし、お前を一生許す気も、ない。俺にはお前を殺すことはできないだろうが、許さないことはできるんだ。それだけは覚えておけよ、それが俺の復讐だ」

このへんが妥当なところだと蔵人は思っている。能力の返還が不可能な以上、どうにもできない。

恐喝するように金でも要求するか?それとも殺すか?

蔵人としてはそんなことはおそらくできないだろうなと考えていた。表現すると陳腐になるが、自身のもつ倫理観、美意識がそれを許さなかった。

それを聞いたハヤトは顔をしかめながら、長剣を鞘に納めた。

人の善意や良心に目覚めたようだから、それなりにこたえるだろうと蔵人は思っている。

だが、これが演技なのだとしたら、蔵人にはもうどうにもならない。

どこまでも読み切れる神でもなければ、約束を守らせる強制力ある都合のいい力なんて持ち合わせていないのだ。

ハヤトは長剣を二本背負うと、何もいわず、洞窟の部屋をでていった。

ハヤトが洞窟を去ったのを確認して、蔵人はストンとへたりこんだ。

殺されなかっただけでも、恩の字だった。

ハヤトが一振りするだけで、おそらく自分の命は一瞬で刈り取られていた。

だが、それを恐れて卑屈になり、ハヤトに屈したくもなかった。

蔵人は持っていた雑記帳もククリ刀も手放し、そのままうつぶせに倒れて、目をつむった。

ハヤトが洞窟から出ると、エリカたちがオーフィアたちとにらみ合っていた。

「なにやってんだ、剥げるもの剥いで帰るぞ」

ハヤトが何事もなかったようにそういった。

その姿を見たエリカたちはほっと安堵し、それぞれの相手をひと睨みしてから、獲物をはぎ取りにかかる。

ハヤトは剥ぎ取りを手伝うことなく、アカリに近づいた。

そして手を差し出して、躊躇うことなく言い切った。

「一緒に来ないか?おれなら守ってやれる」

アカリはハヤトを見て、しっかりと首を横にふる。

「いろんな人に迷惑かけてしまいましたが、それでも、一原くんとは一緒にいきません。それが、私の選んだ道です」

ハヤトは少し考えた風だったか、手を引っ込める。

「そうか。審判が終わるまではサレハドにいる。気がかわったらくるといい」

そういって、剥ぎ取りに向かった。

ハヤトは洞窟からでてきた。

では蔵人は。

それを誰かが言い出す前に、雪白がゆっくりと歩いて洞窟に消えていった。

慌てた様子もない。蔵人は無事なのだろう。

それなら、あとは雪白に任せればいい。

言わずとも、全員がそう思った。

蔵人は目をつむって、身体を横たえながら今更ながらに、かいた汗が冷え切っているのに気づく。

よくあれだけで済んだな、と蔵人は思う。

自爆、魔法毒、交渉。

綱渡りだった。正気ではできなかっただろう。

狂気を演じでもしなければ。

本当に狂うことができたなら、どれだけよかったか。

なにももたない、普通の人間だ。狂気なんてあるわけがない。

強者には勝てないし、奪うことにも抵抗を感じる。

強者にもなれなければ、イカレたとんちきにもなれやしないのだ。

それなら、なにもないのなら、狂気を演じるしかない。

生きるために。

だが、もし、その演技が見破られ、舞台の幕が下りたなら、そこにいる自分に何が残っているのだろうか。

むき出しの、情けない何かがあるに違いないだろうな。

蔵人は地面に倒れこんだまま、自嘲するような笑みを浮かべた。

しばらく蔵人がだらーんとしていると、トットットッという足音が洞窟に響き、次第に近づいてくる。

そして蔵人の頭あたりで、止まる。

べし。

雪白のもふっとした肉球が蔵人の頭を押さえつける。

徐々に、徐々に重さを増す雪白。

ミシッと音がしたような気がした。

ついに堪え切れず、雪白の足から抜け出す蔵人。

あっさりと抜けだせてしまった蔵人は、拍子抜けして顔を上げる。

ドアップで雪白の顔があった。

――べろん

雪白が蔵人をひと舐め。

そして、横っ面を尻尾でひっぱたかれる。

雪白はそのまま尻尾で蔵人を捕獲する。

ひきずるようにして、のしのしと歩き出した。

「ちょま、あつっ、あづっ。わかった、歩く、歩くからっ」

洞窟に蔵人の悲鳴がこだました。

しばらくしてから、蔵人は洞窟をでる。

外には心配そうな顔をしたアカリや申し訳なさそうなオーフィア、いつものようなマクシームが待っていた。

外はもう暗い。

入ればいいのに、と思いながらも蔵人は促す。

「とりあえず入るといい。始末は明日でもいいだろ」

何事もなかったような、普段通りの蔵人。

「……少しは話してくれてもいいと思うんです」

アカリがぽつりという。

蔵人は聞こえないふりをして、眠そうに洞窟に戻っていった。

翌朝。

蔵人は日も明けない山の斜面を歩いている。

山からは気配という気配が感じられなかった。

鳥の鳴き声も、青々とした低木も。

大棘地蜘蛛(アトラバシク) の巨大な死骸が、十ほどもあった。

山も、森も、死んだといってよかった。