軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35-月の女神の付き人①

「……オーフィアさんってエルフですか?」

騒がしくなった周囲を無視して蔵人が言った。

もうどうにもならないなら、せめて転ぶ方向、転んだ後のことを考えるべきだ。

「そうです。森人種って呼ぶ方もいらっしゃいますけど、どちらかといえば森精種と呼ばれるほうが嬉しいですね」

「ということは、魔法に詳しい、と?」

「ええ、私たちエルフは精霊魔法を手足のようにつかっておりました。人間が精霊魔法を発見するよりも遥か昔から」

「自律魔法とかは?」

「そうですね。普通のエルフでしたら疎いと思いますけど、私もそれなりに長く生きてますからね、嗜む程度ですが、存じておりますよ」

「なら、アカリの問題が解決するまででいいので、自律魔法を教えてください。……それで手を打ちます」

オーフィアが手を顎に当てて、考えるそぶりをする。

「あら?自律魔法だけでいいのですか?精霊魔法も命精魔法も教えて差し上げますよ?どうせ審判団が来るまでそれほどすることなんてありませんからね」

あっさりと通ってしまった提案に蔵人の方が戸惑ってしまう。

「まあ、とはいえ、無差別になんでもというのではちょっとよくありませんね。そうですね、では自律魔法の魔法式を三つ、教えて差し上げましょう。精霊魔法や命精魔法は使い方でしかありませんからね、貴方の力に合わせて、少し鍛えてあげましょう」

「……俺はそれでいいです。あとは、雪白が……」

蔵人の後ろに隠れていた雪白を見下ろす。

「ちょっとよろしいですか?」

そういってオーフィアを雪白に近づいて、身を屈め、雪白と同じ目線になる。

雪白はわずかに身を捩じらせたが、威嚇することはなく、オーフィアの話に耳を傾けている。

ときおり、ぐるぅ、がぅうという返事が蔵人にも聞こえてきたが、オーフィアの話していることは聞こえなかった。

しばらくするとオーフィアは立ち上がった。

「ふふふ、雪白さんの許可もとれましたので、よろしいということで?」

蔵人が雪白を見る。

――ぐぁう

雪白はそんなに反対することでもないでしょ、とでもいいそうなほどに妙に機嫌がいい。

雪白も許可したとなると、蔵人はもう頷くしかない。

皆殺し。

その選択肢はいつもあるが、そんな選択肢がとれるのなら、すでにアカリを殺している。

自分は明確な敵でもない人間にそこまですることができないと知っている。

そこまで割り切れる、そこまで冷酷になれるなら、日本でももう少し楽に生きられただろう。

情、というのはどんなにドライで冷たく振る舞っても、切り捨てられない。

つまりは、結局、自分が撒いた種なのだ。

成長した種は、どのような方法だとしても自分で刈り取らねばならないのだ。

それが合理的ではない、感情的なものだとしても、どうにもならないことだ。

それが自分なりの刈り取り方なのだから。

こうして『 月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム) 』の一団が蔵人の洞窟近くでしばらく野営することになった。

テキパキとテントが張られていく。

動き回っているのは、多種多様な女たち。

その中には人種はもちろん、獣人種や巨人種、小人種、蔵人には見当もつかないような種族が入り混じっていた。

「珍しいですか」

石に腰をおろしていた蔵人の横にオーフィアが座る。

「多少。サレハドでは人種以外をあまりみないですから。いないということではないですが」

「サレハドは西の大陸の辺境、まあ、田舎に位置していますからね、どうしても人種以外は入りにくいのですよ」

「……差別ですか」

「どこにでもありますけど、人種は特にその傾向が強いですね」

「エルフもそうでは?」

蔵人は自らの知るファンタジーな知識を元に聞いてみた。

オーフィアが苦笑する。

「エルフは差別的というよりは排外的です。エルフという種以外、全てに対して。ただ、それは自分たちに干渉しようとしてくる相手だけですよ。昔の人種のように獣人狩りなんてしませんから。自分たちの住む森以外、なんの興味もないんです。まあ、古いエルフのいう変人、 森の外に出るエルフ(トウン・エルフ) も増えてきましたけど、少数派ですね」

