軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14-アカリ②

「まあ、あくまでも、仮に俺が蜘蛛をけしかけたとして、だ。」

アカリは気圧されて口をつぐんでいた。

「まず前提として、俺と雪白は一蓮托生……いや、俺が雪白に食わしてもらってるに近いか」

そういい置いて、一年前にアカリたちが 親魔獣(イルニーク) を狩りに来た前後から今までのことを話した。

「これで俺が召喚されてからの全てを話したわけだが」

空になったお椀に目を落としてうつむいていたアカリが顔を上げる。

「それはもちろん気の毒で、申し訳なく思ってますが、それとこれは関係ないと…」

眠たそうにうにゃうにゃしだした雪白の尻尾をからかいながら蔵人は続ける。

「まあ、つまりだ、俺と雪白は、詰んだわけだ」

アカリの怪訝な顔に気付きながらも、蔵人は眠たさとプライドの間でうつらうつらする雪白を楽しそうにいじめる。

「日本にいたころから思ってたんだ。ああ、話が長くてすまんな。まあ、きいてくれ。でな、路上で絡まれたら、まあ一人なら逃げてもいいんだが、連れがいたらとか考えるとな、けっこう難しいだろ?」

「もうその時点で詰んでるよな、物理的な弱者は」

蔵人は立て板に水といったように話し続ける。一年半ぶりとなる会話に随分と飢えていたのかもしれない。

「連れがいるから逃げようにも追いつかれるし、助けを呼ぼうにも誰もたすけてくれない」

「暴力に対して反撃する、しかない。数人相手に、殺さないで、適度にダメージを与えて、警察に通報する。難易度高いよな?峰撃ちでもすれってか?」

「失敗したら、連れはどうなるか、わかりきってるし」

「万が一殺したなんてなったら、過剰防衛に問われる」

「まあ、これを俺は『詰んだ』と呼ぶんだが」

「そしたらさ、殺す気でやるしかない、結果的に死んでも仕方ない。仕返しもやだしな。で、そうすると社会的に死ぬわけ」

「理不尽だよなぁ、――ふぶっ」

蔵人を無視することにした雪白は最後に尻尾で一撃してから箱座りして目をつむってしまった。蔵人は苦笑いしながら、さすがにもう邪魔はしない。

「だから狩りに来たら、殺されても、いえ、人の悪意でもって蜘蛛をけしかけられてもいいと?」

アカリはなぜかムキになっていた。

蔵人の言っていることは間違ってはいない。アカリ自身もマクシームに何度も言われているのだ。

狩りにいって狩られる奴もいる。忘れるなよ、と。

意味は少し違うが、言っていることは同じだ。

だが、狩りを装って蜘蛛をけしかけて人を殺す、のは違う。

「ああ、すまん。まどろこっしすぎたな。つまりだ、俺が死ぬわけにはいかない、ということだ」

「なんであなたが死ぬんですか……逃げたっていいじゃないですか」

「戦ったらまあ雪白が狩られちゃうからダメ、逃げるのは雪白自身が嫌ったし」

「そんなの関係――」

「――あるさ。人間は、というかアカリは 自分の街(ナワバリ) に賊が来たらハイドーゾって渡すの?」

「戦うにきまってるじゃないですか」

アカリは憤然と言い返す。

「そっ、俺と雪白もそれをしただけ、最初からこういえばよかったな。わかりにくくてすまん。こっちに来てから初めて人間と話したから調子がおかしいのかもしれない、カンベンしてくれ」

正論である。

正論であるが、アカリにはずっと違和感が付いて回っていた。

蔵人が人の生き死にを淡々と話すその様が――。

――ああ、と。アカリは自分が何に戸惑って、いらついているか、ようやく気付く。

間接的にとはいえ、蔵人が人を殺したこと、それが気持ち悪いのだ。

少なくてもアカリを含む召喚者が人を殺したとはアカリはきいていない。そもそもこのエリプスは地球の時代でいうと、小説では定番の中世ヨーロッパではなく、国によって違いはあるが産業革命以後か、第二次世界大戦以前というところである。むろん、魔法と機械という差はあるが。

