軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16-アカリ④

村人が寝静まった頃、数軒の店が火の灯ったランプを吊るしていた。

ほとんどが酒場で酔客の声が外に漏れ聞こえている。

その陰に、蔵人はいた。

いつも通りこの世界では目立つであろうボロボロの作業着を着ていたが、明かりの少ないこの村では見咎められることはなかった。

初めての人里が潜入とはなぁと思いながら、 蔵人(くらんど) はしらみつぶしに酒場を覗いていった。

アカリを送って翌々日、蔵人は 大棘地蜘蛛(アトラバシク) のナワバリの境界ギリギリのところで、ふらふら歩くアカリを見つけた。

麓から一人で、大棘地蜘蛛のナワバリを神経をとがらせながら抜けてきたことは容易に推測できたが、なぜこんなあり様なのか。

潜りウサギの狩りを終えて洞窟に戻るところであった蔵人が駆け寄ると、アカリはフラッと倒れてしまった。

文字通り石を潜る兎なわけだが、そんなことよりと獲物を雪白に渡して、自分はアカリを抱え上げた。

洞窟に寝かせた後、しばらくして目を覚ましたアカリは、ポツポツとこぼすように話した。

とはいえ情報はそれほど多くない。

山を降りたら麓の村が、敵性反応で真っ赤に染まっていた。

村から煙が上がっているわけでも、鳴き声や慌ただしさがないところをみると 怪物(モンスター) の襲撃や魔獣の 大暴走(スタンピード) ではないらしいことはわかった。

麓の村の反応をよく見ると、全てが赤いわけではなく、門番、ハンター協会支部、村長宅、お店や宿といった場所が赤く、村人の家全てが赤くなっているわけではなかった。

蔵人は黙ってそれを聞いていた。

アカリはなんとか話し終えると、こみ上げる感情に顔を手で覆ってしまった。

嗚咽をこらえることができなかったのだ。

人が自らの預かり知らぬところで赤く変貌するのが怖かった。召喚された学園から抜けてきたのも日ごとに変わる敵性反応を見るのが恐ろしかった。

そして今度は村である。全ての村人と仲が良かったわけではないが、先日まで逞しくも優しかった村が赤く染まっていた。こらえようのない恐怖と、そして悲しみがあった。

「まあ、いい機会か。ちょっと様子を見てくるよ」

アカリは目をゴシゴシと擦ってから、顔を上げた。

「……身分証とかあるんですか」

「あるわけないじゃん」

「入れませんよ。いいんです、なんか混乱してここにお邪魔してしまいましたけど、ローラナに戻ればなんとかなるはずですし」

「ローラナも赤くなってたらどうすんだ」

「……」

まるで遠慮のない蔵人の言いようにアカリは言葉もなかった。

それからいくつかやり取りをしてアカリのことを雪白に頼むと、蔵人は山を下った。

太陽が真上にあるころに下りて、その日の夜、日を跨ぐ頃に麓の村に到着する当たり蔵人も日本にいた頃からはかけ離れてきたわけだが、比較対象が雪白であるため本人にそれほど自覚はなかった。

雪山に召喚されたことによる身体適応と雪山におよそ五八〇日籠っての修行僧にも似た日々は、この世界の一般人という枠も斜めに外れ始めていた。

蒼い月明かりに照らされたそれは、まるで古い砦のようであった。

蔵人は周囲の見張りを確認しながら、威圧感を感じていた。

村は堀と土壁にぐるりと囲まれていた。

堀の幅は水こそなかったが小舟が行き交うこともできそうなほど広く、土壁は一般人の背丈のほどはありそうであった。

ところどころにある修復の跡が歴戦の戦士を思わせた。

しかし、いうなればそれだけだ。

監視や警戒の魔法がありそうなところだが、そんなもの村程度にはないとアカリから説明を受けていた。

魔法障壁や警戒魔法自体はあるという。ほとんどが国によって秘匿された自律魔法であるが、最近になって効果の数段落ちる汎用障壁、警戒魔法が販売されだしたが非常に高価であった。