へえと蔵人が相槌を打った。

オーフィアと蔵人が並んで話している光景を遠巻きにしているだけの女たちの中で、少しかわった者が、蔵人の足元に寝そべる雪白にそろりそろりと近づいていた。

目をつむってはいるものの、雪白も当然その不届き者には気づいている。

音もなく、雪白に飛びかかろうとする猫系獣人。

それは雪白の尻尾の一撃で、あえなく阻まれた。

「そ、そんにゃー」

という情けない声とともに項垂れる猫系獣人。

「マーニャ、また貴女ですか」

オーフィアは困った顔をして、マーニャという猫系獣人を見つめた。

寝癖のようにとびはねた茶髪からは先端の黒い茶色の猫耳が生えている。くりっとした瞳と口を開くと見え隠れする八重歯、小柄でしなやかな細身の快活そうな少女である。

「雪白さん、ごめんなさいね。この子はまあ、見ての通り猫系獣人なんですが、非常に好奇心旺盛で困ってまして。マーニャ、挨拶ぐらいしなさい」

マーニャはオーフィアの声にシュタッと立ちあがる。

「マーニャにゃ」

「こいつは雪白、俺は蔵人だ」

「そのイルニーク、触らせて欲しいにゃ」

「雪白に聞け」

蔵人がそういうとマーニャは雪白の顔のほうに回り込み、身をかがめて、雪白に話しかけだした。

それを見た蔵人はオーフィアに聞く。

「……なんで普通に雪白に話しかけられるんです?それが普通なんですか?」

蔵人は親魔獣と出会い、雪白を育て、雪白に教えられ、この魔獣が意志疎通が可能だということを知っている。だが、普通の人、ハンターにとっては魔獣は狩るものであって、意志疎通するものではないはずだ。もちろん、偶然に会話が成立する場合や意志疎通が可能な種として認識されている魔獣もいるだろうが、少数派のはずだ。

オーフィアは微かに苦笑する。

「それは私のせいですね。エルフは木々や草花と交信し、自然を敬います。意志疎通のできる魔獣を狩ることもありませんし、魔獣と共存することもあります。それに『 月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム) 』の全てがそうではありませんよ。あの子がちょっとかわっているのです」

そういってテントを張り終えた女たちに視線を向けるオーフィア。

蔵人がいる、ということもあるのだろうが、それ以上にイルニークに対する恐怖心のようなものが見てとれる。小柄なネズミ系の獣人などは大柄な牛系獣人の陰に隠れてぷるぷる震えていたりする。

「おう、聞いたぞ。随分と協会で揉まれたそうだな」

諸悪の根源であるマクシームが蔵人に声をかける。その横にはアカリもいた。

「あれが揉まれたっていう程度なら、他の協会はさぞかしスパルタなんだろうな」

ジトリとマクシームを見る蔵人。

「なんだ、まだ怒ってんか、ケツの穴のちいせえ奴だな」

「――マクシームさんっ」

「――いつまでたっても貴方は繊細さに欠けますね」

二人に叱られたマクシームは頭を掻いて、まいったなという顔をする。

「まあ、色々すまんな。どうもオーフィアの婆さんには頭があがらなくてな」

蔵人ははぁと一つため息をついた。

「もう、いい」

「その、なんだ、協会のことならオーフィアに言ったらどうだ」

蔵人が疑問符を浮かべる。

横にいたアカリが妙に興奮した様子で補足する。

「『 月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム) 』は議会や中央政府以外で唯一協会に影響力をもつ団体なんです。政治には一切かかわらず、世界各国、貧しくてハンターの集まらない国を優先的に回っています。ハンター協会設立時の混乱を支え、さかのぼればその前身の冒険者ギルドの設立にもかかわっているほどの歴史ある団体です。一声かければ、その国にはハンターが集まらなくなるとさえいわれているんですよっ」

「そんな大げさなものではありませんよ」

端然と微笑むオーフィア。

実際には『 月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム) 』には明文化した明確な法や規則に基づく、監査・懲罰権はなかった。しかし、各国のハンター協会に絶大な影響力をもち、幾多のハンターから尊敬を集める『 月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム) 』の声を否定できる協会はなく、各国の政府に次ぐ影響力を持っていた。

「当代の女官長、つまりオーフィアさんはすでに二〇〇年以上『 月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム) 』のトップである女官長を務め、歴代で最も影響力があるといわれているんです。エリプスで起こった最初の世界大戦でも戦争には関わることなく、各国がおろそかにした辺境や小村の魔獣災害を解決していった聖女さまですよっ」

妙に目をキラキラとさせるアカリ。

「アカリはオーフィアのファンなんだ。さっきから興奮しっぱなしでな」

マクシームにそういわれ、慌てて赤くなるアカリ。

「あらあら、こんなお婆ちゃんを捕まえてファンだなんて、でも嬉しいわ」

そういって微笑んだあと、オーフィアは蔵人を見る。

「ところでサレハドのハンター協会が何か問題でも?」

唐突に物事が解決することが世の中にはままあった。

蔵人は支部長やザウルに報いを受けさせることができるとは思っていなかった。

殺すことならできるかもしれないが、一つ間違えば指名手配されてしまうおそれがあった。

知略でどうにかできるようならここでハンターなんてせずにとっととアカリの真実を証明して、ザウルや支部長を告発している。

反撃の策など浮かばないのだから仕方ない。それほど反撃に拘泥してるわけでもない、なんせ逃げ道はあるのだから。

それにマクシームが来れば、蔵人はアカリを匿う必要がなくなり、サレハドでハンターを続ける必要もない。

蔵人は、そう考えていた。

しかし、唐突に機会が訪れた。

そして促されるままに、イヤガラセや支部長、職員、ザウルを思い出すと、なんの抵抗もなく、自然にマクシームが去った後のことをオーフィアに語っていた。

恣意的な協会規則の解釈。

協会規則の誤用。

強制依頼制度の濫用。

蔵人の話しを聞いたオーフィアは、常に微笑を浮かべた上品な老女から、隙のない厳格な女官長にかわっていた。

「そうですか。貴方を信じないわけではありませんが、何か証拠はありますか?それがなければいくらでも言い逃れができるようなことばかりです。そういう風にやったんでしょうけどもね」

