軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

58 レミルトン卿4

コンコン、と扉がノックされ、侍従が入り執事に耳打ちをした。

執事はセリオンに告げた。

「奥様が、ご起床になられました。」

セリオンは頷いた。

「申し訳ありませんが、レミルトン卿。本日はここまでで。母はあなたが屋敷にいることを快く思わないでしょう。況してや、こんな姿のファリティナと会ったということを。急ぎ、姉を部屋に戻します。」

セリオンが言った。ディアスは逡巡し、言った。

「セリオン公子。このままファリティナを連れていけないだろうか。」

セリオンがあからさまに怪訝な顔をした。

「ファリティナは屋敷に居づらいのではないか?」

ファリティナは少し俯いた。

セリオンは再びファリティナの手を取る。

離したくない。

そう態度で表していた。

「まだ私たちを信頼できないのはわかる。だが、信じてくれ。私は決してファリティナを傷つけない。一緒に調べよう。何故、彼女がそのような目に遭ったのか。もし、私たちの派閥に邪な考えを持ったものがいるのなら、ファリティナを私たちが保護したことで考えを改めるだろう。」

それに。とディアスは続けた。

「君とも話さなければいけないことがある。グランキエースの硝石のことで。」

セリオンの柳眉が上がった。

「この屋敷で話しにくいのであれば、私の屋敷で話す機会をくれ。言ったように、グランキエースはこれからもこの国の盾とならなければいけない。君と言う立派な継嗣がいるんだ。」

ファリティナはそのまま、レミルトン家に向かうことになった。

××××××××××

レミルトン先代伯爵の屋敷は、レミルトン本家の中に離れとしてあった。

それほど大きくはなく、代々引退した先代夫婦が過ごすために作られたものだった。

ファリティナは物珍しげに屋敷の様子を窺った。

自分の派閥を作らず、親しい友もいないファリティナにとって、社交で訪れる以外、他人の屋敷に入ることはない。

しかも、こんなふうに人が住むためだけに居心地良く整えられている屋敷というものは、初めてに近い。

「キョロキョロしてはダメですよ。姉様。」

セリオンが優しく注意した。

ファリティナは反省してこっくりと頷いた。

素直な様子にセリオンは笑みを深めた。

「目だけで見ようとすると、眼球に負荷がかかります。これからしばらく、お世話になるのだし、ゆっくりと見せてもらったらいい。」

そう言われて、ファリティナはゆっくりとセリオンに顔を向けた。

不安を隠しきれないファリティナにセリオンは手を握った。

「毎日、会いにきます。嫌なことがあったらすぐに言ってください。我慢しなくていい。どちらにしろ、あなたを匿える屋敷を探していたんです。ここ以外でもあなたの居場所はある。」

励ますように言われて、ファリティナは頷いた。

応接室の扉がノックされ、レミルトン卿とその妻が入ってきた。

ファリティナにとって祖母に当たる。

二人は立ち上がり、礼をした。

「突然のことで、申し訳ありません。改めてご挨拶いたします。グランキエース公爵家のファリティナ=ウィンディ=グランキエースと申します。」

最敬礼をして、顔を上げると、祖母が驚いた顔をした。

「ああ。」

レミルトン夫人は突然ぼろぼろと泣き出した。

「なんてこと。旦那様、この子、声が…。」

声?

ファリティナは不思議に内心首を傾げた。

声がどうしたのだろう。

朝から何回か泣いてしまって、確かに鼻は詰まっているが、嗄れてはない。むしろ精一杯頑張って、発声したつもりだ。

レミルトン卿ディアスが、呵々と笑った。

「驚いただろう。ミネア。ウィンディにそっくりだ。」

ミネア夫人は泣きながら、ファリティナに近づいた。

「あなたの声、お母様にそっくりだわ…。」

呆けたようにファリティナは夫人を見た。

「こんな声をしてたのね。ずっと、聞いてみたかったの…。」

そう言うと、夫人は愛しげにファリティナを抱きしめた。

××××××××××

レミルトン先代夫妻はずっとファリティナを見ていた。

特に、祖母のミネアは、小さいながら公爵令嬢として式典に並ぶファリティナの姿を見ることを楽しみにしていた。

ある程度の年齢から参加することができる園遊会では、ファリティナのドレスから仕草、何を食べたと観察に勤しんでいた。

「あの子ったら、今日はとても退屈そうだったわ。」

夫人はクスクス笑いながら、言った。

「でもウィンディに比べたら、とてもお利口さんね。両親が隣にいなくても席を離れないで、大人しく座っていたわ。あの年頃なら、動き回りたくて仕方ないでしょうに。」

その日、ファリティナは両親とすぐ下の弟とともに参加していた。

嫡男のセリオンはその頃から聡明で有名で、グランキエース公爵屋敷地内にある研究所で、大人とともに研究をし、今回はその論文を共著として発表したことが話題となった。

両親とセリオンはその話題の対応に急かされ、ファリティナはポツンと、与えられた席に座っていた。

「あんまり退屈だったのね。目の前にある花瓶から花を抜き取って、茎を指にくるくる巻いては外して。あの遊び、ウィンディもしていたわね…。」

ファリティナは侍っている侍従たちを困らすことなく、座ったまましばらくそんな遊びをしていた。

近くには寄れなかった。

グランキエース公爵が後妻を迎えた時、ファリティナはまだ1歳にもなっていなかった。

我が娘を裏切っていたのか、ディアスは直接、問い詰めることはしなかった。

男子も生まれておらず、まだ若い公爵が後妻を取るのは当然のこと。だが、時期があまりにも早すぎた。

それでも、前妻は既に亡く、家同士が決めた成婚の誓いは果たした。

そして相手は、この国の盾と言われる公爵家。

実力は見劣りしないとは言え、表だって非難することはできなかった。

非難もできなければ、関心を寄せることもできない。

時折見るファリティナは、公爵家に相応しく、美しく飾られ、何人もの侍女が周りを守り、きちんと躾けられていた。

弟の聡明さに霞んでしまっていたが、諸所行われる子供たちの学識大会ではそれなりに名を上げた。

大人しく、聡明な公爵令嬢。

大人の理想どおりの、完璧な小さな貴婦人。

見かけるのはいつも、王宮や伝統の式典だったので、子どもらしくはしゃぎ回るのは見たことがなかった。

夫人は、それを心配に思っていたが、場所が場所だけにそんなものだろうと、ディアスは思った。

「あの子、今日は欠伸をしていたわ。」

その日も楽しそうに夫人は観察していた。

「それはもう、堂々としたものだったわ。王宮だと言うのに緊張もしていないの。大したものだわ。」

本当に感心しているように夫人は言った。

大物だと言いたいらしい。

それはあまりにも孫馬鹿じゃないか、とディアスは笑った。

流石にそのあと、侍女にたしなめられてはいたらしい。それでも、大人しく椅子に座っていた。

「最近、あの子、社交場に来ても放って置かれてるの。弟が優秀で誇らしいのはわかるけど、もう少し目を配ってあげたらいいのに。」

あの子は、ラベンダー色が似合うのにね。

残念そうに夫人は言った。