障壁に頼らずとも、ドルガン人は全員が戦える。

古来から 怪物(モンスター) や魔獣と戦い続けてきたドルガン人の誇りである。

事あるごとにドルガン議会は声高にそう叫ぶがそれが建前にすぎないのは誰もが知っていた。

本当のところは、金がないという一言に尽きた。

首都に障壁がないというのは国のメンツが立たないということでなんとか確保されたが、それ以外の辺境にまで障壁を買う余裕はなかった。

蔵人はあっさりと村の中に侵入した。

土精魔法で小さく足場をつくって上ったのだ。

対怪物(モンスター) 、対魔獣用の掘であり、土壁であるのだから蔵人の侵入を拒めなかったのはいたしかたないといえた。

そうして蔵人はアカリに言われた通り、酒場を探し始めた。

マクシームはアカリが行方不明になってからずっと飲み明かしていた。

政治取引の結果、アカリがドルガンに貸し出されることになり、それを止めることができなかった。

強引に休暇をとってアレルドゥリア山脈の麓の村であるサレハドまでアカリを送ったが、狩りにいったきりアカリは帰ってこなかった。

旧貴族のハンターなどに預けるんではなかったと今更ながら後悔したが、後の祭りであった。

何度、自分で探しに行こうと思ったことか。

マクシームは十何本目かの粗悪な蒸留酒を飲みほして、乱暴に瓶ごと机に叩きつけた。

人種の倍はある巨人種と比べた瓶はひどく小さく見える。

それが割れないところをみるとまだ手加減をしているのだろうとはわかるが、まばらな客は息をひそめるようにして荒れた巨人種に関わろうとはしなかった。

その瓶を叩きつけた音とほとんど同時に、マクシームの目の前に粗末な紙キレがスルリと滑り込んだ。

マクシームはそれを取ろうとする。

しかし紙キレはさっと取り上げられた。

「面白そうなもんもってんじゃねぇか」

ぎらりとマクシームに無言で睨みつけられた男はわずかにたじろぐ。

旧貴族のハンターの取り巻きである。どこにでもいるチンピラのような男だが、こんな男たちが始終マクシームを監視していた。

「……へへ、悪く思うな」

チンピラはその紙キレに目を通すが首をかしげる。

「売女の誘いにしか見えねぇが……全部報告しねぇとうるせぇしな」

紙キレを指でひらひらさせながら、チンピラは逃げるように店から出て行った。

「クソっ」

ドンっとマクシームの叩きつけた拳で、盛大な音を立てて瓶が落ちる。

立ち上がったマクシームは机に数枚の紙幣を置いて、店を出た。

酒場には台風が去った後のような静けさだけが残されていた。

宿屋に戻ったマクシームは入り口でカギをもらって部屋に入るなり、明かりもつけずにベッドに腰掛けた。

「……裏の人間か」

誰もいない真っ暗な部屋にマクシームが小さくつぶやいた。

「違いますよ、といったところで信じませんよね」

とぼけたような声だけがした。

「参考までになんで信じる気になったんですかね?」

「影の字の筆跡がアカリと同じだ。わけのわからねえ文字のほうも」

「ああ、なるほど。では」

「待て、アカリのものだということは信用した。だが、村ん中で闇精魔法を使うような奴は信用できねえ。姿を現せ」

蔵人は闇精魔法を用いて、夜の闇を纏っていた。

闇の精霊魔法の可能なことは闇に紛れること、影を操ること。闇や影を半物質化して攻撃に用いることもできなければ、収納や呪いといったこともできない。

文字通り『闇と影』を操るだけである。

その性質ゆえに普通の人間では用途がなく、反対に犯罪者や盗賊、殺し屋などが好んで使うため闇の精霊魔法はイメージが悪い。マクシームの言うように裏の人間と思われやすかった。

そして蔵人は酒場でも闇精魔法でマクシームと連絡をとった。

風精魔法でなんの変哲もない公娼の誘い状を滑り込ませ、同時にその影で机に文字を映した。

案の定、目視であるいは風精の気配に気づいて手紙を取り上げても、夜に用いられると気配の薄い闇精魔法が感づかれることはなかった。

マクシームが立ったと同時に影を解除してしまえば、証拠も残らない。

後は、マクシームの後を追って宿屋にたどり着くだけである。

酒場でマクシームの置かれた状態を実際に観察し、宿屋を探す手間を省き、宿屋の部屋でマクシームに斬りかかられることを避けるために、影文字などという迂遠な手段を用いたのだった。

それが疑いを持たせてしまうのだから、この世界もなかなか難しい。

蔵人はそう思いながら纏っていた闇を散らした。