つまりこの世界でもド辺境は別としても、それほど人の生死が軽いわけではないのだ。

法律だってあるし、民主国家もある。

「魔獣のためになぜあなたが人を殺さなくてはいけないんですかっ」

魔獣と人の間には明確な差がある。それは日本でもエリプスでも同じだ。

「雪白しかいなかったから、かな?」

蔵人はこともなげにいった。

「元の日本じゃまあ、見ての通りうだつのあがらない男だったわけでそれなりに不満もあった。そして召喚されて、今度はどっかのガキにもらえるはずの力を奪われて。それに拗ねて雪山なんか選んで、独りになったが、独りきりなわけだ。それに対しては自分で選んだことだ、悔いはない。悔いはないが、まあ、まったくの孤独っていうのはそれなりに堪えるわけだ」

「人里に下りればよかったじゃないですか」

「あいにくと人見知りでな。まあ、そんなわけで面倒を見てくれたイルニークと現在進行形で食わしてもらってる雪白には感謝してるし、雪白がいないとかなり命の危機なんだよ、情けないことになっ。だから生きるために、殺すわけだ」

眠ってしまった雪白の背を蔵人が撫でる。

「でも、そんなことしてたらいつか……」

「殺されるかもしれない。だからまあ、バレないようにやるわけだ」

アカリはまたうつむいた。

「……なら、わたしはどうするんですか。バレないように殺しますか?」

蔵人はうつむくアカリを火精越しに見ていた。

十七歳の子ども相手にペラペラと何を賢しらにのたまっているのか。

理解してほしいとでもいうのだろうか。馬鹿馬鹿しい。

そんなに人と会ってなかったのが効いていたのだろうか。相手は子どもだ。

その、子ども相手というのがいけなかったのかもしれない。

もう子ども相手ではないと考えるべきだった。

この世界での力関係は拮抗、もしかしたら逆転しているのだ。

つまりは迂闊なのだ。

同じ召喚者を見て警戒心が緩んでいた。子どもと思ったのもあるだろう。

本来であれば、雪白の存在を隠し、アカリに恩を売ってその対価に自分のことを秘密にしてもらい、情報をもらうなりして、すみやかにお帰りいただければぎりぎり問題なかったかもしれない。

いや、蜘蛛から助けてそのまま山の麓に置いてくればよかったのか。それが妥当だ。

一切を無視して皆殺しにして知らん顔してればある意味最善であったかもしれないが、それができない以上は細心の注意をして接触しなければならなかった。

この世界に、緩やかに溶け込んで、生きていく、には。

蔵人は懐かしさに誘われて、つい情報源に飛びついてしまった。日本にいところと同じような自分にうんざりしていた。

それではいけないのだ。

殺されるのかな。。。

アカリは中央政府にこのことを教えるつもりなんてなかった。ドルガンなんてもってのほかだ。

今日あの場で死んでいてもおかしくなかったのだ。見栄や面子なんていうくだらないことで死ぬなんてばかばかしかった。

それに用務員さんを売るわけにもいかない。

確かに用務員さんが蜘蛛をけしかけたらしいというのはショックだったが、彼をいないものとして扱ってしまった召喚者である自分には何かをいう権利なんてない。

誰も彼を助けなかったのに、助けて欲しいとはいえない。

蜘蛛から助けてもらっただけでも感謝しなくてはならない。

それが彼によるものだとしても、敵対者を助けたのには違いはないのだから。

ついつっかかってしまったが、いつか自分も人を殺すかもしれない。

そう考えたことがあるからこそ、それを躊躇なく実行したことに恐れを抱いたのかもしれない。

まあ、ここで殺されるのならしょうがないか。

あの白いもふもふには勝てる気がしない。

そう思った自分がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。