蔵人は立ちあがって、洞窟に向かう。

そしてすぐにもどってくるとオーフィアに紙束を渡した。

「これは……なるほど。こうなることがわかっていたんですか?受注書の写しなんてまだまだ知っている人も、要求する人もいないでしょうに」

オーフィアは蔵人から受け取った紙束、受注書の写しに目を通しながらいう。

「……まあ、いろいろありまして」

よもや現代日本の世知辛い契約社員の鉄則とはいえない。

オーフィアは受注書の写しに目を通し終えると、スッと立ちあがった。

「ディアンティア、アリー、こちらへ」

オーフィアに呼ばれてすぐに駆けつけたのは、深緑のローブの上に革鎧を着込んだ二人の女。あとから登ってきた 大棘地蜘蛛(アトラバシク) と一戦したというハンターである。

「この二人には女官長補佐をやってもらっています。水晶系地人種のディアンティアと白系人種のアリーよ。ディアンティア、アリー、こちらはクランドさんよ」

ディアンティアは蔵人ほどの背丈をした 紅水晶(ローズクォーツ) のマネキンと表現するとわかりやすい。通常の人種のように顔の造作は目と鼻と口がほんのりある程度でしかないが、不思議と美人に見えた。

アリーはサレハドにいるような白系人種で、背は小柄。金髪碧眼のおっとりした女性だ。

オーフィアの紹介のあと、お互いに簡潔な自己紹介をして、話は本題に入る。

「これを見て下さい」

オーフィアに渡された紙束に目を通す二人。

「これほど露骨なことをする職員がいるのデスネ」

通りの良い、ワイングラスを鳴らしたような声を発したのはディアンティアだ。

「そうなると、まずは読み取りですね~」

のんびりした口調はアリーである。

「そうですね。確認しておくべきしょうね。クランドさん、タグを貸していただけますか」

オーフィアは蔵人からタグを受け取ると、失礼しますと言って、ローブの内側から首にかけたネックレスを引っ張り出す。

そしてタグと指輪を重ねて、厳かに、一定のリズムで、唱え始めた。

≪ 真実(Ssannið) と(að) 信頼(mínu) の(fyrir) 証として(ssporin) 刻まれた(rista eins) 足跡(ssönnun) を(á) 、 我が(trausti) 前に(og) 示せ(ssannleika) ≫

自律魔法が発動したと思われる魔力の蠢動。

しかし、特別にかわったことは起こらない。

「……これは、トラボック狩りしか記録されていませんね」

オーフィアが何もないところを見て、呆れた声でいった。

ディアンティアが小声で説明してくれた。

「あの自律魔法は協会にあるタグ読み取り魔法具の 原典(オリジン) デス」

耳がくすぐったいほど、ディアンティアはいい声すぎた。蔵人がその声をもう一度聞きたいと思うほどに。

「すまん、聞き取れなかった」

だから、蔵人はついそう言ってしまった。

「ですから、あの自律魔法は協会にあるタグ読み取り魔法具の 原典(オリジン) なんデス。協会が受注依頼の記録として打ちこんだ情報を読み取ることができマス」

風鈴の音のような、それでいて柔らかい。

「すまん、聞き――」

蔵人は(用務員さんっ)というアカリの小声と 物理的制裁(背後からの膝蹴り) で我に帰った。

蔵人は決まりの悪さからディアンティアに軽く頭を下げる。

頭を下げられたディアンティアはなにがあったかよくわからないようで、小首を捻っていたが、その横のアリーはふふふっと笑っていた。

「最初のトラボック狩り以外の一切の記録がありませんね」

我に返った蔵人にオーフィアはいった。

「……イライダと組んだ記録もないのですか?」

「あら、イライダ・バーギンもここに?」

「随分面倒を見てもらいました。形としては共同で受けたことになっていたはずです」

「一切、記録はないですね。でもそれならイライダ・バーギンに聞けば証言はとれますね」

オーフィア、ディアンティア、アリーは頷きあう。

オーフィアが姿勢をあらためて、蔵人をみた。

「今すぐにというのは無理です。業務の引き継ぎ人員の手配などもありますから」

ですが、とオーフィアは続け、

「ですが必ず、狩りの女神を冒涜した罰を受けさせます。――女神の乳房に触れた愚か者は、凍てつく息吹に命精まで凍らされて、粉々に砕かれるのですよ」

ふっと微笑んだ。

その瞬間、その場の全員の背に、ぞくりと寒気が走った。

唯一の例外は、場の空気など考えもしない一人と一匹であった。

あれからずっと雪白と意志疎通を試みていたマーニャであったが、どのような交渉の成果か、なぜか雪白の尻尾にさんざんに翻弄され、それでいて触れることもできず、ぐったりと地面にへたばっていた。

「うにゃー、明日こそは」

それでもなおマーニャの飽くなき好奇心は、屈していなかった。